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未知への誘い

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【2011/04/13】


 疎らに道を行く八十神高生に混じって歩いていると、前方に奇妙な物体を発見した。
 道に投げ出されたかの様に横倒しになった自転車の横で、何故かゴミ箱から八十神高校の男子制服を着た下半身が生えている。
 オブジェなのだとすれば非常に前衛的なセンスだと言えるが、どうやらそうではないらしい。
 抜け出そうとしてゴロゴロと転がって踠いている様だが、残念な事に自力脱出は困難な様だ。
 放っておくと、間違いなくこの名も知らぬ彼は遅刻してしまうだろう。
 それではあんまりにも散々な話だし、何より目の前にいる彼をスルーして登校するというのはどうにも寝覚めが悪くなる。
 と、言うか……何故道行く他の生徒達は彼を無視しているのだろう。
 無遠慮にジロジロと見てから素通りして行くなんて、傍目からでも腹立たしくなる光景だ。
 この彼が何者かは知らないが、この扱いは如何なものだろうか。

 そんな事を思いながらヒョイっとゴミ箱を取り除くと、中からは人の好さそうな顔が現れた。
 その明るい髪色と首に掛けた鮮やかなオレンジのヘッドフォンに見覚えがあるな……と思っていると、ああそう言えば……と思い出す。

「あ……昨日里中さんのDVD割った人だ」

 思わずそう口に出すと、目の前の彼は勢い良く反論してきた。

「あれは事故だっつーの!!
 あー……えーっと、転校生の鳴上……だっけか?」

 そうだ、と頷く。

「助けてくれてありがとな。
 俺は花村陽介。席は鳴上の後ろ」

 それは知らなかった。と言うか気が付いてなかった。

 幸いにもゴミ箱の中は空であった為、花村は膝部分等に付いた砂埃を軽く払うだけで、綺麗な見た目に戻る。
 花村はゴミ箱の傍らに横倒しになっていた自転車を立たせ直し、それに跨がった。
 オレンジ基調のそこそこ値が張りそうな自転車だ。
 だが……。

「それ、乗るの止めたらどうだ?
 チェーンが大分痛んでるし、フレームもちょっと曲がってるみたいだから……最悪、学校に着く前に壊れる。
 今なら自転車漕がなくても十分間に合う時間なんだから、押して行くのをオススメするけど」

 一応、そう忠告をする。
 流石に気付いていたのに黙っていて、自転車の故障が原因で花村が怪我をしたりするのは寝覚めが悪くなるからだ。

「えっ、マジ?」

「マジ。修理推奨のレベル」

 若干疑わし気にこちらを見てきた花村に、ハッキリとそう頷くと。
 じゃあ仕方ないなぁ……と花村は溜め息を吐いて、自転車を押し始めた。
 歩いている間、お互いに一寸した世間話をする。
 どうやら花村も半年程前に都会から八十稲羽に引っ越してきたのだそうだ。
 最初は剰りにも何も無い八十稲羽に呆然としたのだという。

 確かに。
 八十稲羽の絶妙に微妙な田舎具合は、万人が『田舎』と聞いて思い浮かべるものに限り無く近い。
 良くも悪くも人やモノが溢れかえっている都会と比べれば、何も無い様に見えてくるのは仕方無い話だ。
 まあ世の中には数世帯分の家々しかない『限界集落』等といった超弩級の田舎も存在するので、そういった場所からすれば八十稲羽だってまだ都会的なのかもしれないけれど。

 でもまぁ……。
 田舎だろうとどうだろうと、探せばそれなりにやれる事はあるし、そんなに落ち込んだり悩んだりする必要性は自分はあまり感じない。
 要は気の持ちようなのである。




◇◇◇◇◇




 放課後、朝に助けてくれたお礼に、と花村に寄り道に誘われた。
 どうやら何かを奢ってくれる心積もりらしい。

 花村に連れられてやって来たのはジュネスだった。
 個人的には奢ってくれるなら何だって良いとは思うが、途中から参加してきた里中さんはステーキではないのは少々不満らしい。
 里中さんは「まず肉ありき」という感じなんだそうだ。
 まあ確かに、肉は美味しいけど。
 そんな事を思いつつ、花村が買ってくれたフードコートのたこ焼きをモソモソ食べながら、二人の話に耳を傾ける。
 商店街という言葉が里中さんの口から出てきた時、僅かながら花村の笑顔が翳った。

 子細は分からないが、どうやら花村と商店街とやらの間には何かしらの確執がある様だ。
 しかも花村の反応を見る限り、花村にとっては一方的なものが。

 場の空気が重くなったのは一瞬で、直ぐ様花村は何かを見付けて席を立つ。
 その行き先に視線を向けると、アルバイトのエプロンを身に着けた女性が休憩している所だった。
 女性の歳は見た所、同じ位か+2位までだろう。
 溜め息を吐くその横顔には疲労が色濃く浮かんでいる。
 知り合いなのか、花村はにこやかに女性に話し掛けていた。

 二人を見ていたから気を利かせてくれたのか、里中さんが女性について軽く説明してくれる。
 彼女は小西早紀、現在八十神高校三年生の先輩。
 商店街にある酒屋の長女なのだそうだ。

 花村との間には同じ高校のアルバイト仲間という事位しか共通項が無さそうだが、歳が近い事もあってか花村はかなり親しく接している様だ。
 心なしかその表情は弾んでいる様にも見える。

 里中さんは二人が恋愛関係にあるんじゃないかと推測している様だが、小西先輩の反応を見るに、少なくとも両思いではあるまい。
 花村は傍目からでも分かり易い好意を抱いている様だが……。

 小西先輩は休憩時間が終わったのか席を立ったが、何故かこちらにやって来た。
 値踏みしている訳では無いが、興味深そうな目でこちらを暫し眺めた後、小西先輩はまるで悪戯っ子の様な愛嬌のある笑みを浮かべる。

「君が噂の転校生ちゃん?」

 噂になっているのかは知らないが、八十神高校のこの春からの転校生は自分一人だけらしいので多分間違いは無い。
 はて、一体何か用件でもあるのだろうか。

「花ちゃんがここに友達連れてくるのって珍しいね。
 こいつ、友達少ないからさ。仲良くしてやってね。
 お節介だけど、イイヤツだからさ」

 小西先輩は優し気な眼差しで花村を見やった後に、「ちょっとウザイかもしれないけど」と付け足した。

 ……どうやら、花村もそれなりに小西先輩から気を配って貰っている様だ。
 花村の完全なる一方通行では無かった事は喜ばしい事である。

 小西先輩が去った後、花村を見てニヤニヤと里中さんは笑った。

「ほほぅ……青春ですなぁ」

「はぁっ!? 
 いや、その、先輩とはそんなんじゃないし!!」

 花村の分かり易すぎる反論に、里中さんのニヤニヤ笑いは止まらない。
 恋バナとして格好のネタなのだ。
 見逃す筈は無いのであろう。

「ふふーん! 
 恋に悩める青少年花村君にイイコトを教えてしんぜよう!」


 そしてニヤッと笑った後に里中さんは態とらしく声を落とす。


「《マヨナカテレビ》って、知ってる?」


 聞き慣れないその言葉に花村と揃って首を傾げた。
 はて、一体何だろうか。
 深夜に放送されているチョッとあれなテレビ番組の総称なのだろうか?

「は? 何だそれ?」

 花村の言葉に、里中さんは何故か得意気な顔で答える。

「雨が降ってる真夜中の深夜零時に電源を切ったテレビにさ、映るんだって」

「……映るって何が?」

 そう訊ねた花村にニヤリと笑みを浮かべ、潜めた声で里中さんは答えた。


「運命の相手が、だってさ」


 ……これはまた胡散臭い都市伝説にありがちな話だ。
 最近はこういう作り話が流行っているのだろうか……。
 《マヨナカテレビ》は他では聞いた事が無かったので、この地域限定のとてもローカルな都市伝説なのだろう。

「……アホらし。
 それどー考えても眉唾物の与太話じゃん」

 ハッ、と馬鹿にした様な花村の発言に、里中さんは反論する。

「いやいや、実際に見たって言う人いるみたいだよ?
 しかも一人二人どころじゃないらしいし」

「それ、ただの錯覚じゃね?
 大体誰かが映ったところで、それが運命の相手かどーかなんてどうやって確かめるっつーんだよ」

 極めて正論である意見を吐く花村に、里中さんはまあね、と肩を竦めた。

「まー……よくある都市伝説みたいなもんだろうけど。
 良いじゃん、夢があってさ。
 別に誰かに害があるようなもんじゃないんだし。
 確か今晩から降るって言ってたし、丁度良いから今晩試してみようよ。
 映っても映らなくても話のネタ位にはなるだろうしね」

「鳴上さんもどう?」と話を振られ、少し考える。
 まぁ試す事自体には別に問題ないだろうけれど、ただ……。

「その時間帯は何時も寝てるから。
 ……起きれなくて見れないかもしれない」

 就寝時間が夜中の12時を越えた事は、記憶にある限りでは無かった筈だ。
 寝付きの良さはのび太君クラスだと自負している。

「でも、もし起きていたら試してはみるよ」

 起きていれば、の話にはなるが……。




◇◇◇◇◇




 夕飯の支度をしている最中に叔父さんは帰って来た。
 しかし疲労が溜まっているのか、早速ソファに座り込んだ叔父さんは、今にも眠ってしまいそうな顔でテレビを眺めている。
 何か食べてきた様には見えないが……一旦眠ってからでないと、食べ物が喉を通らないのではないだろうか。

 テレビでは先日の殺人事件の第一発見者へのインタビューが流れている。
 それを半ば聞き流しながら叔父さんの分の布団を敷いてから居間に戻ると、叔父さんは既に夢の世界へと旅立ってしまっていた。

 丁度インタビューも地元商店街の客足を心配するコメントで締め括って終わった所だ。
 心配する位なら、こんな番組で一々取り上げなければ済む話だろう、と心の中でツッコミを入れながら一瞬だけ見えた第一発見者の姿に首を傾げる。

 はて、あの背格好……何処かで見た様な……。

 だが直ぐに、どうでも良い事か、と思考を切り換える。

 今は叔父さんを何とかする方が先だ。
 こんな所で寝ていては、暦の上では春とは言えまだ夜は冷えるから風邪を引くだろう。
 軽く揺すったり、肩を叩いたり、名前を耳元で呼んでも、微かに反応は示すものの目覚める気配は一向に無い。
 相当深く眠っているらしい。
 それだけ疲れているという事か。
 仕方無い……。
 ヨイショッと叔父さんを抱き上げて寝室まで運ぶ。
 体格の良い叔父さんは結構重いが、運ぶのに問題は無い。
 ネクタイだけ回収して、掛け布団を掛けてからその場を撤収した。




◇◇◇◇◇




 菜々子ちゃんとの夕食は今日も恙無く終わった。
 今日のメニューは野菜たっぷりのチキンカレーだ。
 堂島家がビーフ派かポーク派か、将又シーフード派かは分からなかったので取り敢えずあまり外す事はないだろうチキンである。
 市販のカレールーをベースに、定番の日本式カレーの枠を守って作ったので、まぁ余程の事が無い限りは食べられないという事はあるまい。

 そんな思惑で作ったカレーは菜々子ちゃんには大変好評であった。
 一応甘過ぎない程度に甘口に作ってはみたが、もう少し辛口寄りでも大丈夫そうである。
 今度作る機会があればそうしてみよう。

 風呂に入って、菜々子ちゃんを寝かせて、叔父さんが途中で起きた時用にカレーが鍋に残っている旨を書いたメモを居間の座卓の目立つ位置に置いて、部屋に戻って布団の用意をする頃には10時近くになっていた。

 あぁそう言えば……《マヨナカテレビ》とやらを見る約束をしてたっけか、と半ばウトウトし始めた頭の片隅で思う。
 しかし、それまで本を読んで時間を潰そうにも、手持ちの本は教科書位だし……。
 宿題は……予習を含めてやってあるし……。
 パソコン、は……まぁいいや……。
 あぁ……ダメだ……眠……い……。






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