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虚構の勇者

◆◆◆◆◆






【2011/07/28】


 集めた情報を元に割り出した『久保美津雄』の居場所は、異様な雰囲気を漂わせていた。

「“ボイドクエスト”……?」

 まるで、一昔処か家庭用ゲーム機の黎明期のRPGゲームの様な、ドット絵を思わせる立方体の集合によって形作られた世界。
 それが、『久保美津雄』の生み出した迷宮、“ボイドクエスト”であった。
 中空には、【GAME START】とその下に【CONTINUE】というゲームのスタート画面の様な文字が浮かび、ゲームカーソルの様な三角形の矢印は【GAME START】へと合わせられている。

 ボイド、か。
 voidとは、空虚だとかそんな意味なのだが……。

「何これ、ゲーム感覚って事?
 ホント、ふざけてる!」

 里中さんはそう憤るが、果たして久保美津雄が世界をゲーム感覚で捉えているからこの場所がこうであるのかは分からない。
 この世界に現れる“迷宮”は、その当人の“心”に依って形を成している。
 何らかの願望がそこにあるが故に、ゲームを模したかの様な“迷宮”になっているのかもしれない。

 ……先ず気になるのは、ゲームを模しているにしろ、この“ボイドクエスト”がモチーフにしていると思われるゲームが《《古過ぎる》》のだ。
 このドットの粗さを見るに、通称ファミコンと呼ばれるファミリーコンピューターでのゲームか、良くてスーパーファミコンの初期辺りのゲームが元になっているのだろう。
 久保美津雄の年齢を考えると、それこそ小学生になる前辺りに触ったかどうか、だ。
 彼がレトロゲーマーであった可能性もあるが、どちらにせよ今時の高校生が好んで遊ぶゲームとしては古いのは確かだろう。
 テレビゲームの黎明期の様な時代のゲームを模しているのは、何故なのか。
 ……彼の幼児性を表しているのか、それとも彼の何らかの願望を反映しているのだろうか。
 彼を全くと言って良い程知らぬ自分には、類推しようにも元手となる情報すらない。
 何はともあれ、この“迷宮”の奥にいるのであろう久保美津雄の所まで辿り着く他無いのである。

「目指せエンディング、って所だな」

 ゲーム好きな部分が騒いだのか少し高めなテンションでそう言った花村に、同意する様に頷いた。
 ゲーム自体は自分も好きである為、このドット調の城は何処か懐かしさすら感じる。
 見た目的には、『魔王の城』と言った所だろうか。

 ワクワクしている気持ちが自分にも多少はある事に内心苦笑しつつ、“迷宮”の中へと足を踏み入れたのであった。





◇◇◇◇◇





 “ボイドクエスト”の内部へ入ると、その途端眼前にまるでゲームでステータスや台詞等を表示させる為のウィンドウの様なモノが出現する。
 何が起きるのかと警戒していると、【ぼうけんをはじめる】・【ぼうけんをやめる】と言ったゲームのスタート画面の様な文字がウィンドウに表示された。
 そしてゲームカーソルの様な三角形が出現し、一度【ぼうけんをやめる】を選択しそうになるが、結局は【ぼうけんをはじめる】を選択する。
 そして四文字分の名前入力欄が現れ、そこには自動的に『ミツオ』と入力される。
 ……『ああああ』では無いのか。
 そして名前が入力され終わると同時に、ウィンドウは消滅した。

『何、今の! ゲーム開始って事!?
 あーもう、ムカツク!
 先輩、あんなヤツとっとと捕まえちゃおう!』

 りせは憤った様な声を上げる。
 まるで馬鹿にしているかの様に感じたのだろう。
 気持ちは分からないでも無いが。
 まあそもそもこんな“迷宮”なのだし、あんな演出になるのも、久保美津雄にとって何かしらの意味があるのかも知れない。
 例えば、ゲームの主人公の様に世界を救ったり出来る様な勇者になりたかった、とか、そう言う願望の表れなのかもしれない。
 万が一そうであるならば、彼の行為を考えると皮肉でしかないのだが。

 りせのサーチによると、この“迷宮”は10の階層から構成されていて、最上階(=最深部)から久保美津雄の反応があるらしい。
『魔王の城』を模したかの様な城の最上階で待ち構えている辺り、久保美津雄は勇者ではなく魔王である気がするが……。

 りせのナビに従って微妙に狭い通路を進んで行くと、前方の分岐点に道を塞ぐ形でシャドウが待ち構えているのが見えた。
 数は合計8体。

 ──右手には。
 何かが書かれた紙の様なモノで自らの周囲を覆っているシャドウが1体。
 岩塊の様なシャドウが1体。
 地面から生えた剣を握った腕の様なシャドウ(本体は仮面が付いてる剣の方だろう)が2体。

 ──左手には。
 円盤の様な板に逆さに縛り付けられたシャドウが1体。
 蛇の様なシャドウが1体。
 三段に積み重なった頭部がまるで塔の様になってるシャドウが2体。

『右の方には物理以外効かなさそうなヤツが居るよ!
 左の方は、弱点と耐性がバラバラだけど、物理耐性を持ってるのは居ないよ!』

 りせはどの攻撃が通用するのか、見ただけで何と無く察知出来るらしい。
 しかし一度に相手する敵の数が多過ぎると、何れが何れなのかは分からないのだそうだ。
 取り敢えずは、物理攻撃に耐性を持つ敵が居るかどうかを最優先に判断して貰う様にしている。

 敵の名前等の情報を解析していくりせのナビを受けて、隣を行く花村と目配せをしてお互い走り出した。
 此方は右に、花村は左へと。
 一番動きが速い二人で敵陣に突っ込み攪乱し、敵の連携を取り辛くさせる。
 敵の対応が混乱している最中に巽くんや里中さんと言ったパワーファイターが一気に場を崩し、魔法攻撃を主体とする天城さんとクマは後詰めを担う。
 それがこの場の最適解だ。

 一気に敵の真ん中まで突っ込んで、取り敢えず一番奥にいたので目に付いた、『青のシジル』を周囲の紙ごと、一気に敵を鞘から引き抜いた軍刀で居合い切りの要領で深く切り裂く。
 悲鳴を上げて周囲の紙ごと地に崩れ落ちたシャドウの首を刎ねると、シャドウは断末魔の叫びを上げて塵へと還った。

 僅かな合間に一体を屠った事により、残りシャドウ達の敵意が此方に集中する。

 二体の『正義の剣』が敵を討ち滅ぼさんとその手の剣を振り翳してきたが、それは場に乱入して来た巽くんとタケミカヅチによって、本体である剣ごと体を砕かれた。
 巽くんの振り回した鉄板は『正義の剣』をまるで粘土細工の如く叩き潰し、タケミカヅチの拳はシャドウを跡形も無い程に砕く。
 一体だけ残った『依存のバザルド』が集中砲火を喰らって塵に還ったのは、その直後の事であった。

 その後も時折道を塞ぐシャドウ達の相手をしつつ階を跨ぐと、再び眼前にメッセージウィンドウが表示された。

『わあっはっはっはっ!』

『くさった ミカンの ぶんざいで
 ワシに はむかうとは いい どきょうだ!』

 ……腐ったミカン?
 それに、ワシという一人称……。
 これはまさか、諸岡先生を表しているのだろうか?

『きさまの ような にんげんの クズは
 えいえんの くるしみを あじわうが いい!』

『くらえっ!』

【せいさいのいちげき!】

 バシュッという効果音が何処からともなく聞こえ、同時に【せいさいのいちげき】と言う文字が赤く光る。

【ミツオは いしきを うしなった……】

 赤く表示されたそれは、まるでゲームオーバーを意味しているかの様な演出である。
 ……これは八十神高校を退学した時の事を表現しているのであろうか。
 ……心が反映されるこの“迷宮”でその時の事が再現(?)される辺り、八十神高校を退学した事は久保美津雄にとって心の中でかなりウェイトを占めている事柄なのだろう。
 それにまるで諸岡先生に苦しめられたかの様な表現……。
 実際にどうだったのかは置いといて、久保美津雄は退学したのは諸岡先生の所為だ、と捉えていたのだろう。
 それ故に殺害に至ったのだろうか……。

 道を塞ぐシャドウたちを排除しながら、そのまま一気にそのフロアを駆け抜けたのだった。





◇◇◇◇◇





『おはよう
 ゆうべは よく ねむってた みたいね
 パトカーの おとが あんなに すごかったのに
 きづかないで ねてるんだから』

 階段を登ると、再びメッセージウィンドウが現れる。
 よく分からないが、誰かの台詞であるらしい。
 内容から察するに、母親とかだろうか。
 先程の退学の時の事を考えると、これも久保美津雄が捉えていた“現実”の何処かを現しているのだろう。

『きっと おおきな じけんね……あれは
 アーケードのCAFEで コーヒー かってきて
 おかねは たてかえて おいてね』

 事件……それはやはり山野アナや小西先輩の事件だろうか。
 もしかしたら、諸岡先生の事件の事かもしれないが。

『きいた?
 おんなのこが ころされたんだって
 ぶっそうに なったわね
 あんしんして であるけないわ……
 きをつけてね
 あまり おそくならない ようにね』

 そこでメッセージウィンドウは消えた。

 ……女の子が殺されて、か。
 と言う事は、先程のは山野アナの事件か小西先輩の事件の時の事を表現しているのだろう。
 ……しかし奇妙なのは、先程から一切『久保美津雄』の感情が伝わって来なかった事である。
 まるでそんな人物などそこには居ないかの様な、第三者が見ている様なそれは、何処か薄ら寒いモノを感じてしまう。
 この“迷宮”はある意味『久保美津雄』の心その物である筈なのに、肝心の『久保美津雄』が何処にも居ないのだ。

『あれ……? この先行き止まりになってるよ』

 困惑した様なりせの声が響く。
 確かに、十字路の様な通路の先は三方向とも壁で囲まれていて、パッと見た所進路が見当たらない。

 この“迷宮”はゲームを模しているのだ。
 何かしらの条件を満たさないと先に進めない仕掛け、とかはありそうである。
 しかし、先の二フロアに関しては見落としたであろうモノは無さそうなのだが……。
 一先ず、りせにこのフロアがこのエリアだけなのか確かめて貰う。

『えっと……この階層自体は結構広いみたい』

 ふむ……。
 取り敢えず何か仕掛けが無いか、調べるしかないか。
 ゲームではよくある様な危険なトラップを警戒しつつ、取り敢えず十字路の右手奥の壁際、そこにあるドット調のマーライオンの様なオブジェとそこから流れ落ちる水によって作られた泉を調べ様と、オブジェに手を触れた瞬間。
 一瞬の浮遊感の後に、先程とは全く別の場所に居た。
 振り返ってもそこには壁しか無く、花村達の姿は見えない。

『先輩! 大丈夫!?』

 りせの焦った様な声に、大丈夫だと返した。
 困惑はあるものの、外傷の類いは無い。
 どうやら何かしらの仕掛けが作動し、分断されてしまった様だ。
 背後の壁に手を当てても、何の変化も無い。
 一方通行なのだろう。
 辺りを見回してみると、どうやらこの場所も先程の十字路の様な構造であるらしい。
 違うのは、階段であった場所はただの壁であると言う事だろうか。

 追い掛けてきた花村達と合流し、そのまま先に進む。
 どうやら通路奥にあるマーライオン風のオブジェの内の幾つかが所謂ワープ装置の役割を果たしている様だ。
 最初のワープは面食らってしまったが、法則を理解すればどうと言う事も無い。
 強いて言えばワープ先でシャドウの強襲を受ける事を警戒しないといけないのが少々疲れる程度だろうか。

 幾度かのワープを繰り返して行くと、十字路とは違う通路に転移した。
 通路の先にはこれ見よがしに扉がある。

『あの扉の向こうにはシャドウがいるよ! 気を付けて!』

 半ば予測していたその情報に、一つ溜め息を吐いて剣を握る手に力を籠める。
 そして、皆の準備が整っている事を確認してから、一気に扉を開け放って部屋の中へと雪崩れ込んだ。

 部屋の中で待ち構えていたのは。
 既に幾度か戦った、緑の服に身を包んだデフォルメされたキューピット……《恋愛》の『盲愛のクピド』が二体に、黒く光るカンテラを掴んだ白亜の鴉……《隠者》の『アメンティレイヴン』が四体に、ボロ布が垂れ下がった冠の中に浮かぶ書物……《女教皇》の『偽りの聖典』が二体。
 それと初見のシャドウである、中空に浮かぶ台座に座した修道女……《女教皇》の『導きのマリア』が二体だった。
 取り敢えず数が多い『アメンティレイヴン』を自分が相手する事にし、「残りは任せた」と合図を送ると、了解と言う返事の代わりに、花村はクルクルッと手にした短刀を手の中で取り回す。
『アメンティレイヴン』は電撃が弱点だ。
 一気に片を付けるべく、高火力の電撃魔法を得意とする《皇帝》アルカナの『トート』へと切り換える。

「来い、トート!」

 書物を抱えた狒狒の様な姿をしたトートは、元々の魔力の高さに加えて電撃属性の攻撃を強化する能力を備えている。
 更に、万が一電撃を反射されても無効化する事が可能だ。
 トートが持っている本を掲げると、《マハジオンガ》が白い閃光の奔流となって『アメンティレイヴン』達を呑み込み、跡形もなく消し去った。
 更に、偶々雷撃が蹂躙した範囲に居た一体の『導きのマリア』の姿をも溶かす。

『あ、『導きのマリア』の弱点は電撃みたいだね!
 先輩ナイス!』

「っしゃあ! ならもう一体は俺が片付けるっス!」

 りせの解析を聞いた巽くんがそう叫び、電撃を纏ったタケミカヅチの拳が一気呵成に残った『導きのマリア』に叩き付けられ、『導きのマリア』は何も出来ないまま消滅した。

 厄介な《マカラカーン》を使われる前に、と天城さんとクマと里中さんの三人に袋叩きにされた『偽りの聖典』は弱点属性を続け様に突かれて消滅し、『盲愛のクピド』達は放った《ポイズンアロー》ごとジライヤの《マハガルーラ》に吹き飛ばされて行く。

 シャドウを殲滅し終えて部屋の奥にあった扉を開けると、そこには上の階へと続く階段があったのだった。




◇◇◇◇◇
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