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本当の“家族”

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【2011/06/19】


 林間学校も終わり、少しゆったりとした気持ちで目覚めた日曜日だが、どうやら今日は昼夜を通して曇天が続くらしい。
 まあ、雨が降るよりは良いのだが。

 今日は、巽くんから手芸を教わる予定なので、早速巽屋を訪ね、店番をしていた巽夫人に断って店の奥へとあげて貰う。


「今日は手芸を教えるっつー話っスけど、編みぐるみで良いっスか?」

 編みぐるみ用の毛糸を用意しながらそう訊ねてきた巽くんに頷いた。
 編みぐるみでも、普通のぬいぐるみでも、それこそ織物とかでも、ドンと来いという気持ちである。
 何も問題など無い。

「勿論。前に見た巽くんの作品も編みぐるみだったけど、巽くんは編みぐるみが好きなのか?」

 以前巽夫人から借り受けたマスコットも、編みぐるみで出来ていた。
 全て編みぐるみで出来たストラップサイズの小さなマスコットだったのに、付いている小物(編みぐるみ製)が異様な程凝っていたのは記憶に新しい。
 あれは、相当の愛が無くては作れないだろう。
 ふと気になって訊ねてみると、巽くんは少し言葉を濁しつつも頷いた。

「ま、まあ。あの独特の風合いが出る感じが……」

 確かに。編みぐるみは編んで作る事によって、独特の風合いが出る。
 それが良い、という声も多いのは知っている。
 どっちがより優れているとかそんな話ではなく、各々良い所があるという事だ。

「確かに、編みぐるみは普通に布とかを使って作るぬいぐるみとはまた違う感じになってて、そこがまた良い。
 私も、編みぐるみは好きだ」

 そう答えると、巽くんは嬉しそうな顔をした。

「よっし、じゃあ早速作り始めましょう」

 巽くんからレクチャーを受けながら、編みぐるみを編み始めた。


 そして数時間後──
 途中で巽夫人が作った美味しいお昼ご飯をご馳走になったり、休憩を挟みつつも、漸く編みぐるみは完成した。

 自分がモチーフとして選んだのはセキセイインコだ。
 お喋りも出来る手乗りの鳥としてペット界隈では(個人の主観で)非常にポピュラーだと思われるオーストラリア原産のオウム目インコ科の鳥である。
 原種は頭は黄色の羽で胴体は緑色の羽がメインでそこに背中や翼辺りに黒い羽が模様の様に混じっている。
 品種改良によって実に様々なカラーバリエーションがあるのも特徴だ。
 まあご託は置いといて、セキセイインコとは、凄く、極めて、可愛い生き物なのである。
 編みぐるみで作ったのは、その中でもオパーリンブルーパイドと呼ばれる色合いのセキセイインコだ。
 背中の部分の黒い模様がなく、頭の色は白、胴体は主に青だが所々白い羽がまるで模様の様に混じっている。

 完成した編みぐるみは、贔屓目に見ているのだとしても良い出来だとは思う。
 粗は見当たらないし、巽くんが丁寧に教えてくれたお陰で、難しそうな羽の色合いも見事に表現出来ている。
 贔屓目に見ても可愛い。
 家に帰ったら早速飾ろうとは思う。
 しかし……。

「いやー、やっぱり先輩は器用っスよね。
 初めてでここまで作れるのって、すげーっスよ」

 そう褒めてくれる巽くんのその手には、信じられない程凝っている編みぐるみがある。
 ウサギがモチーフなのだが、まるでビスクドールの様な凝った衣装を着ていて、更には寧ろそれが1つの作品じゃないのかと言いたくなる程の凝った小物を持っている。
 勿論の事ながら可愛い。
 彼我の実力差は一目瞭然、圧倒的である。
 更に絶望を感じる事に、巽くんの過去の編みぐるみ作品だと言うモノを見せて貰った所、思わず我が目を疑う程の代物が存在した。
 それは、某ジブリ映画のマスコット三匹(?)だ。
 小・中・大と揃っているそれは、小物らしい小物は無く、極めて高い完成度を誇っているとは言え巽くんの作品としてはシンプルなものである。
 ……その大きさが、三匹並べても人差し指の爪先から第一関節までの大きさしかない事を除けば、だが。
 ……完敗だ。
 どうやって作るのか教えて欲しいと言うか、目の前で是非とも作って頂きたい。

 だが、ここで膝を屈しては試合終了だ。
 それが何れ程遠くとも、高みを目指し努力し続ける事に意味がある。
 巽くんと言う、極めて高く偉大なその壁を越える為にも、まだまだ努力が必要なのだと言う事が分かったのだ。
 ならば、歩き出すだけである。
 そう決意を新たにしていると、巽くんがポツリと訊ねてきた。

「なんつーのか、先輩的には正直な所どうなんスか……?
 その……俺がこう言うのやってるのって……」

 ……もしかして、教えている内に不安になってきたのだろうか。
 ……気味悪く思われているんじゃないか、男らしくないと思われているんじゃないのか、と。
 ……仕方無い、か。
 巽くんの悩みの根はそれだけ深いのだ。
 だから、素直に自分の気持ちを伝えた。

「ゴッドハンドの持ち主かと思った」

「ゴッドはん……?」

 どうやら通じなかった様だ。
 少し気恥ずかしくなりつつも言い直した。

「巽くんは神業の持ち主だって事。
 いや、本当に凄いよ、コレは。
 この極小サイズのモノなんて、ネットのオークションに掛けたら万単位で値が付くレベルだと思う」

「えっと、そうなんスか……?」

 自分の技術の凄さが今一つ分かっていないのか、巽くんは頬を掻きながらそう首を傾げる。
 ……巽くんの作品の大半は、凄まじい値が付くのは確実だろう。

「それにだな、良いじゃないか。
 可愛いモノが好きだろうと、それを作るのも大好きだろうと。
 可愛いモノをこんなにも可愛く作れるんだから、それは誰に対しても胸を張れるレベルの特技だし、人目を気にしてコソコソする必要性なんて無いって事だ」

 他人に迷惑をかけるモノでもないのだから、外野が巽くんの趣味にとやかく口を出す権利などはない。
 それに、技術は技術として評価するべきである。
 巽くんだからダメなんて事は全く無い。

「……先輩にそう言って貰えると、何か胸が軽くなった感じがするっス」

 そう言って少し安心した様に笑った巽くんに、畳み掛ける様にして提案を述べる。

「それでだな、巽くん主催の手芸教室……割りと真剣に検討してみてはどうだろうか。
 巽くんの趣味とその技術の凄さを理解して貰える切欠になるだろうし。
 弟子1号としては、師匠の腕が認知されて居ないのは悔しいモノがあるのだが」

 手芸教室を開いてみるのが、巽くんの悩みを解決する一番の方法なんじゃないかと思う。
 要は、巽くんの趣味とかを受け入れてくれる人を作るのが必要なのである。
 手芸教室なら、そもそも手芸に興味がある人が来るのだし、手芸に興味がある人ならば巽くんの技術の凄さが分かる。
 まあ見た目のギャップが凄いのは事実だが、それでも受け入れてくれ易いだろう。
 うん、考えれば考える程、名案な気がする。
 尤も、巽くんが乗り気でないのならどうしようも無いのだが。

「せ、先輩が弟子1号!?
 あ、……そうなんのか……?
 いやでも……。
 つか、手芸教室っつっても唐突過ぎるっスよ。
 需要とかってのも、あんのか分かんねーし」

 この稲羽でも需要は確実にあるだろう。
 可愛いモノ好きは決して少数派ではない。

「……だったら、巽屋の一画で巽くんの作品を売り出してみてはどうだろうか。
 最初は巽くんの名前を伏せて。
『こんなのを作りたい』って人が出てきたら、製作者を明かして手芸教室を開けばいい」

 そう提案してみたのだが、巽くんの反応はあまり芳しくなかった。
 ……残念だ。

 その日はそこで巽くんに礼を言ってから巽屋を後にして、家へと帰った。






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