Found Me
◇◇◇◇◇
6階はこれと言って問題はなく踏破する事が出来た。
『雨脚の武者』と言う、《剛毅》のアルカナに属する、雨の日のみに活動すると思わしきシャドウと切り結んだりもしたのだが、物理攻撃が通用する相手ならば早々手こずる事は無い。
皆と連係して素早く沈める事が出来たのであった。
そして7階に到着したその時、また何処からともなく『シャドウ』の声が降ってくる。
『うれしい! ホントに来てくれたんだ!
でも、やっぱりちょっと恥ずかしいからぁ……電気、消すね!』
その途端、フロアの照明が一斉に消え、辺りは真っ暗闇へと変わる。
急激な明暗差に狼狽える皆を落ち着かせた。
一度目を閉じ、暗闇に馴れた頃合いでもう一度目を開けると、僅かながら先が見える。
光源が全く消えた訳ではなく、僅かながらも豆電球の様な照明は生きている様だ。
しかしこれでは足元すらも覚束無いし、敵襲に気付けなくなる怖れもある。
カバンから常備しているペンライトを取り出して、それを灯した。
この暗闇の中では頼り無いが、無いよりはマシだ。
そして、皆には携帯画面の明かりで足元を照らす様に指示をした。
電波が通っていない為、この世界では無用の長物と化している携帯だが、光源としてはまあ悪くはないだろう。
花村たちは指示に従って携帯で足元とその周囲を照らし始める。
これで僅かながらも視界は確保出来た。
先頭を自分が、殿を花村に任せ、左右は里中さんと巽くんに任せ、真ん中に回復役の天城さんと打たれ弱くシャドウへの抵抗手段の無いクマ、という陣形を組んで先へと進む。
この暗闇の中では戦闘になるのは非常に不味い。
その為極力戦闘は避けて行く事になる。
戦闘を避けながら道なりに沿って進んで行くと、大きなカーテンで仕切られた部屋の前へと辿り着いた。
『いいよ。りせ、心の準備はできてるから……』
カーテンに手を掛けると、カーテンの向こうからそんな『シャドウ』の声が聞こえる。
……この向こうに『シャドウ』が居るのは間違いない様だ。
準備は良いか、と後ろを振り返ると、全員が頷く。
それを確認してから一気にカーテンを開け、部屋の中へと雪崩れ込んだ。
暗い部屋の中央には、『シャドウ』と思わしき人影が佇んでいた。
『りせ、初めてなの……やさしくしてね?
じゃあ、電気つけるよ?』
その言葉に嫌な予感を覚え、瞬間的に目を瞑る。
そしてその瞬間、照明が一斉に点いたのか、部屋が一気に眩しくなったのを、閉じた瞼の裏で感じた。
花村たちは突然の明暗差に声を上げつつ目を瞑ったり、顔を覆ったりしている様だ。
みんなよりも少し早く明るさに順応した為目を開けると、そこには。
確かにそこに居た筈の『シャドウ』の姿は無く、代わりに見上げる程巨大な純白の大蛇が、その身を妖しく踊らせていたのであった。
女性・男性を表すマークを象徴的に身に付けたシャドウは、鎌首をもたげてその口を大きく広げて、濁った吐息を辺りに撒き散らす。
毒を疑い、咄嗟にハンカチで口元を覆うも、体にこれと言った異常は無い。
「コイツは《恋愛》アルカナの『淫欲の蛇』クマ!
今のこの場では状態異常になり易くなってるクマ!
気を付けるクマよ!!」
クマに警告され、先程の攻撃の正体を認識した。
どうやらこの蛇型シャドウは状態異常の成功率を上げてから状態異常攻撃を仕掛けてくるタイプの様だ。
蛇の外見からしてその状態異常とは毒だろうか。
何にせよ、シャドウの動きには注視しなくてはならない。
様子見で投げ付けたシャーペンは、引っ掻き傷の様なものを僅かながらも蛇の鱗に残す。
どうやら物理攻撃は通用する様だ。
ならば、属性攻撃への耐性を調べるのみ。
皆には一旦威力を弱めた魔法で様子見をする様に指示を飛ばした。
各々のペルソナは、各自が得意とする属性攻撃には耐性を持つ。
弱めた魔法ならば、万が一反射され様とも大事には至らない。
「ディース!」
皆が耐性を調べている合間に、自分はその補助を行う。
敵が状態異常攻撃を仕掛けてくるというのならば、その攻撃の威力を下げるのではなく、その攻撃の命中率を下げた方が良い。
故に、降魔中であった《魔術師》アルカナの『ディース』を召喚し、《スクンダ》でシャドウから速さを奪った。
動きの鈍った『淫欲の蛇』に、弱い威力の魔法が集中砲火される。
風・雷・氷には僅かに身動ぎした程度だったが、火の粉の様な炎には明らかに身を捩って苦悶の鳴き声を上げた。
……このシャドウの弱点は炎か。
他の属性にも耐性は無さそうである。
「天城さんは火炎攻撃に専念、他の皆は私の後に続いて攻撃!」
ディースから《刑死者》アルカナの『オルトロス』に素早く切り換えて召喚した。
そこに、こちらの意図を汲んだ里中さんが、《タルカジャ》で速やかにオルトロスを強化してくれる。
「食い千切れ、オルトロス!」
オルトロスは大きく跳躍して、その双頭で『淫欲の蛇』の喉元に食らい付いた。
業火の如く燃えるその牙が、シャドウの身に深く食い込んでそこを燃やし始める。
途端に悲鳴を上げた『淫欲の蛇』は、オルトロスを振り払おうと、大きく身を踊らせた。
それに無理に抗おうとはせずに、オルトロスは『淫欲の蛇』から離れる。
その際に、シャドウが振り払おうとしている力をも利用して、全力でその身を食い千切っていくのは忘れずに。
《連鎖の炎刃》の効果で、『淫欲の蛇』の首回りに纏わりつく炎はまだ消えない。
「追撃行くぜ!」
オルトロスが『淫欲の蛇』から離れて一番最初に動いたのは、仲間内で最も素早い花村とジライヤだ。
ジライヤが巻き起こした烈風は、シャドウに纏わり付く炎の勢いを強め、炎はシャドウの上半身を包む程にまで燃え広がる。
身を焼く炎にのたうつシャドウの身体に、花村は山刀を突き刺した。
突き刺さった山刀はそのままに、花村は素早くシャドウから身を離す。
その直後に、床から生えた氷柱がシャドウを捕らえた。
いきなり身体の一部を氷に拘束された事でシャドウはバランスを崩し、床に倒れ伏す。
そして、その頭部に付いた仮面を叩き潰すかの様な勢いで、タケミカヅチの雷を纏った拳がシャドウを穿った。
追撃する度に轟々と勢いを増して燃え上がる炎は、既にシャドウを火だるまにしている。
燃え盛りながら悲鳴を上げてのたうち回るシャドウは苦し紛れにか、その牙を向いて襲い掛かろうとするが、ダメージと《スクンダ》によりその動きは鈍く、誰にも掠り傷一つすらも与えられずに牙は空を噛んだ。
「天城さん、止めを!」
そして、威力を可能な限り高めて放たれたコノハナサクヤの《アギダイン》によって、シャドウは瞬く間に炭化し、業火の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇
『淫欲の蛇』を下し、更に先へと進む。
━━みなさん、こんばんは! りせちーです!
━━みんないつも見てくれて、どうもありがとー!
薄暗く何処か不安にさせる照明のみが照らす中を進んで行く内に、何処からか声が降ってくる。
『シャドウ』のものでは無い…………。
恐らくは、久慈川さんの心の声だ……。
久慈川さんの声は、ここには居ないファンへと向けられている。
━━ファンのみんなに、りせのこと、ちょっとだけ語っちゃおうかな?
━━んーと……何から話そっかな……。
━━そうだなぁ…今の仕事は……
━━ウン、とっても充実してるかな。
━━小さい頃からずっと憧れてたから今は毎日がとても楽しいよ!
━━理想の男性は……うーん……
━━やさしくて清潔感がある人かな?
━━あ、顔とか別に興味ないかも。
━━あたし、逆にかっこいい人とかって苦手なんですよね~。
━━やっぱり人は中身が大切じゃないですか?
……“中身”。
その言葉に、クマが反応した。
クマには物理的に“中身”が無い。
だが、クマはもっと根本的な意味に於いて、己には“中身”が無いのだと悩ましげに呟いた。
……久慈川さんの悩みもクマと同様に、己の“中身”に関する事だったのだろうか。
それはまだ分からない。だけれども。
『私の全てを見せる』、『ホントの私を、よく見て』……。
この劇場で出会った『シャドウ』は、そう主張した。
それは誇張や曲解はあれども、元を辿れば紛れもなく久慈川さんの想いである筈だ。
……“アイドル”としての、“自分”とは違う、“作られたキャラクター”……。
……朧気ながらも、久慈川さんの悩み・抑圧が見えてきた気がする。
━━メンドーなのもー、我慢するのもー、りせには、ムリ! キライ! シンドスギ!
久慈川さんの声は、そんな『りせちー』の口癖で締め括られ、それ以降は途絶えた。
……今は先を急ごう。
フロアの行き当たり、恐らくはその先が階段だと思われる箇所のカーテンを開け放つと、そこには数台の戦車が待ち構えていた。
いや、戦車では無い。
戦車の形をしたシャドウだ。
側には秤の様な姿のシャドウも見受けられる。
戦車型のシャドウが何らかの自己強化能力を使ったのか、一気にその威圧感が増した。
「戦車型のシャドウは《戦車》アルカナの『魔弾の砲座』!
秤型のシャドウは《正義》アルカナの『雷と風のバランサー』クマ!」
魔弾……、属性攻撃を仕掛けてくると見た方が良いだろう。
それに、『雷と風のバランサー』か……。
……以前に戦った“バランサー”の名を冠するシャドウには、その名に含まれている属性攻撃が通用しなかった。
このシャドウもそうだと見た方が良い。
「花村と巽くんは『魔弾の砲座』の相手を、天城さんと里中さんは『雷と風のバランサー』の相手をお願い!」
『雷と風のバランサー』が仕掛けてくるのは、電撃属性と疾風属性の魔法攻撃だろう。
しかし全く初見の『魔弾の砲座』の攻撃手段は未知数だ。
数は……『雷と風のバランサー』が6体に、『魔弾の砲座』が3体。
数が多いのはやはり難点である。
「パズス、《ナバスネビュラ》!」
《悪魔》アルカナの『パズス』へとチェンジし、敵全体への物理攻撃と同時に相手を衰弱させる事もある一撃を放つ。
激しい熱砂の渦はシャドウの集団を呑み込んだが、『雷と風のバランサー』には何の変化も無い。
どうやら物理攻撃は通用しない様だ。
だが、『魔弾の砲座』の方には効果があったらしく、3体の内2体は心なしかグッタリとしている。
しかし、状態異常を免れた1体が、ギャリギャリと音を立てながら砲台を天城さんへと向けて、そして砲身から強大な氷塊を打ち出した。
天城さんは《マハラギオン》で『雷と風のバランサー』を薙ぎ払った直後で、防御は間に合わない。
「パズス!!」
咄嗟に、召喚状態を維持したままだったパズスの名を叫んだ。
パズスは瞬時に天城さんの前に降り立ち、その翼を広げて氷塊の前に立ち塞がる。
直後、氷塊はパズスを直撃した。
だが、パズスよりも巨大なその氷塊は、パズスに接触したその瞬間に、打ち出された直後の勢いのままにそれを放った『魔弾の砲座』自身を襲う。
パズスは氷結の属性を反射するからだ。
『魔弾の砲座』自身は氷結属性への耐性が無かった様で、跳ね返ってきたその一撃で消滅した。
強化されていただけに、その威力は強大なものだったのだろう。
その後、衰弱状態にある残り2体の『魔弾の砲座』は花村と巽くんの連携の前に成す術なく消滅し、『雷と風のバランサー』たちは《死神》アルカナの『サマエル』の《沈黙の魔方陣》で魔法を封じられた上で天城さんと里中さんによる属性攻撃で削られ、止めに放ったサマエルの《メギド》で跡形も無く消し飛んだのだった。
◇◇◇◇◇
6階はこれと言って問題はなく踏破する事が出来た。
『雨脚の武者』と言う、《剛毅》のアルカナに属する、雨の日のみに活動すると思わしきシャドウと切り結んだりもしたのだが、物理攻撃が通用する相手ならば早々手こずる事は無い。
皆と連係して素早く沈める事が出来たのであった。
そして7階に到着したその時、また何処からともなく『シャドウ』の声が降ってくる。
『うれしい! ホントに来てくれたんだ!
でも、やっぱりちょっと恥ずかしいからぁ……電気、消すね!』
その途端、フロアの照明が一斉に消え、辺りは真っ暗闇へと変わる。
急激な明暗差に狼狽える皆を落ち着かせた。
一度目を閉じ、暗闇に馴れた頃合いでもう一度目を開けると、僅かながら先が見える。
光源が全く消えた訳ではなく、僅かながらも豆電球の様な照明は生きている様だ。
しかしこれでは足元すらも覚束無いし、敵襲に気付けなくなる怖れもある。
カバンから常備しているペンライトを取り出して、それを灯した。
この暗闇の中では頼り無いが、無いよりはマシだ。
そして、皆には携帯画面の明かりで足元を照らす様に指示をした。
電波が通っていない為、この世界では無用の長物と化している携帯だが、光源としてはまあ悪くはないだろう。
花村たちは指示に従って携帯で足元とその周囲を照らし始める。
これで僅かながらも視界は確保出来た。
先頭を自分が、殿を花村に任せ、左右は里中さんと巽くんに任せ、真ん中に回復役の天城さんと打たれ弱くシャドウへの抵抗手段の無いクマ、という陣形を組んで先へと進む。
この暗闇の中では戦闘になるのは非常に不味い。
その為極力戦闘は避けて行く事になる。
戦闘を避けながら道なりに沿って進んで行くと、大きなカーテンで仕切られた部屋の前へと辿り着いた。
『いいよ。りせ、心の準備はできてるから……』
カーテンに手を掛けると、カーテンの向こうからそんな『シャドウ』の声が聞こえる。
……この向こうに『シャドウ』が居るのは間違いない様だ。
準備は良いか、と後ろを振り返ると、全員が頷く。
それを確認してから一気にカーテンを開け、部屋の中へと雪崩れ込んだ。
暗い部屋の中央には、『シャドウ』と思わしき人影が佇んでいた。
『りせ、初めてなの……やさしくしてね?
じゃあ、電気つけるよ?』
その言葉に嫌な予感を覚え、瞬間的に目を瞑る。
そしてその瞬間、照明が一斉に点いたのか、部屋が一気に眩しくなったのを、閉じた瞼の裏で感じた。
花村たちは突然の明暗差に声を上げつつ目を瞑ったり、顔を覆ったりしている様だ。
みんなよりも少し早く明るさに順応した為目を開けると、そこには。
確かにそこに居た筈の『シャドウ』の姿は無く、代わりに見上げる程巨大な純白の大蛇が、その身を妖しく踊らせていたのであった。
女性・男性を表すマークを象徴的に身に付けたシャドウは、鎌首をもたげてその口を大きく広げて、濁った吐息を辺りに撒き散らす。
毒を疑い、咄嗟にハンカチで口元を覆うも、体にこれと言った異常は無い。
「コイツは《恋愛》アルカナの『淫欲の蛇』クマ!
今のこの場では状態異常になり易くなってるクマ!
気を付けるクマよ!!」
クマに警告され、先程の攻撃の正体を認識した。
どうやらこの蛇型シャドウは状態異常の成功率を上げてから状態異常攻撃を仕掛けてくるタイプの様だ。
蛇の外見からしてその状態異常とは毒だろうか。
何にせよ、シャドウの動きには注視しなくてはならない。
様子見で投げ付けたシャーペンは、引っ掻き傷の様なものを僅かながらも蛇の鱗に残す。
どうやら物理攻撃は通用する様だ。
ならば、属性攻撃への耐性を調べるのみ。
皆には一旦威力を弱めた魔法で様子見をする様に指示を飛ばした。
各々のペルソナは、各自が得意とする属性攻撃には耐性を持つ。
弱めた魔法ならば、万が一反射され様とも大事には至らない。
「ディース!」
皆が耐性を調べている合間に、自分はその補助を行う。
敵が状態異常攻撃を仕掛けてくるというのならば、その攻撃の威力を下げるのではなく、その攻撃の命中率を下げた方が良い。
故に、降魔中であった《魔術師》アルカナの『ディース』を召喚し、《スクンダ》でシャドウから速さを奪った。
動きの鈍った『淫欲の蛇』に、弱い威力の魔法が集中砲火される。
風・雷・氷には僅かに身動ぎした程度だったが、火の粉の様な炎には明らかに身を捩って苦悶の鳴き声を上げた。
……このシャドウの弱点は炎か。
他の属性にも耐性は無さそうである。
「天城さんは火炎攻撃に専念、他の皆は私の後に続いて攻撃!」
ディースから《刑死者》アルカナの『オルトロス』に素早く切り換えて召喚した。
そこに、こちらの意図を汲んだ里中さんが、《タルカジャ》で速やかにオルトロスを強化してくれる。
「食い千切れ、オルトロス!」
オルトロスは大きく跳躍して、その双頭で『淫欲の蛇』の喉元に食らい付いた。
業火の如く燃えるその牙が、シャドウの身に深く食い込んでそこを燃やし始める。
途端に悲鳴を上げた『淫欲の蛇』は、オルトロスを振り払おうと、大きく身を踊らせた。
それに無理に抗おうとはせずに、オルトロスは『淫欲の蛇』から離れる。
その際に、シャドウが振り払おうとしている力をも利用して、全力でその身を食い千切っていくのは忘れずに。
《連鎖の炎刃》の効果で、『淫欲の蛇』の首回りに纏わりつく炎はまだ消えない。
「追撃行くぜ!」
オルトロスが『淫欲の蛇』から離れて一番最初に動いたのは、仲間内で最も素早い花村とジライヤだ。
ジライヤが巻き起こした烈風は、シャドウに纏わり付く炎の勢いを強め、炎はシャドウの上半身を包む程にまで燃え広がる。
身を焼く炎にのたうつシャドウの身体に、花村は山刀を突き刺した。
突き刺さった山刀はそのままに、花村は素早くシャドウから身を離す。
その直後に、床から生えた氷柱がシャドウを捕らえた。
いきなり身体の一部を氷に拘束された事でシャドウはバランスを崩し、床に倒れ伏す。
そして、その頭部に付いた仮面を叩き潰すかの様な勢いで、タケミカヅチの雷を纏った拳がシャドウを穿った。
追撃する度に轟々と勢いを増して燃え上がる炎は、既にシャドウを火だるまにしている。
燃え盛りながら悲鳴を上げてのたうち回るシャドウは苦し紛れにか、その牙を向いて襲い掛かろうとするが、ダメージと《スクンダ》によりその動きは鈍く、誰にも掠り傷一つすらも与えられずに牙は空を噛んだ。
「天城さん、止めを!」
そして、威力を可能な限り高めて放たれたコノハナサクヤの《アギダイン》によって、シャドウは瞬く間に炭化し、業火の中へと消えていった。
◇◇◇◇◇
『淫欲の蛇』を下し、更に先へと進む。
━━みなさん、こんばんは! りせちーです!
━━みんないつも見てくれて、どうもありがとー!
薄暗く何処か不安にさせる照明のみが照らす中を進んで行く内に、何処からか声が降ってくる。
『シャドウ』のものでは無い…………。
恐らくは、久慈川さんの心の声だ……。
久慈川さんの声は、ここには居ないファンへと向けられている。
━━ファンのみんなに、りせのこと、ちょっとだけ語っちゃおうかな?
━━んーと……何から話そっかな……。
━━そうだなぁ…今の仕事は……
━━ウン、とっても充実してるかな。
━━小さい頃からずっと憧れてたから今は毎日がとても楽しいよ!
━━理想の男性は……うーん……
━━やさしくて清潔感がある人かな?
━━あ、顔とか別に興味ないかも。
━━あたし、逆にかっこいい人とかって苦手なんですよね~。
━━やっぱり人は中身が大切じゃないですか?
……“中身”。
その言葉に、クマが反応した。
クマには物理的に“中身”が無い。
だが、クマはもっと根本的な意味に於いて、己には“中身”が無いのだと悩ましげに呟いた。
……久慈川さんの悩みもクマと同様に、己の“中身”に関する事だったのだろうか。
それはまだ分からない。だけれども。
『私の全てを見せる』、『ホントの私を、よく見て』……。
この劇場で出会った『シャドウ』は、そう主張した。
それは誇張や曲解はあれども、元を辿れば紛れもなく久慈川さんの想いである筈だ。
……“アイドル”としての、“自分”とは違う、“作られたキャラクター”……。
……朧気ながらも、久慈川さんの悩み・抑圧が見えてきた気がする。
━━メンドーなのもー、我慢するのもー、りせには、ムリ! キライ! シンドスギ!
久慈川さんの声は、そんな『りせちー』の口癖で締め括られ、それ以降は途絶えた。
……今は先を急ごう。
フロアの行き当たり、恐らくはその先が階段だと思われる箇所のカーテンを開け放つと、そこには数台の戦車が待ち構えていた。
いや、戦車では無い。
戦車の形をしたシャドウだ。
側には秤の様な姿のシャドウも見受けられる。
戦車型のシャドウが何らかの自己強化能力を使ったのか、一気にその威圧感が増した。
「戦車型のシャドウは《戦車》アルカナの『魔弾の砲座』!
秤型のシャドウは《正義》アルカナの『雷と風のバランサー』クマ!」
魔弾……、属性攻撃を仕掛けてくると見た方が良いだろう。
それに、『雷と風のバランサー』か……。
……以前に戦った“バランサー”の名を冠するシャドウには、その名に含まれている属性攻撃が通用しなかった。
このシャドウもそうだと見た方が良い。
「花村と巽くんは『魔弾の砲座』の相手を、天城さんと里中さんは『雷と風のバランサー』の相手をお願い!」
『雷と風のバランサー』が仕掛けてくるのは、電撃属性と疾風属性の魔法攻撃だろう。
しかし全く初見の『魔弾の砲座』の攻撃手段は未知数だ。
数は……『雷と風のバランサー』が6体に、『魔弾の砲座』が3体。
数が多いのはやはり難点である。
「パズス、《ナバスネビュラ》!」
《悪魔》アルカナの『パズス』へとチェンジし、敵全体への物理攻撃と同時に相手を衰弱させる事もある一撃を放つ。
激しい熱砂の渦はシャドウの集団を呑み込んだが、『雷と風のバランサー』には何の変化も無い。
どうやら物理攻撃は通用しない様だ。
だが、『魔弾の砲座』の方には効果があったらしく、3体の内2体は心なしかグッタリとしている。
しかし、状態異常を免れた1体が、ギャリギャリと音を立てながら砲台を天城さんへと向けて、そして砲身から強大な氷塊を打ち出した。
天城さんは《マハラギオン》で『雷と風のバランサー』を薙ぎ払った直後で、防御は間に合わない。
「パズス!!」
咄嗟に、召喚状態を維持したままだったパズスの名を叫んだ。
パズスは瞬時に天城さんの前に降り立ち、その翼を広げて氷塊の前に立ち塞がる。
直後、氷塊はパズスを直撃した。
だが、パズスよりも巨大なその氷塊は、パズスに接触したその瞬間に、打ち出された直後の勢いのままにそれを放った『魔弾の砲座』自身を襲う。
パズスは氷結の属性を反射するからだ。
『魔弾の砲座』自身は氷結属性への耐性が無かった様で、跳ね返ってきたその一撃で消滅した。
強化されていただけに、その威力は強大なものだったのだろう。
その後、衰弱状態にある残り2体の『魔弾の砲座』は花村と巽くんの連携の前に成す術なく消滅し、『雷と風のバランサー』たちは《死神》アルカナの『サマエル』の《沈黙の魔方陣》で魔法を封じられた上で天城さんと里中さんによる属性攻撃で削られ、止めに放ったサマエルの《メギド》で跡形も無く消し飛んだのだった。
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