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本当の“家族”

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【2011/05/26】


 ……バスケ部の活動日なのだが、一条の姿が見えない……。
 結局、部活中に一条がやって来る事も無かった。
 急用だったのだろうか、と思いながら下駄箱を見ると……どうやらまだ学校内にいるらしい。
 ……どうかしたのだろうか。

 気になって一条の姿を探すと、一条は屋上で大の字になって仰向けに寝転び、夕暮れ時の空を見上げていた。
 その横に腰掛けると、一条が視線をこちらに向ける。

「あ、鳴上……。部活、終わった?」

「ああ、今日の分はもう終わった。
 ……何か、あったのか?」

「何も無い……。
 や、違うな、ある。
 ……でも、大した事じゃ無い」

 一条は言葉を選びながら溜め息を吐いた。
 ……何かはあったのだろう。

「大した事じゃ無くても、何だったら私に話してみないか? 
 多少はスッキリするかもしれないだろ」

「そっか、ありがとな。
 ……オレさ。
 ……バスケ、好きか分かんなくなった」

 黙って続きを促すと、一条はポツポツと語り出す。

「好きにしろって、言われたんだ。
 バスケやんの、あんなに反対してたお婆様とかが……急に、バスケでも何でも、好きにすれば良いって。
 んでさ、朝一人で練習してたんだけど。
 ……何も感じなかった。
 楽しいとか、悔しいとか……、そう言うのも何も。
 ……で、分からなくなった」

 そう言って一条は空を見上げた。

「放課後、ずっとここに居てさ。
 したら、色んな部活の音が聞こえてきて……。
 ……何でみんな、あんなに楽しそうなんだろうなーとか、そんな事思ってた。
 楽しそうにしてるみんなの事とか、急に遠くに感じて…………」

 空を見上げていた一条が、あっ、と声を上げる。
 どうやら鳥が目に留まった様だ。

「……鳥は良いよな。
 あんな高い所飛べて。
 オレ……、何か……海の底に居るみたい」

 ……一条の悩みは、外野がどうのこうのと言ってどうにかなる問題では無い。
 だから……。

「……ゆっくり、休めばいいさ。
 何なら、何処かに出掛けたって良い。
 一条はずっと頑張ってきたんだ。
 偶には……そうやって休む時があったっていいだろ」

 ゆっくりと身も心も休めたら、気持ちの整理だってつくだろう。
 今は、そうとしか言ってやる事が出来なかった。

「はは……ありがとな、鳴上。
 ……それも、そうだよな。
 別に、何か今すぐに結論が必要って訳じゃないし。
 偶には、こうやってサボってみるのも、いいしな……」

 そう言って一条は笑った。
 しかし、その表情は晴れない。

「次の部活は、ちゃんと行くよ……。
 捜しに来てくれたんだよな? 
 ……ありがとな」

 礼を言った後、一条の表情は翳る。

「もうちょっとだけここに居るよ。
 ……今夜、一条の親戚が来る事になっててさ。
 心の準備、……まだ上手く出来て無いんだ。
 仮面被んの、結構上手いんだけど、偶にシンドくなるんだよね。
 ……悪い、今は、一人にして……」

「そうか……。
 ……なら、私はもう行くよ」

 後ろ髪を引かれる様な思いだったが、一条の希望を叶えるためその場を離れた。





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 叔父さんと色々な事を話ながら時計を確認する。
 ……もうそろそろ菜々子は眠る時間だ。
 その時、居間にやって来た菜々子ちゃんは、一冊の本を抱えていた。

「ん、どうした?」

「……お父さん、……きょう、ねるまえに本よんでくれるっていった……」

「あ……ああ、そうだったか……。
 分かった分かった、少しだけだぞ」

「やったー!!」

 良かったね、と微笑ましく菜々子が喜ぶ様を見ていると、叔父さんの携帯が鳴った。
 急いでそれに出る叔父さんに、菜々子の笑顔が翳る。

「はい、堂島。……市原さん!」

 ……市原、と言えば、先日叔父さんが夜遅くであったにも関わらず急いで取りに行った封書の送り主であった人だ。
 ……その人から直接電話が掛かってきたという事は、叔母さんの事件に関して何か新たに見付かった事でもあったのだろうか? 

「はい……はい……。
 それじゃ、結局……。
 あの、市原さんの都合さえよければ、今からそちらに……。
 ……分かりました。
 それじゃ……」

 そう言って叔父さんは携帯を切る。
 ……会話は断片的にしか分からなかったが、それでも、叔父さんが今から市原さんの所に行こうとしているのだけは分かる。
 それを察した菜々子も、表情を暗くする。

「……お父さん、行っちゃうの?」

「仕事……だからな」

 そう言って立ち上がる叔父さんに、約束したのに、と菜々子は食い下がる。
 ……自分の事が、要らなくなってしまったのではないか、と、菜々子は不安なのだ。
 何時になく食い下がる菜々子に、叔父さんは眉を顰める。

「そんなの、いつでも……」

「“何時でも”って、何時のつもりですか?」

 叔父さんの言葉を遮って、その言葉を逆に問う。
 “何時も”“何時でも”……。
 その言葉を理由に、叔父さんは菜々子との約束を反故にしてきた。
 “何時でも”なんて、嘘っぱちだ。
 何時でも、叔父さんは仕事を……叔母さんの事件を追う事を優先してきたのだから。
 自覚はあったのだろう。
 叔父さんは言葉に詰まって、微かに呻いた。
 そして視線を彷徨わせ、自分を不安気に見上げる菜々子と目があった叔父さんは、観念した様に苦笑いする。

「けんか……してるの? 
 い、行っていいよ……お父さん」

「そんなんじゃない……。
 ごめんな、菜々子。
 それより本ってのは、それか?」

 心配そうに見上げた菜々子の頭を撫で、菜々子が抱えていた本を受け取る。

「……いいの?」

「約束、したからな。
 ほら、行くぞ、菜々子」

 叔父さんに促され、菜々子ちゃんは笑顔で頷いて部屋に入る。
 暫しの間、叔父さんが本を読み聞かせる声が菜々子の部屋から聞こえてきた。
 大体本一冊分を読み終えた辺りで叔父さんは戻ってくる。
 やれやれ、と口では言っているが、その顔は優しさに満ちていた。
「話をしよう」、と叔父さんは目の前に座る。
 そして、訥々と語り始めた。

 市原さん、というのは叔父さんの先輩にあたる人で、叔母さんの事件の鑑定をやってくれている人であるらしい。
 先程の電話は、その鑑定結果が出た、という報告だった様だ。
 だがしかし、電話口の様子では、新たな手懸かりは見付からなかったのだろう、との事。
 そしてそれは叔父さんにも分かってはいたのだが、……やりきれない思いがあるのだろう。

 ……叔母さんを轢き逃げしたのは、恐らくは大型の白いアメリカ製のセダン。
 ……稲羽にはそんな車の持ち主は居ないし、修理・廃車された車にも該当する記録は無い。
 もしかしたら、もう日本に存在しない可能性すらある……。

 そう語った叔父さんは、ポツリと溢した。

「……怖いんだ。
 ……犯人を捕まえられないかもしれねえって事が……。
 やりきれねえ気持ちを、ぶつける所すら見付けられず、呑み込むしかねえって事が……! 
 ……菜々子を見る度に……。
 千里と似ている所を見付ける度に……。
 ……千里が、もう居ない……帰って来ないって現実を突き付けられている気がして。
 ……怖いんだ……」

 ……初めて、直接語って貰えた叔父さんの心情に、半ば無意識に微かに目を伏せた。
 ……叔父さんの様な大人の人が、高校生位の年頃の子どもに、“怖い”と素直に吐露する事が何れ程大変な事なのか、それは分かっている。
 ……それでも、叔父さんが生きているのは、今だ。
 例えそれが、何れ程怖くても、辛くても。……向き合わなくてはならないのは、もう変える事も取り戻す事も出来ない過去ではなく……、菜々子と生きる今と、それに続く未来なのだ。

「……まさかお前にこんな事を話す事になるたぁなあ……」

 ……叔父さんの深い葛藤に触れる事が出来た……。
 ……辛い思いを誰かに話す、と言う事は重要な事だ。
 言葉に出す事が辛く苦しい事なのだとしても、黙して抱え続けていては何時かそれは膿んでしまい、もっと苦しみを抱えてしまう事になりかねない。
 ……叔父さんは叔母さんを喪ってから今迄、自分の思いを吐き出した事は無かったのだろう……。

 ……自分が、叔父さんの苦しみを解決する為に、具体的かつ直接的な何かをしてあげられるとは、思っていない。
 叔母さんを轢き逃げした犯人を見付け出してくる事も、叔母さんを生き返らせる事も、自分には出来ない。
 自分に出来るのは、ただ話を聞く事、向き合う事、目を逸らさない事、……後は温かい料理を用意して帰りを待っている事位だろうか? 
 ……叔父さんにしてあげられる事など、たったそれだけしかない。
 だからこそ、せめて出来る事には全力を尽くせる様に誠実で在りたいとは思っているし、そうするべきだとも思っている。
 話なら、何度だって聞こう。
 それで、叔父さんが抱えている苦しさに何かの答えを見付けてあげられるのなら、何度だって。

「……何時までも、このままでいいワケねえってのは……分かってるんだ。
 ……お前がここに居てくれる内に……、向き合わなきゃいけねえよな……」

 ……黙り込む叔父さんを居間に残し、その日は早めに眠った。






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