漢の世界
◆◆◆◆◆
【2011/05/16】
昨晩の《マヨナカテレビ》に映っていたのも、恐らくは巽くんだろう。
今の所、あちらの世界に放り込まれた人はいない。
取り敢えず、【犯人】のターゲットは巽くんであると仮定して動くしかない。
巽屋に移動すると、丁度店から誰かが出てきた。
巽屋の客だろうか?
年の頃は同じ位で、背は低め……多分里中さんよりも小さいだろう。
キャスケット帽を深く被って、あまり表情が見えない様にしているけれど、その幼さが残る中性的な顔立ちは整っている。
ネイビーのコートに身を包んだ彼(?)は、どうやら手ぶらの様で、あまり買い物をしに来た様には見えない。
この時期にこの年頃の人間が観光に来ている可能性は低めだから、顔に見覚えが無いだけで、この辺りの人なのだろうか?
彼(?)とすれ違う時に、偶々視線が噛み合い、お互い何も言わずに軽く会釈をした。
そのまま彼(?)が立ち去って行くのを見送る。
「……誰だろ? 見た事無い人だし……」
「なんつーか、ちょっと変わった感じだよな」
どうやら地元の人間では無かったらしい。
……巽屋に何の用があったのだろうか?
……まあいい。
連日押し掛ける事になってしまい申し訳無いが、巽夫人に巽くんの事について少し話を聞く事にした。
もしかしたら、そこから何かが分かるかもしれないからだ。
だが結局分かったのは、巽くんは裁縫やそういった手先の器用さを要求する作業が得意であるという事。
今でこそ暴走族を潰したりと言った荒事をやらかしているが、昔は絵を描いたり裁縫をしたりといった、穏やかな事を好んで行っていたという事。
それ位だった。
恨まれる可能性は零ではないけれど、それこそ潰された暴走族以外に、巽くんに直接危害を加えられた人はほぼ居ない様だし、学校等での噂は大分誇張された半ば風評被害に近いモノの様だ。
得意だと言う裁縫は今でもやっているらしく、巽くんの作品だと言う編みぐるみの作品を巽夫人に見せて貰ったが、非常に凝っている造りの完成度の高いモノだった。
これなら店に出して金を取っても、問題なく売れるだろう。
フリーのクリエイターが作った作品を扱った展覧会兼即売会は稲羽に来る前に良く見掛けたし、そういうグッズを専門にしているお店もあった。
昨今のインターネットの発達により、ネットを介して作品を売り買いするのが比較的手軽になっている事も手伝ってか、クリエイターとしてそこそこ以上の利益を上げている人も多いと聞く。
巽くんの歳で、そうやって実際にお金を稼いでもいけるモノを作れる才能があるというのは、とても凄い事だ。
純粋に尊敬する。
裁縫をやる事もあるからこそ、巽くんの技術の高さがとても良く理解出来た。
……流石に手芸の腕前とかが【犯人】の目的に繋がるとは思えない。
これ以上の収穫は無さそうだ、と店を出る事にした。
店から出ると、巽くんが先程すれ違った見知らぬ彼(?)と話している所に出会した。
どうやら、明日の放課後に二人で会う約束をしている様だ。
彼(?)は巽くんの知り合いなのだろうか?
彼(?)が立ち去ってからも、巽くんは何やら呟きながら突っ立っている。
……どうかしたのだろうか?
声を掛ける前に、巽くんは店の方へと戻ってしまった。
神社の境内で作戦会議を開く。
ターゲットになっているのは巽くんの方だろう、とは意見が一致したが、それでも巽夫人が狙われているという可能性とて否定は出来ない。
全く他の人である可能性とてあるが、流石にそこまでは手が回らないので、巽くんあるいは巽夫人がターゲットになっていると言う仮定で動くしかない。
兎も角、【犯人】の狙いが巽親子のどちらかであるのなら、その内に何らかの動きが見られる筈だ。
然し乍ら、連日買い物客でもないのに巽屋を訪れると言う訳にもいかない。
そう言う事なので、明日は張り込みを行う事にした。
巽くんの方は、どうやら明日は見知らぬ彼(?)と何処かへ行く様なので、そちらの方は尾行と言う事になる。
理想を言えば24時間張り込み続けるのが一番なのだろうけれど、警察でも何でも無い一般の学生には、精々放課後の数時間を張り込むのが精一杯だ。
その間に【犯人】からの動きがあれば良いのだが……。
何はともあれ、何かあった時の連絡用に、と、各々で連絡先を交換してその場は解散となった。
◇◇◇◇◇
今日は叔父さんの誕生日だ。
だから、夕飯のメインは叔父さんの好物だと言う餃子にした。
用意した味は三種類。
餃子のタレでも、ラー油だけでも、ポン酢でも塩でもそのままでも楽しめる様にはしている。
「お父さん、おたんじょうびおめでとう!」
「叔父さん、お誕生日おめでとうございます」
そう言って、贈り物としてネクタイピンを渡すと、思いの外喜んで貰えた。
なお、贈り物のネクタイピンは『だいだら.』の店主さんに頼み込んで作って貰った特注品だ。
シャドウを倒した時に手に入る素材を使っている様で、燻した様な銀色の本体に“ブルークォーツ”(これもシャドウからの戦利品だ)が程好いアクセントとして嵌まっている。
叔父さん位の年代の男性が身に付けていても、問題の無いデザインにして貰った。
「ははっ、こんな歳になってでも、祝って貰えれば嬉しいもんだな」
そう笑った叔父さんと、楽しい夕食の時間を過ごした……。
◆◆◆◆◆
【2011/05/17】
放課後。校門の所で待機していると、やたらソワソワとしている巽くんが出てくるのと同じ位のタイミングで、昨日の彼(?)が校門前の坂道を登ってやって来た。
そしてそのまま二人は連れ添って坂を下りていくのだが……。
何故か巽くんが終始挙動不審だ。
言葉に詰まったり、目線を逸らしたり、はては微かに頬を赤く染めたり……。
まるで初々しいカップルが初デートに行こうとしているかの様な感じもする。
しかしそんな落ち着かない巽くんとは正反対に、彼(?)の方は全くの平静であるため、何ともチグハグだ。
……何なのだろう。
花村と里中さんはそんな巽くんの様子に呆然としていたが、このままでは見失ってしまう、と巽くんを追い掛け出した。
それを見送って、天城さんと一緒に商店街へと向かった。
◇◇◇◇◇
相変わらず商店街は閑散としている。
巽屋のど真ん前で馬鹿正直に張り込みをする訳にはいかないので、神社の石段の所に陣取った。
これなら、立ち話しているだけの学生を装えるし、店に誰が訪れるのかも監視出来るだろう。
天城さんが自販機で買ってきてくれた缶ジュースを開ける。
『胡椒博士NEO』……あまり自販機では見掛けない炭酸飲料だ。
妙に湿布臭さを感じるこの炭酸飲料は、現存する最も古い炭酸飲料なのだそうだ。
アメリカではかなりメジャーであるらしいが、日本でのウケは今一つらしく、一般的なスーパーではあまり見掛けないし、自販機で売っているのはそこそこ以上に珍しいだろう。
かなり好みが別れる味であるので、仕方無いだろうが……。
一部では熱狂的な愛飲者も居るとは聞く一品だ。
一気に呷るには少々クセが強い。
…………。
今の所、これと言って怪しい動きは見られない。
このまま何事も無い、というのが一番好ましくはあるが……。
「犯人……来るかな……」
ポツリと、天城さんは不安を溢した。
「分からない。
でも、もし来たのなら……。
私が天城さんを守るよ」
不安、だろう。
何せ、相手は既に二人の命を(直接手を下した訳では無いとは言え)奪い、一度天城さんの命を狙っているのだ。
【犯人】がそれを諦めたのか、それすらまだ分からないし、もしターゲットから外れていてもまた再び標的にされる可能性だってある。
「もし【犯人】が来たら……天城さんは警察に知らせて。
叔父さ……堂島さんの名前出したら、学生の通報でも無下には扱われないと思うし。
……天城さんが逃げる時間位は、稼ぐから」
相手が何れ程のモノなのかも分からないのだ、無理に捕まえようとするよりは、警察にお任せする方がより良いだろう。
尤も。
証拠を残さない為にあの世界を凶器として使っているのなら、そう簡単にこちらの世界で証拠が残る様な犯罪は早々やらかさないとは思うが……。
……それでも天城さんを狙うと言うのなら、応戦するしか無い。
その場合は意地でも、天城さんが逃げる時間位は稼いでみせよう。
「えっ……。
えっと、ありがとう……」
少し頬を赤くした天城さんは、俯き、「頼りにしてるね」と呟いた。
「何か……不思議。
今迄、千枝以外の子と長い時間過ごす事って、殆ど無かったし……。
うん、でも……。
……鳴上さんたちと一緒に過ごすの、凄く楽しいよ」
天城さんのそんな言葉に、ありがとう、と頷いた。
一緒に過ごす時間を『楽しい』と思って貰えるなら、それが一番だ。
「あ、そうだ……。
千枝たちの方は上手くいってるのかな?」
どうだろう……。
正直、花村と里中さんが尾行に向いてるとは思えない。
取り敢えず、一度確認してみよう、と、ケータイを取ると、ほぼそのタイミングで電話がかかってきた。
花村からだ。
何かあったのかもしれない。
電話を取ると、焦った様な花村の声が聞こえた。
『スマン、鳴上!! 尾行失敗だ!!』
何故か電話向こうの花村は走っている様だ。
しかも恐らくは花村の後ろから、巽くんの怒鳴り声も聞こえる。
「何があった?」
『えっと、尾行に気付かれちまって、里中が余計な事言って━━』
今度は横合いから里中さんの声が「そんな事言ってないし!」と怒鳴る。
『兎に角、完二を刺激しちまって、今追っかけられてる。
取り敢えず、撒けそうなタイミングで何とかして撒くけど、今からはそっちに行けねーと思う』
「そうか、……そろそろこっちも時間が厳しくなってきたし、今日はこれで解散にしよう。
……捕まるなよ、花村。
健闘は祈っておく」
電話はそこで切れた。
そして天城さんと二人、顔を見合わせて、噴き出した。
花村と里中さんの心配はあまりしていない。
逃げ切れるだろうし、そもそも巽くんが二人に暴行を加えるとは思っていないからだ。
それ故、巽くんから猛ダッシュで逃げている二人を想像し、思わず笑ってしまったのである。
笑いが治まった所で、天城さんとは別れた。
◇◇◇◇◇
天城さんからその電話がかかってきたのは、夜も更けてきた頃合いだった。
所用序でに巽屋に電話をして確認を取った所、巽くんの所在が不明なのだと言う。
巽夫人曰く何処かにフラッと出掛けてしまうのはよくある事らしいが、現在【犯人】のターゲットになっている可能性が高い事を考えると、あまり看過出来ない状況だ。
ジュネスのテレビでクマに確認を取ろうにも……もうこの時間では閉店迄に間に合わないし、縦しんば花村に頼む等してそれをした処で、今からの時間帯に救出活動を行うのは、様々な面を考慮しても難しい。
……今晩も《マヨナカテレビ》が映る状況は整っている。
それで一先ずの巽くんの安否を確認する事にして、詳しい調査は明日行おう。
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【2011/05/16】
昨晩の《マヨナカテレビ》に映っていたのも、恐らくは巽くんだろう。
今の所、あちらの世界に放り込まれた人はいない。
取り敢えず、【犯人】のターゲットは巽くんであると仮定して動くしかない。
巽屋に移動すると、丁度店から誰かが出てきた。
巽屋の客だろうか?
年の頃は同じ位で、背は低め……多分里中さんよりも小さいだろう。
キャスケット帽を深く被って、あまり表情が見えない様にしているけれど、その幼さが残る中性的な顔立ちは整っている。
ネイビーのコートに身を包んだ彼(?)は、どうやら手ぶらの様で、あまり買い物をしに来た様には見えない。
この時期にこの年頃の人間が観光に来ている可能性は低めだから、顔に見覚えが無いだけで、この辺りの人なのだろうか?
彼(?)とすれ違う時に、偶々視線が噛み合い、お互い何も言わずに軽く会釈をした。
そのまま彼(?)が立ち去って行くのを見送る。
「……誰だろ? 見た事無い人だし……」
「なんつーか、ちょっと変わった感じだよな」
どうやら地元の人間では無かったらしい。
……巽屋に何の用があったのだろうか?
……まあいい。
連日押し掛ける事になってしまい申し訳無いが、巽夫人に巽くんの事について少し話を聞く事にした。
もしかしたら、そこから何かが分かるかもしれないからだ。
だが結局分かったのは、巽くんは裁縫やそういった手先の器用さを要求する作業が得意であるという事。
今でこそ暴走族を潰したりと言った荒事をやらかしているが、昔は絵を描いたり裁縫をしたりといった、穏やかな事を好んで行っていたという事。
それ位だった。
恨まれる可能性は零ではないけれど、それこそ潰された暴走族以外に、巽くんに直接危害を加えられた人はほぼ居ない様だし、学校等での噂は大分誇張された半ば風評被害に近いモノの様だ。
得意だと言う裁縫は今でもやっているらしく、巽くんの作品だと言う編みぐるみの作品を巽夫人に見せて貰ったが、非常に凝っている造りの完成度の高いモノだった。
これなら店に出して金を取っても、問題なく売れるだろう。
フリーのクリエイターが作った作品を扱った展覧会兼即売会は稲羽に来る前に良く見掛けたし、そういうグッズを専門にしているお店もあった。
昨今のインターネットの発達により、ネットを介して作品を売り買いするのが比較的手軽になっている事も手伝ってか、クリエイターとしてそこそこ以上の利益を上げている人も多いと聞く。
巽くんの歳で、そうやって実際にお金を稼いでもいけるモノを作れる才能があるというのは、とても凄い事だ。
純粋に尊敬する。
裁縫をやる事もあるからこそ、巽くんの技術の高さがとても良く理解出来た。
……流石に手芸の腕前とかが【犯人】の目的に繋がるとは思えない。
これ以上の収穫は無さそうだ、と店を出る事にした。
店から出ると、巽くんが先程すれ違った見知らぬ彼(?)と話している所に出会した。
どうやら、明日の放課後に二人で会う約束をしている様だ。
彼(?)は巽くんの知り合いなのだろうか?
彼(?)が立ち去ってからも、巽くんは何やら呟きながら突っ立っている。
……どうかしたのだろうか?
声を掛ける前に、巽くんは店の方へと戻ってしまった。
神社の境内で作戦会議を開く。
ターゲットになっているのは巽くんの方だろう、とは意見が一致したが、それでも巽夫人が狙われているという可能性とて否定は出来ない。
全く他の人である可能性とてあるが、流石にそこまでは手が回らないので、巽くんあるいは巽夫人がターゲットになっていると言う仮定で動くしかない。
兎も角、【犯人】の狙いが巽親子のどちらかであるのなら、その内に何らかの動きが見られる筈だ。
然し乍ら、連日買い物客でもないのに巽屋を訪れると言う訳にもいかない。
そう言う事なので、明日は張り込みを行う事にした。
巽くんの方は、どうやら明日は見知らぬ彼(?)と何処かへ行く様なので、そちらの方は尾行と言う事になる。
理想を言えば24時間張り込み続けるのが一番なのだろうけれど、警察でも何でも無い一般の学生には、精々放課後の数時間を張り込むのが精一杯だ。
その間に【犯人】からの動きがあれば良いのだが……。
何はともあれ、何かあった時の連絡用に、と、各々で連絡先を交換してその場は解散となった。
◇◇◇◇◇
今日は叔父さんの誕生日だ。
だから、夕飯のメインは叔父さんの好物だと言う餃子にした。
用意した味は三種類。
餃子のタレでも、ラー油だけでも、ポン酢でも塩でもそのままでも楽しめる様にはしている。
「お父さん、おたんじょうびおめでとう!」
「叔父さん、お誕生日おめでとうございます」
そう言って、贈り物としてネクタイピンを渡すと、思いの外喜んで貰えた。
なお、贈り物のネクタイピンは『だいだら.』の店主さんに頼み込んで作って貰った特注品だ。
シャドウを倒した時に手に入る素材を使っている様で、燻した様な銀色の本体に“ブルークォーツ”(これもシャドウからの戦利品だ)が程好いアクセントとして嵌まっている。
叔父さん位の年代の男性が身に付けていても、問題の無いデザインにして貰った。
「ははっ、こんな歳になってでも、祝って貰えれば嬉しいもんだな」
そう笑った叔父さんと、楽しい夕食の時間を過ごした……。
◆◆◆◆◆
【2011/05/17】
放課後。校門の所で待機していると、やたらソワソワとしている巽くんが出てくるのと同じ位のタイミングで、昨日の彼(?)が校門前の坂道を登ってやって来た。
そしてそのまま二人は連れ添って坂を下りていくのだが……。
何故か巽くんが終始挙動不審だ。
言葉に詰まったり、目線を逸らしたり、はては微かに頬を赤く染めたり……。
まるで初々しいカップルが初デートに行こうとしているかの様な感じもする。
しかしそんな落ち着かない巽くんとは正反対に、彼(?)の方は全くの平静であるため、何ともチグハグだ。
……何なのだろう。
花村と里中さんはそんな巽くんの様子に呆然としていたが、このままでは見失ってしまう、と巽くんを追い掛け出した。
それを見送って、天城さんと一緒に商店街へと向かった。
◇◇◇◇◇
相変わらず商店街は閑散としている。
巽屋のど真ん前で馬鹿正直に張り込みをする訳にはいかないので、神社の石段の所に陣取った。
これなら、立ち話しているだけの学生を装えるし、店に誰が訪れるのかも監視出来るだろう。
天城さんが自販機で買ってきてくれた缶ジュースを開ける。
『胡椒博士NEO』……あまり自販機では見掛けない炭酸飲料だ。
妙に湿布臭さを感じるこの炭酸飲料は、現存する最も古い炭酸飲料なのだそうだ。
アメリカではかなりメジャーであるらしいが、日本でのウケは今一つらしく、一般的なスーパーではあまり見掛けないし、自販機で売っているのはそこそこ以上に珍しいだろう。
かなり好みが別れる味であるので、仕方無いだろうが……。
一部では熱狂的な愛飲者も居るとは聞く一品だ。
一気に呷るには少々クセが強い。
…………。
今の所、これと言って怪しい動きは見られない。
このまま何事も無い、というのが一番好ましくはあるが……。
「犯人……来るかな……」
ポツリと、天城さんは不安を溢した。
「分からない。
でも、もし来たのなら……。
私が天城さんを守るよ」
不安、だろう。
何せ、相手は既に二人の命を(直接手を下した訳では無いとは言え)奪い、一度天城さんの命を狙っているのだ。
【犯人】がそれを諦めたのか、それすらまだ分からないし、もしターゲットから外れていてもまた再び標的にされる可能性だってある。
「もし【犯人】が来たら……天城さんは警察に知らせて。
叔父さ……堂島さんの名前出したら、学生の通報でも無下には扱われないと思うし。
……天城さんが逃げる時間位は、稼ぐから」
相手が何れ程のモノなのかも分からないのだ、無理に捕まえようとするよりは、警察にお任せする方がより良いだろう。
尤も。
証拠を残さない為にあの世界を凶器として使っているのなら、そう簡単にこちらの世界で証拠が残る様な犯罪は早々やらかさないとは思うが……。
……それでも天城さんを狙うと言うのなら、応戦するしか無い。
その場合は意地でも、天城さんが逃げる時間位は稼いでみせよう。
「えっ……。
えっと、ありがとう……」
少し頬を赤くした天城さんは、俯き、「頼りにしてるね」と呟いた。
「何か……不思議。
今迄、千枝以外の子と長い時間過ごす事って、殆ど無かったし……。
うん、でも……。
……鳴上さんたちと一緒に過ごすの、凄く楽しいよ」
天城さんのそんな言葉に、ありがとう、と頷いた。
一緒に過ごす時間を『楽しい』と思って貰えるなら、それが一番だ。
「あ、そうだ……。
千枝たちの方は上手くいってるのかな?」
どうだろう……。
正直、花村と里中さんが尾行に向いてるとは思えない。
取り敢えず、一度確認してみよう、と、ケータイを取ると、ほぼそのタイミングで電話がかかってきた。
花村からだ。
何かあったのかもしれない。
電話を取ると、焦った様な花村の声が聞こえた。
『スマン、鳴上!! 尾行失敗だ!!』
何故か電話向こうの花村は走っている様だ。
しかも恐らくは花村の後ろから、巽くんの怒鳴り声も聞こえる。
「何があった?」
『えっと、尾行に気付かれちまって、里中が余計な事言って━━』
今度は横合いから里中さんの声が「そんな事言ってないし!」と怒鳴る。
『兎に角、完二を刺激しちまって、今追っかけられてる。
取り敢えず、撒けそうなタイミングで何とかして撒くけど、今からはそっちに行けねーと思う』
「そうか、……そろそろこっちも時間が厳しくなってきたし、今日はこれで解散にしよう。
……捕まるなよ、花村。
健闘は祈っておく」
電話はそこで切れた。
そして天城さんと二人、顔を見合わせて、噴き出した。
花村と里中さんの心配はあまりしていない。
逃げ切れるだろうし、そもそも巽くんが二人に暴行を加えるとは思っていないからだ。
それ故、巽くんから猛ダッシュで逃げている二人を想像し、思わず笑ってしまったのである。
笑いが治まった所で、天城さんとは別れた。
◇◇◇◇◇
天城さんからその電話がかかってきたのは、夜も更けてきた頃合いだった。
所用序でに巽屋に電話をして確認を取った所、巽くんの所在が不明なのだと言う。
巽夫人曰く何処かにフラッと出掛けてしまうのはよくある事らしいが、現在【犯人】のターゲットになっている可能性が高い事を考えると、あまり看過出来ない状況だ。
ジュネスのテレビでクマに確認を取ろうにも……もうこの時間では閉店迄に間に合わないし、縦しんば花村に頼む等してそれをした処で、今からの時間帯に救出活動を行うのは、様々な面を考慮しても難しい。
……今晩も《マヨナカテレビ》が映る状況は整っている。
それで一先ずの巽くんの安否を確認する事にして、詳しい調査は明日行おう。
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