虚構の勇者
◇◇◇◇◇
『わあっはっはっはっ!
くさった ミカンの ぶんざいで
ワシに はむかうとは いい どきょうだ!』
新たな階に辿り着くと、まるで二層目と同じ様な台詞が流れ、【諸岡が あらわれた!】と表示される。
今まで、古い時代のゲームの様に片仮名と平仮名でしか表現されてこなかったのに、諸岡先生の名前だけは漢字でハッキリと表示された。
そして。
【どうする?】と出てきた選択肢が、先程までの【たたかう】・【にげる】ではなく、今回は【ころす】・【にげる】であった。
【たたかう】を即決していた【じょしアナ】と【したいはっけんしゃ】の時とは違い、カーソルは何度も何度も……まるで久保美津雄の迷いを示す様に【ころす】と【にげる】を忙しなく行き来し……。
──終には【ころす】を選択した。
【ミツオの こうげき!】
何かを鈍器で全力で殴った様な音と共にメッセージウィンドウが大きく揺れ、画面が真っ赤に染まる。
【諸岡を 殺した】
おどろおどろしさすら感じる真っ赤な画面の中に、真っ黒に染まった文字が表示された。
【ミツオは レベルアップした!】
レベルアップで流れる音も、音割れしているかの様だ。
【ちュうもくドが 16 アッぷシた!
わダイせいガ 17 あっぷシタ!
かッこヨさが 3 アップしタ!】
ステータスアップを知らせる文字は、フォントが不整で大きさもバラバラである。
メッセージウィンドウが消えると同時に不快な音は止み、辺りは静けさに包まれた。
「注目度とか、話題性とか、意味分かんない!
人を殺しといて、格好よさとか、ふざけてる!!」
許せないと憤る里中さんに同調する様に花村達も頷く。
……久保美津雄の真意が何処にあり、その行動の理由が何であったのかは分からないが。
少なくとも彼が諸岡先生を殺害したのは揺るぎ無い事実なのだろう。
……。
何れにせよ、久保美津雄迄の居場所まではそう遠くは無い筈だ。
先を急いでいると、またもやシャドウが行く手を阻む。
まるで縫いぐるみの様な『お守りレキシー』が四体。
特撮に出てきそうなファイターの様な『獣神のギガス』が四体。
真紅の車体を持つ戦車の様な『真紅の砲座』が四体。
物理攻撃が効き辛い『真紅の砲座』と、物理攻撃や即死攻撃以外はダメージが通り辛い上に《テトラカーン》や《マカラカーン》を使ってくる『お守りレキシー』が同時にこうも大量に出現されるのは中々厄介だ。
早速『お守りレキシー』は『獣神のギガス』に《マカラカーン》を使用する。
これで《マハブフーラ》などで『獣神のギガス』の弱点である氷結属性を一気に突いて殲滅する方法は取れなくなった。
「来い、デカラビア!」
《愚者》の『デカラビア』を召喚し、《磨耗の魔法陣》でシャドウ全体の麻痺を狙う。
取り逃しは出たが、『獣神のギガス』は四体とも、『真紅の砲座』と『お守りレキシー』も半分は麻痺状態になった。
そして素早くデカラビアを《恋愛》の『ラファエル』に切り換え、《空間殺法》で一気に纏めて薙ぎ払う。
『ラファエル』は状態異常の敵に対してはより致命傷を与え易くなる特徴がある。
故にまだ倒し切れはしなかったが『獣神のギガス』達はもう虫の息であり、麻痺していた『真紅の砲座』は中破した様な状態になった。
「いっくよー、トモエ!」
掛け声と共にトモエと駆け出した里中さんは『獣神のギガス』の一体に飛び膝蹴りを決め、トモエは一気に二体を切り裂く。
残った『獣神のギガス』を花村とジライヤが背後からの一撃で仕留め、『お守りレキシー』を《マハブフーラ》と《マハラギオン》が呑み込んで消滅させた。
残ったのは『真紅の砲座』が四体だけだ。
しかも、二体は中破状態である。
『真紅の砲座』が苦し紛れに撃ってきた《アギダイン》は《正義》の『ソロネ』に吸収され、砲撃の隙を一気に突かれて全員に袋叩きにされた『真紅の砲座』たちもまた、消滅したのであった。
◇◇◇◇◇
『おお ゆうしゃ ミツオ
みごとであった!』
『そなたの』
『そそソSoそなたのNoのの……』
『のnoののノノののノのノのnOオおのおののオのおのおおのおのNOおォオのおのおぉぉぉのおぉおオおぬおぬnuぬのおぉぉぬぉヌォォヌヌぬォォォ』
『ぬ◼◼◼ぬ◼◼◼め◼◼◼おメめォぬコぉるめぬめるおめお◼お◼お◼メめぉ◼ぉめ◼こ◼ぉ◼る◼ろ◼こぉ◼◼◼め◼◼◼ぉこ◼ろ◼ぉぉすRoロこスぉすぉぉ』
再び出現したメッセージウィンドウは、始めからノイズが走っているかの様に画面が滅茶苦茶な状態であった。
同時に辺りに響き渡る黒板を爪で引っ掻く様な不快な音を数十倍酷くした様な雑音に、耐えきれず思わず耳を塞ぐ。
横目で見やると、花村たちも顔を顰めながら耳を押さえていた。
意味を成す成さない所の問題では無い程文字化けしているかの様なメッセージは、既に『久保美津雄』が正常な精神状態では無い事をありありと伝えてくる。
最後にはメッセージウィンドウはバグが生じたのか、砕け散る様に消滅した。
『……先輩、近いよ』
久保美津雄が居るのは一つ上の階だとりせは告げる。
泥の様に湧き出てくるシャドウを蹴散らしつつフロアを一気に走破して辿り着いた階段の前には、手首がそのまま身体になったかの様な姿をした真っ黒なシャドウが待ち構えていた。
『ソイツは『キリングハンド』!
アルカナは《魔術師》だよ!
光属性とか闇属性は効かないみたい!』
りせがそう分析するのとほぼ同時に、『キリングハンド』は指を鳴らす様な仕草をする。
すると、泥が染み出てくるかの様に新手のシャドウが現れた。
こちらは『キリングハンド』とは色違いの白い手のシャドウだ。
「来い! カーリー!」
《剛毅》の『カーリー』を呼び出し、《空間殺法》で一気に二体纏めて切り刻む。
物理攻撃の威力を強化する『カーリー』の特性も相俟って、『キリングハンド』は小指と薬指にあたる部分を半ばから切断されて転倒した。
しかし、物理攻撃に耐性があったらしい白い手のシャドウ──『ゴッドハンド』が指を鳴らすと、たちまち『キリングハンド』の傷は再生される。
『回復魔法を持ってるみたい!
ソイツを何とかしないと、厄介だよ!』
『キリングハンド』が再び指を鳴らして『ゴッドハンド』をもう一体呼び出す。
まさか無限に呼ぶ気なのだろうか。
それは厄介だ。
兎も角、絶え間無く攻撃を仕掛けて回復魔法を使わせたりや新手を召喚させない様にしなくてはならない。
物理耐性の無い『キリングハンド』を里中さんと巽くんが、残りは『ゴッドハンド』を暗黙の内に引き受けた。
「嗤え、バフォメット!」
《道化師》の『バフォメット』を呼び出し、《デビルスマイル》で相手の動きを制限させる事を試みる。
バフォメットの怖気立つ様な声の無い嘲笑は、『キリングハンド』には効かなかった様だが『ゴッドハンド』には効果を示し、『ゴッドハンド』は怯えた様に身を縮こまらせた。
ここで《亡者の嘆き》で追撃して仕留めれば直ぐに片が付くが、『キリングハンド』が残っている以上は再び召喚されるだけなので、倒すのなら三体合わせてほぼ同時に倒さねばならない。
《デスバウンド》で攻撃しようとした『キリングハンド』は、浮かび上がった瞬間をトモエとタケミカヅチの双方に叩き落とされ床に倒れ伏す。
この期を逃さず《女帝》の『スカディ』へと切り換えた。
「花村、クマ!
同時に仕掛ける! 合わせてくれ!」
《コンセントレイト》で魔法の威力を高め、クマと花村に合図を送ってからそれを《ブフダイン》として解き放つ。
キントキドウジの放った《マハブフーラ》とジライヤの放った《マハガルーラ》も合わさった暴風雪は、一気に『ゴッドハンド』を含む三体ともを呑み込んだ。
弱点を突かれた『ゴッドハンド』は成す術も無く消滅し、『キリングハンド』は凍り付いて動かない。
そこを袋叩きにされた『キリングハンド』は、『ゴッドハンド』を新たに召喚する隙も無く塵へと溶けていったのであった。
◇◇◇◇◇
階段を登るとメッセージウィンドウではなく、見上げる程に大きな扉が出迎えた。
『この先に居るよ。気を付けて!』
りせのナビに頷いて、扉を開けようと手をかけるが。
……? 開かない。
と言うか、扉に触れる前に何か硬い壁にでも触れている様な感じだ。
何かに“封印”されている感じ、とでも言えば良いのだろうか。
如何にもゲームチックな……と思いつつ、もしやと思って先程手にいれたあの謎のガラス玉を取り出す。
すると、黒いガラス玉から、黒い靄の様な何かが滲み出てきて、それが扉を浸食した。
靄が完全に抜けきってガラス玉が透明になるのとほぼ同時に、浸食が限界に達した扉は独りでに開く。
扉の向こうに広がっていたのは古代ローマにあったコロセウムによく似た……より正確にはゲームにありがちな闘技場を模したかの様な空間であった。
その中央辺りでは、『久保美津雄』が何事かを喚き散らす久保美津雄と対峙していた。
……? 何やら様子が少しおかしい。
早速取り押さえようとして駆け出そうとする巽くんを抑え、少し久保美津雄の様子を観察する。
「どいつもこいつも、気に食わないんだよ……。
だからやってやったんだ、このオレが!
どうだ、何とか言えよ!!」
耳障りな声で喚き散らす久保美津雄に向き合っているのは、虚ろな瞳が金色に染まった……『シャドウ』だ。
『久保美津雄』は地団駄踏むかの様に激しく身振り手振りを交えて喚く久保美津雄を、剰りにも空虚な瞳で何も言わずに見詰めていた。
冷めているとか、そんな次元ではない。
何もかもがどうでもよく、自分自身の言葉を塵と同価値程度にしか感じていない事を、その空虚な瞳は物語っていた。
「たった二人じゃ誰も俺を見ようとしない。
だから三人目をやってやったんだ!
オレが、アイツを殺してやったんだっ!!」
こちらが見ている事にも気付かぬ程に激昂した久保美津雄は、そう主張するが。
『久保美津雄』はそんな自身に何の興味も無いのか、身動ぎ一つせず、ただ虚ろな瞳で虚空を見詰めている。
三人を殺した、と主張しているがそれはただの妄想でしかない。
実際に殺した、……殺してしまったのは諸岡先生だけだ。
……久保美津雄の言葉は虚飾と妄想だらけである。
だから、なのだろうか。
彼の『シャドウ』が何の反応も返さないのは。
「な、なんで黙ってんだよ……」
まるで壁にでも話し掛け続けているかの様に無反応な様子に、喚き続けていた久保美津雄も気味が悪そうにぼやく。
『何も……感じないから……』
漸く久保美津雄の言葉に反応した『久保美津雄』の答えは、それだけだった。
蚊の鳴く音すら相対的に騒音に聞こえる程に、生気も抑揚も無く消え入りそうなその声は、聞いているだけのこちらの背筋を何故かゾクリと震わせる。
そしてまた、『久保美津雄』は貝の様に口を閉ざした。
『久保美津雄』の言葉に過剰に反応して逆上した久保美津雄は、最早聞き取るのが困難な程に罵声を撒き散らし始める。
「な、何コレ? ……どっちがシャドウ?」
まるで久保美津雄自身の方が『シャドウ』の様に見えてくるその様子に、里中さんは困惑した様に声を上げた。
しかし、『シャドウ』とは本人が抑圧している側面であると同時に、目を反らしたい己でもある。
虚勢を張り続け自ら望んで虚構に溺れている久保美津雄が目を反らしたかったのは、“現実”の……虚構を剥ぎ取られた自分自身なのだろう。
そう考えれば、久保美津雄の『シャドウ』がこれである事には何の不思議も無い。
自らの目を覆う虚飾を剥ぎ取った久保美津雄の姿が、この『シャドウ』なのだろうから。
『僕には……何も無い……。何も、出来ない……。
僕は、無だ……』
生気を欠片も感じ取れない程に今にも消えそうな声で、ボソボソと『久保美津雄』は久保美津雄に語る。
『そして……。君は、僕だ……』
初めて、『久保美津雄』は久保美津雄をその瞳に映す。
しかしその瞳は何の感情も映さず、虚ろなままだ。
『久保美津雄』の言葉に、久保美津雄は目に見えて狼狽え、それを誤魔化そうとしているかの様に吠える。
「何だよ……何だよ、それッ!
オレは……、オレは無なんかじゃ……」
「駄目、このままじゃ……!」
『シャドウ』を否定しようとした久保美津雄の行動に、天城さんが思わず声を上げると、それに反応したのかここにきてやっと久保美津雄はこちらの存在を認めた。
「な、何なんだお前ら!?
どうやってここへ……くっそ、誰なんだよ!
こんなとこで何やってんだよ!?」
訳も分からず混乱する久保美津雄に、巽くんが怒声を上げる。
「るせえ! テメェを追って来たに決まってんだろが!」
「久保美津雄。
あなたが諸岡先生を殺害した犯人で、間違いないか?」
一応念の為にそう尋ねると、混乱していた久保美津雄は、何故か嬉しそうにやや引き攣った様な笑みを浮かべて壊れた様に笑い声を上げた。
「は、はは、あはははははは!!
そうだよ、そうに決まってんだろ!
オレがあのクソ野郎をやってやったんだよ!!
アイツだけじゃないぜ!
前の二人も殺してやった!
そうだ、俺は無なんかじゃない!」
そうだ、そうだ、とまるで自分に暗示をかける様に呟き、久保美津雄は虚飾を誇る。
だがその瞳は何処か虚ろであり、目の前に居る筈のこちらを映してはいない。
「お前らもだ……。
こんな所まで追いかけて来やがって!
お前らも殺してやる!」
こちらに指を突き付けそう吠えるが、よく見ると僅かにその指先は揺れている。
そして、久保美津雄は再び沈黙に沈んだ『久保美津雄』へと向き直って唾を吐きかけた。
「ニセモノが何言おうが知るかよ!
ははは、そうだ、お前なんか関係ない!
俺の前から消え失せろッ!」
『久保美津雄』は黙ったままその否定の言葉を聞いている。
俯きがちな虚ろな瞳には、自身を否定する己の姿すら映ってはいない。
反応が無い『久保美津雄』から目を背ける様に久保美津雄は再びこちらに視線を向け、狂った様に吠え猛った。
そんな宣言をする久保美津雄に、漸く『久保美津雄』は顔を上げて久保美津雄をその瞳に映す。
『認めないんだね、僕を……』
ボソっと呟かれた直後、久保美津雄は突如脱力したかの様にその場に尻餅をついた。
「うっ……。なんだ、これ……。
うわあぁぁっ!!」
『シャドウ』の暴走が始まり、『久保美津雄』が黒い泥に覆われて一気に膨張する。
その衝撃に久保美津雄は弾きとばされ、壁際まで転がって気絶した。
胸郭はちゃんと動いているので生きてはいるのだろう。
今はそんな事よりも、目の前の『シャドウ』の方が優先だ。
泥から出てきたのは、まるで頭が極度に肥大化した嬰児の様な姿の『シャドウ』であった。
宙に浮かぶ『シャドウ』の頭の周りには、文字化けした文字の様な何かが浮かんでいる。
ボソボソとそう言った直後、『シャドウ』は金切り声の様な叫び声を上げた。
途端にその姿をブロックの様な塊が覆い隠していく。
━━邪魔な奴は殺す。
━━目障りな奴は殺す。
━━気に食わない奴は殺す
━━みんな見てくれ!
ブロックが組合わさって形作られたのは、まるで粗いドットの絵をブロックで表現したかの様なゲームの勇者を模した人形であった。
右手にブロックで出来た剣を持ち、それを高らかに翳して宣言する。
━━ボクが“みちびかれしゆうしゃ”ミツオだ!!
◆◆◆◆◆
『わあっはっはっはっ!
くさった ミカンの ぶんざいで
ワシに はむかうとは いい どきょうだ!』
新たな階に辿り着くと、まるで二層目と同じ様な台詞が流れ、【諸岡が あらわれた!】と表示される。
今まで、古い時代のゲームの様に片仮名と平仮名でしか表現されてこなかったのに、諸岡先生の名前だけは漢字でハッキリと表示された。
そして。
【どうする?】と出てきた選択肢が、先程までの【たたかう】・【にげる】ではなく、今回は【ころす】・【にげる】であった。
【たたかう】を即決していた【じょしアナ】と【したいはっけんしゃ】の時とは違い、カーソルは何度も何度も……まるで久保美津雄の迷いを示す様に【ころす】と【にげる】を忙しなく行き来し……。
──終には【ころす】を選択した。
【ミツオの こうげき!】
何かを鈍器で全力で殴った様な音と共にメッセージウィンドウが大きく揺れ、画面が真っ赤に染まる。
【諸岡を 殺した】
おどろおどろしさすら感じる真っ赤な画面の中に、真っ黒に染まった文字が表示された。
【ミツオは レベルアップした!】
レベルアップで流れる音も、音割れしているかの様だ。
【ちュうもくドが 16 アッぷシた!
わダイせいガ 17 あっぷシタ!
かッこヨさが 3 アップしタ!】
ステータスアップを知らせる文字は、フォントが不整で大きさもバラバラである。
メッセージウィンドウが消えると同時に不快な音は止み、辺りは静けさに包まれた。
「注目度とか、話題性とか、意味分かんない!
人を殺しといて、格好よさとか、ふざけてる!!」
許せないと憤る里中さんに同調する様に花村達も頷く。
……久保美津雄の真意が何処にあり、その行動の理由が何であったのかは分からないが。
少なくとも彼が諸岡先生を殺害したのは揺るぎ無い事実なのだろう。
……。
何れにせよ、久保美津雄迄の居場所まではそう遠くは無い筈だ。
先を急いでいると、またもやシャドウが行く手を阻む。
まるで縫いぐるみの様な『お守りレキシー』が四体。
特撮に出てきそうなファイターの様な『獣神のギガス』が四体。
真紅の車体を持つ戦車の様な『真紅の砲座』が四体。
物理攻撃が効き辛い『真紅の砲座』と、物理攻撃や即死攻撃以外はダメージが通り辛い上に《テトラカーン》や《マカラカーン》を使ってくる『お守りレキシー』が同時にこうも大量に出現されるのは中々厄介だ。
早速『お守りレキシー』は『獣神のギガス』に《マカラカーン》を使用する。
これで《マハブフーラ》などで『獣神のギガス』の弱点である氷結属性を一気に突いて殲滅する方法は取れなくなった。
「来い、デカラビア!」
《愚者》の『デカラビア』を召喚し、《磨耗の魔法陣》でシャドウ全体の麻痺を狙う。
取り逃しは出たが、『獣神のギガス』は四体とも、『真紅の砲座』と『お守りレキシー』も半分は麻痺状態になった。
そして素早くデカラビアを《恋愛》の『ラファエル』に切り換え、《空間殺法》で一気に纏めて薙ぎ払う。
『ラファエル』は状態異常の敵に対してはより致命傷を与え易くなる特徴がある。
故にまだ倒し切れはしなかったが『獣神のギガス』達はもう虫の息であり、麻痺していた『真紅の砲座』は中破した様な状態になった。
「いっくよー、トモエ!」
掛け声と共にトモエと駆け出した里中さんは『獣神のギガス』の一体に飛び膝蹴りを決め、トモエは一気に二体を切り裂く。
残った『獣神のギガス』を花村とジライヤが背後からの一撃で仕留め、『お守りレキシー』を《マハブフーラ》と《マハラギオン》が呑み込んで消滅させた。
残ったのは『真紅の砲座』が四体だけだ。
しかも、二体は中破状態である。
『真紅の砲座』が苦し紛れに撃ってきた《アギダイン》は《正義》の『ソロネ』に吸収され、砲撃の隙を一気に突かれて全員に袋叩きにされた『真紅の砲座』たちもまた、消滅したのであった。
◇◇◇◇◇
『おお ゆうしゃ ミツオ
みごとであった!』
『そなたの』
『そそソSoそなたのNoのの……』
『のnoののノノののノのノのnOオおのおののオのおのおおのおのNOおォオのおのおぉぉぉのおぉおオおぬおぬnuぬのおぉぉぬぉヌォォヌヌぬォォォ』
『ぬ◼◼◼ぬ◼◼◼め◼◼◼おメめォぬコぉるめぬめるおめお◼お◼お◼メめぉ◼ぉめ◼こ◼ぉ◼る◼ろ◼こぉ◼◼◼め◼◼◼ぉこ◼ろ◼ぉぉすRoロこスぉすぉぉ』
再び出現したメッセージウィンドウは、始めからノイズが走っているかの様に画面が滅茶苦茶な状態であった。
同時に辺りに響き渡る黒板を爪で引っ掻く様な不快な音を数十倍酷くした様な雑音に、耐えきれず思わず耳を塞ぐ。
横目で見やると、花村たちも顔を顰めながら耳を押さえていた。
意味を成す成さない所の問題では無い程文字化けしているかの様なメッセージは、既に『久保美津雄』が正常な精神状態では無い事をありありと伝えてくる。
最後にはメッセージウィンドウはバグが生じたのか、砕け散る様に消滅した。
『……先輩、近いよ』
久保美津雄が居るのは一つ上の階だとりせは告げる。
泥の様に湧き出てくるシャドウを蹴散らしつつフロアを一気に走破して辿り着いた階段の前には、手首がそのまま身体になったかの様な姿をした真っ黒なシャドウが待ち構えていた。
『ソイツは『キリングハンド』!
アルカナは《魔術師》だよ!
光属性とか闇属性は効かないみたい!』
りせがそう分析するのとほぼ同時に、『キリングハンド』は指を鳴らす様な仕草をする。
すると、泥が染み出てくるかの様に新手のシャドウが現れた。
こちらは『キリングハンド』とは色違いの白い手のシャドウだ。
「来い! カーリー!」
《剛毅》の『カーリー』を呼び出し、《空間殺法》で一気に二体纏めて切り刻む。
物理攻撃の威力を強化する『カーリー』の特性も相俟って、『キリングハンド』は小指と薬指にあたる部分を半ばから切断されて転倒した。
しかし、物理攻撃に耐性があったらしい白い手のシャドウ──『ゴッドハンド』が指を鳴らすと、たちまち『キリングハンド』の傷は再生される。
『回復魔法を持ってるみたい!
ソイツを何とかしないと、厄介だよ!』
『キリングハンド』が再び指を鳴らして『ゴッドハンド』をもう一体呼び出す。
まさか無限に呼ぶ気なのだろうか。
それは厄介だ。
兎も角、絶え間無く攻撃を仕掛けて回復魔法を使わせたりや新手を召喚させない様にしなくてはならない。
物理耐性の無い『キリングハンド』を里中さんと巽くんが、残りは『ゴッドハンド』を暗黙の内に引き受けた。
「嗤え、バフォメット!」
《道化師》の『バフォメット』を呼び出し、《デビルスマイル》で相手の動きを制限させる事を試みる。
バフォメットの怖気立つ様な声の無い嘲笑は、『キリングハンド』には効かなかった様だが『ゴッドハンド』には効果を示し、『ゴッドハンド』は怯えた様に身を縮こまらせた。
ここで《亡者の嘆き》で追撃して仕留めれば直ぐに片が付くが、『キリングハンド』が残っている以上は再び召喚されるだけなので、倒すのなら三体合わせてほぼ同時に倒さねばならない。
《デスバウンド》で攻撃しようとした『キリングハンド』は、浮かび上がった瞬間をトモエとタケミカヅチの双方に叩き落とされ床に倒れ伏す。
この期を逃さず《女帝》の『スカディ』へと切り換えた。
「花村、クマ!
同時に仕掛ける! 合わせてくれ!」
《コンセントレイト》で魔法の威力を高め、クマと花村に合図を送ってからそれを《ブフダイン》として解き放つ。
キントキドウジの放った《マハブフーラ》とジライヤの放った《マハガルーラ》も合わさった暴風雪は、一気に『ゴッドハンド』を含む三体ともを呑み込んだ。
弱点を突かれた『ゴッドハンド』は成す術も無く消滅し、『キリングハンド』は凍り付いて動かない。
そこを袋叩きにされた『キリングハンド』は、『ゴッドハンド』を新たに召喚する隙も無く塵へと溶けていったのであった。
◇◇◇◇◇
階段を登るとメッセージウィンドウではなく、見上げる程に大きな扉が出迎えた。
『この先に居るよ。気を付けて!』
りせのナビに頷いて、扉を開けようと手をかけるが。
……? 開かない。
と言うか、扉に触れる前に何か硬い壁にでも触れている様な感じだ。
何かに“封印”されている感じ、とでも言えば良いのだろうか。
如何にもゲームチックな……と思いつつ、もしやと思って先程手にいれたあの謎のガラス玉を取り出す。
すると、黒いガラス玉から、黒い靄の様な何かが滲み出てきて、それが扉を浸食した。
靄が完全に抜けきってガラス玉が透明になるのとほぼ同時に、浸食が限界に達した扉は独りでに開く。
扉の向こうに広がっていたのは古代ローマにあったコロセウムによく似た……より正確にはゲームにありがちな闘技場を模したかの様な空間であった。
その中央辺りでは、『久保美津雄』が何事かを喚き散らす久保美津雄と対峙していた。
……? 何やら様子が少しおかしい。
早速取り押さえようとして駆け出そうとする巽くんを抑え、少し久保美津雄の様子を観察する。
「どいつもこいつも、気に食わないんだよ……。
だからやってやったんだ、このオレが!
どうだ、何とか言えよ!!」
耳障りな声で喚き散らす久保美津雄に向き合っているのは、虚ろな瞳が金色に染まった……『シャドウ』だ。
『久保美津雄』は地団駄踏むかの様に激しく身振り手振りを交えて喚く久保美津雄を、剰りにも空虚な瞳で何も言わずに見詰めていた。
冷めているとか、そんな次元ではない。
何もかもがどうでもよく、自分自身の言葉を塵と同価値程度にしか感じていない事を、その空虚な瞳は物語っていた。
「たった二人じゃ誰も俺を見ようとしない。
だから三人目をやってやったんだ!
オレが、アイツを殺してやったんだっ!!」
こちらが見ている事にも気付かぬ程に激昂した久保美津雄は、そう主張するが。
『久保美津雄』はそんな自身に何の興味も無いのか、身動ぎ一つせず、ただ虚ろな瞳で虚空を見詰めている。
三人を殺した、と主張しているがそれはただの妄想でしかない。
実際に殺した、……殺してしまったのは諸岡先生だけだ。
……久保美津雄の言葉は虚飾と妄想だらけである。
だから、なのだろうか。
彼の『シャドウ』が何の反応も返さないのは。
「な、なんで黙ってんだよ……」
まるで壁にでも話し掛け続けているかの様に無反応な様子に、喚き続けていた久保美津雄も気味が悪そうにぼやく。
『何も……感じないから……』
漸く久保美津雄の言葉に反応した『久保美津雄』の答えは、それだけだった。
蚊の鳴く音すら相対的に騒音に聞こえる程に、生気も抑揚も無く消え入りそうなその声は、聞いているだけのこちらの背筋を何故かゾクリと震わせる。
そしてまた、『久保美津雄』は貝の様に口を閉ざした。
『久保美津雄』の言葉に過剰に反応して逆上した久保美津雄は、最早聞き取るのが困難な程に罵声を撒き散らし始める。
「な、何コレ? ……どっちがシャドウ?」
まるで久保美津雄自身の方が『シャドウ』の様に見えてくるその様子に、里中さんは困惑した様に声を上げた。
しかし、『シャドウ』とは本人が抑圧している側面であると同時に、目を反らしたい己でもある。
虚勢を張り続け自ら望んで虚構に溺れている久保美津雄が目を反らしたかったのは、“現実”の……虚構を剥ぎ取られた自分自身なのだろう。
そう考えれば、久保美津雄の『シャドウ』がこれである事には何の不思議も無い。
自らの目を覆う虚飾を剥ぎ取った久保美津雄の姿が、この『シャドウ』なのだろうから。
『僕には……何も無い……。何も、出来ない……。
僕は、無だ……』
生気を欠片も感じ取れない程に今にも消えそうな声で、ボソボソと『久保美津雄』は久保美津雄に語る。
『そして……。君は、僕だ……』
初めて、『久保美津雄』は久保美津雄をその瞳に映す。
しかしその瞳は何の感情も映さず、虚ろなままだ。
『久保美津雄』の言葉に、久保美津雄は目に見えて狼狽え、それを誤魔化そうとしているかの様に吠える。
「何だよ……何だよ、それッ!
オレは……、オレは無なんかじゃ……」
「駄目、このままじゃ……!」
『シャドウ』を否定しようとした久保美津雄の行動に、天城さんが思わず声を上げると、それに反応したのかここにきてやっと久保美津雄はこちらの存在を認めた。
「な、何なんだお前ら!?
どうやってここへ……くっそ、誰なんだよ!
こんなとこで何やってんだよ!?」
訳も分からず混乱する久保美津雄に、巽くんが怒声を上げる。
「るせえ! テメェを追って来たに決まってんだろが!」
「久保美津雄。
あなたが諸岡先生を殺害した犯人で、間違いないか?」
一応念の為にそう尋ねると、混乱していた久保美津雄は、何故か嬉しそうにやや引き攣った様な笑みを浮かべて壊れた様に笑い声を上げた。
「は、はは、あはははははは!!
そうだよ、そうに決まってんだろ!
オレがあのクソ野郎をやってやったんだよ!!
アイツだけじゃないぜ!
前の二人も殺してやった!
そうだ、俺は無なんかじゃない!」
そうだ、そうだ、とまるで自分に暗示をかける様に呟き、久保美津雄は虚飾を誇る。
だがその瞳は何処か虚ろであり、目の前に居る筈のこちらを映してはいない。
「お前らもだ……。
こんな所まで追いかけて来やがって!
お前らも殺してやる!」
こちらに指を突き付けそう吠えるが、よく見ると僅かにその指先は揺れている。
そして、久保美津雄は再び沈黙に沈んだ『久保美津雄』へと向き直って唾を吐きかけた。
「ニセモノが何言おうが知るかよ!
ははは、そうだ、お前なんか関係ない!
俺の前から消え失せろッ!」
『久保美津雄』は黙ったままその否定の言葉を聞いている。
俯きがちな虚ろな瞳には、自身を否定する己の姿すら映ってはいない。
反応が無い『久保美津雄』から目を背ける様に久保美津雄は再びこちらに視線を向け、狂った様に吠え猛った。
「みんな殺してやる! まとめて殺してやる!
オレは出来る……。オレは、出来るんだからな!」
そんな宣言をする久保美津雄に、漸く『久保美津雄』は顔を上げて久保美津雄をその瞳に映す。
『認めないんだね、僕を……』
ボソっと呟かれた直後、久保美津雄は突如脱力したかの様にその場に尻餅をついた。
「うっ……。なんだ、これ……。
うわあぁぁっ!!」
『シャドウ』の暴走が始まり、『久保美津雄』が黒い泥に覆われて一気に膨張する。
その衝撃に久保美津雄は弾きとばされ、壁際まで転がって気絶した。
胸郭はちゃんと動いているので生きてはいるのだろう。
今はそんな事よりも、目の前の『シャドウ』の方が優先だ。
『僕は……影……』
泥から出てきたのは、まるで頭が極度に肥大化した嬰児の様な姿の『シャドウ』であった。
宙に浮かぶ『シャドウ』の頭の周りには、文字化けした文字の様な何かが浮かんでいる。
『おいでよ。
……空っぽを、終わりにしてあげる』
ボソボソとそう言った直後、『シャドウ』は金切り声の様な叫び声を上げた。
途端にその姿をブロックの様な塊が覆い隠していく。
━━邪魔な奴は殺す。
━━目障りな奴は殺す。
━━気に食わない奴は殺す
━━みんな見てくれ!
ブロックが組合わさって形作られたのは、まるで粗いドットの絵をブロックで表現したかの様なゲームの勇者を模した人形であった。
右手にブロックで出来た剣を持ち、それを高らかに翳して宣言する。
━━ボクが“みちびかれしゆうしゃ”ミツオだ!!
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