漢の世界
◇◇◇◇◇
━━お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……。へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……。
五層目に足を踏み入れた時、巽くんの弱々しい声が何処からともなく聞こえた。
……これは、天城さんの時の様に、巽くんの心の声なのか……?
……あまりぐずぐずしている暇は無い。
早く、助けに行かないと……。
そう思いながら六層目を突っ走っている時、ふと何処からともなく巽くんの『シャドウ』の声が降ってきた。
『ハイ!
そこのナイスなボーイ!
キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?』
何処の高みだ、と内心突っ込む。
此処へはあくまでも巽くん救出の為に来ているのであって、断じて愛の高みとやらを目指す為では無い。
『ヒュー! ボクを求めてるって?
そうなのかい?
嬉しいこと言ってくれるじゃない!』
求めてねーよ、と花村が突っ込みを入れるが、此方の声は聴こえていないのか、それとも聞こえていても無視しているのかは分からないが、兎も角、巽くんの『シャドウ』はその声には反応しない。
『それじゃあ、とびっきりのモノを用意しなきゃ!
次に会うのが、とても楽しみだ!
じゃあ、またね!』
しなくて良い……、と内心ゲンナリする。
次に会うのが、全く楽しみでは無い。
絶対にロクでも無い何かが待っている。
皆もそう思ったのか、声を聞いた全員が浮かない顔をしていた。
◇◇◇◇◇
巽くんの『シャドウ』に会わない事を祈りながらやって来た七層目……。
異常に暑苦しい空気が漂っている。
先程迄の階層とは比べ物にならない程の熱気だ。
これは一体……?
特に熱気を感じる扉を、意を決して開けると。
『ようこそ、男の世界へ!』
思わず扉を閉めたくなったのは、多分悪くない。
そこに待ち構えていたのは、巽くんの『シャドウ』と、その横に控える巽くんの『シャドウ』の身長の数倍はあろうかと思われる巨大なレスラーの様な姿をしたシャドウだ。
レスラーシャドウは、形こそ今までの階層で戦った『闘魂のギガス』と言うシャドウと同じモノだが、そのサイズは桁違いである。
そんなシャドウの足下で巽くんの『シャドウ』は実況を続けた。
『突然のナイスボーイの参入で、会場もヒートアーップ!
ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し、今宵は特別なステージを用意しました!』
「お……おい、まさか……」
花村の声が震えた。
どう考えても嫌な予感しかしない。
『時間無制限一本勝負!
果たして最後に立ってるのはどちらだ?
さあ、熱き血潮をぶちまけておくれ!』
巽くんの『シャドウ』がそう告げるのと同時に、レスラーのシャドウが此方に襲い掛かって来た。
力を溜め込んだ凶悪な拳が花村を襲う。
「させるかッ!!」
ペルソナを呼び出す暇すら無く、咄嗟に花村を突き飛ばす様にしてその位置を入れ換え、居合刀の鞘でその一撃を受け止めた。
凄まじい衝撃に身体が吹き飛ばされ、居合刀を取り落としてしまう。
「鳴上ッ!」
「コイツの狙いは、花村……お前だ……!!
私に構わず、避ける事に専念しろっ……!」
その声に反応して花村が飛び退いた場所を、シャドウの巨大な手が空を切った。
どうやら、花村を捕まえる算段らしい。
避けられてからも執拗に花村に狙いを定めて、シャドウはその拳を振り回す。
「ッ……」
ペルソナの召喚こそ間に合わなかったが、幸い今現在降魔しているのは物理攻撃に耐性を持つペルソナ━━『オニ』だった。
派手に吹き飛ばされこそしたが、そう大きなダメージは受けていない。
《剛毅》の絆をくれた一条と長瀬に心の中で礼を言いながら、取り落とした居合刀を拾って立ち上がる。
このシャドウは大分強化され、自己強化能力も持ってはいるものの、『闘魂のギガス』ではあるらしい。
ならば、コイツの攻撃手段はそのレスラー様の見た目に違わず、物理攻撃のみだ。
なら……!
「ジャックランタン!!」
ペルソナをオニから、《魔術師》のアルカナの『ジャックランタン』に変えて呼び出す。
カボチャ頭に大きな帽子を被って、ランタンを持った見た目は可愛いペルソナだが、その外見からは想像も出来ない程強い力を持っている。
グンッとシャドウが《タルカジャ》━━自身の攻撃力を引き上げるスキルで、その力を引き上げた。
それを見た花村がすかさず《デカジャ》━━敵の能力強化を打ち消すスキルをかける。
それに追い討ちをかける様にジャックランタンが《タルンダ》━━敵の攻撃力を下げるスキルを使い、更に重ねて《ラクンダ》━━敵の防御力を下げるスキルも使う。
そんな状態のシャドウが放った一撃は、正面からそれを迎え撃ったトモエの、《タルカジャ》で強化された《アサルトダイブ》に押し負けた。
しかし下がっていても高い防御力に阻まれ、あまりダメージは通っていない。
それでも体勢を崩したシャドウに、追い討ちの様にコノハナサクヤが《アギラオ》をぶつける。
骨まで炭化しそうな轟々と燃え盛る炎にシャドウが包まれるが、シャドウはそれにも耐えきった。
しかしそのダメージはそこそこ大きかったらしく、プスプスと全身から煙が上がっている。
しかし、本当に堅いシャドウだ。
《ラクンダ》の効果は永続する訳でもないから、断続的にかけ続けないとロクなダメージにはならないだろう。
だが、それならそれでも攻め様はある。
「オセ!」
再びペルソナを切り替え、今度は《愚者》アルカナの『オセ』を呼び出す。
両手に二刀を持った人型の豹の姿をしたペルソナだ。
見た目に違わず素早いオセは、果敢にシャドウに斬りかかり、反撃される前にその表面に幾つもの裂傷を刻んでいく。
それでも、それらは決定打にはならない。
だが、それで良い。
シャドウから反撃を食らいそうになったタイミングで、トモエの《アサルトダイブ》がその拳の軌道をずらした。
そこを更にジライヤとコノハナサクヤの魔法を重ね合わせた、業火を巻き込んだ竜巻がシャドウを襲う。
その隙にオセを下がらせて、イザナギへと切り換える。
火炎旋風を耐えきったシャドウだったが、突如その巨体をぐらつかせ、終には膝をついた。
再び立ち上がる程の体力はもう残っていない様だ。
「……効いたみたいだな」
頑丈極まりないシャドウの体力を奪ったモノ。
それは、毒、だ。
オセがシャドウを切り刻んだ際に、毒の霧も発生させていたのだ。
オセの毒の効力を引き上げるスキルも手伝って、強力極まりないモノと化した毒は、堅い防御力をもモノともせずにシャドウを侵し、その体力を根刮ぎ奪っていった。
「これで、止めだ」
イザナギが、雷撃を纏わせた刃をシャドウの仮面に叩き付ける。
仮面が砕けると同時に、シャドウは黒い塵へと還っていった。
「センセイ、お見事クマ!
この辺りにシャドウの気配はもう無いクマよ」
どうやらこの階層にはあのシャドウしか居なかったらしい。
一先ず、今は安全だと言う事だ。
この辺り一帯が異様に暑苦しい事も相俟って、先程の戦闘は常以上に体力と気力を削っていた。
特に、執拗にシャドウの標的にされていた花村の疲労はかなりのモノだろう。
既に汗だくである。
ここは一旦休憩を挟むべきだ。
「この辺りは今は安全みたいだし、ここは一旦休息を挟もう」
そう言って、クマに預けていた保冷バッグを受け取り、中身をみんなに渡す。
「鳴上、これって……」
「スポーツドリンク。
一応、冷えてるし、ちゃんと調整してるヤツだから、飲みやすいと思うよ」
運動中に失った水分とか電解質とかを補給するのには最適なスポドリだが、市販のペットボトルのモノだと甘味が強すぎたりして、激しい運動をした後にはあまり向かない。
その辺りを考慮した、スペシャルブレンドのモノを用意した。
要は、運動部とかでマネージャーさんが作ってるスポドリの様な感じである。
「うわー、生き返るわー……」
「うん飲みやすいよ、コレ」
里中さんは早速ボトルを半分程空けている。
天城さんもゴクゴクと飲んでいる様だ。
「ホント助かるけどさ、随分と用意が良いな」
「《マヨナカテレビ》を見た感じだと、相当暑そうな場所だったから、汗をかなりかくかなって思って……。
流石に、こんなサウナみたいな場所とは思ってなかったけど、まあ準備してて良かったよ」
やはり喉が潤うと気力も体力も回復していく気がする。
スポドリと一緒に持ち込んだちょっとした食べ物も分けあって英気を養った。
◇◇◇◇◇
━━違う……。俺が成りたかった男ってのは、……そんなんじゃねぇ……。
更に階層を進んで行くと、巽くんの声が急速に弱々しくそして苦悩に満ちたものになっていく。
……巽くんは、『男らしさ』について悩んでいたのだろうか。
しかし、彼が望んだ『男らしさ』と現実とが合っていない……?
……考えろ。
巽くんを助ける為には、巽くんの『シャドウ』を……巽くんが抑圧していたモノを理解しなくてはならないだろう。
『シャドウ』の奇抜さに目を奪われて、大切なその本質を、見逃してしまっているからこそ。
考える為のヒントはもう、既に手にしている筈だ。
『シャドウ』の言葉、この場所そのもの、そしてコンプレックス、『男らしさ』。
……先ず目に付くのは、この場所の至る所ろに執拗に掲げられた『男子専用』の文字。
それに、テロップにも出てきた『女人禁制』の文字……。
字面通りに捉えるなら、それは『男だけ』『女は来るな』と言う意思の現れだ。
……男は良くて、女は要らない……?
……どういう事だ?
女性に対して、何かトラウマでもあるのか……?
それと『男らしさ』……?
それがコンプレックスに繋がっているのか……?
そして、巽くんが欲している『何か』にも?
お裁縫が好きだったと言う巽くん。
彼が作成したとても可愛らしい編みぐるみを見るに、今だって好きなのだろうとは察する事が出来る。
だが、今の周囲からの評価や噂からはそう感じられる部分は無い。
寧ろ、手が早い部分ばかりが独り歩きしていて、いつの間にか手の付けられない不良の様な扱いになっている。
ならば、実際の自分と、周囲からの評価の溝に苦しんでいるのか……?
……いや、それにしては巽くんの行動は説明が付かない。
学校をサボりまくったり、夜中に出歩いたり。
まるで噂の方を助長させる様な行動だ。
流石に、そんな事をすれば不良扱いが酷くなる一方なのだとも分からない程愚かではないだろう。
巽くんの趣味はご近所の人だって知らないみたいだし、それを知っているのは母親とかの極めて近しい人間だけなのかもしれない。
つまりは相当ひた隠しにしている、とも判断出来る。
それらの情報と、『男らしさ』への拘りを加味すると、巽くんは自分の趣味とかを『男らしくない』と考えているのだろうか……?
だから、敢えて自分を不良に見せ掛けている?
でも『不良』という路線も巽くんの求めていた『男らしさ』には合っていなかった、だから苦しんでいる……?
…………。……分からない。
じゃあ何故こんな場所を作り出会いを求めているのか、何故頑なに『男だけ』に拘るのか、そこの説明が付かない。
ただ、彼の苦しみが深く強い事だけは伝わってくる。
……急がなくてはならない。
◇◇◇◇◇
━━お……男には……男には、プライドってもんがあるんだよ……。へへっ、俺はぜってえ負けねえぞ……。
五層目に足を踏み入れた時、巽くんの弱々しい声が何処からともなく聞こえた。
……これは、天城さんの時の様に、巽くんの心の声なのか……?
……あまりぐずぐずしている暇は無い。
早く、助けに行かないと……。
そう思いながら六層目を突っ走っている時、ふと何処からともなく巽くんの『シャドウ』の声が降ってきた。
『ハイ!
そこのナイスなボーイ!
キミもボクと同じく更なる高みを目指しているのかい?』
何処の高みだ、と内心突っ込む。
此処へはあくまでも巽くん救出の為に来ているのであって、断じて愛の高みとやらを目指す為では無い。
『ヒュー! ボクを求めてるって?
そうなのかい?
嬉しいこと言ってくれるじゃない!』
求めてねーよ、と花村が突っ込みを入れるが、此方の声は聴こえていないのか、それとも聞こえていても無視しているのかは分からないが、兎も角、巽くんの『シャドウ』はその声には反応しない。
『それじゃあ、とびっきりのモノを用意しなきゃ!
次に会うのが、とても楽しみだ!
じゃあ、またね!』
しなくて良い……、と内心ゲンナリする。
次に会うのが、全く楽しみでは無い。
絶対にロクでも無い何かが待っている。
皆もそう思ったのか、声を聞いた全員が浮かない顔をしていた。
◇◇◇◇◇
巽くんの『シャドウ』に会わない事を祈りながらやって来た七層目……。
異常に暑苦しい空気が漂っている。
先程迄の階層とは比べ物にならない程の熱気だ。
これは一体……?
特に熱気を感じる扉を、意を決して開けると。
『ようこそ、男の世界へ!』
思わず扉を閉めたくなったのは、多分悪くない。
そこに待ち構えていたのは、巽くんの『シャドウ』と、その横に控える巽くんの『シャドウ』の身長の数倍はあろうかと思われる巨大なレスラーの様な姿をしたシャドウだ。
レスラーシャドウは、形こそ今までの階層で戦った『闘魂のギガス』と言うシャドウと同じモノだが、そのサイズは桁違いである。
そんなシャドウの足下で巽くんの『シャドウ』は実況を続けた。
『突然のナイスボーイの参入で、会場もヒートアーップ!
ナイスカミングなボーイとの出会いを祝し、今宵は特別なステージを用意しました!』
「お……おい、まさか……」
花村の声が震えた。
どう考えても嫌な予感しかしない。
『時間無制限一本勝負!
果たして最後に立ってるのはどちらだ?
さあ、熱き血潮をぶちまけておくれ!』
巽くんの『シャドウ』がそう告げるのと同時に、レスラーのシャドウが此方に襲い掛かって来た。
力を溜め込んだ凶悪な拳が花村を襲う。
「させるかッ!!」
ペルソナを呼び出す暇すら無く、咄嗟に花村を突き飛ばす様にしてその位置を入れ換え、居合刀の鞘でその一撃を受け止めた。
凄まじい衝撃に身体が吹き飛ばされ、居合刀を取り落としてしまう。
「鳴上ッ!」
「コイツの狙いは、花村……お前だ……!!
私に構わず、避ける事に専念しろっ……!」
その声に反応して花村が飛び退いた場所を、シャドウの巨大な手が空を切った。
どうやら、花村を捕まえる算段らしい。
避けられてからも執拗に花村に狙いを定めて、シャドウはその拳を振り回す。
「ッ……」
ペルソナの召喚こそ間に合わなかったが、幸い今現在降魔しているのは物理攻撃に耐性を持つペルソナ━━『オニ』だった。
派手に吹き飛ばされこそしたが、そう大きなダメージは受けていない。
《剛毅》の絆をくれた一条と長瀬に心の中で礼を言いながら、取り落とした居合刀を拾って立ち上がる。
このシャドウは大分強化され、自己強化能力も持ってはいるものの、『闘魂のギガス』ではあるらしい。
ならば、コイツの攻撃手段はそのレスラー様の見た目に違わず、物理攻撃のみだ。
なら……!
「ジャックランタン!!」
ペルソナをオニから、《魔術師》のアルカナの『ジャックランタン』に変えて呼び出す。
カボチャ頭に大きな帽子を被って、ランタンを持った見た目は可愛いペルソナだが、その外見からは想像も出来ない程強い力を持っている。
グンッとシャドウが《タルカジャ》━━自身の攻撃力を引き上げるスキルで、その力を引き上げた。
それを見た花村がすかさず《デカジャ》━━敵の能力強化を打ち消すスキルをかける。
それに追い討ちをかける様にジャックランタンが《タルンダ》━━敵の攻撃力を下げるスキルを使い、更に重ねて《ラクンダ》━━敵の防御力を下げるスキルも使う。
そんな状態のシャドウが放った一撃は、正面からそれを迎え撃ったトモエの、《タルカジャ》で強化された《アサルトダイブ》に押し負けた。
しかし下がっていても高い防御力に阻まれ、あまりダメージは通っていない。
それでも体勢を崩したシャドウに、追い討ちの様にコノハナサクヤが《アギラオ》をぶつける。
骨まで炭化しそうな轟々と燃え盛る炎にシャドウが包まれるが、シャドウはそれにも耐えきった。
しかしそのダメージはそこそこ大きかったらしく、プスプスと全身から煙が上がっている。
しかし、本当に堅いシャドウだ。
《ラクンダ》の効果は永続する訳でもないから、断続的にかけ続けないとロクなダメージにはならないだろう。
だが、それならそれでも攻め様はある。
「オセ!」
再びペルソナを切り替え、今度は《愚者》アルカナの『オセ』を呼び出す。
両手に二刀を持った人型の豹の姿をしたペルソナだ。
見た目に違わず素早いオセは、果敢にシャドウに斬りかかり、反撃される前にその表面に幾つもの裂傷を刻んでいく。
それでも、それらは決定打にはならない。
だが、それで良い。
シャドウから反撃を食らいそうになったタイミングで、トモエの《アサルトダイブ》がその拳の軌道をずらした。
そこを更にジライヤとコノハナサクヤの魔法を重ね合わせた、業火を巻き込んだ竜巻がシャドウを襲う。
その隙にオセを下がらせて、イザナギへと切り換える。
火炎旋風を耐えきったシャドウだったが、突如その巨体をぐらつかせ、終には膝をついた。
再び立ち上がる程の体力はもう残っていない様だ。
「……効いたみたいだな」
頑丈極まりないシャドウの体力を奪ったモノ。
それは、毒、だ。
オセがシャドウを切り刻んだ際に、毒の霧も発生させていたのだ。
オセの毒の効力を引き上げるスキルも手伝って、強力極まりないモノと化した毒は、堅い防御力をもモノともせずにシャドウを侵し、その体力を根刮ぎ奪っていった。
「これで、止めだ」
イザナギが、雷撃を纏わせた刃をシャドウの仮面に叩き付ける。
仮面が砕けると同時に、シャドウは黒い塵へと還っていった。
「センセイ、お見事クマ!
この辺りにシャドウの気配はもう無いクマよ」
どうやらこの階層にはあのシャドウしか居なかったらしい。
一先ず、今は安全だと言う事だ。
この辺り一帯が異様に暑苦しい事も相俟って、先程の戦闘は常以上に体力と気力を削っていた。
特に、執拗にシャドウの標的にされていた花村の疲労はかなりのモノだろう。
既に汗だくである。
ここは一旦休憩を挟むべきだ。
「この辺りは今は安全みたいだし、ここは一旦休息を挟もう」
そう言って、クマに預けていた保冷バッグを受け取り、中身をみんなに渡す。
「鳴上、これって……」
「スポーツドリンク。
一応、冷えてるし、ちゃんと調整してるヤツだから、飲みやすいと思うよ」
運動中に失った水分とか電解質とかを補給するのには最適なスポドリだが、市販のペットボトルのモノだと甘味が強すぎたりして、激しい運動をした後にはあまり向かない。
その辺りを考慮した、スペシャルブレンドのモノを用意した。
要は、運動部とかでマネージャーさんが作ってるスポドリの様な感じである。
「うわー、生き返るわー……」
「うん飲みやすいよ、コレ」
里中さんは早速ボトルを半分程空けている。
天城さんもゴクゴクと飲んでいる様だ。
「ホント助かるけどさ、随分と用意が良いな」
「《マヨナカテレビ》を見た感じだと、相当暑そうな場所だったから、汗をかなりかくかなって思って……。
流石に、こんなサウナみたいな場所とは思ってなかったけど、まあ準備してて良かったよ」
やはり喉が潤うと気力も体力も回復していく気がする。
スポドリと一緒に持ち込んだちょっとした食べ物も分けあって英気を養った。
◇◇◇◇◇
━━違う……。俺が成りたかった男ってのは、……そんなんじゃねぇ……。
更に階層を進んで行くと、巽くんの声が急速に弱々しくそして苦悩に満ちたものになっていく。
……巽くんは、『男らしさ』について悩んでいたのだろうか。
しかし、彼が望んだ『男らしさ』と現実とが合っていない……?
……考えろ。
巽くんを助ける為には、巽くんの『シャドウ』を……巽くんが抑圧していたモノを理解しなくてはならないだろう。
『シャドウ』の奇抜さに目を奪われて、大切なその本質を、見逃してしまっているからこそ。
考える為のヒントはもう、既に手にしている筈だ。
『シャドウ』の言葉、この場所そのもの、そしてコンプレックス、『男らしさ』。
……先ず目に付くのは、この場所の至る所ろに執拗に掲げられた『男子専用』の文字。
それに、テロップにも出てきた『女人禁制』の文字……。
字面通りに捉えるなら、それは『男だけ』『女は来るな』と言う意思の現れだ。
……男は良くて、女は要らない……?
……どういう事だ?
女性に対して、何かトラウマでもあるのか……?
それと『男らしさ』……?
それがコンプレックスに繋がっているのか……?
そして、巽くんが欲している『何か』にも?
お裁縫が好きだったと言う巽くん。
彼が作成したとても可愛らしい編みぐるみを見るに、今だって好きなのだろうとは察する事が出来る。
だが、今の周囲からの評価や噂からはそう感じられる部分は無い。
寧ろ、手が早い部分ばかりが独り歩きしていて、いつの間にか手の付けられない不良の様な扱いになっている。
ならば、実際の自分と、周囲からの評価の溝に苦しんでいるのか……?
……いや、それにしては巽くんの行動は説明が付かない。
学校をサボりまくったり、夜中に出歩いたり。
まるで噂の方を助長させる様な行動だ。
流石に、そんな事をすれば不良扱いが酷くなる一方なのだとも分からない程愚かではないだろう。
巽くんの趣味はご近所の人だって知らないみたいだし、それを知っているのは母親とかの極めて近しい人間だけなのかもしれない。
つまりは相当ひた隠しにしている、とも判断出来る。
それらの情報と、『男らしさ』への拘りを加味すると、巽くんは自分の趣味とかを『男らしくない』と考えているのだろうか……?
だから、敢えて自分を不良に見せ掛けている?
でも『不良』という路線も巽くんの求めていた『男らしさ』には合っていなかった、だから苦しんでいる……?
…………。……分からない。
じゃあ何故こんな場所を作り出会いを求めているのか、何故頑なに『男だけ』に拘るのか、そこの説明が付かない。
ただ、彼の苦しみが深く強い事だけは伝わってくる。
……急がなくてはならない。
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