虚構の勇者
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フワフワと何処か夢を見ている感じだった。
薄い意識の片隅で、何と無く身体が動いているのを感じる。
何でだろう。
そう疑問には思ったが、思考が端から溶けていく様に、考えは纏まらなかった。
薄膜に包まれたかの様に薄ぼんやりとした世界の中で。
不意に、ドサッと。
重い何かが倒れる様な音がして、それを契機に緩やかに意識が浮上する。
……刀を握る手は何故か生温く、そして何かに濡れていた。
濃厚で何処か生々しい鉄臭さに噎せ返りそうになる。
起きた直後の夢現の様な状態で一歩踏み出した。
すると、生温い液体に濡れている足が何かに当たる。
……何だろう?
ぼんやりとしたまま、ふと視線を下ろした其処には。
…………花村が血溜まりの中に倒れ臥していた。
それを認識した瞬間。
頭を鈍器で殴られたかの様な衝撃を感じ、一気に夢から醒める。
━━これは、何だ?
何だこれは。
どうして花村が。
倒れてる?どうして?
花村が。
花村、どうして。
血。
血が。
……血?
混乱したまま己の掌に目を落とした。
そして、息を呑み、思わず固く握り締めていた刀を取り落とす。
手は、べっとりと血に塗れていて。
そして、高い音を立てて地面に落ちた刀は。
血と。
僅かな肉片と。
それらをテカテカと光らせる何か──恐らくは脂肪。
それらが、刀身を汚していた。
意味が分からない。
いや、状況証拠なら沢山ある。
血溜まりに倒れる花村。
怪我は何処にも無いのに、全身が血塗れの自分。
全身を何か……鋭利な刃物で斬り刻まれた花村。
何かを……シャドウ以外の“何か”を斬った跡が色濃く残る、自分の刀。
そして。
つい先程意識が浮かび上がるまで、何をしていたのかを覚えていない自分自身。
ここまで状況証拠が揃っていれば、容易に一つの答えに辿り着ける。
それでも。
意味が分からなかった。
……正確には、理解したくはなかった。
血溜まりに倒れる花村の横に膝を付く。
ドロリとした血が指先に付着するが、そんな事は構わずに倒れたまま全く動かない花村のまだ温かい首筋……頸動脈の位置に手を当てた。
……本来なら脈拍を感じる筈なのに。
全く感じ取る事が出来なかった。
頸動脈を触知出来る最低の血圧は、60mmHg。
今の花村には、その血圧すら無い。
俯せに倒れている花村を、ゆっくりと仰向けにした。
目を閉じた花村の顔は、血に塗れていて。
その血を拭った下に見えた肌は、血の気を失ったかの様な色で。
そして。
胸を大きく切り裂いた傷口からは。
圧し折られたかの様な胸骨と肋軟骨が見えて。
……傷口から血を溢れさせる塊が……心室の辺りを切り裂かれた心臓が、見えた。
「は……な……むら……」
話し方を忘れたかの様に、上手く名前を呼べない。
声をかけても花村は。
目を開ける事も無く、身動ぎする事も無く。
「なあ……花村……起きてくれよ。
……頼むから。
お願いだから……」
軽く揺すっても、何の反応も返さない。
「いや……だ。
嘘だろ。
なあ、こんなの、嘘……だよな。
お願いだから、返事をしてくれ……陽介……」
名前で呼んでも。
花村は──
──生き返ったりは、しなかった。
目の前の“現実”に。
言葉にならない悲鳴を上げた。
頭はずっと混乱しっぱなしだ。
どうして、何で、何が、一体。
そんな言葉がグルグルと出口も無いのに頭を支配する。
何で花村が死んだ。
何で花村が殺された。
殺された?
誰に?
誰?
……それは。
目の前の出来事から逃避する為に辺りを見回す。
そして、その行動を直ぐ様後悔した。
倒れていたのは、花村だけじゃ無かった。
里中さんも天城さんも巽くんもクマもりせも。
皆みんな。
血溜まりの中に臥せている。
天城さんに寄り添う様に倒れる里中さんの左足は、下腿三頭筋を半ばで抉ったかの様に切り裂かれ、無理矢理叩き折られた様な跡がある腓骨が見えていた。
里中さんに向かって手を伸ばす様に倒れている天城さんのその右腕は、肘関節の辺りで両断されていた。
何度も何度もそこに何かを叩きつけたかの様に、その断面はぐちゃぐちゃで、潰れた上腕動静脈とズタズタにされた上腕の筋肉がくっきりと見える。
巽くんには他の皆よりも刀傷が目視で数え切れない程圧倒的に多く、幾度も執拗に切り刻まれた痕があった。
比較的刀傷が少なく外傷もほぼ無いりせの首は、頸動脈が通っている辺りを深く切り裂かれていて。
そこから垂れる様に溢れる血は、もうりせの心臓が動いていない事を示していた。
ほぼ全身をバラバラにされる様にズタズタにされたクマの身体からは血は出ていない。
それでも、りせを守ろうとしていたのか、クマの身体はりせの血の海の中に沈んでいた。
誰も身動ぎ一つしなかった。
圧倒的な静寂の中。
噎せ返る程に濃厚な血の臭いが支配する中。
動くのは、自分ただ独りであった。
「さと……な……か、さん……」
呂律が上手く回らない。
舌が凍り付いているかの様だ。
呼んでも、里中さんは動かない。
誰も動かない。
「……ちえ……」
名前で呼んでも、ピクリとも動かない。
「あまぎ、……さん」
動かない。
「ゆき……こ」
動かない。
「たつみ……くん」
動かない。
「かんじ」
動かない。
「りせ」
動かない。
「クマ」
動かない。
誰も動かない。
縋る様に声を上げても、誰も、だれも……。
……それは、そうだ。
だって、だって……。
──皆、もう死んでいるのだから。
死んだ者を生き返らせる事は、出来ない。
例えペルソナの力を以てしても、不可能だ。
こんなの、……こんな“現実”。
夢だと、思えたらどんなに良かっただろう。
だけど。
手を赤く染め上げる血の感触も、その臭いも。
それが“夢”なのでは無いと訴えてくる。
己の五感の全てが、これを“現実”だと訴えていた。
「……こんなの、質の悪い冗談、だよな……」
目の前の全てに耐えきれず、態と明るい声を出す。
だがそれは虚しく静寂へと呑み込まれていくだけ。
「なあ、皆……起きてくれよ……。
こんなドッキリとか、趣味が悪過ぎるぞ……。
お願いだから、……嘘だと言ってくれ……」
分かってる。
本当は、本当は、分かっている。
理解したくはなかったけれど。
一体何が起こったのか。
自分が一体何をしてしまったのか。
……分かって、しまった。
花村を、里中さんを、天城さんを、巽くんを、りせを、クマを。
…………殺したのは、弄ぶかの様に切り刻んで痛め付けて殺したのは。
──自分だ
──遠い何処かで、何かが割れる様な音が微かに聞こえた様な気がした。
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フワフワと何処か夢を見ている感じだった。
薄い意識の片隅で、何と無く身体が動いているのを感じる。
何でだろう。
そう疑問には思ったが、思考が端から溶けていく様に、考えは纏まらなかった。
薄膜に包まれたかの様に薄ぼんやりとした世界の中で。
不意に、ドサッと。
重い何かが倒れる様な音がして、それを契機に緩やかに意識が浮上する。
……刀を握る手は何故か生温く、そして何かに濡れていた。
濃厚で何処か生々しい鉄臭さに噎せ返りそうになる。
起きた直後の夢現の様な状態で一歩踏み出した。
すると、生温い液体に濡れている足が何かに当たる。
……何だろう?
ぼんやりとしたまま、ふと視線を下ろした其処には。
…………花村が血溜まりの中に倒れ臥していた。
それを認識した瞬間。
頭を鈍器で殴られたかの様な衝撃を感じ、一気に夢から醒める。
━━これは、何だ?
何だこれは。
どうして花村が。
倒れてる?どうして?
花村が。
花村、どうして。
血。
血が。
……血?
混乱したまま己の掌に目を落とした。
そして、息を呑み、思わず固く握り締めていた刀を取り落とす。
手は、べっとりと血に塗れていて。
そして、高い音を立てて地面に落ちた刀は。
血と。
僅かな肉片と。
それらをテカテカと光らせる何か──恐らくは脂肪。
それらが、刀身を汚していた。
意味が分からない。
いや、状況証拠なら沢山ある。
血溜まりに倒れる花村。
怪我は何処にも無いのに、全身が血塗れの自分。
全身を何か……鋭利な刃物で斬り刻まれた花村。
何かを……シャドウ以外の“何か”を斬った跡が色濃く残る、自分の刀。
そして。
つい先程意識が浮かび上がるまで、何をしていたのかを覚えていない自分自身。
ここまで状況証拠が揃っていれば、容易に一つの答えに辿り着ける。
それでも。
意味が分からなかった。
……正確には、理解したくはなかった。
血溜まりに倒れる花村の横に膝を付く。
ドロリとした血が指先に付着するが、そんな事は構わずに倒れたまま全く動かない花村のまだ温かい首筋……頸動脈の位置に手を当てた。
……本来なら脈拍を感じる筈なのに。
全く感じ取る事が出来なかった。
頸動脈を触知出来る最低の血圧は、60mmHg。
今の花村には、その血圧すら無い。
俯せに倒れている花村を、ゆっくりと仰向けにした。
目を閉じた花村の顔は、血に塗れていて。
その血を拭った下に見えた肌は、血の気を失ったかの様な色で。
そして。
胸を大きく切り裂いた傷口からは。
圧し折られたかの様な胸骨と肋軟骨が見えて。
……傷口から血を溢れさせる塊が……心室の辺りを切り裂かれた心臓が、見えた。
「は……な……むら……」
話し方を忘れたかの様に、上手く名前を呼べない。
声をかけても花村は。
目を開ける事も無く、身動ぎする事も無く。
「なあ……花村……起きてくれよ。
……頼むから。
お願いだから……」
軽く揺すっても、何の反応も返さない。
「いや……だ。
嘘だろ。
なあ、こんなの、嘘……だよな。
お願いだから、返事をしてくれ……陽介……」
名前で呼んでも。
花村は──
──生き返ったりは、しなかった。
目の前の“現実”に。
言葉にならない悲鳴を上げた。
頭はずっと混乱しっぱなしだ。
どうして、何で、何が、一体。
そんな言葉がグルグルと出口も無いのに頭を支配する。
何で花村が死んだ。
何で花村が殺された。
殺された?
誰に?
誰?
……それは。
目の前の出来事から逃避する為に辺りを見回す。
そして、その行動を直ぐ様後悔した。
倒れていたのは、花村だけじゃ無かった。
里中さんも天城さんも巽くんもクマもりせも。
皆みんな。
血溜まりの中に臥せている。
天城さんに寄り添う様に倒れる里中さんの左足は、下腿三頭筋を半ばで抉ったかの様に切り裂かれ、無理矢理叩き折られた様な跡がある腓骨が見えていた。
里中さんに向かって手を伸ばす様に倒れている天城さんのその右腕は、肘関節の辺りで両断されていた。
何度も何度もそこに何かを叩きつけたかの様に、その断面はぐちゃぐちゃで、潰れた上腕動静脈とズタズタにされた上腕の筋肉がくっきりと見える。
巽くんには他の皆よりも刀傷が目視で数え切れない程圧倒的に多く、幾度も執拗に切り刻まれた痕があった。
比較的刀傷が少なく外傷もほぼ無いりせの首は、頸動脈が通っている辺りを深く切り裂かれていて。
そこから垂れる様に溢れる血は、もうりせの心臓が動いていない事を示していた。
ほぼ全身をバラバラにされる様にズタズタにされたクマの身体からは血は出ていない。
それでも、りせを守ろうとしていたのか、クマの身体はりせの血の海の中に沈んでいた。
誰も身動ぎ一つしなかった。
圧倒的な静寂の中。
噎せ返る程に濃厚な血の臭いが支配する中。
動くのは、自分ただ独りであった。
「さと……な……か、さん……」
呂律が上手く回らない。
舌が凍り付いているかの様だ。
呼んでも、里中さんは動かない。
誰も動かない。
「……ちえ……」
名前で呼んでも、ピクリとも動かない。
「あまぎ、……さん」
動かない。
「ゆき……こ」
動かない。
「たつみ……くん」
動かない。
「かんじ」
動かない。
「りせ」
動かない。
「クマ」
動かない。
誰も動かない。
縋る様に声を上げても、誰も、だれも……。
……それは、そうだ。
だって、だって……。
──皆、もう死んでいるのだから。
死んだ者を生き返らせる事は、出来ない。
例えペルソナの力を以てしても、不可能だ。
こんなの、……こんな“現実”。
夢だと、思えたらどんなに良かっただろう。
だけど。
手を赤く染め上げる血の感触も、その臭いも。
それが“夢”なのでは無いと訴えてくる。
己の五感の全てが、これを“現実”だと訴えていた。
「……こんなの、質の悪い冗談、だよな……」
目の前の全てに耐えきれず、態と明るい声を出す。
だがそれは虚しく静寂へと呑み込まれていくだけ。
「なあ、皆……起きてくれよ……。
こんなドッキリとか、趣味が悪過ぎるぞ……。
お願いだから、……嘘だと言ってくれ……」
分かってる。
本当は、本当は、分かっている。
理解したくはなかったけれど。
一体何が起こったのか。
自分が一体何をしてしまったのか。
……分かって、しまった。
花村を、里中さんを、天城さんを、巽くんを、りせを、クマを。
…………殺したのは、弄ぶかの様に切り刻んで痛め付けて殺したのは。
──自分だ
──遠い何処かで、何かが割れる様な音が微かに聞こえた様な気がした。
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