本当の“家族”
◆◆◆◆◆
【2011/06/08】
「そう言えばさ、鳴上」
放課後、唐突に花村が話し掛けてきた。
また、ジュネスでの臨時のバイトの依頼だろうか。
「いや、そうじゃねーんだけど……。
鳴上的に、バイクってどうよ?」
「バイク? どうした、藪から棒に……。
まあ、便利だとは思うが…………」
ツーリングとかやるのも楽しいだろうけれど……。
唐突過ぎやしないだろうか。
「いや、そーいうんじゃ無くってさ。
バイク持ってるヤツとか、お前的にどーなんよ」
どうと言われても……。
バイクと、それを所持している人と、そう関連は無いだろうに。
バイクを持っている人を見掛けた所で何とも思わないだろうが……。
「いや別に。あ、でも……バイク自体は結構好きだな。
仮面ライダーとか小さい時には物凄く憧れたし、白バイの人達のあの操縦技術は素晴らしいと思う。
ヒーローものとかの、変型機構とか付いてるバイクとかはロマンを感じるな。
で、それが一体どうしたんだ?」
「あ、実はだな」
花村が説明しようとしたその時、教室に巽くんが入ってくる。
「ちーっす、先輩。
今度の林間学校なんスけど……。
……? 何か取り込み中っスか?」
「あー、ちっとな。バイクの話してる所」
首を傾げた巽くんに花村が説明すると、何をどう理解したのかは分からないが、突然巽くんは腕を捲った。
「バイク? どっか潰しに行くんで?
カチコミなら手伝いますよ!」
「いやいや、行かないから、潰さないから!
大体カチコミって何だよ!
やんねーよ、んな物騒な事!
バイクの免許取んねーかって話してんの!」
あ、そう言う話だったのか……。
なら、そんな回り諄い言い方ではなく、もっとストレートに言えば良いのに……。
「あれ、先輩ら、免許持ってないんスか?」
「えっ、まさかお前、既に免許を……」
そう問う花村の言葉に、巽くんと二人で頷いた。
「私は持ってるが」
「オレはねっス。まだ15っスからね」
「えっ、鳴上もう持ってんの、ってかあの言い方で完二、オメーは持ってねーのかよ!
てか、バイクとか無しでよく族とやりあえたよな……。
どうやって追い回してたワケ?」
「あんなん、チャリで充分だろ」
どうやら巽くんは自転車でバイクに対抗していたらしい。
凄いスタミナだ。
「それは凄いな、流石だ、巽くん」
「うっス!」
そう褒めると、巽くんは嬉しそうにガッツポーズを決めた。
「まあ今はそれは良いや。
てか、鳴上、お前持ってたのかよ!」
「えっ、まあ一応。
四輪の免許取る時に筆記試験が免除になるから、16歳になった時に序でに。
ちゃんと教習所に行って、普通二輪の免許を取ってる」
バイク自体はまだ持っていないが……。
普通二輪の免許自体は、四輪免許よりも取るのが大分楽だ。
だから、既に取ったのだが……。
何かいけなかったのだろうか?
「うわー、マジかー。
一緒に原付きの免許取ろうぜって誘うつもりだったのに……」
「原付きにするのか?」
原付だと、色々と制約があるだろうに。
「この辺りだと教習所は遠いし、予算的にも筆記試験だけで取れる原付きが精一杯だって。
それにホラ、原付きだとしても、バイクあった方が行動範囲も広がるし、それになー、夢じゃね?
バイクに二人で乗ってどっか行ったりすんの。
鳴上的にもそういうの、憧れたりしねーの?」
そう花村はキラキラとした目で語ってくるが、その思いに水を指すと分かっていながらも、思わず訂正を入れた。
「二人乗りって事か……?
いや、別にそれには憧れたりはしないな。
友達とツーリングするのならやってみたいけど。
……と言うより、原付きは二人乗り禁止だぞ?」
「えっ、マジ?」
「普通二輪でも、免許の交付から一年は経ってないと、二人乗りは出来ない。
知らなかったのか?」
調べれば直ぐに分かる事だと思うのだが。
二人乗りが出来ない事に気が付いた花村は「け、計画がぁー……」とガックリと項垂れた。
何の計画を立てていたのかは知らないが、御愁傷様である。
「うぅ……、二人乗り出来ねーのはこの際置いといて、とにかくバイクはあった方が便利じゃん!
捜査とかの絡みもあるし、何よりバイクあったら沖奈行くのも直ぐだし、海とかそういう所に遊びに行けるんだぜ!
つまり、バイクは必要!
相棒もそう思うよな!?」
ガバッと顔を上げた花村は、バイクへの熱い思いをそのままこちらにぶつけてくる。
本当にバイクが欲しいのだろう
バイクがあれば色々と便利になる事は認めるし、欲しいか欲しくないかで問われれば、自分だって欲しいのではある。
しかし、バイクはそこそこ以上の買い物になるし、何より家族(この場合は叔父さんと両親)からも同意を得なければならない。
バイクを購入する位なら貯金を崩せば何も問題無いが、同意を得るのが少し大変な気もする。
両親は、国際電話やメールで確認すれば割りとあっさり許可してくれそうな気もするが、問題は叔父さんだ。
「……まあ、バイクはあった方が便利なのは認める。
……今夜辺りにでも叔父さんに話してみるよ」
「いよっし! 絶対だかんな!!」
花村は喜んで立ち上がり、そしてバイトのシフトの時間が迫っている事に気が付いたらしく、そのまま慌てて帰っていった。
「そう言えば、巽くんは何の用事だったんだ?」
どうやら何か用事があったのにバイクの話ですっかり流れてしまっていた様だったので訊ねると。
巽くんは頭を掻きながら答えてくれる。
「あっ、今度の林間学校で、先輩らン所に行っても良いか聞きたかったんス」
「一年と二年は班が別になるんじゃ無かったっけ?」
「あー、そうなんスけど。
オレが居ると、班の奴らが葬式みてーに静かになっちまうし……、バックレたら進級させねぇって釘刺されちまってるから、フケる事も出来ねーし……」
成る程……。
確かに、それはお互いが気不味くなってしまうだけだろう。
流石にあと十日も無い今の状況で、班の人たちと打ち解けろとは言えないし……。
「そう言う事なら、別に構わない。
と言っても、私が許可出来るのは夕飯の時位だから、テントとかも一緒にしたいんだったら、花村に許可取ってからだけど」
「あざっス!
花村先輩には、後でちゃんと許可取りますんで大丈夫っスよ!」
巽くんは嬉しそうだ。
しかし、巽くんも来るとなると、林間学校の時は結構多目に夕飯を作らなければならなさそうだ。
うん、腕が鳴る。
その時ふと、巽くんに訊ねたい事があった事を思い出した。
「そう言えば巽くんって、刺繍とかって出来るのか?」
「刺繍っスか? まあ、出来ますけど……」
どうしたんスか?と首を傾げる巽くんに、両手を合わせて頭を下げる。
「折り入って巽くんに頼みがある!
私に刺繍を教えてくれないだろうか?」
「はっ!? えっ、ちょっ、オレが先輩に?」
「頼む!」
混乱したのかワタワタと手を振る巽くんに、再度頭を下げた。
「えっと、えと、教える位なら、いっ、いいっスけど……。
どうしたんスか、突然……」
「菜々子に贈ろうと思って作ったエプロンに、刺繍をしてあげたいのだけど…………。
不慣れだからか、どうにも納得のいく出来にはならなくて……、困っていたんだ」
菜々子が本格的に料理を習いたいと言い出してから、こっそりとその為の道具類を買い揃え、包丁などは『だいだら.』の店主に頼み込んで作って貰ったり、エプロンは自作したりと、その準備を進めてきた。
エプロン自体は完成しているのではあるが、折角なので刺繍か何かを入れてやりたい、と挑戦しようとしてみたものの、中々自分で納得の出来る様な仕上がりにはなりそうになく、インターネット等でやり方を調べてみても、今一つなのであった。
ここまでやって最終的にアップリケでお茶を濁すのも、何と無く負けを認めてしまっている様で嫌なので、刺繍の腕がある人に教示して貰おうと思ったが、そもそも刺繍が出来そうな知り合いが巽くん位しか思い当たらなかったのである。
「そう言う事なら、オレに任せて下せえ!
全力で先輩に、キュン死するくれえの刺繍のやり方を教えさせて貰います!」
ガッツポーズを取ってやる気に溢れる顔で、巽くんは了承してくれる。
早速明日、刺繍を教えて貰える事になった。
◆◆◆◆◆
今晩は足立さんを連れてくるので、夕飯を多目に用意しておいてくれ、と叔父さんから連絡があった。
言われた通りに足立さんの分の食材も買い込んで帰宅する。
今日のメインはお肉たっぷりのロールキャベツだ。
回鍋肉と迷ったが、それは今度にしよう。
圧力鍋を使って煮込んだロールキャベツの出来栄えは上々だ。
スープは確りと裏漉ししたジャガイモを使ったポタージュ。
これも満足のいく出来である。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
叔父さんと一緒に家にやって来た足立さんは、机の上に並べられた料理に目を輝かせた。
「すまんな、悠希。
コイツの分まで作らせちまって。
毎日毎日カップ麺をズルズル啜って煩せえから、呼んでやったんだ」
やはり、叔父さんも足立さんの荒んだ食生活は気になっていた様だ。
ロールキャベツに箸を付けながら、叔父さんは溜め息を溢す。
「まったまたぁー。
ホントは堂島さんも、同僚とメシ食べたかったんでしょ?」
「馬鹿か」
「あはは。でも、悠希ちゃん、偉いなぁ。
こういう風にちゃんと美味しく料理出来る子って、貴重なんですよー、堂島さん」
ロールキャベツを食べながら足立さんは言った。
どうやら足立さんの口にも合った様であり、それは何よりだ。
叔父さんと比べると体格的にヒョロく見える足立さんだが、見掛け以上に結構食べる人の様である。
あっと言う間に、ロールキャベツもジャガイモのポタージュもペロリと食べてしまった。
もしまた足立さんに料理を振る舞う機会があれば、もう少し多目に作ってあげた方が良いのかもしれない。
「今日のロールキャベツは、菜々子が包んだんですよ」
「ほう、そうなのか、菜々子?」
「うん! キャベツでね、くるくるってしたんだよ!
やり方、お姉ちゃんに教えてもらった!
お姉ちゃん、上手だねってほめてくれたよ!」
菜々子が嬉しそうに報告するのを、叔父さんも「そうかそうか」と嬉しそうに聞いている。
それを見て和んでいたのだが、ふとバイクの事を叔父さんに言ってみなくてはならない事を思い出した。
「あっ、そうだ、叔父さん」
「どうした?」
「バイクを購入する許可を貰いたいのですが……。
良いでしょうか?」
「バイク?
ああ、お前の歳ならもう乗れるんだったな……。
てか、お前免許持ってたのか?」
「普通二輪の免許を持ってます」
免許の用意はバッチリだとアピールする。
それを聞いた叔父さんは、参ったな、と頭を掻いた。
「そうか……。けどなあ……、姉貴に何て言やあ良いんだか……」
渋る叔父さんに、意外な所から援護射撃が飛ばされる。
……足立さんだ。
「まーまー堂島さん、そう言わずに。
ここじゃバイクも欲しくなりますって。
悠希ちゃんの気持ち分かりますよ、同じ元“都会人”として。
電車含めた公共交通機関も不便だし、そのクセ無駄に広いから徒歩ってのも無茶があるしねぇ?」
「まあ、不便なのは確かです」
稲羽は人口の割りに土地がとても広く、稲羽を移動するだけでも徒歩だとそこそこ時間が掛かる。
同じ稲羽内を移動するのでさえもかなり不便なのだが、稲羽の外に出ようとすると、更に輪をかけて不便になる。
電車やバスの時刻表も、驚く程スッカスカだ。
足が無いと不便なのは、否定しようもない事実なのである。
「だよねー? 都会じゃ考えられない位だもんねー」
「そうは言ってもな……」
まだ渋る叔父さんに、足立さんはニヤリと笑って小声で叔父さんに囁いた。
「そういや堂島さん、前に言ってませんでしたっけ?
若い頃はバイクで相当無茶を……」
「馬鹿か、余計な事は言うな。
食い終わったら、サッサと……」
あまり触れられたくない話題だったのか、叔父さんは足立さんをキッと睨んで黙らせる。
その時、叔父さんの携帯に着信が入った。
「ったく……」
舌打ちしながら携帯を取って叔父さんは立ち上がる。
「俺だ。…………。
分かった、直ぐ行く」
電話を切って、叔父さんは深い溜め息を吐いた。
「酒飲まなくてアタリかよ……。
足立、例の資料確かお前持ちだったよな」
「資料? あ~…………。
あの不審者、また出たんスか?」
「一々口に出さんでいい。
戻るぞ、先に車乗ってろ」
「戻るって、署にですか!?」
今から!? とでも言いたげな顔をして渋る足立さんの頭を、叔父さんはバシンッと叩いた。
「いいからサッサとしやがれ」
「はいはい、分かりましたよ、もー……。
あっ、夕飯美味しかったよ、ありがとね」
そう言って足立さんは足早に出ていってしまう。
それを見た叔父さんは、フゥと溜め息を吐いてからこちらに向き直った。
「バイクの話だが……、ちゃんと自分で考えてから決めた事なんだろうな」
「勿論です」
「足が無いと不便ってのは分かる。
だが、分かっちゃいるだろうが、二輪ってのは危険も多い」
「安全運転を心掛けます」
「まあ、悠希はヤンチャする様には思えんから、その辺りは大丈夫だろうが……。
簡単に許可するワケにもな……」
「母さんに連絡して、許可を貰いましょうか?」
今の時間帯なら電話かメールのどちらでもかなり早目に返信されてくるだろう。
「……姉貴から許可が降りたんだったら、考えておく。
じゃあ、留守電は頼んだ」
そう言って、叔父さんは再び仕事に戻っていった。
母さんに電子メールを送ってから、夜間の病院清掃のバイトに行き、それから帰って来た頃合いに母さんから返信が届いていた。
叔父さんの言う事をちゃんと聞く事、安全運転を心掛けて無茶な運転はしない事、その他諸々の細かな事を条件に、バイクを購入する為の母さんからの許可は無事降りたのだった。
◆◆◆◆◆
【2011/06/08】
「そう言えばさ、鳴上」
放課後、唐突に花村が話し掛けてきた。
また、ジュネスでの臨時のバイトの依頼だろうか。
「いや、そうじゃねーんだけど……。
鳴上的に、バイクってどうよ?」
「バイク? どうした、藪から棒に……。
まあ、便利だとは思うが…………」
ツーリングとかやるのも楽しいだろうけれど……。
唐突過ぎやしないだろうか。
「いや、そーいうんじゃ無くってさ。
バイク持ってるヤツとか、お前的にどーなんよ」
どうと言われても……。
バイクと、それを所持している人と、そう関連は無いだろうに。
バイクを持っている人を見掛けた所で何とも思わないだろうが……。
「いや別に。あ、でも……バイク自体は結構好きだな。
仮面ライダーとか小さい時には物凄く憧れたし、白バイの人達のあの操縦技術は素晴らしいと思う。
ヒーローものとかの、変型機構とか付いてるバイクとかはロマンを感じるな。
で、それが一体どうしたんだ?」
「あ、実はだな」
花村が説明しようとしたその時、教室に巽くんが入ってくる。
「ちーっす、先輩。
今度の林間学校なんスけど……。
……? 何か取り込み中っスか?」
「あー、ちっとな。バイクの話してる所」
首を傾げた巽くんに花村が説明すると、何をどう理解したのかは分からないが、突然巽くんは腕を捲った。
「バイク? どっか潰しに行くんで?
カチコミなら手伝いますよ!」
「いやいや、行かないから、潰さないから!
大体カチコミって何だよ!
やんねーよ、んな物騒な事!
バイクの免許取んねーかって話してんの!」
あ、そう言う話だったのか……。
なら、そんな回り諄い言い方ではなく、もっとストレートに言えば良いのに……。
「あれ、先輩ら、免許持ってないんスか?」
「えっ、まさかお前、既に免許を……」
そう問う花村の言葉に、巽くんと二人で頷いた。
「私は持ってるが」
「オレはねっス。まだ15っスからね」
「えっ、鳴上もう持ってんの、ってかあの言い方で完二、オメーは持ってねーのかよ!
てか、バイクとか無しでよく族とやりあえたよな……。
どうやって追い回してたワケ?」
「あんなん、チャリで充分だろ」
どうやら巽くんは自転車でバイクに対抗していたらしい。
凄いスタミナだ。
「それは凄いな、流石だ、巽くん」
「うっス!」
そう褒めると、巽くんは嬉しそうにガッツポーズを決めた。
「まあ今はそれは良いや。
てか、鳴上、お前持ってたのかよ!」
「えっ、まあ一応。
四輪の免許取る時に筆記試験が免除になるから、16歳になった時に序でに。
ちゃんと教習所に行って、普通二輪の免許を取ってる」
バイク自体はまだ持っていないが……。
普通二輪の免許自体は、四輪免許よりも取るのが大分楽だ。
だから、既に取ったのだが……。
何かいけなかったのだろうか?
「うわー、マジかー。
一緒に原付きの免許取ろうぜって誘うつもりだったのに……」
「原付きにするのか?」
原付だと、色々と制約があるだろうに。
「この辺りだと教習所は遠いし、予算的にも筆記試験だけで取れる原付きが精一杯だって。
それにホラ、原付きだとしても、バイクあった方が行動範囲も広がるし、それになー、夢じゃね?
バイクに二人で乗ってどっか行ったりすんの。
鳴上的にもそういうの、憧れたりしねーの?」
そう花村はキラキラとした目で語ってくるが、その思いに水を指すと分かっていながらも、思わず訂正を入れた。
「二人乗りって事か……?
いや、別にそれには憧れたりはしないな。
友達とツーリングするのならやってみたいけど。
……と言うより、原付きは二人乗り禁止だぞ?」
「えっ、マジ?」
「普通二輪でも、免許の交付から一年は経ってないと、二人乗りは出来ない。
知らなかったのか?」
調べれば直ぐに分かる事だと思うのだが。
二人乗りが出来ない事に気が付いた花村は「け、計画がぁー……」とガックリと項垂れた。
何の計画を立てていたのかは知らないが、御愁傷様である。
「うぅ……、二人乗り出来ねーのはこの際置いといて、とにかくバイクはあった方が便利じゃん!
捜査とかの絡みもあるし、何よりバイクあったら沖奈行くのも直ぐだし、海とかそういう所に遊びに行けるんだぜ!
つまり、バイクは必要!
相棒もそう思うよな!?」
ガバッと顔を上げた花村は、バイクへの熱い思いをそのままこちらにぶつけてくる。
本当にバイクが欲しいのだろう
バイクがあれば色々と便利になる事は認めるし、欲しいか欲しくないかで問われれば、自分だって欲しいのではある。
しかし、バイクはそこそこ以上の買い物になるし、何より家族(この場合は叔父さんと両親)からも同意を得なければならない。
バイクを購入する位なら貯金を崩せば何も問題無いが、同意を得るのが少し大変な気もする。
両親は、国際電話やメールで確認すれば割りとあっさり許可してくれそうな気もするが、問題は叔父さんだ。
「……まあ、バイクはあった方が便利なのは認める。
……今夜辺りにでも叔父さんに話してみるよ」
「いよっし! 絶対だかんな!!」
花村は喜んで立ち上がり、そしてバイトのシフトの時間が迫っている事に気が付いたらしく、そのまま慌てて帰っていった。
「そう言えば、巽くんは何の用事だったんだ?」
どうやら何か用事があったのにバイクの話ですっかり流れてしまっていた様だったので訊ねると。
巽くんは頭を掻きながら答えてくれる。
「あっ、今度の林間学校で、先輩らン所に行っても良いか聞きたかったんス」
「一年と二年は班が別になるんじゃ無かったっけ?」
「あー、そうなんスけど。
オレが居ると、班の奴らが葬式みてーに静かになっちまうし……、バックレたら進級させねぇって釘刺されちまってるから、フケる事も出来ねーし……」
成る程……。
確かに、それはお互いが気不味くなってしまうだけだろう。
流石にあと十日も無い今の状況で、班の人たちと打ち解けろとは言えないし……。
「そう言う事なら、別に構わない。
と言っても、私が許可出来るのは夕飯の時位だから、テントとかも一緒にしたいんだったら、花村に許可取ってからだけど」
「あざっス!
花村先輩には、後でちゃんと許可取りますんで大丈夫っスよ!」
巽くんは嬉しそうだ。
しかし、巽くんも来るとなると、林間学校の時は結構多目に夕飯を作らなければならなさそうだ。
うん、腕が鳴る。
その時ふと、巽くんに訊ねたい事があった事を思い出した。
「そう言えば巽くんって、刺繍とかって出来るのか?」
「刺繍っスか? まあ、出来ますけど……」
どうしたんスか?と首を傾げる巽くんに、両手を合わせて頭を下げる。
「折り入って巽くんに頼みがある!
私に刺繍を教えてくれないだろうか?」
「はっ!? えっ、ちょっ、オレが先輩に?」
「頼む!」
混乱したのかワタワタと手を振る巽くんに、再度頭を下げた。
「えっと、えと、教える位なら、いっ、いいっスけど……。
どうしたんスか、突然……」
「菜々子に贈ろうと思って作ったエプロンに、刺繍をしてあげたいのだけど…………。
不慣れだからか、どうにも納得のいく出来にはならなくて……、困っていたんだ」
菜々子が本格的に料理を習いたいと言い出してから、こっそりとその為の道具類を買い揃え、包丁などは『だいだら.』の店主に頼み込んで作って貰ったり、エプロンは自作したりと、その準備を進めてきた。
エプロン自体は完成しているのではあるが、折角なので刺繍か何かを入れてやりたい、と挑戦しようとしてみたものの、中々自分で納得の出来る様な仕上がりにはなりそうになく、インターネット等でやり方を調べてみても、今一つなのであった。
ここまでやって最終的にアップリケでお茶を濁すのも、何と無く負けを認めてしまっている様で嫌なので、刺繍の腕がある人に教示して貰おうと思ったが、そもそも刺繍が出来そうな知り合いが巽くん位しか思い当たらなかったのである。
「そう言う事なら、オレに任せて下せえ!
全力で先輩に、キュン死するくれえの刺繍のやり方を教えさせて貰います!」
ガッツポーズを取ってやる気に溢れる顔で、巽くんは了承してくれる。
早速明日、刺繍を教えて貰える事になった。
◆◆◆◆◆
今晩は足立さんを連れてくるので、夕飯を多目に用意しておいてくれ、と叔父さんから連絡があった。
言われた通りに足立さんの分の食材も買い込んで帰宅する。
今日のメインはお肉たっぷりのロールキャベツだ。
回鍋肉と迷ったが、それは今度にしよう。
圧力鍋を使って煮込んだロールキャベツの出来栄えは上々だ。
スープは確りと裏漉ししたジャガイモを使ったポタージュ。
これも満足のいく出来である。
「ただいま」
「お邪魔しまーす」
叔父さんと一緒に家にやって来た足立さんは、机の上に並べられた料理に目を輝かせた。
「すまんな、悠希。
コイツの分まで作らせちまって。
毎日毎日カップ麺をズルズル啜って煩せえから、呼んでやったんだ」
やはり、叔父さんも足立さんの荒んだ食生活は気になっていた様だ。
ロールキャベツに箸を付けながら、叔父さんは溜め息を溢す。
「まったまたぁー。
ホントは堂島さんも、同僚とメシ食べたかったんでしょ?」
「馬鹿か」
「あはは。でも、悠希ちゃん、偉いなぁ。
こういう風にちゃんと美味しく料理出来る子って、貴重なんですよー、堂島さん」
ロールキャベツを食べながら足立さんは言った。
どうやら足立さんの口にも合った様であり、それは何よりだ。
叔父さんと比べると体格的にヒョロく見える足立さんだが、見掛け以上に結構食べる人の様である。
あっと言う間に、ロールキャベツもジャガイモのポタージュもペロリと食べてしまった。
もしまた足立さんに料理を振る舞う機会があれば、もう少し多目に作ってあげた方が良いのかもしれない。
「今日のロールキャベツは、菜々子が包んだんですよ」
「ほう、そうなのか、菜々子?」
「うん! キャベツでね、くるくるってしたんだよ!
やり方、お姉ちゃんに教えてもらった!
お姉ちゃん、上手だねってほめてくれたよ!」
菜々子が嬉しそうに報告するのを、叔父さんも「そうかそうか」と嬉しそうに聞いている。
それを見て和んでいたのだが、ふとバイクの事を叔父さんに言ってみなくてはならない事を思い出した。
「あっ、そうだ、叔父さん」
「どうした?」
「バイクを購入する許可を貰いたいのですが……。
良いでしょうか?」
「バイク?
ああ、お前の歳ならもう乗れるんだったな……。
てか、お前免許持ってたのか?」
「普通二輪の免許を持ってます」
免許の用意はバッチリだとアピールする。
それを聞いた叔父さんは、参ったな、と頭を掻いた。
「そうか……。けどなあ……、姉貴に何て言やあ良いんだか……」
渋る叔父さんに、意外な所から援護射撃が飛ばされる。
……足立さんだ。
「まーまー堂島さん、そう言わずに。
ここじゃバイクも欲しくなりますって。
悠希ちゃんの気持ち分かりますよ、同じ元“都会人”として。
電車含めた公共交通機関も不便だし、そのクセ無駄に広いから徒歩ってのも無茶があるしねぇ?」
「まあ、不便なのは確かです」
稲羽は人口の割りに土地がとても広く、稲羽を移動するだけでも徒歩だとそこそこ時間が掛かる。
同じ稲羽内を移動するのでさえもかなり不便なのだが、稲羽の外に出ようとすると、更に輪をかけて不便になる。
電車やバスの時刻表も、驚く程スッカスカだ。
足が無いと不便なのは、否定しようもない事実なのである。
「だよねー? 都会じゃ考えられない位だもんねー」
「そうは言ってもな……」
まだ渋る叔父さんに、足立さんはニヤリと笑って小声で叔父さんに囁いた。
「そういや堂島さん、前に言ってませんでしたっけ?
若い頃はバイクで相当無茶を……」
「馬鹿か、余計な事は言うな。
食い終わったら、サッサと……」
あまり触れられたくない話題だったのか、叔父さんは足立さんをキッと睨んで黙らせる。
その時、叔父さんの携帯に着信が入った。
「ったく……」
舌打ちしながら携帯を取って叔父さんは立ち上がる。
「俺だ。…………。
分かった、直ぐ行く」
電話を切って、叔父さんは深い溜め息を吐いた。
「酒飲まなくてアタリかよ……。
足立、例の資料確かお前持ちだったよな」
「資料? あ~…………。
あの不審者、また出たんスか?」
「一々口に出さんでいい。
戻るぞ、先に車乗ってろ」
「戻るって、署にですか!?」
今から!? とでも言いたげな顔をして渋る足立さんの頭を、叔父さんはバシンッと叩いた。
「いいからサッサとしやがれ」
「はいはい、分かりましたよ、もー……。
あっ、夕飯美味しかったよ、ありがとね」
そう言って足立さんは足早に出ていってしまう。
それを見た叔父さんは、フゥと溜め息を吐いてからこちらに向き直った。
「バイクの話だが……、ちゃんと自分で考えてから決めた事なんだろうな」
「勿論です」
「足が無いと不便ってのは分かる。
だが、分かっちゃいるだろうが、二輪ってのは危険も多い」
「安全運転を心掛けます」
「まあ、悠希はヤンチャする様には思えんから、その辺りは大丈夫だろうが……。
簡単に許可するワケにもな……」
「母さんに連絡して、許可を貰いましょうか?」
今の時間帯なら電話かメールのどちらでもかなり早目に返信されてくるだろう。
「……姉貴から許可が降りたんだったら、考えておく。
じゃあ、留守電は頼んだ」
そう言って、叔父さんは再び仕事に戻っていった。
母さんに電子メールを送ってから、夜間の病院清掃のバイトに行き、それから帰って来た頃合いに母さんから返信が届いていた。
叔父さんの言う事をちゃんと聞く事、安全運転を心掛けて無茶な運転はしない事、その他諸々の細かな事を条件に、バイクを購入する為の母さんからの許可は無事降りたのだった。
◆◆◆◆◆