虚構の勇者
◇◇◇◇◇
階段を登ると、フロアの構造自体は先程の階の様な変則的なモノではなく、一階・二階と似た様な感じであったが、辺りの雰囲気が少々変化していた。
茶色系統を主としたブロックで壁などが構成されていた先程迄の階層とは違い、薄暗い緑色系統で周囲が構成されている。
そしてやはり、階段を登るとほぼ同時に眼前にメッセージウィンドウが出現した。
【じょしアナが あらわれた!】
まるでモンスターが出現したかの様なその演出に、ゲーム画面そのままの様な【たたかう】・【にげる】と言った行動を選択するコマンドが表示され、直ぐ様【たたかう】が選択される。
【ミツオの こうげき!】
バシュッと言う音の演出がなされ、一瞬メッセージウィンドウが揺れた。
そして気の抜ける様な電子音と共に【じょしアナを たおした】と文字が点滅する。
そしてファンファーレが鳴り響いた。
【ミツオは レベルアップした!
たのしさが 4 アップした!
むなしさが 1 アップした!】
ゲームによくあるレベルアップ時の演出が終わったかと思うと、メッセージウィンドウは唐突に消える。
辺りには静寂だけが残った。
『今の……どう言う事?
久保美津雄は、【犯人】じゃないんじゃ……』
まるで自らが山野アナを殺害したのだとでも言いた気なその演出に、皆が戸惑っている。
確かに今の字面だけを見れば、久保美津雄が山野アナの殺害犯に見えるだろう。
しかし。
「まだ確かな事は言えないが……、ヤツが【犯人】だとは思えない。
さっきの……何か変だとは感じなかったか?」
「変? クマにはぜーんぜん分かんなかったクマ!」
何故かクマは胸を張ってそんな事を宣った。
そんなクマの様子に、少し肩の力が抜ける。
「いや、な……。
私の気の所為かもしれないが、そもそも“攻撃”と言うのがおかしいんだ」
何故なら、【犯人】は被害者に直接手を下した訳では無い。
テレビに落としただけである。
その行為を“攻撃”と表現したのかもしれないが……。
しかし何故、山野アナを殺害したかの様な表現をしたのだろう。
その意義も理由も、皆目見当がつかない。
全く読めない『久保美津雄』の“心”こそが、ある意味、この“迷宮”で一番恐ろしいモノなのではないだろうか……。
◇◇◇◇◇
行く手を阻むシャドウ達を退けて新たな階層に到達すると、再びメッセージウィンドウが現れた。
先程と同じく、【したいはっけんしゃ】が現れたのだと演出する。
そして全く同様に【たたかう】が選択され、【したいはっけんしゃ】が倒されたと言う演出の後に、レベルアップで“かなしさ”と“むなしさ”のステータス上昇を伝えてメッセージウィンドウは消滅した。
先程も気になったのだが、上がったと表示されたステータスが“虚しさ”なのである。
しかも、先程は1だった上昇率が今回は8も上がるなどと、かなりアップしているのだ。
そして、さっきは“楽しさ”だったのが今回は“悲しさ”になっている。
何故虚しさなのか……。
……そして、もう一つ気になっているのが、《じょしアナ》も《したいはっけんしゃ》も、個人を指している訳では無い表現だと言う事だ。
それは“誰でも良かった”という意識の表れなのかもしれない。
だけど、別の解釈をする事も出来るのではないだろうか。
そう、例えば。
そもそも久保美津雄は彼女らの顔や名前すら知らず、ただ“女子アナ”・“死体発見者”と言う伝聞情報しか知らない……直接会った事など無いからだ、とか。
その場合、先程の訳の分からない内容は、単に久保美津雄の『妄想』であると言う事になる。
『妄想』の中で、顔も知らない会った事も無い人間を殺す、か……。
……良い趣味とは言えないが、まぁ考えるだけなら個々人の自由ではあるし、そこをとやかく言う必要は無い。
もしあれらが彼の『妄想』であったのなら、“虚しい”だの何だのとあった理由もある程度の推測が出来る。
集めた断片的な情報からでも、久保美津雄の対人関係が壊滅的な状態である事は容易に伺う事が出来た。
その原因の多くは彼自身に由来しているのであろうが、原因が何処にあるにせよ、久保美津雄が鬱屈した感情を懐き易い状況であったのは確かだろう。
そんな中久保美津雄は、最初は憂さ晴らしか何かで、『妄想』の中で他者を痛め付けていたのではないだろうか。
憂さ晴らしなのだから、例え『妄想』の内容がそんなものであっても、最初の内はスッキリしたり楽しく感じるのも理解出来ない訳では無い。
しかし、所詮は『妄想』。
何れ程『妄想』に逃避した所で、久保美津雄の現実が変わる訳では無い。
だから、“虚しさ”を覚えたのでは無いだろうか。
……まぁこれは所詮、断片的な情報を無理矢理繋ぎ合わせた憶測に過ぎず、それこそ『妄想』の類いなのだろうが。
久保美津雄の真意が何処に在ろうとも、そんな事はどうだって良い事である。
彼がこの世界に居座り続ければ、そう遠くない内にシャドウにより殺されると言う事。
それだけは確かなのだから。
彼を捕まえて彼方の世界に引き摺り戻す理由は、それで十分なのである。
◇◇◇◇◇
階段を登っても、メッセージウィンドウは出現しなかった。
その代わりに、ラジオのチューニングを合わせるかの様な雑音が聞こえ……。
━━チガウ……
何処か空虚で陰鬱な何者かの声……恐らくは久保美津雄の声が辺りに響く。
━━チガウ……チガウ……チガ……チガウ……チガ……チガウ……チ……チガ……チガガチ……チガガウ……チガウウ……チガ……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァァァッッ!!!!
空虚さの中に何処か狂気染みた何かを孕んだその声は、何かに対する否定を繰り返していたかと思うと、壊れたレコードが同じ部分を再生し続けているかの様な支離滅裂なノイズを撒き散らし、絶叫の様な音を最後に唐突に消えた。
『な、何今の……』
この“迷宮”で初めて聞いた『久保美津雄』の心の声の明らかに異常な様子に、りせは困惑の中に何処か怯えを見せる。
りせに限らず、花村たちも不安や戸惑いを各々その顔に浮かべていた。
……よく考えてみるまでもなく、久保美津雄は少なくとも諸岡先生を殺害している。
そんな久保美津雄の精神状態が、異常な状態にある可能性は高いのだろう。
あの否定は、何に対する否定だったのか……。
それは久保美津雄では無い自分には分かり様も無い事柄である。
気を取り直して道を進んでいくと、不意にりせのナビがシャドウの接近を告げた。
こちらに近付いてきたシャドウは八体。
岩塊に仮面を貼り付けた様な『苦悩のバザルド』が三体。
ペアのダンサーの様でありながらその頭は一つしか無い『ライフダンサー』が二体。
十何匹ものピンク色の蝶で体を構成された『浮気のパピヨン』が三体。
どれも《恋愛》アルカナに属するシャドウだ。
バザルドには物理攻撃が通り辛いのが少々厄介であるが、然程脅威とはならないシャドウたちである。
「ペルクマーっ!」
今回先手を取ったのはクマだ。
クマは『浮気のパピヨン』達をピンポイントに狙って極寒の空間を作り出した。
身体を構成する蝶が冷気によって力尽きたかの様に地に落ちたパピヨン達は、軽く武器で攻撃するだけで簡単に消えていく。
『ライフダンサー』が放った烈風は《隠者》の『クラマテング』に全て吸収され、花村達の元へは届かない。
それ所か、カウンターアタックとして放たれたコノハナサクヤの『マハラギオン』で、『ライフダンサー』達は消し炭にされる。
残った『苦悩のバザルド』達は、タケミカヅチが《マハジオンガ》で弱点を突く事でダウンを取った所を、『モト』の《マハムドオン》で一気に片を付けたのだった。
全滅させた所で一息吐こうとしたその時。
りせが焦った様に新手の出現を伝えてくる。
『大変! 新手が合流しようとしてる』
その警告の直後、複数のシャドウに背後から強襲された。
頭から桃色の花を咲かせた嬰児の様な《女帝》の『貪欲のバンビーノ』と、黄金に輝く甲虫の様な《皇帝》の『剛殺蟲』、そして、青い制服に身を包んだ太った警官の様な《法王》の『偏執のファズ』に周囲を取り囲まれる。
内訳としては、バンビーノが二体、剛殺蟲が二体、ファズが二体だ。
剛殺蟲は弱点である闇属性と耐性は無い物理攻撃しか通らないのが厄介である。
《チャージ》で既に力を溜めていた『剛殺蟲』がその鋭く立派な角で繰り出してきた《剛殺斬》を、慌てずモトから切り換えた《戦車》の『キンキ』が去なしつつ受け止めた。
物理を完全に無効化するキンキは、難なく『剛殺蟲』の角を鷲掴み、そしてそれをハンマー投げの要領で振り回して、もう一体の『剛殺蟲』へと叩き付ける。
硬質なモノがぶつかり合う音が響き、その衝撃からか『剛殺蟲』たちはぐったりと倒れ、そこを花村と里中さんに攻撃されて、『剛殺蟲』は溶ける様に消滅した。
『偏執のファズ』は巽くんに、『貪欲のバンビーノ』はクマと天城さんによって倒された事により、通路は再び静寂に支配される。
怪我をしたり疲労が見え始めている様子は無いので、小部屋で一時休憩を取った後、再び探索を開始したのであった。
◇◇◇◇◇
『おはよう
ゆうべは よく
おんなのこが ころされたんだって』
『アーケードのおとが あんなに すごかったのに
パトカーのCAFEで コーヒー かってきて』
『おかねは あんしんして たてかえて
きづかないで であるけないわ…』
『きいた? おはよう
ぶっそうに おそくならない ようにね』
『あんしんして きをつけてね』
新たな階に到達するなりメッセージウィンドウが出現した。
だが、最早文字の大きさすらも不整で意味を全く成していない滅茶苦茶な内容のメッセージが、壊れかけのラジオが垂れ流す様な雑音と共に、凄まじい速さで点滅しながら次々に表示されてゆく。
そして、ブツッという急にテレビの電源を落としたかの様な音と共にメッセージウィンドウは消滅した。
「もしかして、ここにいるクボミツオの不安定な心が反映されてるクマか……?」
「支離滅裂ってか……、イッちゃった感じ?」
狂気を滲ませたメッセージを、うげっと引いた顔でクマと里中さんはそう評する。
それに同意する様に皆が頷いた。
何にせよマトモな状態で無いのは確かだろう。
そんな状態の者が何を仕掛けてくるか分からない。
一層気を引き締めて探索を開始した。
緑色基調だった先程までの階層とは違い、この階層は、地下を思わせる様な暗い青色を基調としている。
足元を照らすのは、作り物めいた松明の様な光源だけだ。
フロアを探索していくと、如何にも何か有りそうな感じの、作り物めいた安っぽさの中でも辛うじて重厚さを感じさせる扉に行き当たった。
『何だろう……、シャドウが中に居るみたいだけど、結構強そうな感じがする』
「中にはそのシャドウだけなのか?」
りせに訊ねると、りせは中を探るのに集中しているのか、暫し沈黙した。
『えっと、ちょっと待って……。
……ううん、中に何かの反応があるよ。
シャドウはそれを守っているみたい』
態々シャドウに守らせてる位だ。
きっとこの先で何かしら役に立つものなのだろう。
ゲーム的に言えば、キーアイテムを守る番人代わりの中ボス、と言った所なのだろうか。
「成る程な……。
何を守っているのかは分からないが、手に入れておくに越した事は無さそうだ」
皆はどう思う?と訊ねてみた所、全員がそのアイテムを手に入れる事に賛成した。
そうと決まれば話は早い。
準備を整えてから、一気に扉を開け放った。
中で待ち構えていたのは、戦隊モノの特撮によくありそうな感じの人型ロボットの様な大型のシャドウだ。
子供の玩具売り場に売られてそうな外観のそれには、肩の部分が右は『正』左は『義』とペイントされている。
そのロボットの身の丈程もある巨大な剣を片手に、こちらを威圧する様に見下ろしていた。
『ソイツは《正義》アルカナの『逃避の兵』!
光とか闇の属性は効果が無いみたい!』
ある程度以上に強力なシャドウは光や闇属性の即死魔法を無効化する事が多いので、それは想定内である。
『逃避の兵』は侵入者を排除すべく動き出し、その左手を突き出してきて周囲に霧状の何かをバラ撒いた。
『今のは《淀んだ空気》だよ!
即死魔法にかかり易いし状態異常にされ易くなってるから、気を付けて!』
如何にも物理攻撃でゴリ押ししてきそうな外見なのに、状態異常攻撃を絡めてくる辺り、中々一筋縄ではいかない相手なのだろう。
『逃避の兵』は手にした剣を軽く振るって力を溜めた。
《チャージ》を使った……と言う事は、物理攻撃が主体である可能性は高い。
ペルソナを《魔術師》の『ランダ』へと切り換える。
「ランダ、《ボディーバリアー》!」
召喚するだけで敵からのヘイトを集めるランダだが、範囲攻撃を使われる事を警戒して、《ボディーバリアー》──他者のダメージの肩代わりをするスキルを行使させる。
その直後。
『逃避の兵』は手にした剣を大きく振るって、此方に斬りかかってきた。
剣が薙いだ軌道にそって、周囲が切り裂かれていく。
しかし、此方を切り刻む筈だったその攻撃は、金属同士を叩き付けたかの様な甲高い音と共に、全て『逃避の兵』自身へと跳ね返った。
ランダは、物理攻撃を全て相手へと跳ね返す。
『逃避の兵』の攻撃──《マインドスライス》が此方への状態異常付与の効果も秘めていようとも、そもそも当たらないのならば意味は無い。
跳ね返されたダメージは、ランダが肩代わりしていた皆への分も合わさってかなりのモノになった事だろう。
だがしかし、『逃避の兵』は踏鞴を踏むかの様な仕草をしただけで、あまりダメージとして響いている様には見えなかった。
『物理攻撃には耐性があるみたい!
他の属性で攻撃して!』
りせが素早く分析をした結果に、思わず舌打ちをしそうになった。
物理が効き辛いと言うのも中々厄介である。
耐性が無いのなら、全部ランダで跳ね返してやればその内自滅するかと思ったのだが……。
「よし、これならどーだ!」
ダンッと勢いよく踏み込んだトモエが、手にした諸刃の薙刀に氷を纏わせて切り込む。
『逃避の兵』の左腕を半分程損壊させたその一撃によって、『逃避の兵』の左腕全体が氷に包まれた。
『氷結は効くみたい!
物理攻撃の分威力は落ちちゃうけど、それならまだダメージは通り易いよ!
千枝先輩、ナイス!』
この手の物理攻撃に耐性がある敵には分が悪い里中さんと巽くんだが、属性が付与された物理攻撃を仕掛ければ、ダメージの減衰は緩和出来る様である。
それならば、と巽くんも《震電砕》で『逃避の兵』の左腕を完全に破壊した。
反撃の様に『逃避の兵』が仕掛けてきた《利剣乱舞》は再びランダによって跳ね返され、その衝撃で『逃避の兵』は横倒しに倒れる。
「鳴上、チャンスだぜ!」
花村に頷き返し、一気に畳み掛けるべくランダから《永劫》の『ケツアルカトル』へと切り換えた。
ジライヤとケツアルカトルが放った《ガルダイン》はお互いを呑み込んで更に強大な竜巻と化して、『逃避の兵』を空高く巻き上げてその身体を破壊する。
「クマさん、私たちもやるよ!」
「了解クマー!」
コノハナサクヤの《アギダイン》が竜巻に弄ばれている『逃避の兵』の身体を一部が溶け始める程の温度で熱し、直後にキントキドウジの《ブフダイン》がそれを一気に冷却した。
竜巻が消え去り、床に叩き付けられる様に落下した『逃避の兵』は、その衝撃で身体のあちこちに罅を走らせる。
関節の調子が狂ったのか、金属が激しく擦り合わされる様な音を響かせるその動きはぎこちない。
手にした剣を鞭の様にしならせて《クレイジーチェーン》を仕掛けてくるが、その動きに精彩は無く、難なく全員が回避する。
「燃やし尽くせ、スザク!」
止めに《節制》の『スザク』が放った《核熱発破》によって全身を砕かれた『逃避の兵』は、悲鳴と共に塵と化して消えたのだった。
『逃避の兵』を倒すと、壁の一部が動いて如何にもな宝箱が姿を現す。
注意しつつそれを開けると、中には拳程の大きさのガラス玉の様な真っ黒な何かが入っていた。
軽く叩いたりしてみても、特には何も起きない。
それに僅かに拍子抜けしつつも、この先で必要になるのかもしれない、とそれを無くさない様に大切に仕舞った。
◇◇◇◇◇
階段を登ると、フロアの構造自体は先程の階の様な変則的なモノではなく、一階・二階と似た様な感じであったが、辺りの雰囲気が少々変化していた。
茶色系統を主としたブロックで壁などが構成されていた先程迄の階層とは違い、薄暗い緑色系統で周囲が構成されている。
そしてやはり、階段を登るとほぼ同時に眼前にメッセージウィンドウが出現した。
【じょしアナが あらわれた!】
まるでモンスターが出現したかの様なその演出に、ゲーム画面そのままの様な【たたかう】・【にげる】と言った行動を選択するコマンドが表示され、直ぐ様【たたかう】が選択される。
【ミツオの こうげき!】
バシュッと言う音の演出がなされ、一瞬メッセージウィンドウが揺れた。
そして気の抜ける様な電子音と共に【じょしアナを たおした】と文字が点滅する。
そしてファンファーレが鳴り響いた。
【ミツオは レベルアップした!
たのしさが 4 アップした!
むなしさが 1 アップした!】
ゲームによくあるレベルアップ時の演出が終わったかと思うと、メッセージウィンドウは唐突に消える。
辺りには静寂だけが残った。
『今の……どう言う事?
久保美津雄は、【犯人】じゃないんじゃ……』
まるで自らが山野アナを殺害したのだとでも言いた気なその演出に、皆が戸惑っている。
確かに今の字面だけを見れば、久保美津雄が山野アナの殺害犯に見えるだろう。
しかし。
「まだ確かな事は言えないが……、ヤツが【犯人】だとは思えない。
さっきの……何か変だとは感じなかったか?」
「変? クマにはぜーんぜん分かんなかったクマ!」
何故かクマは胸を張ってそんな事を宣った。
そんなクマの様子に、少し肩の力が抜ける。
「いや、な……。
私の気の所為かもしれないが、そもそも“攻撃”と言うのがおかしいんだ」
何故なら、【犯人】は被害者に直接手を下した訳では無い。
テレビに落としただけである。
その行為を“攻撃”と表現したのかもしれないが……。
しかし何故、山野アナを殺害したかの様な表現をしたのだろう。
その意義も理由も、皆目見当がつかない。
全く読めない『久保美津雄』の“心”こそが、ある意味、この“迷宮”で一番恐ろしいモノなのではないだろうか……。
◇◇◇◇◇
行く手を阻むシャドウ達を退けて新たな階層に到達すると、再びメッセージウィンドウが現れた。
先程と同じく、【したいはっけんしゃ】が現れたのだと演出する。
そして全く同様に【たたかう】が選択され、【したいはっけんしゃ】が倒されたと言う演出の後に、レベルアップで“かなしさ”と“むなしさ”のステータス上昇を伝えてメッセージウィンドウは消滅した。
先程も気になったのだが、上がったと表示されたステータスが“虚しさ”なのである。
しかも、先程は1だった上昇率が今回は8も上がるなどと、かなりアップしているのだ。
そして、さっきは“楽しさ”だったのが今回は“悲しさ”になっている。
何故虚しさなのか……。
……そして、もう一つ気になっているのが、《じょしアナ》も《したいはっけんしゃ》も、個人を指している訳では無い表現だと言う事だ。
それは“誰でも良かった”という意識の表れなのかもしれない。
だけど、別の解釈をする事も出来るのではないだろうか。
そう、例えば。
そもそも久保美津雄は彼女らの顔や名前すら知らず、ただ“女子アナ”・“死体発見者”と言う伝聞情報しか知らない……直接会った事など無いからだ、とか。
その場合、先程の訳の分からない内容は、単に久保美津雄の『妄想』であると言う事になる。
『妄想』の中で、顔も知らない会った事も無い人間を殺す、か……。
……良い趣味とは言えないが、まぁ考えるだけなら個々人の自由ではあるし、そこをとやかく言う必要は無い。
もしあれらが彼の『妄想』であったのなら、“虚しい”だの何だのとあった理由もある程度の推測が出来る。
集めた断片的な情報からでも、久保美津雄の対人関係が壊滅的な状態である事は容易に伺う事が出来た。
その原因の多くは彼自身に由来しているのであろうが、原因が何処にあるにせよ、久保美津雄が鬱屈した感情を懐き易い状況であったのは確かだろう。
そんな中久保美津雄は、最初は憂さ晴らしか何かで、『妄想』の中で他者を痛め付けていたのではないだろうか。
憂さ晴らしなのだから、例え『妄想』の内容がそんなものであっても、最初の内はスッキリしたり楽しく感じるのも理解出来ない訳では無い。
しかし、所詮は『妄想』。
何れ程『妄想』に逃避した所で、久保美津雄の現実が変わる訳では無い。
だから、“虚しさ”を覚えたのでは無いだろうか。
……まぁこれは所詮、断片的な情報を無理矢理繋ぎ合わせた憶測に過ぎず、それこそ『妄想』の類いなのだろうが。
久保美津雄の真意が何処に在ろうとも、そんな事はどうだって良い事である。
彼がこの世界に居座り続ければ、そう遠くない内にシャドウにより殺されると言う事。
それだけは確かなのだから。
彼を捕まえて彼方の世界に引き摺り戻す理由は、それで十分なのである。
◇◇◇◇◇
階段を登っても、メッセージウィンドウは出現しなかった。
その代わりに、ラジオのチューニングを合わせるかの様な雑音が聞こえ……。
━━チガウ……
何処か空虚で陰鬱な何者かの声……恐らくは久保美津雄の声が辺りに響く。
━━チガウ……チガウ……チガ……チガウ……チガ……チガウ……チ……チガ……チガガチ……チガガウ……チガウウ……チガ……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァァァッッ!!!!
空虚さの中に何処か狂気染みた何かを孕んだその声は、何かに対する否定を繰り返していたかと思うと、壊れたレコードが同じ部分を再生し続けているかの様な支離滅裂なノイズを撒き散らし、絶叫の様な音を最後に唐突に消えた。
『な、何今の……』
この“迷宮”で初めて聞いた『久保美津雄』の心の声の明らかに異常な様子に、りせは困惑の中に何処か怯えを見せる。
りせに限らず、花村たちも不安や戸惑いを各々その顔に浮かべていた。
……よく考えてみるまでもなく、久保美津雄は少なくとも諸岡先生を殺害している。
そんな久保美津雄の精神状態が、異常な状態にある可能性は高いのだろう。
あの否定は、何に対する否定だったのか……。
それは久保美津雄では無い自分には分かり様も無い事柄である。
気を取り直して道を進んでいくと、不意にりせのナビがシャドウの接近を告げた。
こちらに近付いてきたシャドウは八体。
岩塊に仮面を貼り付けた様な『苦悩のバザルド』が三体。
ペアのダンサーの様でありながらその頭は一つしか無い『ライフダンサー』が二体。
十何匹ものピンク色の蝶で体を構成された『浮気のパピヨン』が三体。
どれも《恋愛》アルカナに属するシャドウだ。
バザルドには物理攻撃が通り辛いのが少々厄介であるが、然程脅威とはならないシャドウたちである。
「ペルクマーっ!」
今回先手を取ったのはクマだ。
クマは『浮気のパピヨン』達をピンポイントに狙って極寒の空間を作り出した。
身体を構成する蝶が冷気によって力尽きたかの様に地に落ちたパピヨン達は、軽く武器で攻撃するだけで簡単に消えていく。
『ライフダンサー』が放った烈風は《隠者》の『クラマテング』に全て吸収され、花村達の元へは届かない。
それ所か、カウンターアタックとして放たれたコノハナサクヤの『マハラギオン』で、『ライフダンサー』達は消し炭にされる。
残った『苦悩のバザルド』達は、タケミカヅチが《マハジオンガ》で弱点を突く事でダウンを取った所を、『モト』の《マハムドオン》で一気に片を付けたのだった。
全滅させた所で一息吐こうとしたその時。
りせが焦った様に新手の出現を伝えてくる。
『大変! 新手が合流しようとしてる』
その警告の直後、複数のシャドウに背後から強襲された。
頭から桃色の花を咲かせた嬰児の様な《女帝》の『貪欲のバンビーノ』と、黄金に輝く甲虫の様な《皇帝》の『剛殺蟲』、そして、青い制服に身を包んだ太った警官の様な《法王》の『偏執のファズ』に周囲を取り囲まれる。
内訳としては、バンビーノが二体、剛殺蟲が二体、ファズが二体だ。
剛殺蟲は弱点である闇属性と耐性は無い物理攻撃しか通らないのが厄介である。
《チャージ》で既に力を溜めていた『剛殺蟲』がその鋭く立派な角で繰り出してきた《剛殺斬》を、慌てずモトから切り換えた《戦車》の『キンキ』が去なしつつ受け止めた。
物理を完全に無効化するキンキは、難なく『剛殺蟲』の角を鷲掴み、そしてそれをハンマー投げの要領で振り回して、もう一体の『剛殺蟲』へと叩き付ける。
硬質なモノがぶつかり合う音が響き、その衝撃からか『剛殺蟲』たちはぐったりと倒れ、そこを花村と里中さんに攻撃されて、『剛殺蟲』は溶ける様に消滅した。
『偏執のファズ』は巽くんに、『貪欲のバンビーノ』はクマと天城さんによって倒された事により、通路は再び静寂に支配される。
怪我をしたり疲労が見え始めている様子は無いので、小部屋で一時休憩を取った後、再び探索を開始したのであった。
◇◇◇◇◇
『おはよう
ゆうべは よく
おんなのこが ころされたんだって』
『アーケードのおとが あんなに すごかったのに
パトカーのCAFEで コーヒー かってきて』
『おかねは あんしんして たてかえて
きづかないで であるけないわ…』
『きいた? おはよう
ぶっそうに おそくならない ようにね』
『あんしんして きをつけてね』
新たな階に到達するなりメッセージウィンドウが出現した。
だが、最早文字の大きさすらも不整で意味を全く成していない滅茶苦茶な内容のメッセージが、壊れかけのラジオが垂れ流す様な雑音と共に、凄まじい速さで点滅しながら次々に表示されてゆく。
そして、ブツッという急にテレビの電源を落としたかの様な音と共にメッセージウィンドウは消滅した。
「もしかして、ここにいるクボミツオの不安定な心が反映されてるクマか……?」
「支離滅裂ってか……、イッちゃった感じ?」
狂気を滲ませたメッセージを、うげっと引いた顔でクマと里中さんはそう評する。
それに同意する様に皆が頷いた。
何にせよマトモな状態で無いのは確かだろう。
そんな状態の者が何を仕掛けてくるか分からない。
一層気を引き締めて探索を開始した。
緑色基調だった先程までの階層とは違い、この階層は、地下を思わせる様な暗い青色を基調としている。
足元を照らすのは、作り物めいた松明の様な光源だけだ。
フロアを探索していくと、如何にも何か有りそうな感じの、作り物めいた安っぽさの中でも辛うじて重厚さを感じさせる扉に行き当たった。
『何だろう……、シャドウが中に居るみたいだけど、結構強そうな感じがする』
「中にはそのシャドウだけなのか?」
りせに訊ねると、りせは中を探るのに集中しているのか、暫し沈黙した。
『えっと、ちょっと待って……。
……ううん、中に何かの反応があるよ。
シャドウはそれを守っているみたい』
態々シャドウに守らせてる位だ。
きっとこの先で何かしら役に立つものなのだろう。
ゲーム的に言えば、キーアイテムを守る番人代わりの中ボス、と言った所なのだろうか。
「成る程な……。
何を守っているのかは分からないが、手に入れておくに越した事は無さそうだ」
皆はどう思う?と訊ねてみた所、全員がそのアイテムを手に入れる事に賛成した。
そうと決まれば話は早い。
準備を整えてから、一気に扉を開け放った。
中で待ち構えていたのは、戦隊モノの特撮によくありそうな感じの人型ロボットの様な大型のシャドウだ。
子供の玩具売り場に売られてそうな外観のそれには、肩の部分が右は『正』左は『義』とペイントされている。
そのロボットの身の丈程もある巨大な剣を片手に、こちらを威圧する様に見下ろしていた。
『ソイツは《正義》アルカナの『逃避の兵』!
光とか闇の属性は効果が無いみたい!』
ある程度以上に強力なシャドウは光や闇属性の即死魔法を無効化する事が多いので、それは想定内である。
『逃避の兵』は侵入者を排除すべく動き出し、その左手を突き出してきて周囲に霧状の何かをバラ撒いた。
『今のは《淀んだ空気》だよ!
即死魔法にかかり易いし状態異常にされ易くなってるから、気を付けて!』
如何にも物理攻撃でゴリ押ししてきそうな外見なのに、状態異常攻撃を絡めてくる辺り、中々一筋縄ではいかない相手なのだろう。
『逃避の兵』は手にした剣を軽く振るって力を溜めた。
《チャージ》を使った……と言う事は、物理攻撃が主体である可能性は高い。
ペルソナを《魔術師》の『ランダ』へと切り換える。
「ランダ、《ボディーバリアー》!」
召喚するだけで敵からのヘイトを集めるランダだが、範囲攻撃を使われる事を警戒して、《ボディーバリアー》──他者のダメージの肩代わりをするスキルを行使させる。
その直後。
『逃避の兵』は手にした剣を大きく振るって、此方に斬りかかってきた。
剣が薙いだ軌道にそって、周囲が切り裂かれていく。
しかし、此方を切り刻む筈だったその攻撃は、金属同士を叩き付けたかの様な甲高い音と共に、全て『逃避の兵』自身へと跳ね返った。
ランダは、物理攻撃を全て相手へと跳ね返す。
『逃避の兵』の攻撃──《マインドスライス》が此方への状態異常付与の効果も秘めていようとも、そもそも当たらないのならば意味は無い。
跳ね返されたダメージは、ランダが肩代わりしていた皆への分も合わさってかなりのモノになった事だろう。
だがしかし、『逃避の兵』は踏鞴を踏むかの様な仕草をしただけで、あまりダメージとして響いている様には見えなかった。
『物理攻撃には耐性があるみたい!
他の属性で攻撃して!』
りせが素早く分析をした結果に、思わず舌打ちをしそうになった。
物理が効き辛いと言うのも中々厄介である。
耐性が無いのなら、全部ランダで跳ね返してやればその内自滅するかと思ったのだが……。
「よし、これならどーだ!」
ダンッと勢いよく踏み込んだトモエが、手にした諸刃の薙刀に氷を纏わせて切り込む。
『逃避の兵』の左腕を半分程損壊させたその一撃によって、『逃避の兵』の左腕全体が氷に包まれた。
『氷結は効くみたい!
物理攻撃の分威力は落ちちゃうけど、それならまだダメージは通り易いよ!
千枝先輩、ナイス!』
この手の物理攻撃に耐性がある敵には分が悪い里中さんと巽くんだが、属性が付与された物理攻撃を仕掛ければ、ダメージの減衰は緩和出来る様である。
それならば、と巽くんも《震電砕》で『逃避の兵』の左腕を完全に破壊した。
反撃の様に『逃避の兵』が仕掛けてきた《利剣乱舞》は再びランダによって跳ね返され、その衝撃で『逃避の兵』は横倒しに倒れる。
「鳴上、チャンスだぜ!」
花村に頷き返し、一気に畳み掛けるべくランダから《永劫》の『ケツアルカトル』へと切り換えた。
ジライヤとケツアルカトルが放った《ガルダイン》はお互いを呑み込んで更に強大な竜巻と化して、『逃避の兵』を空高く巻き上げてその身体を破壊する。
「クマさん、私たちもやるよ!」
「了解クマー!」
コノハナサクヤの《アギダイン》が竜巻に弄ばれている『逃避の兵』の身体を一部が溶け始める程の温度で熱し、直後にキントキドウジの《ブフダイン》がそれを一気に冷却した。
竜巻が消え去り、床に叩き付けられる様に落下した『逃避の兵』は、その衝撃で身体のあちこちに罅を走らせる。
関節の調子が狂ったのか、金属が激しく擦り合わされる様な音を響かせるその動きはぎこちない。
手にした剣を鞭の様にしならせて《クレイジーチェーン》を仕掛けてくるが、その動きに精彩は無く、難なく全員が回避する。
「燃やし尽くせ、スザク!」
止めに《節制》の『スザク』が放った《核熱発破》によって全身を砕かれた『逃避の兵』は、悲鳴と共に塵と化して消えたのだった。
『逃避の兵』を倒すと、壁の一部が動いて如何にもな宝箱が姿を現す。
注意しつつそれを開けると、中には拳程の大きさのガラス玉の様な真っ黒な何かが入っていた。
軽く叩いたりしてみても、特には何も起きない。
それに僅かに拍子抜けしつつも、この先で必要になるのかもしれない、とそれを無くさない様に大切に仕舞った。
◇◇◇◇◇