Found Me
◆◆◆◆◆
【2011/06/25】
……………………
………………
…………
……
今日は土曜日なので昼からは放課後だ。
激しい雷雨が降り頻る中、各自準備を整えてから、直ぐ様ジュネスに集合してテレビの向こうへと向かった。
そして、そこで待っていたクマに、久慈川さんについて分かった限りの事を伝える。
「なるほど……クマと同じね。
繊細でセンチメンタルなタイプね。
ムムムムム…………。
おおっ、コレクマか?
見付けた? クマ見付けちゃった!?
こっちクマよ!」
どうやら、あれだけしかない情報でもクマは久慈川さんの特定に成功したらしい。
クマに案内されて辿り着いたその場所は……。
……異様に暗い、というか真っ暗だ。
足元が覚束無い程である。
「何ここ……真っ暗じゃん」
里中さんがそうボヤいた瞬間、一斉に明かりが灯されたのか、視界が真白に染まった。
急な明暗の変化に思わず目を瞑り、少しして明かりに目が慣れてからソロソロと目を開けると……。
……そこには、《マヨナカテレビ》に映っていた、劇場の様な場所が広がっていた。
しかし、妙に怪しいというか如何わしさが漂っている気がする。
眩しい程の光源に照らされ、緞帳の様に厚いカーテンにはハートマーク様の模様が乱舞し、派手な真っ赤な革貼りのソファと木製のテーブルが立ち並び、ステージの奥からはスモークの様な霧がモワモワと漂ってきていて…………何とも妖しい。
「ここに久慈川さんが……?」
「そークマ! クマの鼻がビンビン反応してるクマよ!」
思わず呟いた言葉に、クマは胸を張って答えてみせた。
花村たちはと言うと、如何わしい妖しさを漂わせるこの場所に戸惑っている様な顔で視線を忙しく動かしている。
「……これって、温泉街には付き物のアレ!?」
暫しの沈黙の後、花村がそう声を上げた。
花村の言う通りこの場所には、温泉街で見掛ける如何わしい店の雰囲気が確かに漂っている……。
天城さんもそれを肯定したが、天城屋旅館の周辺には無いよ、と慌てて補足を入れた。
「ストリップ……てやつっスか」
巽くんの呟きを拾ったクマが、何故かドヤ顔をする。
「はっはーん!
読めたクマよ……シマシマのやつクマね!?」
「……それは、“ストライプ”、だね」
「ストリップって……シマシマのやつクマね!?」
訂正しても、クマはしつこく繰り返す。
……どうやら、わざとボケているつもりらしい。
しかし、ツッコミを貰いたいのならそんなボケでは甘い。
結局、全員に無視されたクマが先に折れた。
◇◇◇◇◇
劇場の内部は、息苦しくなる程ピンクや紫色の内装で、目が痛くなる程眩しくライトアップされた場所と全く光の当たらない薄暗い場所がある等、照明が偏り過ぎているのも見ていて辛い。
やや狭い通路は、幾つもの分岐路を出しながら緩やかにクネクネと曲がっていて、視覚的な変化に乏しいのも相俟って、ともすれば方向感覚を喪ってしまいそうにもなる。
巽くんの大浴場も長居はしたくない場所であったが、ここはそれとは異なる理由で長居したくない。
「つーかさ、《マヨナカテレビ》……どんどんヤバい内容になってってねーか」
微妙に薄暗い通路に注意しながら先を急いでいると、不意に花村がそう溢した。
その言葉に足を止めず頷いて、肯定を示す。
「確かに、過激さが増していってるな。
それだけ抑圧が大きかったという事なのかも知れないが……」
……しかし、果たしてそれだけが原因なのだろうか。
あの『シャドウ』が映らない《マヨナカテレビ》を映し出しているのが、不特定多数の人間の心なのだとしたら、『シャドウ』が作り出した《マヨナカテレビ》だって、不特定多数の人間の心の影響が無いとは言い切れない。
ただでさえ、《マヨナカテレビ》が胸やら太ももやらをやたら強調する映像となっていただけに、その可能性は否めないだろう。
「脱ぐとかシャレになんないし、早く助けてあげなきゃ!」
里中さんが気合いを入れる様に上げたその声に全員で頷く。
兎も角も、どんな経緯があったのだとすれども。
幾ら『シャドウ』の暴走とは言ってもこのままストリップなぞを敢行させる訳にはいかない。
そんな事をして一番傷付くのは、久慈川さん自身なのだから。
そう思いを強くして先を急いでいると、行く手にシャドウが立ち塞がった。
以前雨の日の大浴場で戦った『霧雨兄弟』と全く同じ様な外見で、そこに付いている仮面だけが異なるシャドウと、それとは別のまるで巨大な彫刻の様なシャドウだ。
内訳としては各々が三体ずつ立ち塞がっている。
通路は狭く、シャドウを倒して行くしか先に進む術は無さそうだ。
「その彫刻みたいなシャドウは『生成の彫像』、アルカナは《女帝》!
霧の塊みたいなシャドウは『霧雨の三女』、アルカナはこっちも《女帝》クマー!!」
以前大浴場で戦った『霧雨兄弟』は氷結の魔法以外の全ての属性攻撃を無効化・吸収する厄介な相手だった。
この『霧雨の三女』が氷結属性を弱点としているのかは分からないが、それでも単一属性のみを弱点としている可能性は大いに有り得る。
ここは『霧雨の三女』を、ペルソナを切り換える事によって全属性で攻撃が可能な自分が引き受けるのがベストだろう。
「私が『霧雨の三女』を引き受ける!
皆は『生成の彫像』の相手を!
見るからに固そうな相手だ、もしかしたら物理攻撃はあまり効果が無いかもしれない!
魔法で攻撃する事も念頭に置いて相手をしてくれ!」
四人が頷いて『生成の彫像』を引き受けてくれたのを確認してから、『霧雨の三女』へと対峙する。
取り敢えずは以前出会った『霧雨兄弟』にも有効だった氷結属性を試してみた方が良いだろう。
万が一反射された場合の事を考えて、氷結属性を無効化する耐性を持っている《節制》アルカナの『ゲンブ』へとペルソナを切り換えて召喚する。
「ゲンブ、《マハブフーラ》!」
ゲンブがその力を奮い、猛吹雪が『霧雨の三女』たちを呑み込んだ。
その途端、『霧雨の三女』を構成するスモッグの様な霧は圧倒的な冷気によって瞬時に凍てつき、『霧雨の三女』たちは床へと叩き付けられる様に落下し、その仮面が砕けると共に塵へと還っていくのだった。
『生成の彫像』の方も、どうやら電撃属性が弱点だったらしく、巽くんの活躍により殲滅に成功した様だ。
特にこれといった負傷等の問題は無さそうなので、先を急ぐ事にしよう。
その後もゴムで出来た二本鎖DNAを模したかの様な棒人間モドキのシャドウや、社交ダンスでも踊っているかの様なシャドウ、岩の様なシャドウ、カラスの様なシャドウ、目玉が宙に浮かぶ頭だけのシャドウなどにも遭遇したが、時に物理攻撃でそのまま押し通ったり、ハマ・ムドなどの即死魔法で蹴散らしたりしつつ、一気に三層目まで駆け抜けた。
◇◇◇◇◇
三層目に到達した時……、久慈川さんらしき人影を見付けた。
……しかし、その格好から察するに、久慈川さん本人では無く、久慈川さんの『シャドウ』の方だ。
広場の様な場所でくるりと此方を振り返ったその瞳は、『シャドウ』である事を表すかの様に金色に妖しく輝いている。
『ファンのみんな~!
来てくれて、ありがと~ぉ!』
まるでコンサート会場か何かでファンに声を掛ける様な調子で、『シャドウ』はこの場には居ないファンに語り掛けた。
『今日はりせの全てを見せちゃうよ~!
……えぇ? どうせウソだろって?
アハハ、おーけーおーけー!』
そう笑顔で話す『シャドウ』だが、その目は妖しい光を湛えている。
そして、スルリとビキニのヒモに手を掛けかけたが、寸前でその手を止めた。
『ならここで……、あ、でもここじゃスモーク焚きすぎで見えないカナ?
じゃぁもう少し奥で、ウソじゃないって、ちゃーんと証明したげるネ!!』
その言葉と共に、
【マルキュン真夏の夢特番!
丸ごと一本、りせちー特出しSP!】
と言うテロップが『シャドウ』の背後に浮かぶ……。
……巽くんの時も思ったが、どういう仕組みなのだろうか。
テロップが現れた瞬間、シャドウの騒めきが途端に激しくなる。
最早耳を塞ぎたくなる位だ。
この時間に《マヨナカテレビ》は映らない。
この場に『久慈川りせ』のファンは……まあ花村はその様ではあるが、少なくとも“ファン”として今この場に居る人間は居ない。
しかし、ここがあの《マヨナカテレビ》と同じく不特定多数の人間の心の影響も受けている場所なのだとすれば、今この瞬間も、不特定多数の誰かが、意識に上らせているかどうかは兎も角として、『久慈川りせ』に興味を抱いていると言う事なのかも知れない。
『シャドウ』が語り掛ける“ファン”とやらは、そう言う人間の事を指しているのだろうか。
『じゃあ、ファンのみんな!
チャンネルはそのまま!
ホントの私……よ~く見てね! マルキュン!』
とキメ台詞の様な何かを言うなり、『シャドウ』は奥へと駆け去ってしまう。
「……待ってっ!
……ダメだ、反応しない……。
とにかく、あの『シャドウ』を追わないと!」
「だな。ストリップなんて、イタい話聞かれるだけなのとは訳が違うって!」
この世界で『シャドウ』がやらかした事が、あちらの世界にどう影響するのかは分からないが、どうであれストリップなどとは喪うモノが大き過ぎる……。
兎も角追うしかない、と駆け出したそこへ。
行く手を塞ぐ様に、車か何かの車輪にライオンの頭が付いた様な姿のシャドウが8体も現れる。
そのシャドウに阻まれて足を止めた僅かな間に、『シャドウ』はスモークの向こうへと姿を消し、完全に見失ってしまった。
「ムムムッ、コイツらは『雨脚の滑車』!
アルカナは《戦車》クマ!!」
……雨、か。
コイツらも雨の日にしか現れない珍しいシャドウなのか……?
だとすると、特定の属性しか効かないか、厄介な状態異常にしてくる攻撃を仕掛けてくるのかもしれない。
どちらにせよ、心してかからなくては……。
そう思ったその時、『雨脚の滑車』たちはまるで中空を滑走するかの様にこちらに一斉に突撃してくる。
「全員、回避!!」
瞬間的な判断で、降魔中だった《太陽》アルカナの『ヤタガラス』を召喚して《マハスクカジャ》で全員の回避能力を引き上げた。
『雨脚の滑車』たちが一気にトップスピードで突っ込んでくるその勢いは、まるで高速道路を走行するダンプカーの様だ。
『雨脚の滑車』の大きさ自体は2メートル弱だろうが、その大きさのモノがそんな勢いで激突したらタダでは済まない。
防御に徹していても、弾き飛ばされ、そこを後続の『雨脚の滑車』に襲われるだけだ。
咄嗟の判断で、しかもギリギリでの回避指示だったが、皆は半ば反射的にか回避に成功する。
そして、『雨脚の滑車』たちがUターンしようとするそこを狙って、ヤタガラスが《マハガル》を叩き付けるが。
「チッ、疾風属性は吸収するのか……!」
叩き付けられた烈風を『雨脚の滑車』は全く意に介する事なく、寧ろよりその勢いを増した。
厄介な事に、単一属性のみが弱点のタイプの可能性が高い。
ここは如何なる耐性をも無効化してダメージを与える、《メギド》で振り払うべきなのだろうか。
「なら、これでどうだっ!?」
その時、花村が手にしていた山刀を勢いよく振りかぶってから、『雨脚の滑車』へ向けて投擲した。
ジライヤの力で風を巻き込みながら、山刀は深く『雨脚の滑車』に突き刺さったのだが、『雨脚の滑車』は一向に意に介さずに、寧ろ心地良さげに唸る。
「物理無効……、いや、吸収か……?
ともかく、物理と疾風は効かないみたいだ!」
このままでは再度の突進を許してしまう。
先ずは『雨脚の滑車』の動きを止めなくてはならない。
ペルソナをヤタガラスから、《月》アルカナの『アルウラネ』へと切り換えた。
「アルウラネ、《オールド・ワン》!」
相手を老化させる光が『雨脚の滑車』たちを包み込む。
途端に『雨脚の滑車』たちは精彩を失い、明後日の方向へと向かおうとするものも出てくる。
これで一先ず突進を封じた。
後は弱点を突くなり、万能属性で薙ぎ払うか、だ。
「あーっ、もう、しゃらクセェ! これで、どうだ!!」
若干苛立った様な声を上げ、巽くんが呼び出したタケミカヅチが雷を『雨脚の滑車』へと落とす。
途端に、まるで融けたかの様にあっさりと『雨脚の滑車』は塵へと還った。
どうやら電撃属性が弱点だった様だ。
それを見てペルソナを《正義》アルカナの『ドミニオン』へと切り換える。
「ナイスだ、巽くん! 薙ぎ払え、ドミニオン!!」
ドミニオンが手にした秤を掲げると、『雨脚の滑車』たちを雷撃が一瞬で飲み込み、塵すら残さず消滅させた。
◇◇◇◇◇
『シャドウ』の姿を追いつつ、久慈川さんを捜して5階へと踏み込んだ。
『あれー!? こんなトコまで来るなんて、りせのファンの人?』
途端に、何処からともなく久慈川さんの……いや、『シャドウ』の声が降ってくる。
『りせちー、超うれしー!
せっかく来てくれたんだからぁ、特別にサービスしちゃおっかなぁ……』
どう考えてもロクなモノではないだろうサービスなど不要だ。
要らない。
熨斗を付けてお返ししたい。
そんな心境を察しているのか否かは分からないが、『シャドウ』はこちらの反応に構う事なく捲し立てる。
『……でも、ここじゃダメ!
りせちーに、あなたの頑張りをもうちょっと見せてほしいな!
待ってるからね!』
そう一方的に言い捨てて、声はすっかり止んだ。
…………『りせちー』、か。
……『シャドウ』はやはりアイドルである事自体は否定していない様に感じる。
では、あの『シャドウ』は一体何を抑圧して生まれたものなのだろう。
……今はとにかく、先に進むしかない、か。
フロアを進み、6階へと繋がる階段を発見したその時。
サイコロの様なシャドウがゴロゴロと降ってきた。
2つの正六面体で1つのシャドウとなしているそのシャドウ計三体は、行く手を阻むかの如く中空に浮かぶ。
「コイツらは『シルバーダイス』!
アルカナは《運命》クマ!」
そのものズバリな名前のシャドウは、特にこちらに襲いかかる様子もなく浮かんでいる。
……何のつもりなのだろうか?
そう首を傾げそうになったその時、耳が微かな……まるで時計の秒針が立てているかの様な音を拾う。
まさか、と思いながらも、半ばその直感に突き動かされる様に《女帝》アルカナの『ガブリエル』を召喚し、《マハガルーラ》で『シルバーダイス』の集団を出来るだけ遠くへと吹き飛ばした。
叩き付けられた突風によりゴロゴロと転がっていく『シルバーダイス』たちからは次第に大きくなっていく秒針の音が絶えず洩れている。
そして、その音が止まった瞬間。
カッ━━、と眩しい光を放った『シルバーダイス』たちは爆発四散し、爆発が起きた辺りの炭化した床には僅かな金属片のみが残り、そしてそれも直ぐ様塵へと還っていった。
「うっわ……、自爆かよ」
巽くんは微かに呻きながら呟く。
「あの爆発に巻き込まれていたら大惨事だったな。
今後、あのシャドウを見掛けたら自爆されない様に注意しなくては……」
あの爆発は所謂万能属性……どんな耐性をも無効とする攻撃だ。
食らえばタダでは済まないだろう。
今後、シャドウとの乱戦中などに『シルバーダイス』が紛れ込んでないかどうか、警戒しなくてはならない。
……今は先へ進もう。
◇◇◇◇◇
【2011/06/25】
……………………
………………
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今日は土曜日なので昼からは放課後だ。
激しい雷雨が降り頻る中、各自準備を整えてから、直ぐ様ジュネスに集合してテレビの向こうへと向かった。
そして、そこで待っていたクマに、久慈川さんについて分かった限りの事を伝える。
「なるほど……クマと同じね。
繊細でセンチメンタルなタイプね。
ムムムムム…………。
おおっ、コレクマか?
見付けた? クマ見付けちゃった!?
こっちクマよ!」
どうやら、あれだけしかない情報でもクマは久慈川さんの特定に成功したらしい。
クマに案内されて辿り着いたその場所は……。
……異様に暗い、というか真っ暗だ。
足元が覚束無い程である。
「何ここ……真っ暗じゃん」
里中さんがそうボヤいた瞬間、一斉に明かりが灯されたのか、視界が真白に染まった。
急な明暗の変化に思わず目を瞑り、少しして明かりに目が慣れてからソロソロと目を開けると……。
……そこには、《マヨナカテレビ》に映っていた、劇場の様な場所が広がっていた。
しかし、妙に怪しいというか如何わしさが漂っている気がする。
眩しい程の光源に照らされ、緞帳の様に厚いカーテンにはハートマーク様の模様が乱舞し、派手な真っ赤な革貼りのソファと木製のテーブルが立ち並び、ステージの奥からはスモークの様な霧がモワモワと漂ってきていて…………何とも妖しい。
「ここに久慈川さんが……?」
「そークマ! クマの鼻がビンビン反応してるクマよ!」
思わず呟いた言葉に、クマは胸を張って答えてみせた。
花村たちはと言うと、如何わしい妖しさを漂わせるこの場所に戸惑っている様な顔で視線を忙しく動かしている。
「……これって、温泉街には付き物のアレ!?」
暫しの沈黙の後、花村がそう声を上げた。
花村の言う通りこの場所には、温泉街で見掛ける如何わしい店の雰囲気が確かに漂っている……。
天城さんもそれを肯定したが、天城屋旅館の周辺には無いよ、と慌てて補足を入れた。
「ストリップ……てやつっスか」
巽くんの呟きを拾ったクマが、何故かドヤ顔をする。
「はっはーん!
読めたクマよ……シマシマのやつクマね!?」
「……それは、“ストライプ”、だね」
「ストリップって……シマシマのやつクマね!?」
訂正しても、クマはしつこく繰り返す。
……どうやら、わざとボケているつもりらしい。
しかし、ツッコミを貰いたいのならそんなボケでは甘い。
結局、全員に無視されたクマが先に折れた。
◇◇◇◇◇
劇場の内部は、息苦しくなる程ピンクや紫色の内装で、目が痛くなる程眩しくライトアップされた場所と全く光の当たらない薄暗い場所がある等、照明が偏り過ぎているのも見ていて辛い。
やや狭い通路は、幾つもの分岐路を出しながら緩やかにクネクネと曲がっていて、視覚的な変化に乏しいのも相俟って、ともすれば方向感覚を喪ってしまいそうにもなる。
巽くんの大浴場も長居はしたくない場所であったが、ここはそれとは異なる理由で長居したくない。
「つーかさ、《マヨナカテレビ》……どんどんヤバい内容になってってねーか」
微妙に薄暗い通路に注意しながら先を急いでいると、不意に花村がそう溢した。
その言葉に足を止めず頷いて、肯定を示す。
「確かに、過激さが増していってるな。
それだけ抑圧が大きかったという事なのかも知れないが……」
……しかし、果たしてそれだけが原因なのだろうか。
あの『シャドウ』が映らない《マヨナカテレビ》を映し出しているのが、不特定多数の人間の心なのだとしたら、『シャドウ』が作り出した《マヨナカテレビ》だって、不特定多数の人間の心の影響が無いとは言い切れない。
ただでさえ、《マヨナカテレビ》が胸やら太ももやらをやたら強調する映像となっていただけに、その可能性は否めないだろう。
「脱ぐとかシャレになんないし、早く助けてあげなきゃ!」
里中さんが気合いを入れる様に上げたその声に全員で頷く。
兎も角も、どんな経緯があったのだとすれども。
幾ら『シャドウ』の暴走とは言ってもこのままストリップなぞを敢行させる訳にはいかない。
そんな事をして一番傷付くのは、久慈川さん自身なのだから。
そう思いを強くして先を急いでいると、行く手にシャドウが立ち塞がった。
以前雨の日の大浴場で戦った『霧雨兄弟』と全く同じ様な外見で、そこに付いている仮面だけが異なるシャドウと、それとは別のまるで巨大な彫刻の様なシャドウだ。
内訳としては各々が三体ずつ立ち塞がっている。
通路は狭く、シャドウを倒して行くしか先に進む術は無さそうだ。
「その彫刻みたいなシャドウは『生成の彫像』、アルカナは《女帝》!
霧の塊みたいなシャドウは『霧雨の三女』、アルカナはこっちも《女帝》クマー!!」
以前大浴場で戦った『霧雨兄弟』は氷結の魔法以外の全ての属性攻撃を無効化・吸収する厄介な相手だった。
この『霧雨の三女』が氷結属性を弱点としているのかは分からないが、それでも単一属性のみを弱点としている可能性は大いに有り得る。
ここは『霧雨の三女』を、ペルソナを切り換える事によって全属性で攻撃が可能な自分が引き受けるのがベストだろう。
「私が『霧雨の三女』を引き受ける!
皆は『生成の彫像』の相手を!
見るからに固そうな相手だ、もしかしたら物理攻撃はあまり効果が無いかもしれない!
魔法で攻撃する事も念頭に置いて相手をしてくれ!」
四人が頷いて『生成の彫像』を引き受けてくれたのを確認してから、『霧雨の三女』へと対峙する。
取り敢えずは以前出会った『霧雨兄弟』にも有効だった氷結属性を試してみた方が良いだろう。
万が一反射された場合の事を考えて、氷結属性を無効化する耐性を持っている《節制》アルカナの『ゲンブ』へとペルソナを切り換えて召喚する。
「ゲンブ、《マハブフーラ》!」
ゲンブがその力を奮い、猛吹雪が『霧雨の三女』たちを呑み込んだ。
その途端、『霧雨の三女』を構成するスモッグの様な霧は圧倒的な冷気によって瞬時に凍てつき、『霧雨の三女』たちは床へと叩き付けられる様に落下し、その仮面が砕けると共に塵へと還っていくのだった。
『生成の彫像』の方も、どうやら電撃属性が弱点だったらしく、巽くんの活躍により殲滅に成功した様だ。
特にこれといった負傷等の問題は無さそうなので、先を急ぐ事にしよう。
その後もゴムで出来た二本鎖DNAを模したかの様な棒人間モドキのシャドウや、社交ダンスでも踊っているかの様なシャドウ、岩の様なシャドウ、カラスの様なシャドウ、目玉が宙に浮かぶ頭だけのシャドウなどにも遭遇したが、時に物理攻撃でそのまま押し通ったり、ハマ・ムドなどの即死魔法で蹴散らしたりしつつ、一気に三層目まで駆け抜けた。
◇◇◇◇◇
三層目に到達した時……、久慈川さんらしき人影を見付けた。
……しかし、その格好から察するに、久慈川さん本人では無く、久慈川さんの『シャドウ』の方だ。
広場の様な場所でくるりと此方を振り返ったその瞳は、『シャドウ』である事を表すかの様に金色に妖しく輝いている。
『ファンのみんな~!
来てくれて、ありがと~ぉ!』
まるでコンサート会場か何かでファンに声を掛ける様な調子で、『シャドウ』はこの場には居ないファンに語り掛けた。
『今日はりせの全てを見せちゃうよ~!
……えぇ? どうせウソだろって?
アハハ、おーけーおーけー!』
そう笑顔で話す『シャドウ』だが、その目は妖しい光を湛えている。
そして、スルリとビキニのヒモに手を掛けかけたが、寸前でその手を止めた。
『ならここで……、あ、でもここじゃスモーク焚きすぎで見えないカナ?
じゃぁもう少し奥で、ウソじゃないって、ちゃーんと証明したげるネ!!』
その言葉と共に、
【マルキュン真夏の夢特番!
丸ごと一本、りせちー特出しSP!】
と言うテロップが『シャドウ』の背後に浮かぶ……。
……巽くんの時も思ったが、どういう仕組みなのだろうか。
テロップが現れた瞬間、シャドウの騒めきが途端に激しくなる。
最早耳を塞ぎたくなる位だ。
この時間に《マヨナカテレビ》は映らない。
この場に『久慈川りせ』のファンは……まあ花村はその様ではあるが、少なくとも“ファン”として今この場に居る人間は居ない。
しかし、ここがあの《マヨナカテレビ》と同じく不特定多数の人間の心の影響も受けている場所なのだとすれば、今この瞬間も、不特定多数の誰かが、意識に上らせているかどうかは兎も角として、『久慈川りせ』に興味を抱いていると言う事なのかも知れない。
『シャドウ』が語り掛ける“ファン”とやらは、そう言う人間の事を指しているのだろうか。
『じゃあ、ファンのみんな!
チャンネルはそのまま!
ホントの私……よ~く見てね! マルキュン!』
とキメ台詞の様な何かを言うなり、『シャドウ』は奥へと駆け去ってしまう。
「……待ってっ!
……ダメだ、反応しない……。
とにかく、あの『シャドウ』を追わないと!」
「だな。ストリップなんて、イタい話聞かれるだけなのとは訳が違うって!」
この世界で『シャドウ』がやらかした事が、あちらの世界にどう影響するのかは分からないが、どうであれストリップなどとは喪うモノが大き過ぎる……。
兎も角追うしかない、と駆け出したそこへ。
行く手を塞ぐ様に、車か何かの車輪にライオンの頭が付いた様な姿のシャドウが8体も現れる。
そのシャドウに阻まれて足を止めた僅かな間に、『シャドウ』はスモークの向こうへと姿を消し、完全に見失ってしまった。
「ムムムッ、コイツらは『雨脚の滑車』!
アルカナは《戦車》クマ!!」
……雨、か。
コイツらも雨の日にしか現れない珍しいシャドウなのか……?
だとすると、特定の属性しか効かないか、厄介な状態異常にしてくる攻撃を仕掛けてくるのかもしれない。
どちらにせよ、心してかからなくては……。
そう思ったその時、『雨脚の滑車』たちはまるで中空を滑走するかの様にこちらに一斉に突撃してくる。
「全員、回避!!」
瞬間的な判断で、降魔中だった《太陽》アルカナの『ヤタガラス』を召喚して《マハスクカジャ》で全員の回避能力を引き上げた。
『雨脚の滑車』たちが一気にトップスピードで突っ込んでくるその勢いは、まるで高速道路を走行するダンプカーの様だ。
『雨脚の滑車』の大きさ自体は2メートル弱だろうが、その大きさのモノがそんな勢いで激突したらタダでは済まない。
防御に徹していても、弾き飛ばされ、そこを後続の『雨脚の滑車』に襲われるだけだ。
咄嗟の判断で、しかもギリギリでの回避指示だったが、皆は半ば反射的にか回避に成功する。
そして、『雨脚の滑車』たちがUターンしようとするそこを狙って、ヤタガラスが《マハガル》を叩き付けるが。
「チッ、疾風属性は吸収するのか……!」
叩き付けられた烈風を『雨脚の滑車』は全く意に介する事なく、寧ろよりその勢いを増した。
厄介な事に、単一属性のみが弱点のタイプの可能性が高い。
ここは如何なる耐性をも無効化してダメージを与える、《メギド》で振り払うべきなのだろうか。
「なら、これでどうだっ!?」
その時、花村が手にしていた山刀を勢いよく振りかぶってから、『雨脚の滑車』へ向けて投擲した。
ジライヤの力で風を巻き込みながら、山刀は深く『雨脚の滑車』に突き刺さったのだが、『雨脚の滑車』は一向に意に介さずに、寧ろ心地良さげに唸る。
「物理無効……、いや、吸収か……?
ともかく、物理と疾風は効かないみたいだ!」
このままでは再度の突進を許してしまう。
先ずは『雨脚の滑車』の動きを止めなくてはならない。
ペルソナをヤタガラスから、《月》アルカナの『アルウラネ』へと切り換えた。
「アルウラネ、《オールド・ワン》!」
相手を老化させる光が『雨脚の滑車』たちを包み込む。
途端に『雨脚の滑車』たちは精彩を失い、明後日の方向へと向かおうとするものも出てくる。
これで一先ず突進を封じた。
後は弱点を突くなり、万能属性で薙ぎ払うか、だ。
「あーっ、もう、しゃらクセェ! これで、どうだ!!」
若干苛立った様な声を上げ、巽くんが呼び出したタケミカヅチが雷を『雨脚の滑車』へと落とす。
途端に、まるで融けたかの様にあっさりと『雨脚の滑車』は塵へと還った。
どうやら電撃属性が弱点だった様だ。
それを見てペルソナを《正義》アルカナの『ドミニオン』へと切り換える。
「ナイスだ、巽くん! 薙ぎ払え、ドミニオン!!」
ドミニオンが手にした秤を掲げると、『雨脚の滑車』たちを雷撃が一瞬で飲み込み、塵すら残さず消滅させた。
◇◇◇◇◇
『シャドウ』の姿を追いつつ、久慈川さんを捜して5階へと踏み込んだ。
『あれー!? こんなトコまで来るなんて、りせのファンの人?』
途端に、何処からともなく久慈川さんの……いや、『シャドウ』の声が降ってくる。
『りせちー、超うれしー!
せっかく来てくれたんだからぁ、特別にサービスしちゃおっかなぁ……』
どう考えてもロクなモノではないだろうサービスなど不要だ。
要らない。
熨斗を付けてお返ししたい。
そんな心境を察しているのか否かは分からないが、『シャドウ』はこちらの反応に構う事なく捲し立てる。
『……でも、ここじゃダメ!
りせちーに、あなたの頑張りをもうちょっと見せてほしいな!
待ってるからね!』
そう一方的に言い捨てて、声はすっかり止んだ。
…………『りせちー』、か。
……『シャドウ』はやはりアイドルである事自体は否定していない様に感じる。
では、あの『シャドウ』は一体何を抑圧して生まれたものなのだろう。
……今はとにかく、先に進むしかない、か。
フロアを進み、6階へと繋がる階段を発見したその時。
サイコロの様なシャドウがゴロゴロと降ってきた。
2つの正六面体で1つのシャドウとなしているそのシャドウ計三体は、行く手を阻むかの如く中空に浮かぶ。
「コイツらは『シルバーダイス』!
アルカナは《運命》クマ!」
そのものズバリな名前のシャドウは、特にこちらに襲いかかる様子もなく浮かんでいる。
……何のつもりなのだろうか?
そう首を傾げそうになったその時、耳が微かな……まるで時計の秒針が立てているかの様な音を拾う。
まさか、と思いながらも、半ばその直感に突き動かされる様に《女帝》アルカナの『ガブリエル』を召喚し、《マハガルーラ》で『シルバーダイス』の集団を出来るだけ遠くへと吹き飛ばした。
叩き付けられた突風によりゴロゴロと転がっていく『シルバーダイス』たちからは次第に大きくなっていく秒針の音が絶えず洩れている。
そして、その音が止まった瞬間。
カッ━━、と眩しい光を放った『シルバーダイス』たちは爆発四散し、爆発が起きた辺りの炭化した床には僅かな金属片のみが残り、そしてそれも直ぐ様塵へと還っていった。
「うっわ……、自爆かよ」
巽くんは微かに呻きながら呟く。
「あの爆発に巻き込まれていたら大惨事だったな。
今後、あのシャドウを見掛けたら自爆されない様に注意しなくては……」
あの爆発は所謂万能属性……どんな耐性をも無効とする攻撃だ。
食らえばタダでは済まないだろう。
今後、シャドウとの乱戦中などに『シルバーダイス』が紛れ込んでないかどうか、警戒しなくてはならない。
……今は先へ進もう。
◇◇◇◇◇