このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

本当の“家族”

◆◆◆◆◆





【2011/05/21】


 里中さんに誘われて“修行”を行った後、愛屋で小腹を満たした。
 里中さんは、ガッツリと肉丼を幸せそうな表情で頬張っている。
 相当、肉が好きなのだろう。
 アクション映画を見ている時と同じ位幸せだ、と里中さんは言った。
 そして、ポツリと呟く。

「しっかり食べて身体作って鍛えておかないと、ピンチになった時に困るじゃん?
 雪子とかは特にさ……。
 あたしがちゃんと、守ってあげないとって……。
 ……雪子、無理してなきゃ良いんだけど……。
 ……何か心配なんだよね」

 天城さんを守らなければ、とそればかり気にしている里中さんの頭を、ポフンと優しく叩いた。

「天城さんの事は勿論気を配るけど、私は里中さんの方が心配だな」

「へっ……、あ、あたし?
 あっ、あたしは平気だよ!
 こーやって修行もしてるし!」

 驚いた様にワタワタと手を振る里中さんだが、修行とか、そう言う問題では無い。
 里中さんの『シャドウ』を見ていても思ったが、里中さんはきっと天城さんに重きを置き過ぎなのだ。
 何をどう頑張っても、里中さんは天城さんの人生を生きられる訳ではないし、逆にそれは天城さんもそう。
 自分にとっての大切な選択まで、何でもかんでも他人を理由にしてはいけない。
 そんな事をしていては、自分にとっても……そして若しかしたらそれ以上に相手にとっても、長期的な目で見てみると、良い結果には繋がらない。

 誰かを守りたいと言う気持ちは素晴らしいものだが、その為に視野を狭めてしまうのは戴けない。
 もっと、周りを見渡してみたら良いのだ。
 天城さんの周りには里中さん以外の人だって居るのだし、それは里中さんもそう。
 ……でもそれは、他人に言われてどうこうするのではなく、自分から気が付いてみない事にはあまり意味がない事だ。

「あたし、もっと強くなるからさ!
 それこそ、雪子の分まで!
 だから、よろしくね、あたしらのリーダー!」

 ……里中さんがそれに気が付けるまでは、もう少し時間がかかるかもしれない。
 ならばせめて、それまでの間に里中さんが傷付いたり潰れてしまわない様、それを見守っていこう。
 それもまた、リーダーを任された者の務めだろう。

「あたしや花村とかは……いつも、あんなんだけどさ。
 皆、鳴上さんの事、凄く頼りにしてるんだよね………」

 へへへ、と里中さんは照れた様に笑う。
 純粋な信頼は、とても眩しい物だ。

「あ、何かまたお腹空いてきた。
 おじさーん、肉チャーハン追加で!」

 里中さんが追加注文を出した事に思わず驚きから目を見開く。
 まだ食べるのか!?
 肉丼は普通に大盛りだったのに、それでも足りないのか……。
 しかも、この後夕飯も食べる予定らしい。

 ……まあ、食いっぷりが良い、というのも健康的である証だろう。うん。
 ……それ以上は深くは考えない事にした。




◆◆◆◆◆




 夕飯後、叔父さんは一人、居間で何やら資料整理でもしているのか、忙しく古い新聞を繰っていた。


「あるとすりゃ、後は……。
 ったく、今時の若ぇのは資料の整理一つ、まともにできねえのかよ」

 愚痴を吐きながら叔父さんは持っていた新聞紙を置き、別の場所に積まれた新聞紙を手に取る。
 …………資料か何かが見付からないのだろう。
 事件の事には関わらせてはくれないとは言え、流石に新聞の中から探す程度なら、叔父さんとて許可してくれるだろう。

「探し物なら、手伝いますが?」

「あ、いや……いい。
 あんまり気ぃ遣うな。
 こいつは俺の仕事だからな」

 手伝いを申し出てみたが、叔父さんは苦笑して首を振った。
 そして記事から目は離さずに言う。

「……昔の、新聞記事でな。
 ボロくなったからコピーを取り直したんだが……。
 そのコピーがどっかに紛れちまったらしくってな。
 ……まだ犯人が挙がってない、ある事件のものだ。
 新しい事件の所為で風化しかかってる……。
 けどな、俺だけは諦める訳にはいかねえんだ。
 ……絶対にな」

 余程、思い入れのある事件なのだろう。
 新聞の束を見詰める叔父さんの横顔は、酷く思い詰めた様なものだった。

 その時、もう寝ていた筈の菜々子ちゃんが起き出して、居間へとやって来て叔父さんを呼ぶ。
 ……顔色が良くない。
 それにお腹を押さえている。
 ……これは……。

「なんだ、どうした?」

「なんか、おなかいたい……。
 おなかの下のほう、ちくちくする」

 気遣わし気に叔父さんが訊ねると、菜々子ちゃんはお腹を押さえながら言った。
 まさか、食中毒か!?と思うが、同じ料理を食べた自分や叔父さんはピンピンしている。
 それに、使った食材は新鮮な物だったし、野菜とかは確り洗ったし、加熱とかの処理も万全を期していた。
 ならば、また別の原因だろうか。

「何だって!? きゅ、救急……。
 い、いや、確か前にもあったな。
 あの時と同じか!?」

 叔父さんが慌てた様に大声を上げる。
 前にも同じ様な症状があったみたいだ。
 だが、分からない、という菜々子ちゃんの言葉に、叔父さんは困った様に辺りを見回す。

「参ったな……、あの時の薬は確か……」

 薬箱を探そうとする叔父さんの携帯が唐突に鳴った。
 こんな時間帯に誰だろう?
 今はそれどころではないのだが、万が一の事を考えて着信を無視する訳にもいかない。
 舌打ちしながら相手も見ずに携帯を取る叔父さんの代わりに、薬箱を取ってきて中身を探す。

「ああ、クソッ!
 何だってんだ、こんな時に……。
 はい、堂島です!
 足立か……切るぞ」

 電話は足立さんかららしい。
 こんな時間に……。
 緊急の用件なのだろうか?

「……封書? 俺に?」

 叔父さんは訝しげな声を出すが、直ぐ様何かに気付いたらしく、慌てて電話を握り直した。

「ひょっとして、市原さんからか!?
 何時!? ……忘れてただぁ!?
 ふざけやがって……。
 すぐ行く!」

 大声で電話の向こうの足立さんを叱りつけ、叔父さんは通話を切る。
 そしてそのまま出かけようと身を翻し、不安そうに叔父さんを見上げている菜々子ちゃんに気付いて硬直した様に動きを止めた。
 だが、数秒逡巡した後、後は頼む、と叔父さんは絞り出す様な声で言う。

「薬箱の中に薬がある筈だから……頼む」

 止める間も無く、薬の名前だけを告げて叔父さんは家を飛び出して行ってしまった。


 言われた薬を見付け出し、その裏書きを確かめる。
 そして、菜々子ちゃんに症状を詳しく確認して、その薬を適用するべき症例である事を確認してから菜々子ちゃんに薬を飲ませ、布団に寝かせた。

 叔父さんが傍に居ない為不安で辛そうな菜々子ちゃんが、せめて寂しくはない様に、菜々子ちゃんが寝付くまでずっとその傍に居た。



◇◇◇◇



 家を飛び出してから数時間後に、叔父さんはやっと帰って来た。
 やけに機嫌が悪そうだ。
 もう時刻は深夜十二時を回ってしまっている。
 流石に眠たかったが、それでも……菜々子ちゃんの事は直接伝えるべきだと思ったのと、……具合の悪い菜々子ちゃんよりも優先してまで封書を受け取りに行ってしまった叔父さんの事が気掛かりだったのだ。

 何時も早目に就寝しているだけに、まだ起きていた事に目を丸くして叔父さんは驚いていた。
 夜更かしせずにさっさと寝ろ、と叔父さんに叱られたが、ここで何も言わずにスゴスゴと寝てしまってはこんな時間まで起きていた意味が無い。

「菜々子ちゃんは薬を飲ませてもう寝かし付けました。
 今の所症状は落ち着いていて、寝る前には大分痛みも取れていた様です。
 ……叔父さんは、大丈夫ですか?」

 そう訊ねると、叔父さんは不機嫌を露にして「……うるせえな」と言い捨てる。
 だがそう言った直後に、叔父さんは額に手をあてて、自己嫌悪にでも襲われたかの様な顔をして、乱暴な言葉を謝った。

「……すまん。
 悠希に当たる様な事じゃ無かった。
 ……菜々子の事、伝える為に起きててくれたんだよな?
 ……ありがとうな。
 お前が居てくれて、助かった。
 もう遅いから寝なさい。
 おやすみ、悠希」

 そう言って、優しい顔で頭を撫でてくる。
 おやすみなさい、と素直に返して直ぐ様眠りに就いた。





◆◆◆◆◆
2/31ページ
スキ