本当の“家族”
◆◆◆◆◆
【2011/05/24】
部活で汗を流した後、愛屋で駄弁る。
何時もの流れだが、今日は前回は家の用事で来れなかった一条も一緒だ。
一条は明るいが……。
……何だろう、何処か元気が無い。
無理に訳を話せ、とは言わないが、それでも気になるモノは気になった。
どうやら長瀬が一条の家について話したのを、一条も知っているらしい。
それについて一条は軽い口調で話す。
どうやら前の時は社交場で挨拶回りをしていたのだそうだ。
この自分がだぜ、等と一条は茶化すが、元々細かい部分での一条の仕草が良い所の育ちを感じさせるモノだったから、あまり意外には思わなかった。
一条の家では、正に名家の跡取りな態度でいるらしく、『康様』と呼ばれているとか。
康様については、あまり似合わないなと思ったが……、勉強や習い事を頑張っている一条は、純粋に凄いな、と感じた。
そう言った名家の跡取りらしくある為に努力する事を、『給料分は働く』と一条は言う。
給料……と言う言い方に違和感を感じ、首を傾げていると、一条が苦笑して説明してくれた。
……どうやら、一条は子宝に恵まれなかった一条家の当主が、一条の家を潰さない為に孤児院から引き取ってきた子供だったらしい。
しかし、子宝に恵まれなかった当主夫婦にも今は二歳となる娘が生まれたのだとか。
それを明るく打ち明けられて、一瞬どう返すべきか迷い、思わず一条に大丈夫か、と訊ねてしまった。
それに一条は明るく笑って頷く。
家を継ぐと言うのも堅苦しいし、やはり血の繋がった子供に継がせるべきだろう、と。
……果たしてそれで良いのか、それはあくまでも部外者でしかない自分には判別出来る事では無かった。
◆◆◆◆◆
今日の夜から家庭教師のアルバイトを始める事となった。
教える相手は中学二年生の男の子だ。
「どうも、中島秀です」
そう挨拶したのは、眼鏡をかけた利発そうな男の子だ。
少々理屈屋っぽく小生意気そうな顔をしているが、この年頃の男の子としてはそう珍しくもない。
どうやら中島くんのお母さんは、中島くんが自慢で仕方が無い様だ。
お母さんの中島くん自慢が始まりそうになったのを、中島くん自身が遮ってお母さんを部屋の外に追い出そうとする。
「それにしても、鳴上さん、だったかしら?
八高って最近目覚ましい伸びをみせてるでしょう。
秀ももう二年生だから、志望校とかもそろそろ考えていかなきゃいけないのよねえ。
まあこの子の事だから、私も心配はしてないけど、行く行くは国公立大を目指すとなると……」
また自慢が始まりそうになったのを、中島くんが遮って今度こそお母さんを部屋の外へと追い出した。
…………。
大変だな、親にこうも勉学に関して期待されて、他人にも自慢されるというのは。
自分の両親は無関心という訳では決してなかったが、良い成績を修めた所で「よく頑張ったな」位の反応だったし、少なくとも娘の成績を他人に自慢した事は無かっただろう。
「……鳴上さん、でしたよね。
言っておきますけど僕は、八高なんかに行く気はありませんから。
行ってた塾のレベルが低かったから家庭教師に切り替えただけですし……、直ぐに来れる家庭教師が鳴上さんしか居なかっただけです。
鳴上さんの能力が低ければ、直ぐ様変えて貰いますから、そのつもりで」
それはそうだろう。
態々能力の低い家庭教師を雇い続けるなど、実に無意味な事だ。
言い方こそ少々生意気だが、中島くんの言っている事は至極当然の内容である。
それに八高はまかり間違っても進学校ではないから、将来的に受験を念頭に置くと、選択肢として入ってこないのも当然の話だ。
尤も、それを現八高生に言うのはやはり生意気なのではあるけれども。
「中島くんの期待に沿える様に頑張るよ。
これから宜しくね」
「……どうも。
……じゃ、早速始めましょうか。
苦手な教科は特には無いですよ」
自分も、一般的な高校受験に必要な科目で、教えるのに自信が無いモノは無い。
「中島くんが、一番興味がある科目にしようか」
「興味がある科目?」
「その科目が好きって理由でも良いし、何か気になっている問題があるとかって理由でも良い。
そういう科目、中島くんにはあるかな?」
興味がある、というのはその分野を理解していく為にもとても大切な要因だと自分は思っている。
苦手科目が無いと言うのなら、得意科目を徹底的に伸ばせばいい。
「えっと、じゃあ……数学でお願いします」
中島くんの勉強を見ると、確かに理解が早い様だ。
スラスラと問題を解いていっている。
少し詰まった問題も、少しヒントを出せば直ぐに解答を導き出す。
これは実に教え甲斐がありそうだ。
「あっ……もうこんな時間だ……。
続きは次回ですね。
……意外と、教え方上手かったですね。
分かり易かったです。
……まあ元々、数学は好きだったってのもあるからだとは思いますけど。
次からは来て欲しい日を予め連絡しておきますので、先生の都合がつく日に来て下さい。
えっと……、これから宜しくお願いします」
そう言って、中島くんはペコリと頭を下げる。
どうやら中島くんに家庭教師として認めて貰えた様だ。
バイト代を受け取って、その日は家へと帰った。
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【2011/05/24】
部活で汗を流した後、愛屋で駄弁る。
何時もの流れだが、今日は前回は家の用事で来れなかった一条も一緒だ。
一条は明るいが……。
……何だろう、何処か元気が無い。
無理に訳を話せ、とは言わないが、それでも気になるモノは気になった。
どうやら長瀬が一条の家について話したのを、一条も知っているらしい。
それについて一条は軽い口調で話す。
どうやら前の時は社交場で挨拶回りをしていたのだそうだ。
この自分がだぜ、等と一条は茶化すが、元々細かい部分での一条の仕草が良い所の育ちを感じさせるモノだったから、あまり意外には思わなかった。
一条の家では、正に名家の跡取りな態度でいるらしく、『康様』と呼ばれているとか。
康様については、あまり似合わないなと思ったが……、勉強や習い事を頑張っている一条は、純粋に凄いな、と感じた。
そう言った名家の跡取りらしくある為に努力する事を、『給料分は働く』と一条は言う。
給料……と言う言い方に違和感を感じ、首を傾げていると、一条が苦笑して説明してくれた。
……どうやら、一条は子宝に恵まれなかった一条家の当主が、一条の家を潰さない為に孤児院から引き取ってきた子供だったらしい。
しかし、子宝に恵まれなかった当主夫婦にも今は二歳となる娘が生まれたのだとか。
それを明るく打ち明けられて、一瞬どう返すべきか迷い、思わず一条に大丈夫か、と訊ねてしまった。
それに一条は明るく笑って頷く。
家を継ぐと言うのも堅苦しいし、やはり血の繋がった子供に継がせるべきだろう、と。
……果たしてそれで良いのか、それはあくまでも部外者でしかない自分には判別出来る事では無かった。
◆◆◆◆◆
今日の夜から家庭教師のアルバイトを始める事となった。
教える相手は中学二年生の男の子だ。
「どうも、中島秀です」
そう挨拶したのは、眼鏡をかけた利発そうな男の子だ。
少々理屈屋っぽく小生意気そうな顔をしているが、この年頃の男の子としてはそう珍しくもない。
どうやら中島くんのお母さんは、中島くんが自慢で仕方が無い様だ。
お母さんの中島くん自慢が始まりそうになったのを、中島くん自身が遮ってお母さんを部屋の外に追い出そうとする。
「それにしても、鳴上さん、だったかしら?
八高って最近目覚ましい伸びをみせてるでしょう。
秀ももう二年生だから、志望校とかもそろそろ考えていかなきゃいけないのよねえ。
まあこの子の事だから、私も心配はしてないけど、行く行くは国公立大を目指すとなると……」
また自慢が始まりそうになったのを、中島くんが遮って今度こそお母さんを部屋の外へと追い出した。
…………。
大変だな、親にこうも勉学に関して期待されて、他人にも自慢されるというのは。
自分の両親は無関心という訳では決してなかったが、良い成績を修めた所で「よく頑張ったな」位の反応だったし、少なくとも娘の成績を他人に自慢した事は無かっただろう。
「……鳴上さん、でしたよね。
言っておきますけど僕は、八高なんかに行く気はありませんから。
行ってた塾のレベルが低かったから家庭教師に切り替えただけですし……、直ぐに来れる家庭教師が鳴上さんしか居なかっただけです。
鳴上さんの能力が低ければ、直ぐ様変えて貰いますから、そのつもりで」
それはそうだろう。
態々能力の低い家庭教師を雇い続けるなど、実に無意味な事だ。
言い方こそ少々生意気だが、中島くんの言っている事は至極当然の内容である。
それに八高はまかり間違っても進学校ではないから、将来的に受験を念頭に置くと、選択肢として入ってこないのも当然の話だ。
尤も、それを現八高生に言うのはやはり生意気なのではあるけれども。
「中島くんの期待に沿える様に頑張るよ。
これから宜しくね」
「……どうも。
……じゃ、早速始めましょうか。
苦手な教科は特には無いですよ」
自分も、一般的な高校受験に必要な科目で、教えるのに自信が無いモノは無い。
「中島くんが、一番興味がある科目にしようか」
「興味がある科目?」
「その科目が好きって理由でも良いし、何か気になっている問題があるとかって理由でも良い。
そういう科目、中島くんにはあるかな?」
興味がある、というのはその分野を理解していく為にもとても大切な要因だと自分は思っている。
苦手科目が無いと言うのなら、得意科目を徹底的に伸ばせばいい。
「えっと、じゃあ……数学でお願いします」
中島くんの勉強を見ると、確かに理解が早い様だ。
スラスラと問題を解いていっている。
少し詰まった問題も、少しヒントを出せば直ぐに解答を導き出す。
これは実に教え甲斐がありそうだ。
「あっ……もうこんな時間だ……。
続きは次回ですね。
……意外と、教え方上手かったですね。
分かり易かったです。
……まあ元々、数学は好きだったってのもあるからだとは思いますけど。
次からは来て欲しい日を予め連絡しておきますので、先生の都合がつく日に来て下さい。
えっと……、これから宜しくお願いします」
そう言って、中島くんはペコリと頭を下げる。
どうやら中島くんに家庭教師として認めて貰えた様だ。
バイト代を受け取って、その日は家へと帰った。
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