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虚構の勇者

◇◇◇◇◇





 復活した『導かれし勇者ミツオ』は、己に纏わり付くジライヤを剣を振り回して振り払った。
 そして、【>ギガダイン】で周囲を一掃しようとする。
 それをギリギリの所で回避した陽介達は、『導かれし勇者ミツオ』の内部に取り込まれてしまった悠希を呼んだ。

「くそっ、鳴上!」

「「鳴上さん!」」

『「先輩!!」』

「センセー!!」

 しかし、『導かれし勇者ミツオ』は何の変化も見せない。
 再度【>ギガダイン】が放たれる。
 周囲を蹂躙するその雷撃は、何故かロクに狙いが定められていなかった。
 それを回避した陽介達は、一旦『導かれし勇者ミツオ』から距離を取る。

 何故か『導かれし勇者ミツオ』は攻撃する事も距離を詰めようとする事もせずにその場に留まっているが、それを斟酌している余裕は今の陽介達には無かった。
 寧ろ好機とばかりに、作戦を立て直す為の話し合いを素早く行う。

『ダメ、悠希先輩に繋がらない!
 アイツの中から先輩の反応はあるけど、でも……何かおかしい!
 早く助け出さないと!
 凄く嫌な予感がする……!』

「嫌な予感って何だよ!?」

 焦燥感を顕にしたりせに、完二が思わず余裕が無い声で聞き返した。

『分かんない。分かんない、けど……。
 アイツが内側に引き摺りこんだ先輩を放っておく事なんて、ある訳無い……!』

 それはこの場の全員に共通の認識である。
 態々捕らえてその内に引き摺り込みまでしたのだ。
 それで、悠希が『シャドウ』に何もされ無いなどとは到底考えられない事であった。

「『シャドウ』に捕まる直前の鳴上さん、何か様子がおかしかったよね……。
 あれは一体……」

 捕まる直前のふらついた様な悠希の姿を思い返し、雪子はそう口にする。

「よくは分かんねーけど、あの時に『シャドウ』に何かされたのは確かだろうな。
 助け出すにはやっぱあのブロックを崩さないといけねーんだろうけど……」

 陽介はチラリと『導かれし勇者ミツオ』を見やった。
 ブロックで作られたその巨体は、一見しただけではどの辺りに悠希と『シャドウ』が居るのかは見当が付きそうにも無い。

「中に鳴上さんが居るんだから、無茶な攻撃は出来ないね……。
 鳴上さんを人質に取るとか、ホントあの『シャドウ』腹が立つ!」

 しかし現実的に悠希が半ば人質の様な状態になっているのは確かだ。
 下手に強力な攻撃を加えては、中にいる悠希に害が及ぶ可能性が高い。
 しかしチマチマとした攻撃では『導かれし勇者ミツオ』のブロックを引き剥がすには至らないし、多少のブロックを崩した程度では直ぐ様元通りに修復されてしまう。

「早くセンセイをお助けせねば!
 リセちゃん、センセイの場所は分かるかクマ?」

『ちょっと待って。
 ……ちょっと時間は必要だけど、多分……ううん絶対に、見付けてみせるから』

 りせはクマの要望に強く頷く。
 そして力の流れを見て『シャドウ』や悠希の詳細な位置を把握する為に、『導かれし勇者ミツオ』の攻撃を誘発して欲しいと皆に頼んだ。
 一撃一撃が強力な『導かれし勇者ミツオ』の攻撃を態と誘導させるなど、危険極まりない行為である。
 だが。
 それに否を唱える者も、躊躇いを見せる者も。
 この場には誰一人として居なかった。




◇◇◇◇◇





「こっちだ木偶の坊!!」

 威勢よく完二が『導かれし勇者ミツオ』を挑発する。

 すると、動きが見られなかった『導かれし勇者ミツオ』は何処かぎこちなく動き出した。
 単調な動きで剣を叩き下ろすが、そんな攻撃では《マハスクカジャ》で敏捷性を高めていた完二を捉える事は出来ない。
 剣の連撃を完二は難なく回避する。

「隙アリ! とりゃーっ!!」

 完二に注意を向けている『導かれし勇者ミツオ』に、千枝とトモエが背後からライダーキックをかました。
『導かれし勇者ミツオ』は僅かにたじろぎ、幾つかのブロックがそれにより剥がれ落ちたが、それはそう間を置く事無く再生され始める。
 ブンッと横薙ぎに振り払ってきた剣を、千枝は身を屈める事で回避した。

「ほれほーれ、こっちクマよー!!」

 今度はクマがピョンピョンと跳び跳ねながら『導かれし勇者ミツオ』を挑発する。
 するとクマに狙いを定めた『導かれし勇者ミツオ』はカクカクと踏み出そうとしたが。
 その足元をキントキドウジに凍結され、見事にスリップして背中から転倒した。
 幾つかのブロックが倒れた衝撃で吹き飛んでゆき、ジワジワと再生され始める。

「どうだりせ! 場所は掴めたか!?」

『待って……もう少しで……!
 後ちょっとだけ時間を稼いで!』

 その時、起き上がった『導かれし勇者ミツオ』が辺りを一掃しようと【>ギガダイン】を放った。
 ゲーム染みたエフェクトの雷だが、そのエネルギー量は凄まじい。
 皆何とか防御して凌いだが、無傷では済まなかった。
 だが、それ程のエネルギーを放ったのだ。
 りせの目には、『導かれし勇者ミツオ』の内部でのエネルギーの流れがくっきりと見えていた。

『……見付けた!!
 先輩は、アイツの首の辺りの空間に囚われてる!
『シャドウ』の反応もその近くにあるよ!!』

 悠希を発見しりせが喜びを滲ませた声を上げる。
 それに素早く陽介が質問を投げ掛けた。

「鳴上に通信は繋がるかっ!?」

『……っ! ダメ!
 よく分からないけど、何かに邪魔されてるみたい!
 先輩の反応はあるのに、応答しない!』

 りせの分析によると、悠希はどうやら動きも拘束されているらしい。
 そうであれば悠希自らが脱出するのは困難である。
 直接『導かれし勇者ミツオ』のブロックを剥いで、悠希を助け出さねばならない。
 一番危険な救出役を買って出たのは陽介であった。

「アイツの攻撃はあたしらが何とかするから、花村は鳴上さんを助ける事に専念して!」

「絶対に、邪魔なんかさせないから!」

「先輩、漢なら一発で決めてやれ!」

「ヨースケのサポートはクマ達に任せんしゃい!」

『花村先輩、頑張って!』

 皆が陽介の背を押す。
 信頼する仲間たちの言葉に。

「おう、任せとけ!!」

 陽介は力強く頷いて、『導かれし勇者ミツオ』へと向かって駆け出した。
 何かをしようとしている事を察してか、『導かれし勇者ミツオ』は陽介に向かってブロックの爆弾を投擲してくる。
 陽介は己に迫るそれを認識しながらも、回避の為に足を止める事は無い。
 破裂寸前となった爆弾は、爆発する前に凍結され、吹き上がった業火に爆発する事無く消滅する。
 陽介目掛けて振り下ろされた剣は、タケミカヅチとトモエが受け止めた。
 何度も何度も振り下ろされるそれを、その度にタケミカヅチとトモエが二人掛で食い止める。
 そして、千枝達の援護を得てやっとの事で『導かれし勇者ミツオ』の懐に潜り込んだ陽介は、ジライヤに投げ上げられて一気に肩の部分へと到達した。
 肩の上に立った陽介は、りせから示された悠希が囚われている首の辺りのブロックを、細心の注意を払いながらジライヤの拳に風を纏わせて剥ぎ取らせて行く。
 数個のブロックを剥ぎ取ってやっと見えてきた『導かれし勇者ミツオ』の隙間からは。
 まさに探し求めていた悠希の姿が見えた。

「無事か!? 鳴上!」

 姿が見えた瞬間、陽介は形振り構わず大声で悠希を呼ぶ。
 だが。
 聞こえていない筈など無い程の音量だったと言うのに、悠希はピクリとも動かない。
『導かれし勇者ミツオ』の内に広がる虚ろな闇の中を佇む様に揺蕩っているだけであった。

「おい、鳴上!!」

 焦りを覚えた陽介は、さっきよりも大声を上げて呼んだ。
 それでも、悠希は僅か程も動く事は無く。
 その瞳は何も映してはいない。

「返事をしてくれ、鳴上!」

 何処か懇願する様に、陽介は悠希を呼ぶ。
 それでも、悠希は何の反応もしなかった。
 何時もなら、その意志の強さを表す様な光を宿しているその瞳には。
 今はただただ濁った様な闇しか映っていない。
 何処までも深く虚ろな闇の中に、悠希の姿は今にも沈んでいきそうであった。

 一刻も早く、悠希をあの闇の中から引き揚げなければならない。
 さもないと──

 何処か本能的にその事を理解した陽介は、隙間から精一杯手を差し入れて悠希へと手を伸ばす。
 しかしその手は悠希に届く事は無く、悠希の方からも手を伸ばさなくては到底届かないだろう程の距離までしか手を伸ばせなかった。

「早くこの手を掴め! 鳴上!!」

 だが、悠希は陽介の手に見向きもしない。
 そもそも、悠希は何も認識してはいない様であった。
 その様子に、陽介は焦りと恐怖を覚える。

 その時、虚ろに揺蕩う悠希の首を突然巨大な赤子の手が掴んだ。
『シャドウ』が己に残された右手で、悠希を絞め殺そうとしているのだ。

「くそっ、その手を鳴上から離せ!!」

 両者の距離が近すぎて、陽介は迂闊に攻撃が出来ない。
 武器を投げつけ様とするも、それを察知した『シャドウ』は悠希を盾にする様に、悠希の影に隠れた。

「鳴上、目を覚ませ!」

 再度、届いてくれと祈りを込めて陽介は名前を呼んだ。
 だが、悠希はやはり全く反応しない。
 首を絞められていると言うのに、まるで精巧に作られた人形であるかの様に何の反応も返さない悠希に、陽介の心中は焦燥感に掻き乱される。

「……っ! 悠希……!」

 それは、もう賭けの様なものであった。
 成す術を失い、最早自棄になった結果の様なものであった。
 事実、名前を呼ぶその声は掠れて、決して大きなものでは無かった。
 だが。

 ──ピクリと、悠希の指先が微かに動く。
 ──そして、僅かに息苦しそうに喘いだ。

「……悠希!」

 何故悠希が反応を返したのか、陽介に分かろう筈は無かった。
 だが、初めて反応を返してきたその言葉を、縋る様に再度叫ぶ。

 ──すると、僅かに意志の光がその瞳に灯った。

 それを見た陽介は。
 全力で身を乗り出して手を限界まで伸ばし、ありったけの思いを託して全身全霊で叫んだ。



 ━━目を醒ませ、悠希!!








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