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漢の世界

◇◇◇◇◇




 十一層目に足を踏み入ると、『おいでませ、熱帯天国』とデカデカと書かれた、桧作りの大扉が待ち構えていた。
 どうやら、この先に巽くんが居る様だ。
 全員の覚悟が決まっている事を確認してから扉を開け放つと、既に巽くんと『シャドウ』が対面しているところだった。
『シャドウ』はまだ暴走してはいない様だが、それも時間の問題だろう。
 正直、自分ならあの『シャドウ』に詰め寄られて「ボクは君」なんて言われても、『シャドウ』を否定してはいけないという事情を知らないなら、確実に「違う」と言ってしまうだろう。

『もうやめようよ、嘘つくの。
 人を騙すのも、自分を騙すのも、嫌いだろ?
 やりたい事をやりたいって言って、何が悪い?』

 絶句する巽くんに、シャドウはニヤニヤと笑いながら近寄った。

『ボクはキミの"やりたい事"だよ』

「違うっ!」

 そう吼えた巽くんを止めようと声を上げる。

「巽くん! 駄目だ!!
 そいつの言葉を否定しちゃ駄目なんだ!!」

「アンタたしか、この前の……」

『あー、もう……、煩いよ。
 大体何で此処に女が居るのさ。
 ここは男だけの場所だよ?
 これだから女は嫌なんだ……。
 勝手にこっちの領域を侵しに来てさ。
 女のくせに、ボクの邪魔しないでよね』

 そう言って『シャドウ』が此方を睨むと、傍らにあった大きな湯船の様な何かから、透明の液体が溢れて床を濡らす。
 お湯では無い様だけど……、これは一体……?

「完二くんっ!!」

 巽くんに駆け寄ろうと、里中さんが足を踏み出し、その液体の中に足を踏み入れると、途端に足を滑らせてすっ転んだ。
 更に、転びそうになった里中さんを支えようと腕を伸ばした天城さんまで巻き込まれている。
 …………どうやら、この液体は何かのオイルの様なモノで、摩擦抵抗を軽減する作用があるらしい。
 立ち上がろうとする里中さんと天城さんが再び滑って転ぶ。
 オイルで転ばない様に一度膝をついて、それから二人を支え起こした。
 しかし、このオイルの海をどうにかしない事には、巽くんの所まで行けない。

 オイルの前でもたもたしている内に、『シャドウ』はどんどんと巽くんとの距離を詰めて行く。

『女は嫌いだ……。
 偉そうで、我儘で、怒れば泣く、陰口は言う、チクる、試す、化ける……。
 裁縫したり絵を描いてるボクを見てさ、気持ち悪いモノを見る見たいに“変人”、“変人”ってバカにして……。
 で、笑いながらこう言うんだ。
 "裁縫好きなんて、気持ち悪い"。
 "絵を描くなんて、似合わない"』

 陰鬱な狂気を帯びた声に気圧され、誰もが動けなかった。
 嫌悪を滲ませた妖しく黄金に輝く目に射抜かれ、巽くんは立ち竦む。
 そこでシャドウは言葉を切って天を仰いだ。
 そして、巽くんの肩を掴み、顔を寄せて呪詛の様な言葉を吐き出す。

『"男のくせに"……、"男のくせに"……、"男のくせに"……!!』

 血を吐く様な声で執拗に繰り返される言葉は、きっと巽くんが言われてきた言葉だ。
 そして、巽くんの心に棘の様に突き刺さっているモノ。
 まるで、悲鳴の様にも感じられるそれを聞き、……漸く理解出来た。
 何故『女人禁制』なのか、を。
 巽くんが人前で絵を描いたり裁縫をしたりしなくなり、不良と呼ばれる様になり始めたらしい時期を考えると、その心無い言葉を掛けられていたのは小学生辺りの年頃の事だろう。
 その年頃の子供は、悪意なんて無かったのだとしても、いっそ残酷な位の言葉を口に出す事が容赦なく出来る。
 他者の気持ちを推し量る、と言う能力がまだ未熟であるが故に。
 尤も、大人であってもそういう思い遣りを持てない人間は少なくはないが。
 お裁縫もお絵描きも、確かにその年頃の男の子が好んでやるモノとしてはマイノリティーの部類に入る。
 幼い頃の巽くんが、女の子から見た『男の子』という集団の、謂わば“外れ値”に見えたが故に、“男のくせに”と言う心無い言葉を打付けたのだろう。
 そう言われた巽くんが、どう感じるのか迄は斟酌しないままに。
 実際問題、そんな言葉を投げ掛けてきた女の子たちに「じゃあ男らしいって何」と問い返しても、答えられない可能性の方が高い。
 男らしさも、女らしさも、そんなモノは『コレ』だと明文化出来て万人に当て嵌めれる様なモノでも無い。
 本人がその人自身の中でソレを定めるのは勝手だが、それは他者に押し付けられる様なモノでも無いからだ。
 しかし、その言葉が巽くんの心の深い場所を傷付けてしまったが故に、『男らしさ』に強くに拘る様になったのだろう。

『じゃあ、男ってなんだ?
 男らしいってなんなんだよ?
 女は、怖いよなぁ……』

「怖く、なんか……」

 そう答える巽くんの声は震えている。
 そうと自覚しているかは分からないが、それはもうトラウマになってしまっているのだろう。
『女』と言う存在に忌避感に近いモノを抱いてしまっている程に。
 そう、だからこそ。

『……そうだ、男がいい……。
 ……男のクセにって、言わないしさ。
 ……だから、男がいいんだ……』

『男』だけ、と思ってしまったのだ。
 巽くんの心が生み出した迷宮の至る所に、『男子専用』と執拗に書かれていたのは、巽くんの心の悲鳴だったのだ。
 巽くんを心無い言葉で傷付ける『女』の居ない、そんな場所を望んでしまう程、その傷は深かったのだろう。

「違……う……!」

『違わないよ。
 キミはボク、ボクはキミだよ……』

「──っ! ザっ……けんな!
 テメェ、人と同じ顔してやがって……!!」

「巽くん、駄目だ! 言うなっ!!」

 声を荒げ、巽くんを止めるが、余裕が無くてそれどころでは無い巽くんには聴こえない。
 そして、巽くんは自分自身を切り裂く言葉を口にする━━


「オレはテメェとは違うっ!


 テメェみてぇのが……オレなもんかよっ!!」




『ふふ……ふふうふふ……』

 巽くんに否定されると同時に『シャドウ』は笑いながら闇に包まれ、巽くんは脱力した様にその場に倒れ込む。


『ボクはキミ、キミさァァッ!!』





 闇が切り払われた其処には……。
 正中線で右半身を黒に左半身を白に塗り分けられ、首から胸がある位置に薔薇の花が咲き乱れ更に其処から『シャドウ』の上半身が生えた、褌を身に纏った、七層目で闘った『闘魂のギガス』よりも遥かに巨躯の筋骨隆々の偉丈夫が現れた。
 そしてその左右から、これまた正中線で黒白に塗り分けられた厳ついボディービルダーの様な巨人が現れる。
『シャドウ』の上半身が付いている方が本体であるらしく、他の二体はその一部であるらしい。
『シャドウ』は巨大な♂マークそのままの形をした武器を左右の手に各々構える。


『我は影…真なる我……。


 ボクはジブンに正直なんだよ……。


 だからさ……、邪魔なモンには消えてもらうよ!!』




 そう吼えて、『シャドウ』はその武器を床に倒れ伏した巽くんに向けて叩き付けようと振り被る。

「モスマンッ!!」

 召喚された《隠者》のアルカナの『モスマン』は、一瞬で巽くんの前まで飛んで行き、その身を武器の前に投げ出した。
 モスマンが巽くんを庇ったのとほぼ同時に『シャドウ』の武器が振り下ろされ、周囲を電撃が駆け巡る。
 巽くんを庇うモスマンを襲った電撃は、そっくりそのまま『シャドウ』に跳ね返されその身を襲うが、『シャドウ』は一向に意に介さない。
 それどころか、気持ち良さ気な声すら上げる。
 どうやら、あの『シャドウ』は電撃を吸収する様だ。
 召喚可能なペルソナの中で最も素早かった為に咄嗟に召喚したモスマンだが、『シャドウ』の電撃を跳ね返して逆に回復させてしまう為、『シャドウ』を相手取るには切り換えた方が良さそうだ。
 今は兎に角、倒れている巽くんを『シャドウ』から引き離さなくては、彼が的になってしまう。

 天城さんがオイルを焼き払い、里中さんが火を氷で鎮火した床を蹴って、巽くんのもとへと駆け寄った。
 襲い掛かってきたボディービルダーみたいな二体のシャドウは、里中さんと天城さんと花村が引き付けてくれている。
 武器で殴り掛かってきた『シャドウ』は、オニを召喚して対抗した。
 オニの金棒と、『シャドウ』の武器が派手にぶつかって火花が散る中、ぐったりと床に倒れてしまっている巽くんを抱き起こす。
 酷く汗をかいている…………。
 早いところ水分と電解質を補給させないと不味い。

「巽くん、しっかり!
 意識はある?!」

「アンタ……何でこんな所に……」

 半ば朦朧としているのか、薄くしか目は開いていなかったが、それでも確りと此方を認識していた。

「意識はあるみたいだね、その話は後で。
 今はこの場を離れないと」

「鳴上っ、援護するぜ!!」

 再び電撃を放とうとした『シャドウ』は、ジライヤが巻き起こした上から叩き付ける様に吹き付ける烈風によって踏鞴を踏む。
 その隙に『シャドウ』から距離を取ったオニに、巽くんを抱えさせて、壁際まで退避しているクマの所まで運ばせた。

「鳴上さん、コイツ、物理全然効かない!!」

「こっちも! 炎の効きが悪い!!」

「そっちの二体、風があんま効かねぇっぽい!
 多分耐性持ちだ!!」

「ッ! 厄介な耐性持ちか!
 兎に角一旦相手を交換して攻撃して!!
 何に耐性持ってるのか、調べないと!」

「分かった!!」

 ペルソナをオニからイザナギへと切り換え、取り巻きのシャドウの方を攻撃する。
 そして耐性を調べた結果……。
『タフガイ』という名称の方のシャドウは物理攻撃と火炎攻撃を吸収し、疾風攻撃にも耐性を持つ。
『ナイスガイ』という名称の方は氷結攻撃を吸収し、火炎攻撃と疾風攻撃に耐性を持つ。
 二体の取り巻きに共通してダメージが通る電撃攻撃は、『シャドウ』が吸収してしまう、という事が分かった。
 しかも、『ナイスガイ』と『シャドウ』はどちらも火炎攻撃と氷結攻撃への耐性を付与するスキルまで持っていた。
 全く、トンでもない耐性の持ち方だ。
 あまりの厄介さ加減に思わず呻く。
 兎に角、何処か一点だけでも崩せればかなり楽にはなるのだが……。

『シャドウ』は直接前に出て戦うよりも、取り巻き二体に直接攻撃は任せ、強力な電撃攻撃を離れた所から打ってくる。
『ナイスガイ』の方は主に補助役を果たしているらしく、攻撃に回るよりも『シャドウ』や『タフガイ』の能力を強化させている事の方が多いみたいだ。
『タフガイ』はほぼ純粋にアタッカー役の様だが、物理攻撃を吸収されるのはやり辛い事この上ない。

『シャドウ』を直接狙うのは難しいので、先ずは取り巻き二体の内の『ナイスガイ』を潰す事にする。
 兎に角、コイツに補助技を使わせない様にしなければならない。

「花村と里中さんは物理で『ナイスガイ』を!
 天城さんは二人の回復に専念して!
『タフガイ』と巽くんの『シャドウ』は私が食い止める!!」

「「「了解!」」」

 直ぐ様ペルソナを《女教皇》のアルカナの『ガンガー』に切り換え、『ナイスガイ』を守ろうと前に出ようとした『タフガイ』を氷付けにする。
 その隙に、『ナイスガイ』をトモエの《アサルトダイブ》とジライヤの《パワースラッシュ》が襲い掛かった。
 スキルの反動で削られる体力は、空かさず天城さんが回復させてゆく。
 トモエとジライヤが交互に攻撃を仕掛けてくるので、『ナイスガイ』は補助スキルや回復スキルを使う暇が無い。

『ボクはもう、自分を押し通すって決めたんだ!
 だから、邪魔するなァ!!』

『シャドウ』が吼え、広範囲に雷撃が躍り狂う。
 こちらを飲み込もうとしてくるそれを、ガンガーが作り出した分厚い氷壁で防ぐ。
 一時的にとは言え、完全に『シャドウ』と、『ナイスガイ』・『タフガイ』を分断する事に成功した。

「今だ! 一気に決める!!」

 ペルソナをガンガーからモスマンに切り換え、《マハジオンガ》で、『タフガイ』と『ナイスガイ』の二体を電撃で薙ぎ払う。
 その一撃で既に花村と里中さんにかなり削られていた『ナイスガイ』は消滅、『タフガイ』も膝を付く。
 そして《ジオンガ》の二撃目で、『タフガイ』も完全に消滅した。

「良し、残るは巽くんの『シャドウ』だけだ!!
 みんな、気を引き締めてかかろう!」

 取り巻きは倒せたとは言え、寧ろこれからが本戦だ。
 電撃属性にしか耐性が無い為、花村たちにとっては取り巻きのシャドウよりも相手しやすいモノかもしれないが、強烈な電撃の範囲攻撃には油断出来ない。
 特に、電撃属性が弱点の花村は。
 更に、その筋骨隆々の体躯から見て、物理攻撃も得意としている可能性が非常に高い。
 厄介極まりない相手である。

『何だよ、邪魔するなよ!
 やりたい様にやって、何が悪いっての!?』

 取り巻きを倒された『シャドウ』は、手にした武器で氷壁を砕きながら襲い掛かってきた。
 モスマンをイザナギに切り換えて、振り下ろされた武器をイザナギが手にした刀で受け流す様にして『シャドウ』からの攻撃を防ぐ。

「巽くんがやりたい事はコレなのか!?
 巽くんが欲しいモノは、こんなモノなのか!?」

 暴れ回って、力尽くで押し通して。
 それが本当に巽くんが望んでいた事なのか?
 巽くんが望んでいるモノ、欲しているモノ。
 それはきっと、巽くんが周りの人間に隠している、裁縫などを好む一面を見ても、それを“変”だとか“男らしくない”などと拒絶しない相手、だ。
 だが、それはこんな所で暴れ回っても手に入るモノでは無い。

「良いじゃないか、お裁縫が好きでも、お絵描きが好きでも!!
 誰に迷惑をかけるモノでも無いだろ!
 何も、変なんかじゃないさ!!」

 そう、変なんかでは無い。
 誰かに迷惑をかける様な趣味でもないのに、誰に憚る必要がある?
 男だから駄目?
 それこそ馬鹿みたいな理由だ。

『ッ……! そんなの、嘘だッ!
 お前だって“変”だって思ったくせに!
 “男らしくない”って思ったくせに!!
 そんなの、心の底では思っても無いくせに!
 口先だけの出任せを言うなァッ!!』

 急速に巽くんの『シャドウ』が力を溜める。
 これは不味い……!!

「全員、攻撃に備えて防御!!」

 その指示に、みんなはペルソナで防御を固める。
 素早くペルソナを《正義》のアルカナのヴァーチャーに切り換えて、間に合えと祈りながら花村に《蒼の壁》━━電撃属性の攻撃に耐性を付与するスキルを使い、壁際のクマたちの元へ走った。
 そして、ジライヤに電撃耐性が付いた次の瞬間。
 部屋中を超高圧の電流が駆け巡る。
 視界が真っ白に染まり、雷の轟音に耳鳴りが止まらない。
 頭がグラグラして、気分が悪い。
 それでも、何とかそれを耐えて、言葉を紡いだ。

「巽、くん。
 怪我、……は、無い?」

 咄嗟に巽くんを守ったのだが、巽くんの方が体格が良い為、もしかしたら攻撃を食らってしまったのかもしれない。
 クマはヴァーチャーが守ったから無傷だ。
 幸い、ヴァーチャーは電撃属性を無効化する為、降魔及び召喚中はこっちにもその耐性は適用されている。
 実際、攻撃の余波にやられているだけで、雷撃そのもののダメージは受けていない。
 振り返って被害状況を確認すると、予め防御に徹していた事からみんな膝を付いてはいるものの、十分無事と言える。
 ジライヤには電撃耐性を付与しておいたのも、功を奏したのだろう。
 花村たちと視線が合った一瞬でお互い頷き合い、花村たちは『シャドウ』に攻撃を仕掛ける。

「オレは何ともねーけど……。アンタ……」

「そうか……。なら、良かった」

 巽くんが無事である事を確認してホッとした。
 ポケットを漁って、巽夫人から借り受けていた編みぐるみを取り出し、それを巽くんに渡す。

「……! おい、アンタこれ……!」

「巽くんのお母さんに、借りたんだ。
 君を探す手掛かりになる、から。
 巽くんが手作りしたんだって、君のお母さんが言ってたよ……」

「……悪いかよ。
 男がこんなモン作ってちゃ……」

 そっぽを向く巽くんに、フルフルと首を横に振った。
 まさか、そんな事は全く思っていない。

「悪くなんか、ないよ。凄く、可愛い」

「かっ、可愛い……!?」

 何故か巽くんは顔を赤らめる。
 ……?
 そう言う事を言って貰うのに、慣れてないからだろうか……?

「凄く丁寧に作られているし、デザインも拘ってる。
 小物とかも、凄い手が込んでるし……。
 本当に可愛い。
 ……巽くんが、こういうの本当に好きなんだって、とてもよく伝わってくる。
 こんなに凄いものを作れるんだから……。
 巽くん、胸を張りなよ」

 巽くんを心無い言葉で傷付けた女の子たちには理解出来なかったのかもしれないけれど、巽くんには本当に凄い技術がある。
 巽くんの趣味が、誰も彼もに理解されないなんて、そんな事は無いだろう。
 世界は広いのだし、手芸を嗜む男性だってそこそこいるし、それを生活の糧にしている男性だっている。
 それに、作品の出来の良し悪しに作者の性別も見た目も関係なんて無い。
 こんなに凄いものを作れるのだ。
 巽くんはそれを誇ったっていい。

「だから、あそこで苦しんでいる君を認めてあげてね」

「アンタ、アレが何なのか知ってんのか……?」

「アレは巽くんがずっと心の奥に押し込めていた君自身の側面の一つ。
 君自身に否定されてしまったから、ああやって暴れている。
 だから、受け入れてあげて欲しい。
 自分自身を否定して傷付けるなんて、とても悲しいから」

 受け入れてくれる人が欲しいと願う一面が、そう願った本人に拒絶されて否定されるなんて、悲し過ぎる話だ。
 ……尤も、奇抜過ぎる姿形で現れた『シャドウ』にも少し責任はあるけれど。

「巽くんなら出来るよ。
 だって君は、誰かに拒絶されてしまう辛さを、よく知っている人なんだから」

 ポンポンと、壁に凭れ掛かっている巽くんの頭を軽く叩く様に撫でてから、花村たちに加勢するべく『シャドウ』へと突撃をかけた。

「ドゥン!」

 《太陽》のアルカナに属する『ドゥン』が疾駆し、野生の虎そのものの獰猛さで『シャドウ』の右腕に食らい付き、そして噛み付いた腕をその身に纏う炎で焼いていく。

『このッ、邪魔だァ!』

 首根っこを掴まれたドゥンが床に叩き付けられそうになる直前に、コノハナサクヤが作り出した業火がドゥンごと『シャドウ』を呑み込んだ。
 火炎を吸収するドゥンはその業火により傷付いた部分が治っていく。

「チェンジ、イザナギ!!」

 ドゥンをイザナギに切り換え、『シャドウ』に《ラクンダ》を使った。
 防御力の下がった『シャドウ』の身体を、ジライヤの風が切り刻み、トモエの《アサルトダイブ》が穿つ。
 それでも、『シャドウ』はまだ堅い。
『シャドウ』は苛ついた様に《チャージ》で一気に力を高めた。

「させるか、ジャックランタン!!」

 イザナギをジャックランタンに切り換える。
 《タルンダ》で『シャドウ』の攻撃力を下げようとしたのだが……。

『あぁん、可愛い! 抱き締めたぁい!!』

「!?!?」

 ジャックランタンを目にした『シャドウ』が、突然相手をしていた筈のトモエやジライヤには目もくれず、ジャックランタンに接近し、巽くんの姿をした上半身の部分が力一杯抱き締めてくる。
 ペルソナは自分自身。
 だからペルソナのダメージはある程度は自分に返ってくるから、痛覚とかの一部の感覚は若干共有もしている。
 つまり、『シャドウ』に抱き締められている何とも言えない感覚が此方にも伝わってきていると言う事で……。
 あぁっ、しかも今頬擦りまでされている……。

「~~~っ!!!」

「鳴上ーっ! しっかりしろーっ!!」

 怖気立ちそうになる感覚を堪えて、必死に抵抗を試みてはいるが、ガッツリホールドされている上にスリスリスリスリと頬擦りされていて抜け出せないし、これではペルソナを切り換える事も出来ない。
 攻撃されている訳でもなく、みんなへの攻撃も止んでいるのが唯一の幸いだが、心理的なダメージが蓄積していってる気がしなくはない。
 取り敢えず頬擦りは止めて欲しい。
 可愛いものが好きだという巽くん(の一面が強く出ている『シャドウ』)に可愛い見た目のペルソナを見せてはいけなかった様だ。

「ああーっ! センセイの目が死んでるクマーッ!
 早く助けるクマー!!」

 クマの声に、花村たちが動く。
 こうも密着されていては、ジャックランタンが耐性を持たない魔法は迂闊に使えない為、ジライヤとトモエが、ジャックランタンをホールドしている『シャドウ』の腕に切り付けようとするが、筋骨隆々な方の腕に阻まれてしまう。
 その間も頬擦りは止まらない……。
 心なしか、ジャックランタンの目にも生気がない様な気がする。

「くそっ! このままじゃ鳴上が参っちまう!!
 早く何とかしねーと」

「千枝! 花村くん! そこ退いて!!
 ソイツ、灰にするから!!」

 天城さんがそう声を上げた直後、ゴウッと音をたてて『シャドウ』が燃え上がる。
 業火に焼かれても尚、『シャドウ』はジャックランタンを抱き締めていたが、一瞬その拘束が緩んだ隙に、その顔面を全力で殴って離脱。
 直ぐ様《法王》アルカナの『フラウロス』に切り換えた。

「一気に畳んでやる……!!」

 吠え猛るフラウロスの《スタードロップ》の一撃が『シャドウ』の鳩尾に突き刺さり、ダメージを与えると共に『シャドウ』の防御力を下げる。
 フラウロスが少し『シャドウ』から距離を取るのと同時に、ジライヤの《ガルーラ》が『シャドウ』に膝をつかせた。

 フラウロスをオニに切り換え《チャージ》で力を高め、更にオニを《道化師》のアルカナの『ペイルライダー』に切り換える。
 ペイルライダーが手にした大鎌を振りかぶると、鎌の刃が異様な冷気を放ち始めた。

「トモエ、《タルカジャ》!」

「ジライヤ、《スクカジャ》だ!!」

 里中さんと花村から補助を受け、威力と切れを増したその刃を掲げながらペイルライダーは『シャドウ』に向かって突進し、すれ違いざまにその身を深く切り刻む。
 傷口は凍り付き、その周りには冷気が纏わりついていた。

「いくよ、トモエ!《暴れまくり》!!」

 トモエの攻撃が三連続で『シャドウ』に命中し、その度にペイルライダーが付けた傷口の氷結が広がって『シャドウ』にダメージを与えていく。
 仲間たちとの連携で追加でダメージを与えられる《連鎖の氷刃》が発動したのだ。
 《連鎖の氷刃》が発動可能な時間は《三連の鎖》で多少は引き延ばされているが短い。
 それでも、非常に強力な攻撃である。

「チェンジ、イザナギ!!」

 イザナギがありったけの力を込めて、《デッドエンド》を叩き込むと、氷結が『シャドウ』の全身を侵食し、「イクぅ……っ!!」と言う断末魔と共に『シャドウ』は元の巽くんの姿に戻った。






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