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本当の“家族”

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【2011/06/11】


「とうとう来週だな、林間学校!」

 昼休みの屋上で、特捜隊の皆と一緒に弁当をつついていると、唐突に花村が嬉しそうな声で話し出した。

「えー……花村、あんた何でそんなに楽しそうなのよ」

「いやー、ゴミ拾いってのは萎えるけどさ、そんでも純粋に楽しみじゃん。
 だって、天城の手料理食える機会なんて早々に無いぜ。
 鳴上も料理上手だしさ。
 うん、夕飯は楽しみじゃね?」

 なあ、と花村が巽くんに話を振ると、巽くんも「そっスね」と頷く。
 ……天城さんの料理、ね……。
 ……以前、手始めに伊勢海老を使う料理をしようとしていた点や、その他諸々の事を考慮すると、不安材料しかなくて逆に笑えてきてしまいそうだ……。

 里中さんも……限り無く初心者の様だったし。
 果たして自分一人でフォロー出来る範疇なのだろうか……?

「うん、任せて! 私、頑張っておいしい料理作るから!」

「あたしも! 花村をギャフンって言わせられる料理作るよ!」

 天城さんと里中さんはやる気に満ち溢れている……。
 ……何でだろう、空恐ろしい……。

「そういや、先輩ら何作るつもりなんスか?」

「えーっとね、カレーにしようかなって思っているんだけど」

 天城さんの言葉に、少しホッとする。
 良かった、エキセントリックな料理を作ろうとしてなくて。
 カレーなら、一からスパイスを調合して作るのなら兎も角、普通にカレールーを使うのなら早々失敗しようもない料理だ。
 うん、カレールーは偉大である。

「おっ、カレーか!
 キャンプとかの定番だな!」

「ラーメンと迷ったんだけど、そっちの方が良いかなって」

「!?」

 花村の言葉に頷いた天城さんの言葉に、思わず口にしていた米を喉に詰まらせそうになって慌ててお茶で流し込む。
 いやいや、ラーメンって……。
 少なくとも、キャンプで作るモノとしては普通は候補に上がらないだろう。
 即席麺なら兎も角、一からラーメンを美味しく作るのは中々大変だ。
 初心者が手を出してそう簡単に美味しく作れるモノではない。
 これは……不味い、不味過ぎる。
 兎も角、未知の領域にある天城さんと里中さんの料理の腕前を把握しなければならない。
 それが急務だ。
 もし二人が、手の施し様が無いレベルの、所謂“飯マズ”さんだった場合は、自分一人で調理した方が良い。
 花村や巽くんの胃袋を守る為にも。

「……キャンプでぶっつけ本番で作る前に、一度料理してみないか?
 ……丁度明日は休みだけど叔父さんは仕事だし、菜々子も友達の家に遊びに行くみたいだから家には居ない。
 私の家で、……その、天城さんも里中さんも、一度試しにカレーを作ってみた方が良いと思うんだが……」

「おっ、良いなソレ!
 ゴールデンウィークん時は流れた料理対決って事か?」

「いや、ちが…」

「料理勝負?
 うん、受けて立つよ! 私、負けないからね!!」

「あたしも! カレーには自信あるから!
 鳴上さんに負けられないね!
 ねえ雪子、あたし達一緒に作らない?
 鳴上さんも、普段から料理する人だからハンデとして良いよね?」

「うん良いよ、二人なら鳴上さんのにも負けないカレー作れるよ!」

「って事は、俺らが審査員って事か?」

「そうみたいっスね」

「よーし、明日は鳴上さん家に集合だね!
 ね、雪子、早速放課後に材料買いに行こ?」

 一言も勝負するとも、更には勝負を了承するとも言ってないのに、話がドンドンと進んで行く。
 ……もう、どうとでもなれ。
 兎も角、二人の料理の腕前を把握出来たらそれで良いんだし……。
 二人一緒なら美味しく作れるというのなら、それはそれで構わない。

「あー、用意する材料は二・三人前分で良いから。
 もし足りなくても、カレーばっかりじゃ飽きるだろうから私が何か適当に作るよ」

 そんなこんなで、明日は天城さん・里中さんとのカレー対決となった……。





◆◆◆◆◆





 放課後、部活に行く前に一条がやって来た。
 一条には何処か落ち着きが無い……。

「今から、その……。
 施設、行って来るから。
 ……鳴上には、それ言っとこうと思って……。
 ……じゃ」

 成る程。
 前に言っていた、昔居たという孤児院を訪ねに行くのだろう。
 ……心配ではあるが、こうやって見送る事しか出来ない。

「そうか……。気を付けて。
 いってらっしゃい」

 そう手を振ると、一条は「ありがとう」と笑って去って行った。




◇◇◇◇◇




 一条抜きで部活に勤しんでいると、長瀬がやって来て首を傾げる。

「うーす……あれ、一条は?」

 どうやら一条は、長瀬には言ってなかったらしい。
 孤児院を訪ねに行った、と説明すると、長瀬は心配そうに微かに眉を寄せた。

「そっか、今日か……。
 ……ちっと、心配だよな……」

 長瀬の言う通り、心配ではある。
 訪ねに行って知らされた事実が、良いものであるとは限らない。

「……駅まで迎えに行かないか?」

 流石に場所が分からないから孤児院までは迎えに行けないが、駅までなら大丈夫だ。

「ああ、それが良い。
 よし、ならもうそろそろ行かないとな。
 じゃ、さっさと後片付けも切り上げようぜ」

 長瀬に促され、後片付けを切り上げて駅へと急ぐ。
 駅前で少し待っていると、一条が改札口から出て来て、そしてこちらに気が付いて驚いた様に目を丸くした。

「何だよ、二人とも……」

「……何か、収穫はあったか?」

「……いや、まだ……って、もしかして心配してここまで来たのか?
 ……ヒマ人どもめ」

 暇人などと言いながらも一条は嬉しそうである。
 そして、少しだけ懐かしむ様な表情で語り出した。

「建物も先生らも全然変わってなくてさ……、何かすっげー、歓迎されちゃった。
 ……けど、本当の親の事とか、あそこに預けられた理由とかは、教えられないってさ」

「そうか……」

 一条当人には、教える事が出来ない様な……そんな理由だったのだろうか……。

「……でも、……これ貰った…。
 一人だと、何か怖くて……、まだ読んでないけど。
 ……オレを孤児院に預けた人からの、手紙だって」

 そう言って一条が取り出したのは、一通の茶封筒だった。
 …………?
 封筒の角の尖り具合等から見るに、相当新しい封筒だ。

「よ、読むぞ……」

 そう言って一条は封筒から便箋を取り出す。
 ……ボールペンで書かれている様だが、インクの滲み方を見るにまだ新しい……。
 まるで、つい最近書かれたかの様だ。

「『康くん、これを読んでいるあなたは、さぞ大きくなった事でしょうね。
 あなたの名前の“康”は、あなたのご両親が、あなたに、ただ健康であって欲しいと願って付けました。
 偉くなったり、お金持ちになったりするより、ずっと大切で、大変な事です。
 体の弱かったあなたのご両親は、あなたが園に入って半年程で、二人とも亡くなりました。
 “育てる事が出来なくてごめんなさい”と、ずっと言ってました。
 “愛してる”と、ずっと言っていました。
 あなたは、ご両親の希望の光です。
 辛い事があっても、挫けてはいけません。
 胸を張って進みなさい。
 あなたを見守っています』」

 一条は便箋や封筒を何度も確かめて溜め息を吐いた。

「……名前、無し。
 手懸かり、無し。
 …………。
 死んでたんだな……ホントの親」

「…………」

 長瀬も自分も、何も言ってやる事が出来ず黙っているしかなかった。

 封筒とかの状態を見るに、本当に一条を孤児院に預けた人が書いたのかは怪しいが、それでも、書かれた内容全てが嘘とは思えない。

「予想はしてたけどさ……。
 ……やっぱ、ショック、かな。
 繋がり……無くなってたんだな」

「そんな事は無いさ」

 例え死に別れたとしても、繋がりはそう簡単に無くなるモノでもない、とは思う。
 例え一条がもう覚えていない程昔に死に別れているのだとしても。
 もし手紙の通りに、一条が確かに両親から愛されていたというのなら、その繋がりはまだ残っている。
 《健康であれ》と願って付けられた『康』という名前や、そもそもの一条の存在自体に。
 そう、信じてみたい。

「……そうかな、……まだあんのかな……。
 よく、分かんねーや……」

 一条は苦笑いを浮かべ、空を見上げた。
 夕暮れ時の空は、あの練習試合の後に見上げたものと同じ位に澄み切っている。

「けど、知って良かった。
 ……知れて、良かったよ。
 ……ありがとな」

 知ろうとした、その勇気を出したのは一条本人だ。
 だけど、自分や長瀬が、その勇気を出す為の助けになれたと言うのなら、一条がそう思ってくれるだけでも、何にも代え難い幸せに思える。

「そろそろ暗くなってくるな……。
 帰ろうぜ……、一条。
 お前の事心配してる人、他にも居るだろ」

 自分や長瀬も一条の事を心配しているが、他にも、一条の家の人たちだって、きっと一条を心配している。
 と、そう思う。

 長瀬と二人で一条を途中まで送ってから、家へと帰った。





◆◆◆◆◆





 少し早めに帰って来た叔父さんに明日の料理対決の事を話すと、叔父さんは笑いながら許可を出してくれた。
 カレー対決と聞いた菜々子が目を輝かせていたが、……そんなに良いものであるかはかなり妖しい……。

 三人一緒で夕飯を食べてから、家庭教師のバイトに出掛ける。
 中島くんたっての希望で数学を中心に教え、キリの良い所で休息を取っていると、中島くんが徐に話し掛けてきた。

「……あの。先生の学校って、どんな感じの所ですか?」

 ……八十神高校、か。
 学校としては普通だとは思うが……。

「楽しいけど、時々厳しい事もある……かな」

 比較的自由ではあるが、緩過ぎるという事も無く、締めるべき所はそれなりに締めている学校だとは思う。

「へえ……、校則とか結構緩いイメージだったんですけど、案外そうでも無いのかな……」

 中島くんは意外そうに頷いた。
 そして少し話題を変える。
 ……恐らくは、中島くんにとっての主題はこちらだったのだろう。

「……全然、関係無い話なんですけど、クラスに転校生が居るんです。
 都会の方から来たヤツで、ここを“田舎だ”ってバカにしてて……、……無視されてますけど」

 稲羽が田舎なのは、まあ事実である。
 しかし、それを口にしては、反感を買うのも仕方がない話ではある。

「田舎、か……。
 まあ、確かに“田舎”である事は否定出来ないね。
 だからって、バカにして良い訳じゃないけれども」

「ですよね……、……稲羽が“田舎”ってのは、正しいです」

 そう言って中島くんは少し笑った。
 しかし、急に中島くんは俯く。

「……こんな田舎じゃ、“井の中の蛙”だ……」

「……どうかしたの?」

「あ、ええと……ソイツが言ったんです。
 “井の中の蛙だった”って。
 ……ここが田舎で……。
 ……あれ?」

 途中で自分が言っている事がおかしいと気が付いたのか、中島くんは口を噤んだ。
 ……“蛙『だった』”、か。
 成る程、その転校生とやらが本当にそう言ったのかどうかは知らないが、中島くん自身は『井の中の蛙』だと思っているのだろう。

「……学校、面倒です。
 ……クラスの奴らはバカばっかりだし、授業だって……意味無いし……。
 先生の教え方の方が、ずっと分かりやすいです」

 話題を変えた中島くんは、そう言いながら俯いた。

「……お褒めに預り恐悦至極、って所だね」

 しかし、学校でそんな態度でいるのだとすると、中島くんはかなり浮いているのではないだろうか。
 中島くん自身がそれを気にしていないのなら、それはそれで構わないが、中島くんの様子を見るに、勉強以外の学校生活があまり上手くいってない事自体は気にはしているのだろう。
 ……イジメとか、そういう問題に繋がらなければ良いのだが……。

 中島くんの様子を注意して見る事を心に決めてから、その日は無事に家庭教師のバイトを終え、明日の料理対決に備える事にした。





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