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未知への誘い

◆◆◆◆◆





『我は……、汝は……。……、“……”を開く者よ』




 不意に誰かに呼ばれた様な気がして、緩やかに意識が浮上する。
 ……どうやら電気を点けたまま眠ってしまっていたらしい。
 まだボンヤリとした頭で時間を確認する。

 零時より少し前……。
 起きるにはまだまだ早過ぎる時間だ。

 取り敢えず点けっぱなしにしてしまっていた灯りを消して、閉め忘れていたカーテンを閉める。
 ガラス窓には雨垂れが絶えず滴り落ちていた。
 どうやら外では雨が降っているらしい。

 ……雨……?
 何か忘れている様な気はするけれど……。

 しかしほぼ眠っているのと変わらない頭は、全くと言って良い程働かない。


 ボヤッと暗い部屋を見回していると、唐突に部屋に光源が現れた。
 光源と言うには些か頼りないそれは、部屋に置かれていた小型のテレビからのモノだ。
 酷い雑音と砂嵐の様な画面が数秒続いた後、唐突に画面が切り替わる。
 不鮮明……ではないのだが、鮮明にも程遠い、一昔前位の画質のそれには、“誰か”が映っていた。
 顔付近の画像は特に荒くてよくは分からないが、その肩よりも長いフワッとした髪には何処かで見た覚えがある。

 誰……だろう。
 考えても、眠た過ぎて思考が端からボヤけてしまう。

 と言うよりも、何でテレビが点いているんだろうか。
 電源を入れた覚えはないのだけれども。
 もしかして故障だろうか。
 困ったな、まだ一回も使ってなかったのに……。

 一分か其処らで謎の映像は途切れ、再びテレビは沈黙した。

 一体何だったんだろう……。
 そう思いながらも、トロトロと襲ってくる眠気に包まれる様に、再び眠りの淵へと沈んでいった。






◆◆◆◆◆




【2011/04/14】


 今日は何やら学校が騒がしい。
 はて……何かあったのだろうか。
 考えてみても、それに思い当たる節は無い。

 騒めきに耳を傾けてみると、どうやら誰も彼もがいっそ狂気的な程に同じ話題について話している事に気が付いた。

 どうやら先日稲羽で起きたあの殺人事件の第一発見者が、昨日少しだけ話した小西先輩だと噂になっている様である。
 昨晩のニュースで流れていた映像は、声等に加工は施されていたものの、見る人が見れば小西先輩だと直ぐに分かるモノであったのだそうだ。
 騒ぎになってるのが原因なのかは知らないが、小西先輩は今日は休んでいるらしい。

 近隣で起こった殺人事件に対して関心が全く無いのかと問われれば、別にそういう訳でも無いのだが、叔父さんが実際に捜査に関わっている身としては、無責任な憶測を垂れ流すのを善しとする訳にはいかない。
 事件の早期解決を願うばかりだ。
 だから、小西先輩が第一発見者なのだと言われた所で、大して思う事はないのだ。
 小西先輩を質問攻めにした所で、そんな事は警察がとっくにやっているだろうし、それによって新事実が判明するなんてそんな御都合主義的な事はあるまい。
 無責任な野次馬根性で、根掘り葉掘り聞き出したって全く無意味な事である。
 無駄に相手を辟易させてしまうのが関の山だ。
 騒ぎ立てられ注目されるのを好む人なら兎も角、極一般的な感性を持つ人ならば、こうも無責任に騒がれるのは好まないだろう。
 小西先輩は実に運が悪いとしか言いようがない。
 まぁでも……何か他に話題が生まれれば、この騒ぎも直ぐに鎮静化するのではないだろうか。
 人の噂は七十五日とは言うが、実際の世の中はもっと移り気である。
 犯人が早く捕まればいいのだけれど……。

 授業が始まる少し前に花村が教室に入ってきた。
 何やら妙にソワソワしている。

「そーいえばさ、……昨日の話なんだけど……」

「昨日の話……?」

 言い淀む様な花村の言葉に鸚鵡返しに訊ね返した。
 はて、一体何の話だ?

「なんつーか、その……鳴上はさ、見た?」

「……目的語を省かれると意味が分かんないんだけど」

 そう首を傾げると、花村にオイオイと言いたげな顔をされる。

「《マヨナカテレビ》だよ、《マヨナカテレビ》!
 昨日試してみよーぜって話になったじゃんかよ!」

 あー……そう言えばそんな話もあったか……。

「悪いけど、昨日はグッスリ寝てたし……見てない。
 それに、何か……部屋のテレビが故障(?)してるみたいだし……起きてたとしても見れたかは分からなかった」

「故障? 修理に出せば?」

 横で聞いていた里中さんも口を挟む。

「結構古めの型だし、あと一寸でアナログ放送も終了するから。
 どうせなら修理に出すよりも新しいのに買い換えるかも」

「あーそれならあたしも一緒にテレビ見に行っても良い?
 ウチもそろそろ買い換えかなって話になってんだよねー」

「良いよ。じゃあ帰りにジュネスに寄ってみようか」

 里中さんは傍にいた天城さんにも声を掛けるが、どうやら今は忙しい時期らしく、放課後は直帰しなくてはならないらしい。
 家業の手伝いというものも大変である。

 そんなこんなで授業が始まり、誰の頭からも《マヨナカテレビ》の事は抜け落ちてしまった。




◆◆◆◆◆




 放課後、里中さんと花村と共にジュネスの家電コーナーを訪れていた。
 基本的に繁盛しているジュネスにしては珍しく、家電売り場に客の姿は疎らだ。
 まぁ、新生活への切り換えの時期からは少し外れているし、そもそも家電は日常的に買い換えるものでもない。
 これが人の流入の激しい都会なら兎も角、新たに引っ越したりしてくる人は稀なこの稲羽では、引っ越し関連での家電の買い入れも少ないだろう。
 それでもやっていけるのだろうけど。
 壁一面に並べられた様々なメーカーの薄型液晶テレビは大きさもマチマチだ。
 部屋に置くのに丁度良いサイズかつ値段の手頃な小型のテレビから、どう考えても一般的な家庭では置き場に困る様なテレビまで選り取りみどりである。
 最終的に購入するとしても小型のものになるだろうが、特大サイズのモノにはロマンがあってそれはそれで良い。
 これで映画を見たりゲームをやったら凄い迫力になる事だろう。

「そーいやさ、結局《マヨナカテレビ》は見れた?」

「うーん……一応?」

 特大テレビをしげしげと見ていると、背後で里中さんと花村がそんな話をしていた。

「あたしは……何か人影っぽいのは見えたんだけど……誰なのか分かんなかったし……。
 それに多分だけど、あの人影……女の人っぽかったんだよねー……。
 なーんか、どっかで見た事ある様な人だった気はするんだけど」

「お前もか、里中。
 俺も一応……映ってはいたんだが……画像が粗過ぎて誰なのかは分からなかった。
 でも確かに……何かこう……見覚えがある人だったんだよな。
 フワッとした、肩位の長さの髪で……あとウチの制服も着てて……。
 あー……喉元位まで出かかってる気がすんのに……」

「その人、もしかしてあたしが見た人と同じかも……。
 えっ……?
 花村とあたしの《運命の人》が同じ人って事?」

「知んねーよ。
 でも、マジであれ何だったんだろうな」

 ふと、二人の話題に上っている人物を自分も見た覚えがあった事に気が付く。

「私も……もしかしたら、見た、のかもしれない……その人影を。
 てっきりテレビの故障かと思ってたけど……」

「あれ? 鳴上は昨晩は寝てたんじゃねーの?」

「一度だけ途中で起きたから……。
 すぐにまた寝たんだけど、寝る前にほんの少しの間だけテレビが勝手に点いて……花村達が言う人影らしきものが映ってた」

 本当に極僅かな時間だったし、テレビの故障だと思っていた。
 それに大体、一度眠ってしまったら途中で目が覚めた事など殆ど無いものだから、もしかしたら夢の中の出来事だったのかなと位にしか考えてなかったのである。

「んー鳴上さんが見たその人影が《マヨナカテレビ》のものだったとして、三人の《運命の人》が同じって事になるのかなぁ……。
 てか、あたしも鳴上さんも、女なんだけど」

 そもそも《運命の人》も何も……誰が映ったのかてんで分からないのだ。
 何処かで見た事があるその容姿が多少は気に掛かるものの……だからと言って、積極的にその人物を探したいのかと問われればそれは否と答えるしかない。
 眉唾物だと思っていた都市伝説が、実はそうではなかったという点に関しては興味も沸くが……。

 ……しかしどういった仕組みであの映像は映ったのだろう。
 花村と里中さんも見た以上は、あのテレビの画面にだけに何か問題がある訳ではないだろうし……。

 そう思いながら目の前の巨大な画面に手を伸ばす。

 だがしかし。
 確かに画面に微かに触れた筈の指先には、ある筈の硬い感触が返ってこない。
 それどころか、微かな波紋を描いて指先はある筈の画面を通り抜けていく。

「っ!?」

 一瞬、壊してしまったのかと思い、慌てて指を引き抜いた。
 だが、指先が離れた後の画面には穴なんて空いてないし、何の問題もなくバラエティー番組が映っている。

 なら、目の錯覚か……?
 そう思い、目を軽く擦った後に、今度は右の掌を画面に触れさせる。
 やはり、ある筈の画面の感触がない。
 そして、右手は画面に呑み込まれていた。
 手首近くまでは沈み込んでしまうのを確認した後、手を引き抜く。

 早鐘を打つ鼓動を抑えようと、ゆっくりと大きく息をした。

「ん? どーかしたのか、鳴上?」

 様子がおかしく見えたのだろうか、花村が気遣わし気にそう声を掛けてきた。
 その声に花村の方を振り返る。

「……花村。
 私は……白昼夢を見ているのだろうか……」

 客観的にどう見えているのか気になったから、花村が見ている目の前で再び手を画面に伸ばした。

「っ!? お、おいっ!?
 どーなってんだ、それ?!」

 花村は混乱した様に、画面に沈み込んでいる右手とこちらとを見比べてきている。

「えっえっ?? な、何それ?!
 最近のテレビの新機能??」

 里中さんも茫然と見比べていた。
 混乱し過ぎていて、脳が正常に情報を処理出来ていなさそうな感じである。

「んな訳あるか!!
 えっ、マジで?? どーなってんの??
 新手のイリュージョンっ?!
 タネは?? 仕掛けはっ!?」

 慌てた様に二人がこちらに駆け寄ってきた。

 右手の先には何の感触も返ってこない。
 どうやら相当に広い空間の中にある様だ。
 肩程まで沈み込ませても、やはり何も無い。
 ……引き抜いた右手には特には異変は無い。
 画面に突っ込んだところで、そう害は無いと言う事だろうか……?

 少しだけ、ほんの少しだけ……沸き上がった好奇心に逆らえず、今度は頭を突っ込んでみる。
 しかし、……白く靄がかった視界が広がるだけで、特には何も見えない。
 はて、一体何なのだろう、これは。

「ちょっ! 鳴上?!
 馬鹿な真似は止せって!!」

「てか、人!! 人が来ちゃうってっ!!」

 背後で二人が騒いでいるな……と思い、一旦止めるか、と顔を画面から引き抜こうとしたその時。
 背後から急に重みが加わって、バランスを崩し。
 重力に従って、成す術もなく画面の中へと全身が呑み込まれてしまった。




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