虚構の勇者
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「…………み!」
「…………かみ!」
「……なるかみ!」
誰かの声が聞こえる。
誰だろう。
ぼんやりとした意識の中で、夢に揺蕩う様な心地でその声を聞いていた。
「おい、鳴上!」
耳元で聞こえた声に、漸く意識がハッキリと覚醒する。
パチパチと瞬きを繰り返しながら辺りを見回すと、そこは見慣れたジュネスのフードコートであった。
強い日射しに照り付けられた屋上の熱気は軽く汗ばむ程で、ガヤガヤとした軽い喧騒の中に遠くで蝉が合唱しているのが聴こえてくる。
目の前には、身を乗り出した花村が何処か心配そうな表情を浮かべていて、そして周りでは皆が心配そうにこちらを見ていた。
これは、一体……。
鈍麻した頭で思考しても、何故今の状況にあるのか思い出す事が出来ない。
そしてふと、一つの答えに行き当たる。
ああそうか。
これは、“夢”、か……。
きっと繰り返され続ける殺戮に壊れた自分が、逃避する為に見ている都合の良い“妄想”……。
いっそ“夢”であるとすら気付けない程に壊れていれば、きっと何の疑問も無く花村達との日常の夢に身を浸す事も出来たのだろうに……。
中途半端に残っていた理性が疎ましく思えてしまう。
「おーい? もしもーし!」
反応を伺うかの様に、こちらの目の前でヒラヒラと花村は手を振ってくる。
それに、微笑み返そうとはしたのだが、表情筋は笑顔の作り方など忘れてしまったかの様で、きっとぎこちないものになってしまった。
それを見てか、花村は益々心配する様な顔をする。
「おい、本当に大丈夫かよ、鳴上。
折角夏休みどうすんのか話し合ってんのに、一人だけボーッとしてさ。
何かあったのか?」
どうやら、夏休みに遊ぶ為の計画を立てていた所だった様だ。
「……いや、何でも無いさ。
何も、起きてなどいない」
ここは逃避する為に見ている“夢”なのだろうから、『日常』を脅かす何かなど、ここで起きている筈など無いのだ。
目覚める術は無く、そして目覚めた所で待ち受けている“現実”があれなのだとすれば、今暫しの時をここで揺蕩う事も、そう悪くは無いだろう。
それは心を犯す毒だとは理解しながらも、その甘さを求めずにはいられなかった。
砂漠を彷徨い続けた餓え渇く旅人が、一滴の水を求めずにはいられないかの様に。
「いやいや鳴上さん明らかボーッとしてたし、何か今も調子悪そうじゃん」
ねえ雪子、と横に座る天城さんに同意を求める様に里中さんは言い、天城さんはそれに頷く。
「先輩、夏風邪ひいちまった感じっスか?」
巽くんが心配そうにそう言うと。
「えーっ! ちょっと先輩、体調悪いなら無理しちゃダメだよ!」
「センセー! 死んじゃイヤクマー!」
りせとクマが大袈裟な位に反応し、クマは勢いのままにヒシッと抱き付いてきた。
抱き締められた感触は現実であるかの様で、ふと、ここはもしかして本当は“夢”じゃないんじゃ、と言う淡い期待が浮かぶ。
「いやいや流石に死ぬとかは大袈裟過ぎんだろ、クマ。
つか、そんなに抱き付いてたら暑苦しいだろ」
苦笑いしつつ、全力で抱き付いてくるクマを引き剥がしてくれた花村は、心配そうな顔で、こちらの額に手を当ててきた。
そこから伝わる温もりに、どうしようも無い程のもどかしさと、そして満ち足りるかの様な幸せを感じてしまう。
「んー、熱とかは無い感じなんだけどな……って、鳴上!?
どうしたんだよ!」
「えっ……?」
慌てた様な声を上げる花村に思わず首を傾げると。
ツッと何かが頬を伝って溢れ落ちた。
何だろう?とそれを拭ったが、それは後から後から雨垂れの様に溢れ落ちていく。
慌てた様な表情を浮かべる花村が、薄く水の膜を張った様に段々とボヤけていった。
「あれ……?」
目をゴシゴシと手の甲で擦っても視界はぼんやりとしたまま、手の甲を濡らす雫は止まる事を知らない。
「あれ……どうして……」
訳が分からない。
別に、肉体的な苦痛を感じている訳でも無く、大きな感情の揺れを感じている訳でも無いと言うのに。
……何故か、自分は涙を溢していた。
拭っても拭っても、涙は止まらない。
ハラハラと静かに溢れ落ちてゆく。
自分でもどうすれば良いのか分からず、困惑していると。
「センセイ、大丈夫クマか?
悪い夢でも見ちゃったカンジ?」
ポフポフと、心配したクマが優しく背中を擦ってくる。
悪い夢…………。
…………あれが、“夢”であったのなら、どんなに良かっただろうか。
……いや、“夢”だったのだろうか……?
感じていた痛みも、絶望も、憎悪も、耳に残る皆の絶叫や命が潰されていく音も、目に焼き付けられた命が壊されていく瞬間も、鼻の奥に染み付いた人が焼ける臭いも、手を濡らす生暖かい血の感触も……。
全部全部、“夢”であったのだろうか……?
分からない。
“夢”だと思っていたこの幸せで満ち足りた時間が、“現実”……?
何が“夢”で何が“現実”なのか、分からなくなってくる。
皆をこの手で殺してしまったあの絶望が、“現実”?それとも“夢”?
狂った様に繰り返されていたあの惨劇が、“現実”?それとも“夢”?
この狂おしい程に愛しい時間が、“現実”?
何がどうなっているのか、最早何も分からない。
「そーゆー時は、パーッと騒いで忘れちゃうのが一番クマ!」
ニコッと笑うクマにどう返せば良いのか分からず、言葉を探していると。
「よく分かんねーけど、元気だせよ鳴上」
な?と花村が頭を優しい手付きでポンポンと撫でてきた。
普段はこちらの方が花村よりも背が高いが、今はこちらは座った状態で花村は立っている状態なので、必然的に花村を見上げる形になる。
「パーッと……か。
あ、そーだ!
ならさ、皆で料理勝負とかどうよ!
それも今からすぐに!」
クマの言葉に何かを考え込む様に黙っていた里中さんが、名案を思い付いたとばかりに勢いよく立ち上がった。
「あ、良いねそれ、私も賛成。
今日は旅館の手伝いも無いし、都合も大丈夫だよ」
「私も賛成!
結構自信あるからね、私負けないよ!」
楽しそうに天城さんとりせが頷く傍らで、巽くんが少し顔を青褪めさせている。
以前のカレーの惨劇を思い出しているのだろうか……。
「りょ、料理勝負っスか? と、突然っスね」
「突然って言うか、アイツを逮捕した時に、記念に打ち上げをしようって言ってて、結局その日はドタバタしてて無理だったからまた今度って事になったじゃん」
「バカンジだからもう忘れたの?」と呆れた様にりせが言う。
「いや、そんでもさ……料理勝負ってのは、なあ?
こう……俺らのトラウマ的なモノに突き刺さるって言いますか……」
花村も顔を蒼くして里中さん達を翻意させようとするが。
「おお! 皆の料理、クマも食べたいクマー!
むふふー、センセイにーチエちゃんにーユキちゃんにーりせちゃんの料理!
楽しみでヨダレが出ちゃいそうクマー」
テンションを高めたクマが賛成側に行き、賛成派4人に反対派2人となり、反対派に勝ち目は無くなる。
「嘘だろおい……。
つか里中達はあのカレーの記憶を何処に置き去りにしてったんだよ。
つか何で料理勝負になるんだよ」
最早止められない事を悟ったのか、花村が自決を求められたかの様な表情で尋ねると。
「あー、まあ、ほらね?
あの時から私も成長したし?
雪子も料理練習してるから、上手くなってるし?
あの時のリベンジ、みたいな?」
若干目を泳がせつつ里中さんがそう答え、天城さんはウンウンと頷いた。
リベンジ……嫌な予感しかしないが……。
「……鳴上、お前だけが最後の希望だ。
俺達が生きて帰れるかは鳴上にかかってるんで、マジでお願いします」
そう頼み込んできた花村にやや戸惑いつつも頷いた。
と、言うよりも。
「花村と巽くんは作らないのか?」
クマはこちらに来て日が浅いので、寧ろ作らせない方が良いのは分かるが。
花村の料理の腕は知らないが、巽くんならかなり料理も出来るのではないだろうか。
「あー、俺? 俺はパス。
炊飯器動かす程度しかやってねーし、流石にそれで自信満々に料理すんのは俺には無理」
巽くんは?と尋ねると、巽くんは少し迷っていたが結局は作る事にした様だ。
「そうと決まれば早速買い出ししないとね!」
買い物行こ!と立ち上がる里中さんに、ふと気になった事を訊ねた。
「しかし、料理勝負と言っても何処でやるつもりだ?」
「あー……えーっと……。
……考えて無かった……。
ウチはこの人数で料理出来る様なスペース無いしなー……」
「今の時間から忙しくなるだろうし、厨房を借りるのは難しいと思う」
どうしようか、と考える里中さん達に。
あ!と何事かを思い付いたかの様にりせが手を上げた。
「そうだ、悠希先輩って毎日ご飯作ってるんだよね?
だったら菜々子ちゃんも一緒に、夕飯代わりにパーッとやろうよ!」
「と、なると……。
場所は堂島さん家?」
「あー、確かに台所広かったよな」
花村達が頷いている。
……大丈夫なのだろうか?
取り敢えず、家を使っても良いのか叔父さんに確認を取らなくては……。
確認した所、使っても大丈夫な様だった。
と言うよりも、叔父さんは事件の後処理で忙しく今夜は遅くなりそうなので、菜々子と遊んでくれるなら寧ろ有り難いとの事だ。
「よーし、決まり!
なら菜々子ちゃんの好きなモノ作ろうよ!
じゃあ行こ行こ!」
皆に背を押され、買い物売り場へと向かう。
涙は、いつの間にか止まっていた。
■■■■
「ふぅ、食った食った」
お茶で喉を潤しながら、花村はそう満足そうに言った。
その横ではすっかり意気投合した菜々子とクマが、楽しそうに話をしている。
里中さんと天城さんは、お互い失敗した部分の反省会をやっていて。
りせと巽くんは仲良く言い合っている。
料理勝負は中々の結果だった。
里中さんと天城さんは、カレーの時からは成長していたが、それでもまだ足りない部分が多く。
りせは自信満々であったのだが巽くんのモノと比べると些か物足りなさを感じてしまう出来で、それが気に食わなかったのか、りせは巽くんに食ってかかっている。
作った料理は概ね皆に好評で、本当に楽しい時間だった。
本当に、幸せな時間だ。
この時が何時までも続いて欲しいと、叶う事の無い想いを懐いてしまう程に。
もしこれが“夢”だとするのならば一生醒めないでほしい、なんて……願ってしまう程に。
「なあ、鳴上」
花村に声をかけられ、どうかしたのかと首を傾げる。
「元気出たみたいで安心したよ」
そう優しく微笑まれて、どうしてこんな急に料理勝負などしたのか、理解した。
里中さん達がとても乗り気だったのも、花村や巽くんがそれに強くは反対しなかったのも。
元気が無かったこちらを、励ます為であったのだ……。
それを理解してしまい、思わず泣きたくなってしまう。
涙は溢れはしなかったが。
「そうか……。
心配してくれて、こうやって励ましてくれて。
すまない。
……そして、ありがとう」
万感の想いを込めて、そう花村に微笑んだ瞬間。
──ブレーカーが落ちたかの様に、視界が闇に閉ざされ、意識も黒く塗り潰されていく。
──遠い何処かで、何かを必死に叩く様な音が──
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「…………み!」
「…………かみ!」
「……なるかみ!」
誰かの声が聞こえる。
誰だろう。
ぼんやりとした意識の中で、夢に揺蕩う様な心地でその声を聞いていた。
「おい、鳴上!」
耳元で聞こえた声に、漸く意識がハッキリと覚醒する。
パチパチと瞬きを繰り返しながら辺りを見回すと、そこは見慣れたジュネスのフードコートであった。
強い日射しに照り付けられた屋上の熱気は軽く汗ばむ程で、ガヤガヤとした軽い喧騒の中に遠くで蝉が合唱しているのが聴こえてくる。
目の前には、身を乗り出した花村が何処か心配そうな表情を浮かべていて、そして周りでは皆が心配そうにこちらを見ていた。
これは、一体……。
鈍麻した頭で思考しても、何故今の状況にあるのか思い出す事が出来ない。
そしてふと、一つの答えに行き当たる。
ああそうか。
これは、“夢”、か……。
きっと繰り返され続ける殺戮に壊れた自分が、逃避する為に見ている都合の良い“妄想”……。
いっそ“夢”であるとすら気付けない程に壊れていれば、きっと何の疑問も無く花村達との日常の夢に身を浸す事も出来たのだろうに……。
中途半端に残っていた理性が疎ましく思えてしまう。
「おーい? もしもーし!」
反応を伺うかの様に、こちらの目の前でヒラヒラと花村は手を振ってくる。
それに、微笑み返そうとはしたのだが、表情筋は笑顔の作り方など忘れてしまったかの様で、きっとぎこちないものになってしまった。
それを見てか、花村は益々心配する様な顔をする。
「おい、本当に大丈夫かよ、鳴上。
折角夏休みどうすんのか話し合ってんのに、一人だけボーッとしてさ。
何かあったのか?」
どうやら、夏休みに遊ぶ為の計画を立てていた所だった様だ。
「……いや、何でも無いさ。
何も、起きてなどいない」
ここは逃避する為に見ている“夢”なのだろうから、『日常』を脅かす何かなど、ここで起きている筈など無いのだ。
目覚める術は無く、そして目覚めた所で待ち受けている“現実”があれなのだとすれば、今暫しの時をここで揺蕩う事も、そう悪くは無いだろう。
それは心を犯す毒だとは理解しながらも、その甘さを求めずにはいられなかった。
砂漠を彷徨い続けた餓え渇く旅人が、一滴の水を求めずにはいられないかの様に。
「いやいや鳴上さん明らかボーッとしてたし、何か今も調子悪そうじゃん」
ねえ雪子、と横に座る天城さんに同意を求める様に里中さんは言い、天城さんはそれに頷く。
「先輩、夏風邪ひいちまった感じっスか?」
巽くんが心配そうにそう言うと。
「えーっ! ちょっと先輩、体調悪いなら無理しちゃダメだよ!」
「センセー! 死んじゃイヤクマー!」
りせとクマが大袈裟な位に反応し、クマは勢いのままにヒシッと抱き付いてきた。
抱き締められた感触は現実であるかの様で、ふと、ここはもしかして本当は“夢”じゃないんじゃ、と言う淡い期待が浮かぶ。
「いやいや流石に死ぬとかは大袈裟過ぎんだろ、クマ。
つか、そんなに抱き付いてたら暑苦しいだろ」
苦笑いしつつ、全力で抱き付いてくるクマを引き剥がしてくれた花村は、心配そうな顔で、こちらの額に手を当ててきた。
そこから伝わる温もりに、どうしようも無い程のもどかしさと、そして満ち足りるかの様な幸せを感じてしまう。
「んー、熱とかは無い感じなんだけどな……って、鳴上!?
どうしたんだよ!」
「えっ……?」
慌てた様な声を上げる花村に思わず首を傾げると。
ツッと何かが頬を伝って溢れ落ちた。
何だろう?とそれを拭ったが、それは後から後から雨垂れの様に溢れ落ちていく。
慌てた様な表情を浮かべる花村が、薄く水の膜を張った様に段々とボヤけていった。
「あれ……?」
目をゴシゴシと手の甲で擦っても視界はぼんやりとしたまま、手の甲を濡らす雫は止まる事を知らない。
「あれ……どうして……」
訳が分からない。
別に、肉体的な苦痛を感じている訳でも無く、大きな感情の揺れを感じている訳でも無いと言うのに。
……何故か、自分は涙を溢していた。
拭っても拭っても、涙は止まらない。
ハラハラと静かに溢れ落ちてゆく。
自分でもどうすれば良いのか分からず、困惑していると。
「センセイ、大丈夫クマか?
悪い夢でも見ちゃったカンジ?」
ポフポフと、心配したクマが優しく背中を擦ってくる。
悪い夢…………。
…………あれが、“夢”であったのなら、どんなに良かっただろうか。
……いや、“夢”だったのだろうか……?
感じていた痛みも、絶望も、憎悪も、耳に残る皆の絶叫や命が潰されていく音も、目に焼き付けられた命が壊されていく瞬間も、鼻の奥に染み付いた人が焼ける臭いも、手を濡らす生暖かい血の感触も……。
全部全部、“夢”であったのだろうか……?
分からない。
“夢”だと思っていたこの幸せで満ち足りた時間が、“現実”……?
何が“夢”で何が“現実”なのか、分からなくなってくる。
皆をこの手で殺してしまったあの絶望が、“現実”?それとも“夢”?
狂った様に繰り返されていたあの惨劇が、“現実”?それとも“夢”?
この狂おしい程に愛しい時間が、“現実”?
何がどうなっているのか、最早何も分からない。
「そーゆー時は、パーッと騒いで忘れちゃうのが一番クマ!」
ニコッと笑うクマにどう返せば良いのか分からず、言葉を探していると。
「よく分かんねーけど、元気だせよ鳴上」
な?と花村が頭を優しい手付きでポンポンと撫でてきた。
普段はこちらの方が花村よりも背が高いが、今はこちらは座った状態で花村は立っている状態なので、必然的に花村を見上げる形になる。
「パーッと……か。
あ、そーだ!
ならさ、皆で料理勝負とかどうよ!
それも今からすぐに!」
クマの言葉に何かを考え込む様に黙っていた里中さんが、名案を思い付いたとばかりに勢いよく立ち上がった。
「あ、良いねそれ、私も賛成。
今日は旅館の手伝いも無いし、都合も大丈夫だよ」
「私も賛成!
結構自信あるからね、私負けないよ!」
楽しそうに天城さんとりせが頷く傍らで、巽くんが少し顔を青褪めさせている。
以前のカレーの惨劇を思い出しているのだろうか……。
「りょ、料理勝負っスか? と、突然っスね」
「突然って言うか、アイツを逮捕した時に、記念に打ち上げをしようって言ってて、結局その日はドタバタしてて無理だったからまた今度って事になったじゃん」
「バカンジだからもう忘れたの?」と呆れた様にりせが言う。
「いや、そんでもさ……料理勝負ってのは、なあ?
こう……俺らのトラウマ的なモノに突き刺さるって言いますか……」
花村も顔を蒼くして里中さん達を翻意させようとするが。
「おお! 皆の料理、クマも食べたいクマー!
むふふー、センセイにーチエちゃんにーユキちゃんにーりせちゃんの料理!
楽しみでヨダレが出ちゃいそうクマー」
テンションを高めたクマが賛成側に行き、賛成派4人に反対派2人となり、反対派に勝ち目は無くなる。
「嘘だろおい……。
つか里中達はあのカレーの記憶を何処に置き去りにしてったんだよ。
つか何で料理勝負になるんだよ」
最早止められない事を悟ったのか、花村が自決を求められたかの様な表情で尋ねると。
「あー、まあ、ほらね?
あの時から私も成長したし?
雪子も料理練習してるから、上手くなってるし?
あの時のリベンジ、みたいな?」
若干目を泳がせつつ里中さんがそう答え、天城さんはウンウンと頷いた。
リベンジ……嫌な予感しかしないが……。
「……鳴上、お前だけが最後の希望だ。
俺達が生きて帰れるかは鳴上にかかってるんで、マジでお願いします」
そう頼み込んできた花村にやや戸惑いつつも頷いた。
と、言うよりも。
「花村と巽くんは作らないのか?」
クマはこちらに来て日が浅いので、寧ろ作らせない方が良いのは分かるが。
花村の料理の腕は知らないが、巽くんならかなり料理も出来るのではないだろうか。
「あー、俺? 俺はパス。
炊飯器動かす程度しかやってねーし、流石にそれで自信満々に料理すんのは俺には無理」
巽くんは?と尋ねると、巽くんは少し迷っていたが結局は作る事にした様だ。
「そうと決まれば早速買い出ししないとね!」
買い物行こ!と立ち上がる里中さんに、ふと気になった事を訊ねた。
「しかし、料理勝負と言っても何処でやるつもりだ?」
「あー……えーっと……。
……考えて無かった……。
ウチはこの人数で料理出来る様なスペース無いしなー……」
「今の時間から忙しくなるだろうし、厨房を借りるのは難しいと思う」
どうしようか、と考える里中さん達に。
あ!と何事かを思い付いたかの様にりせが手を上げた。
「そうだ、悠希先輩って毎日ご飯作ってるんだよね?
だったら菜々子ちゃんも一緒に、夕飯代わりにパーッとやろうよ!」
「と、なると……。
場所は堂島さん家?」
「あー、確かに台所広かったよな」
花村達が頷いている。
……大丈夫なのだろうか?
取り敢えず、家を使っても良いのか叔父さんに確認を取らなくては……。
確認した所、使っても大丈夫な様だった。
と言うよりも、叔父さんは事件の後処理で忙しく今夜は遅くなりそうなので、菜々子と遊んでくれるなら寧ろ有り難いとの事だ。
「よーし、決まり!
なら菜々子ちゃんの好きなモノ作ろうよ!
じゃあ行こ行こ!」
皆に背を押され、買い物売り場へと向かう。
涙は、いつの間にか止まっていた。
■■■■
「ふぅ、食った食った」
お茶で喉を潤しながら、花村はそう満足そうに言った。
その横ではすっかり意気投合した菜々子とクマが、楽しそうに話をしている。
里中さんと天城さんは、お互い失敗した部分の反省会をやっていて。
りせと巽くんは仲良く言い合っている。
料理勝負は中々の結果だった。
里中さんと天城さんは、カレーの時からは成長していたが、それでもまだ足りない部分が多く。
りせは自信満々であったのだが巽くんのモノと比べると些か物足りなさを感じてしまう出来で、それが気に食わなかったのか、りせは巽くんに食ってかかっている。
作った料理は概ね皆に好評で、本当に楽しい時間だった。
本当に、幸せな時間だ。
この時が何時までも続いて欲しいと、叶う事の無い想いを懐いてしまう程に。
もしこれが“夢”だとするのならば一生醒めないでほしい、なんて……願ってしまう程に。
「なあ、鳴上」
花村に声をかけられ、どうかしたのかと首を傾げる。
「元気出たみたいで安心したよ」
そう優しく微笑まれて、どうしてこんな急に料理勝負などしたのか、理解した。
里中さん達がとても乗り気だったのも、花村や巽くんがそれに強くは反対しなかったのも。
元気が無かったこちらを、励ます為であったのだ……。
それを理解してしまい、思わず泣きたくなってしまう。
涙は溢れはしなかったが。
「そうか……。
心配してくれて、こうやって励ましてくれて。
すまない。
……そして、ありがとう」
万感の想いを込めて、そう花村に微笑んだ瞬間。
──ブレーカーが落ちたかの様に、視界が闇に閉ざされ、意識も黒く塗り潰されていく。
──遠い何処かで、何かを必死に叩く様な音が──
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