本当の“家族”
◆◆◆◆◆
【2011/06/16】
放課後、稲羽の書店では取り扱いの無い本を購入する為に沖奈市まで行ったその時、偶々工事現場の前を通りがかった。
今度駅前に新しく立つ商業施設の建築現場だ。
重機を動かす音などが響く工事現場内を横目で見てみると、ヘルメットをした男性達が流れ落ちる汗を首にかけたタオルで拭きながら忙しく作業をしていた。
暑くなりつつある中、ご苦労様な事である。
そのままその場を通り過ぎ様としたその時、ふと視界の端に見知った姿を見付けた様な気がして、もう一度工事現場に目をやった。
……!
……なんと、三組の高山が、中年から壮年辺りが中心の年齢層の男性たちに混じって、働いていた。
日雇いのバイトか何かなのだろうか……。
忙しそうに働く高山に声は掛けられない為、その場は通り過ぎた。
本を購入し、駐輪場に向かおうと再び工事現場の前を通りがかると、偶々休憩中であったらしい高山と目があった。
「ここでもバイトしているのか?」
「まあな、ここ給料良いし。
ジュネスのバイトが入ってない時は、今はここでバイトしてんだ」
そう訊ねると、冷えたスポドリを飲みながら高山はそう事も無げに言う。
……給料は良いのかも知れないが……。
……毎日あれだけ忙しそうに働いたり家事を受け持っているというのに、更に土建屋のバイトまでこなすとは……。
バイトか家事、そのどちらかだけだと言うのならまだ分かるのだが、両方とも抱え込んでいて高山は大丈夫なのだろうか……。
……どうしてそこまでしてバイトをやっているのだろう。
……色々と気になりはしたがそれ以上は訊ねずに、高山に別れを告げてその場を離れ、その日は家へと帰った。
◆◆◆◆◆
林間学校の用意をしてから、家庭教師のバイトへと行く。
今日は中島くんに英語を教える事にした。
相変わらず理解力は高いけれども、少し苦手意識でもあるのか、英語は問題を解く速さが比較的遅い。
休憩時間に改めて訊ねると、やはり英語はどちらかと言えば苦手科目であった様だ。
教科書の暗記で点数は取れているものの、何処か理解仕切れていない感じがあるのだそうだ。
しかし、そういう機微を、学校の先生は分かっていないのだと中島くんは言う。
「……いい商売ですよね、バカでも威張れるんだし……。
……何も、分かってないんだ……教師なんて……」
そう言って、何処か暗い顔で中島くんは俯く。
「……まあ、先生だって何もかもは分からない。
見える形にしないとちゃんとは分からないのは、誰だってそうじゃないかな」
一対一でやっているのならまだしも、大人数を相手にしなければならないのだから、一人一人の機微までは手が回らないのかもしれない。
「……テストの点数がイコールで生徒の価値……。
……分かり易いですけどね」
テストの出来が全て、か。
……そういう考え方の教師は確かに居るが、……中島くんの担任もそうなのだろうか?
「……こないだ言った、転校生の事なんですけど。
あいつ、割りと成績良いけど……僕には勝てないんだ。
そしたら、クラスの奴らも、先生も、“転校生は意外と駄目だ”って顔をして……。
……見下してて……。
なのにあいつ、偉そうにしてるから……嫌われてて。
……最近じゃ誰も、話し掛けない。……下らないです、全部」
中島くんはそう言って俯いて暫く黙った。
……“転校生の話”、ね。
それにしては、中島くんの言葉には色々と感情が籠っていた。
……果たして、中島くんの話の“嫌われ者の転校生”とは、本当に転校生の事なのだろうか。
“転校生”の行動に当てはまる人物。
……それは……。
考え込んでいると、中島くんはボソッと呟いた。
「……こんなに下らないのに、何で学校に行かなきゃいけないんだろ……。
あんなトコ……」
「……中島くん、甘えちゃ駄目だ」
下らない、詰まらないと、そう感じるのなら行かないのか?
それで良いと? ……そんな訳はない。
勿論、どうしても無理をしてまで行かなければならない場所でも無いが、しかし……中島くんの考える其れは自分を甘やかす為の逃避に近しいのではないだろうか。
「甘え……? ……ああ、そうか、皆嫌々行ってるのか……」
そう言うと、中島くんは何かを考え込む様にじっとこちらを見て、少ししてから口を開いた。
「……八高って楽しそうですよね、先生見ていると……。
……あ、でも。
僕が一年生の時、先生はもう卒業しちゃってるのか……。
じゃあ、意味無いですね」
何処か残念そうに、中島くんは言う。
問題集を解き終えて、その日のバイトの時間は終わった。
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【2011/06/16】
放課後、稲羽の書店では取り扱いの無い本を購入する為に沖奈市まで行ったその時、偶々工事現場の前を通りがかった。
今度駅前に新しく立つ商業施設の建築現場だ。
重機を動かす音などが響く工事現場内を横目で見てみると、ヘルメットをした男性達が流れ落ちる汗を首にかけたタオルで拭きながら忙しく作業をしていた。
暑くなりつつある中、ご苦労様な事である。
そのままその場を通り過ぎ様としたその時、ふと視界の端に見知った姿を見付けた様な気がして、もう一度工事現場に目をやった。
……!
……なんと、三組の高山が、中年から壮年辺りが中心の年齢層の男性たちに混じって、働いていた。
日雇いのバイトか何かなのだろうか……。
忙しそうに働く高山に声は掛けられない為、その場は通り過ぎた。
本を購入し、駐輪場に向かおうと再び工事現場の前を通りがかると、偶々休憩中であったらしい高山と目があった。
「ここでもバイトしているのか?」
「まあな、ここ給料良いし。
ジュネスのバイトが入ってない時は、今はここでバイトしてんだ」
そう訊ねると、冷えたスポドリを飲みながら高山はそう事も無げに言う。
……給料は良いのかも知れないが……。
……毎日あれだけ忙しそうに働いたり家事を受け持っているというのに、更に土建屋のバイトまでこなすとは……。
バイトか家事、そのどちらかだけだと言うのならまだ分かるのだが、両方とも抱え込んでいて高山は大丈夫なのだろうか……。
……どうしてそこまでしてバイトをやっているのだろう。
……色々と気になりはしたがそれ以上は訊ねずに、高山に別れを告げてその場を離れ、その日は家へと帰った。
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林間学校の用意をしてから、家庭教師のバイトへと行く。
今日は中島くんに英語を教える事にした。
相変わらず理解力は高いけれども、少し苦手意識でもあるのか、英語は問題を解く速さが比較的遅い。
休憩時間に改めて訊ねると、やはり英語はどちらかと言えば苦手科目であった様だ。
教科書の暗記で点数は取れているものの、何処か理解仕切れていない感じがあるのだそうだ。
しかし、そういう機微を、学校の先生は分かっていないのだと中島くんは言う。
「……いい商売ですよね、バカでも威張れるんだし……。
……何も、分かってないんだ……教師なんて……」
そう言って、何処か暗い顔で中島くんは俯く。
「……まあ、先生だって何もかもは分からない。
見える形にしないとちゃんとは分からないのは、誰だってそうじゃないかな」
一対一でやっているのならまだしも、大人数を相手にしなければならないのだから、一人一人の機微までは手が回らないのかもしれない。
「……テストの点数がイコールで生徒の価値……。
……分かり易いですけどね」
テストの出来が全て、か。
……そういう考え方の教師は確かに居るが、……中島くんの担任もそうなのだろうか?
「……こないだ言った、転校生の事なんですけど。
あいつ、割りと成績良いけど……僕には勝てないんだ。
そしたら、クラスの奴らも、先生も、“転校生は意外と駄目だ”って顔をして……。
……見下してて……。
なのにあいつ、偉そうにしてるから……嫌われてて。
……最近じゃ誰も、話し掛けない。……下らないです、全部」
中島くんはそう言って俯いて暫く黙った。
……“転校生の話”、ね。
それにしては、中島くんの言葉には色々と感情が籠っていた。
……果たして、中島くんの話の“嫌われ者の転校生”とは、本当に転校生の事なのだろうか。
“転校生”の行動に当てはまる人物。
……それは……。
考え込んでいると、中島くんはボソッと呟いた。
「……こんなに下らないのに、何で学校に行かなきゃいけないんだろ……。
あんなトコ……」
「……中島くん、甘えちゃ駄目だ」
下らない、詰まらないと、そう感じるのなら行かないのか?
それで良いと? ……そんな訳はない。
勿論、どうしても無理をしてまで行かなければならない場所でも無いが、しかし……中島くんの考える其れは自分を甘やかす為の逃避に近しいのではないだろうか。
「甘え……? ……ああ、そうか、皆嫌々行ってるのか……」
そう言うと、中島くんは何かを考え込む様にじっとこちらを見て、少ししてから口を開いた。
「……八高って楽しそうですよね、先生見ていると……。
……あ、でも。
僕が一年生の時、先生はもう卒業しちゃってるのか……。
じゃあ、意味無いですね」
何処か残念そうに、中島くんは言う。
問題集を解き終えて、その日のバイトの時間は終わった。
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