Found Me
◇◇◇◇◇
「右手払い攻撃来るよ!
みんな、避けて!!」
りせの指示に、雪子と完二は『シャドウ』から距離を取り、陽介と千枝は各々のペルソナの力を借りて中空へと飛び上がる。
その直後、『シャドウ』の右手が床を削り取る様に周囲を薙ぎ払った。
「ジライヤ、やれ!!」
「トモエ、《黒点撃》!」
ジライヤが巻き起こした豪風が追撃を行おうとしていた『シャドウ』の左手を押し返し、その隙にトモエの《黒点撃》が『シャドウ』の顔面に叩き付けられる。
その一撃に、『シャドウ』の顔面の罅割れは一段と広がり、大きな欠片が幾つか内なる虚空へと吸い込まれていったが、あまり『シャドウ』に堪えた様子は無い。
すわ物理耐性があるのか、と陽介たちは危惧したが、それは直ぐ様りせのアナライズによって否定される。
『シャドウ』の耐久力の高さ故に、微々たるダメージにしかならなかっただけの事であった。
「物理も疾風も効くってのは俺としちゃ有り難いが、単純に頑丈なだけっつーのも、厄介だな……!」
相手の防御力が高い場合、悠希が補助に回ってまず相手のガードを削っていたが、今はその悠希は戦闘に参加出来る状況に無い。
一人、しかもリーダーが欠けているという厳しい状況だが、それに輪をかけて不味い事に、陽介たちは先のりせの『シャドウ』との戦いから回復しきれていなかった。
あの金色の龍の力で身体の傷こそ完全に癒えているものの、精神的な損耗は回復したとは言い難い。
故に長期戦になると、陽介たちは非常に不利になるのだ。
だが、相手にこうも耐久力があると、短期で仕留めるのはほぼ不可能である。
置かれている状況の不味さに、陽介は思わずそう歯噛みした。
しかし、どれだけ悪状況であろうとも、負ける訳にはいかないのだ。
「『シャドウ』の身体が床に埋まっているから回避される心配はほぼ無いってのはありがたいよ!」
こんな状況下でもせめて士気は上げようと、千枝は敢えて闘志を燃え滾らせた声でそう言った。
床をブチ抜いている為、『シャドウ』の回避力はほぼ存在しないも同然である。
更に付け加えるならば、『シャドウ』の動き一つ一つは、緩慢とまでいかないものの素早くは無い。
だからこそ、りせの攻撃予測が追い付いているのだ。
しかし、その一撃の威力は凡百のシャドウのものとは文字通り桁が違う。
『シャドウ』がただ腕を払うだけでも、耐久力にはやや難のある雪子や、守勢に回ると存外脆い千枝などには致命傷にもなりかねない。
『シャドウ』とは一端距離を取った雪子と完二も、攻勢に回る。
コノハナサクヤが全力で放った《アギダイン》は僅かながらも『シャドウ』を仰け反らせ、続けざまにタケミカヅチが叩き込んだ《紫電砕》は『シャドウ』の身体に僅かな焦げ痕を残す。
だが、それだけだった。
『シャドウ』は有象無象らの攻撃など意に介さぬとばかりに、己の力を高める。
「火炎耐性無し、電撃耐性無し!
……っ! ヤバイよ!
『シャドウ』の攻撃力が跳ね上がった!
次、強い魔法来るよ!
みんな、ガードして!!」
りせに言われるがままに、全員が防御を固めた。
それとほぼ同時に、触れたもの全てを凍てつかせるかの様な冷気が『シャドウ』を中心に吹き荒れる。
ガードしていたにも関わらず、圧倒的なその威力に皆が膝を付いた。
特に、元々氷結属性を弱点としていた雪子は、手首から先が凍傷になったかの様に感覚が無い様だ。
冷気が吹き荒れた場所は、『シャドウ』を中心として床が見事に凍り付き、氷柱がまるで刺の様に生えている。
悠希を寝かせてある椅子は、幸運な事に、冷気の効果範囲から外れていた。
冷気が収まるや否や、直ぐ様雪子は回復魔法で皆の傷を癒すが、凍傷による消耗が激しかったのか、その足元は微かにふらついている。
そんな雪子を空かさず千枝が支えているのを横目で見つつ、陽介は焦りを隠し切れない顔をした。
よりによって回復役の雪子の弱点属性を『シャドウ』は攻撃パターンとして持っている。
益々不利になる状況に、焦るのは仕方が無い。
「氷結魔法……っつー事は、氷結属性は効かねーかもな。
里中は物理攻撃に専念してくれ!」
平時ならば、耐性を調べる為にも威力を弱めた氷結魔法をぶつけた方が良いのだが、今は効果の無い可能性が高い攻撃を行える程の余裕が存在しない。
今は兎に角、有効な攻撃を一つでも『シャドウ』に叩き込む必要がある。
「りせ、属性攻撃の前兆は掴めるか?」
「うん、多分出来ると思う。
攻撃される直前になるかも知れないけど……」
陽介がそう訊ねると、少し悔しげにりせは答えた。
元より攻撃の予測自体難しいものだ。
そこから更に氷結属性攻撃か否かを事前に判断するのは至難の技である。
故に警告が遅くなるのは致し方無い事だ。
「それで構わねーから、また氷結魔法が来そうになったら最優先で指示してくれ」
それでも、一瞬でも早くに防御に回れた方が受けるダメージは少ない。
今は兎に角、『シャドウ』の一撃で戦闘不能になりかねない雪子の被ダメージを減らすしかないのである。
その時、『シャドウ』が動いた。
『無駄な足掻きだ……。
何をしようとも、お前達の定めは覆らない。
《死》という絶対の定めが、お前達に与えられた《真実》なのだから……!』
そう言うなり『シャドウ』が右手を僅かに持ち上げる。
直後、りせが焦った様な鋭い声で警告を発した。
「マズいよ! みんな防御力が下げられてる!!」
『シャドウ』は《マハラクンダ》で陽介たちの防御力を下げにかかったのだ。
ここで《デクンダ》なり《マハラクカジャ》を使うなりしてその効果を打ち消さなくては非常に不味いのだが、陽介も千枝も雪子も完二も、それらのスキルを持ち合わせていない。
その二つを扱えるのは、今は戦闘に居ない悠希なのである。
陽介たちが扱えるのは強化能力(ゲームで言う所の“バフ”)だけだ。
それも、ジライヤの《スクカジャ》とトモエの《タルカジャ》だけ。
弱体化能力(所謂“デバフ”)は基本的に悠希が行ってきた。
悠希が居ない事が、ここまで厳しい戦いになるとは……。
陽介は思わず唇をキツく噛んだ。
「効果が切れるまでは避けるしかねえ!
よし、ジライヤ!!」
ジライヤは『シャドウ』への攻撃の手を止め、《スクカジャ》で一人一人の速さを底上げする。
ジライヤがその隙を狙われない様に、その間トモエとタケミカヅチが『シャドウ』の攻撃を引き付けていた。
『小賢しい真似を……』
「……! 何か全体攻撃、来るよ!」
『シャドウ』が陽介の行動に僅かに苛立ったかの様に左手を振り上げると同時に、りせがそう警告する。
直後、『シャドウ』が床に叩き付けたその左手を中心に、強烈な揺れと衝撃波が走った。
その一撃は床に張った氷を砕き、砕けた氷柱は衝撃波によって散弾の如く周囲に撒き散らされる。
皆は底上げされた回避力によって事なきを得たが、撒き散らされた氷柱が周囲の座席に深々と突き刺さっているのを見て、陽介は慌てて悠希を寝かせている辺りを目で確認した。
幸いにも攻撃は届かなかった様だ。
悠希の側にはペラペラになったクマが力なく凭れかけさせられている。
二人に被害が出ていない事にホッとしながら、陽介は気を引き締めた。
今の所は攻撃が届いていないが、今後どうなるかは分からないのだ。
これ以上周囲を破壊される前に、何としてでも『シャドウ』を止めなくてはならない。
「ヤバイ! 『シャドウ』の能力が軒並み上がったよ!
気を付けて!!」
『シャドウ』が《ヒートライザ》で自身の能力を軒並み引き上げた事をりせが知らせる。
『シャドウ』が能力強化を行った直後、格段に鋭さを増した薙ぎ払い攻撃が陽介たちを襲った。
それを何とか回避した陽介は、直ぐ様体勢を立て直す。
「それなら……!」
ジライヤの《デカジャ》━━相手の能力強化を打ち消すスキルにより、『シャドウ』の能力は即座に基礎状態に戻った。
急な能力の変動に、『シャドウ』の動きが鈍る。
そこを逃さずに、コノハナサクヤの《アギダイン》が『シャドウ』の直下から一点を打ち上げる様に叩き込まれ、『シャドウ』は少し仰け反った。
そして、がら空きの顔面に、《タルカジャ》と《チャージ》で強化されたトモエの《黒点撃》と、《タルカジャ》により強化されたタケミカヅチの《紫電砕》が両側から叩き込まれる。
トモエの一撃は罅割れを砕き、タケミカヅチの一撃により激しく迸った電撃は虚空に浮かぶ目を焼いた。
途端に、何をしても堪えた様子は無かった『シャドウ』が呻き声を上げ、トモエとタケミカヅチを振り払おうと、激しく身を捩らせて周囲を薙ぎ払う。
爪の一撃に切り裂かれそうになったトモエをジライヤが素早く救出し、タケミカヅチは己の得物を盾にその一撃を耐え忍んだ。
「あの目! あの目が弱点みたい!!
そこを集中的に狙って!!」
りせの指示に、雪子が《アギダイン》を『シャドウ』の目に目掛けて放つが、それは『シャドウ』が撃ち出した氷塊によって相殺され、辺りに濃霧を撒き散らす。
視界を封じられるのは不味いと判断した陽介によって霧は直ぐ様吹き散らされたが、僅かなその合間に既に『シャドウ』は動いていた。
『シャドウ』の口元が何か動いているのを視認した瞬間、ジライヤとコノハナサクヤの姿が掻き消される。
突然の出来事に陽介と雪子は愕然とした。
「大変! ペルソナが封じられてる!
これが解けるまで、ペルソナの召喚は出来ないよ!!
二人とも、気を付けて!」
ヒミコには何とも無かったりせがそう叫ぶ。
陽介たちは『シャドウ』のスキル━━《愚者の囁き》により魔封じ(ペルソナを封じられた状態)にされたのだ。
ペルソナ召喚が出来なくなり魔法等の能力も行使出来なくなる、非常に厄介な状態異常である。
魔封じ状態でも降魔による身体能力強化は生きているのだけは、本当に不幸中の幸いとも言えるが。
とにもかくにも、強大な『シャドウ』との戦闘中にペルソナの力が使えなくなるのは不味いとしか言いようが無い。
しかも、回復役である雪子が封じられたのが最も痛手だ。
『シャドウ』の狙いはそこだったのであろうけれども。
「マズイよ! 氷結属性攻撃が来る!」
ペルソナが封じられた雪子を狙って『シャドウ』は再び腕を振るった。
その鋭爪は冷気を帯びていて、そこに触れている空気中の水分が瞬く間に凍結していく。
擦っただけでも、雪子の体力を根刮ぎ持っていってしまうだろう。
そんな凶器が雪子に迫る直前で受け止めたものがいた。
……タケミカヅチだ。
今にも雪子を叩き潰さんとしている『シャドウ』の右腕に、タケミカヅチは両手を使って抗う。
『シャドウ』の右腕から伝わる冷気が、パキリパキリとタケミカヅチの手を凍らせていった。
己に返ってくる痛みに顔を顰めながらも、完二は押し返そうとする力を緩める事はしない。
しかし、『シャドウ』の圧倒的な力の前に、タケミカヅチは少しずつ押されていく。
このままだと押し負ける……!
そう完二が焦ったその時。
『シャドウ』の右腕に、横方向からトモエが《チャージ》を使って威力を高めた跳び蹴りを放ち、その軌道をずらした。
雪子とタケミカヅチから逸れて床に叩き付けられた右腕は、その辺りの床をブチ抜き、そしてその周囲を凍り付かせる。
『抗う事など無意味だ。
【真実】など求めた所で、何も得るモノは無い。
何故、それが分からないのだ』
『シャドウ』がそう言った瞬間、陽介たちの身体が重くなった。
否、その表現は正しくない。
正確には、底上げされていた身体能力が元に戻されたのだ。
『シャドウ』の使った《デカジャ》により、強化が打ち消された陽介たちは、その前後のギャップに常よりも動きが鈍る。
その隙を見逃す『シャドウ』では無かった。
『さあ、これで終わりだ。
知ろうとしたが故に、何も知り得ぬままに死ね!!』
グッと身を捩らせて『シャドウ』は左腕に力を集める。
高まったその力は、まるで闇夜の如く光すら逃がさない暗黒の様だ。
そして間髪入れずに、それを陽介たちに叩き付けんと周囲を薙ぎ払った。
陽介たちには、防御する暇も、回避する暇も存在しない。
成す術もなく、その一撃に曝されたのだった。
その一撃は、その凄まじいエネルギー故に、触れてすらも居ない周辺の床を抉り取り、粉砕された瓦礫は悉く虚空へと吸い込まれていく。
辺りの光景は、たった一撃によって一変していた。
ステージ周りの椅子も照明も、その一撃によって殆どが消滅していたのだ。
その一撃が通過した場所に、息がある者があろう筈はない。
だがしかし━━
◆◆◆◆◆
「右手払い攻撃来るよ!
みんな、避けて!!」
りせの指示に、雪子と完二は『シャドウ』から距離を取り、陽介と千枝は各々のペルソナの力を借りて中空へと飛び上がる。
その直後、『シャドウ』の右手が床を削り取る様に周囲を薙ぎ払った。
「ジライヤ、やれ!!」
「トモエ、《黒点撃》!」
ジライヤが巻き起こした豪風が追撃を行おうとしていた『シャドウ』の左手を押し返し、その隙にトモエの《黒点撃》が『シャドウ』の顔面に叩き付けられる。
その一撃に、『シャドウ』の顔面の罅割れは一段と広がり、大きな欠片が幾つか内なる虚空へと吸い込まれていったが、あまり『シャドウ』に堪えた様子は無い。
すわ物理耐性があるのか、と陽介たちは危惧したが、それは直ぐ様りせのアナライズによって否定される。
『シャドウ』の耐久力の高さ故に、微々たるダメージにしかならなかっただけの事であった。
「物理も疾風も効くってのは俺としちゃ有り難いが、単純に頑丈なだけっつーのも、厄介だな……!」
相手の防御力が高い場合、悠希が補助に回ってまず相手のガードを削っていたが、今はその悠希は戦闘に参加出来る状況に無い。
一人、しかもリーダーが欠けているという厳しい状況だが、それに輪をかけて不味い事に、陽介たちは先のりせの『シャドウ』との戦いから回復しきれていなかった。
あの金色の龍の力で身体の傷こそ完全に癒えているものの、精神的な損耗は回復したとは言い難い。
故に長期戦になると、陽介たちは非常に不利になるのだ。
だが、相手にこうも耐久力があると、短期で仕留めるのはほぼ不可能である。
置かれている状況の不味さに、陽介は思わずそう歯噛みした。
しかし、どれだけ悪状況であろうとも、負ける訳にはいかないのだ。
「『シャドウ』の身体が床に埋まっているから回避される心配はほぼ無いってのはありがたいよ!」
こんな状況下でもせめて士気は上げようと、千枝は敢えて闘志を燃え滾らせた声でそう言った。
床をブチ抜いている為、『シャドウ』の回避力はほぼ存在しないも同然である。
更に付け加えるならば、『シャドウ』の動き一つ一つは、緩慢とまでいかないものの素早くは無い。
だからこそ、りせの攻撃予測が追い付いているのだ。
しかし、その一撃の威力は凡百のシャドウのものとは文字通り桁が違う。
『シャドウ』がただ腕を払うだけでも、耐久力にはやや難のある雪子や、守勢に回ると存外脆い千枝などには致命傷にもなりかねない。
『シャドウ』とは一端距離を取った雪子と完二も、攻勢に回る。
コノハナサクヤが全力で放った《アギダイン》は僅かながらも『シャドウ』を仰け反らせ、続けざまにタケミカヅチが叩き込んだ《紫電砕》は『シャドウ』の身体に僅かな焦げ痕を残す。
だが、それだけだった。
『シャドウ』は有象無象らの攻撃など意に介さぬとばかりに、己の力を高める。
「火炎耐性無し、電撃耐性無し!
……っ! ヤバイよ!
『シャドウ』の攻撃力が跳ね上がった!
次、強い魔法来るよ!
みんな、ガードして!!」
りせに言われるがままに、全員が防御を固めた。
それとほぼ同時に、触れたもの全てを凍てつかせるかの様な冷気が『シャドウ』を中心に吹き荒れる。
ガードしていたにも関わらず、圧倒的なその威力に皆が膝を付いた。
特に、元々氷結属性を弱点としていた雪子は、手首から先が凍傷になったかの様に感覚が無い様だ。
冷気が吹き荒れた場所は、『シャドウ』を中心として床が見事に凍り付き、氷柱がまるで刺の様に生えている。
悠希を寝かせてある椅子は、幸運な事に、冷気の効果範囲から外れていた。
冷気が収まるや否や、直ぐ様雪子は回復魔法で皆の傷を癒すが、凍傷による消耗が激しかったのか、その足元は微かにふらついている。
そんな雪子を空かさず千枝が支えているのを横目で見つつ、陽介は焦りを隠し切れない顔をした。
よりによって回復役の雪子の弱点属性を『シャドウ』は攻撃パターンとして持っている。
益々不利になる状況に、焦るのは仕方が無い。
「氷結魔法……っつー事は、氷結属性は効かねーかもな。
里中は物理攻撃に専念してくれ!」
平時ならば、耐性を調べる為にも威力を弱めた氷結魔法をぶつけた方が良いのだが、今は効果の無い可能性が高い攻撃を行える程の余裕が存在しない。
今は兎に角、有効な攻撃を一つでも『シャドウ』に叩き込む必要がある。
「りせ、属性攻撃の前兆は掴めるか?」
「うん、多分出来ると思う。
攻撃される直前になるかも知れないけど……」
陽介がそう訊ねると、少し悔しげにりせは答えた。
元より攻撃の予測自体難しいものだ。
そこから更に氷結属性攻撃か否かを事前に判断するのは至難の技である。
故に警告が遅くなるのは致し方無い事だ。
「それで構わねーから、また氷結魔法が来そうになったら最優先で指示してくれ」
それでも、一瞬でも早くに防御に回れた方が受けるダメージは少ない。
今は兎に角、『シャドウ』の一撃で戦闘不能になりかねない雪子の被ダメージを減らすしかないのである。
その時、『シャドウ』が動いた。
『無駄な足掻きだ……。
何をしようとも、お前達の定めは覆らない。
《死》という絶対の定めが、お前達に与えられた《真実》なのだから……!』
そう言うなり『シャドウ』が右手を僅かに持ち上げる。
直後、りせが焦った様な鋭い声で警告を発した。
「マズいよ! みんな防御力が下げられてる!!」
『シャドウ』は《マハラクンダ》で陽介たちの防御力を下げにかかったのだ。
ここで《デクンダ》なり《マハラクカジャ》を使うなりしてその効果を打ち消さなくては非常に不味いのだが、陽介も千枝も雪子も完二も、それらのスキルを持ち合わせていない。
その二つを扱えるのは、今は戦闘に居ない悠希なのである。
陽介たちが扱えるのは強化能力(ゲームで言う所の“バフ”)だけだ。
それも、ジライヤの《スクカジャ》とトモエの《タルカジャ》だけ。
弱体化能力(所謂“デバフ”)は基本的に悠希が行ってきた。
悠希が居ない事が、ここまで厳しい戦いになるとは……。
陽介は思わず唇をキツく噛んだ。
「効果が切れるまでは避けるしかねえ!
よし、ジライヤ!!」
ジライヤは『シャドウ』への攻撃の手を止め、《スクカジャ》で一人一人の速さを底上げする。
ジライヤがその隙を狙われない様に、その間トモエとタケミカヅチが『シャドウ』の攻撃を引き付けていた。
『小賢しい真似を……』
「……! 何か全体攻撃、来るよ!」
『シャドウ』が陽介の行動に僅かに苛立ったかの様に左手を振り上げると同時に、りせがそう警告する。
直後、『シャドウ』が床に叩き付けたその左手を中心に、強烈な揺れと衝撃波が走った。
その一撃は床に張った氷を砕き、砕けた氷柱は衝撃波によって散弾の如く周囲に撒き散らされる。
皆は底上げされた回避力によって事なきを得たが、撒き散らされた氷柱が周囲の座席に深々と突き刺さっているのを見て、陽介は慌てて悠希を寝かせている辺りを目で確認した。
幸いにも攻撃は届かなかった様だ。
悠希の側にはペラペラになったクマが力なく凭れかけさせられている。
二人に被害が出ていない事にホッとしながら、陽介は気を引き締めた。
今の所は攻撃が届いていないが、今後どうなるかは分からないのだ。
これ以上周囲を破壊される前に、何としてでも『シャドウ』を止めなくてはならない。
「ヤバイ! 『シャドウ』の能力が軒並み上がったよ!
気を付けて!!」
『シャドウ』が《ヒートライザ》で自身の能力を軒並み引き上げた事をりせが知らせる。
『シャドウ』が能力強化を行った直後、格段に鋭さを増した薙ぎ払い攻撃が陽介たちを襲った。
それを何とか回避した陽介は、直ぐ様体勢を立て直す。
「それなら……!」
ジライヤの《デカジャ》━━相手の能力強化を打ち消すスキルにより、『シャドウ』の能力は即座に基礎状態に戻った。
急な能力の変動に、『シャドウ』の動きが鈍る。
そこを逃さずに、コノハナサクヤの《アギダイン》が『シャドウ』の直下から一点を打ち上げる様に叩き込まれ、『シャドウ』は少し仰け反った。
そして、がら空きの顔面に、《タルカジャ》と《チャージ》で強化されたトモエの《黒点撃》と、《タルカジャ》により強化されたタケミカヅチの《紫電砕》が両側から叩き込まれる。
トモエの一撃は罅割れを砕き、タケミカヅチの一撃により激しく迸った電撃は虚空に浮かぶ目を焼いた。
途端に、何をしても堪えた様子は無かった『シャドウ』が呻き声を上げ、トモエとタケミカヅチを振り払おうと、激しく身を捩らせて周囲を薙ぎ払う。
爪の一撃に切り裂かれそうになったトモエをジライヤが素早く救出し、タケミカヅチは己の得物を盾にその一撃を耐え忍んだ。
「あの目! あの目が弱点みたい!!
そこを集中的に狙って!!」
りせの指示に、雪子が《アギダイン》を『シャドウ』の目に目掛けて放つが、それは『シャドウ』が撃ち出した氷塊によって相殺され、辺りに濃霧を撒き散らす。
視界を封じられるのは不味いと判断した陽介によって霧は直ぐ様吹き散らされたが、僅かなその合間に既に『シャドウ』は動いていた。
『シャドウ』の口元が何か動いているのを視認した瞬間、ジライヤとコノハナサクヤの姿が掻き消される。
突然の出来事に陽介と雪子は愕然とした。
「大変! ペルソナが封じられてる!
これが解けるまで、ペルソナの召喚は出来ないよ!!
二人とも、気を付けて!」
ヒミコには何とも無かったりせがそう叫ぶ。
陽介たちは『シャドウ』のスキル━━《愚者の囁き》により魔封じ(ペルソナを封じられた状態)にされたのだ。
ペルソナ召喚が出来なくなり魔法等の能力も行使出来なくなる、非常に厄介な状態異常である。
魔封じ状態でも降魔による身体能力強化は生きているのだけは、本当に不幸中の幸いとも言えるが。
とにもかくにも、強大な『シャドウ』との戦闘中にペルソナの力が使えなくなるのは不味いとしか言いようが無い。
しかも、回復役である雪子が封じられたのが最も痛手だ。
『シャドウ』の狙いはそこだったのであろうけれども。
「マズイよ! 氷結属性攻撃が来る!」
ペルソナが封じられた雪子を狙って『シャドウ』は再び腕を振るった。
その鋭爪は冷気を帯びていて、そこに触れている空気中の水分が瞬く間に凍結していく。
擦っただけでも、雪子の体力を根刮ぎ持っていってしまうだろう。
そんな凶器が雪子に迫る直前で受け止めたものがいた。
……タケミカヅチだ。
今にも雪子を叩き潰さんとしている『シャドウ』の右腕に、タケミカヅチは両手を使って抗う。
『シャドウ』の右腕から伝わる冷気が、パキリパキリとタケミカヅチの手を凍らせていった。
己に返ってくる痛みに顔を顰めながらも、完二は押し返そうとする力を緩める事はしない。
しかし、『シャドウ』の圧倒的な力の前に、タケミカヅチは少しずつ押されていく。
このままだと押し負ける……!
そう完二が焦ったその時。
『シャドウ』の右腕に、横方向からトモエが《チャージ》を使って威力を高めた跳び蹴りを放ち、その軌道をずらした。
雪子とタケミカヅチから逸れて床に叩き付けられた右腕は、その辺りの床をブチ抜き、そしてその周囲を凍り付かせる。
『抗う事など無意味だ。
【真実】など求めた所で、何も得るモノは無い。
何故、それが分からないのだ』
『シャドウ』がそう言った瞬間、陽介たちの身体が重くなった。
否、その表現は正しくない。
正確には、底上げされていた身体能力が元に戻されたのだ。
『シャドウ』の使った《デカジャ》により、強化が打ち消された陽介たちは、その前後のギャップに常よりも動きが鈍る。
その隙を見逃す『シャドウ』では無かった。
『さあ、これで終わりだ。
知ろうとしたが故に、何も知り得ぬままに死ね!!』
グッと身を捩らせて『シャドウ』は左腕に力を集める。
高まったその力は、まるで闇夜の如く光すら逃がさない暗黒の様だ。
そして間髪入れずに、それを陽介たちに叩き付けんと周囲を薙ぎ払った。
陽介たちには、防御する暇も、回避する暇も存在しない。
成す術もなく、その一撃に曝されたのだった。
その一撃は、その凄まじいエネルギー故に、触れてすらも居ない周辺の床を抉り取り、粉砕された瓦礫は悉く虚空へと吸い込まれていく。
辺りの光景は、たった一撃によって一変していた。
ステージ周りの椅子も照明も、その一撃によって殆どが消滅していたのだ。
その一撃が通過した場所に、息がある者があろう筈はない。
だがしかし━━
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