本当の“家族”
◆◆◆◆◆
【2011/05/20】
まだ巽くんは療養中らしい。
まあ、あれ程過酷な環境下に長時間放置され、極度の疲労と共に脱水症状も起こしかけていたのだから、幾ら身体が丈夫そうな巽くんとて限界だったのだろう。
しっかりと休息を取って、元気になって戻ってきて欲しいものである。
買い物をしようとジュネスを訪れると、足立さんに呼び止められた。
どうやらまたサボっている様だが、一応話している相手がいれば事情聴取なのだと弁が立つから少し話し相手になって欲しい様だ。
……サボりの口実にされるのは気分があまり良くはならないが、まあ足立さんと話す機会だと思えばそれはそれで良いだろう。
了承すると、足立さんは思いの外喜び、まるで悪戯っ子の様に笑った。
「君、また夕飯の買い物?
あはは、感心感心。
僕は独り暮らしだからさー、夕飯とか面倒なんだよね」
「……夕飯、食べてないんですか?」
「ああいや、食べるには食べてるよ。
カップ麺とか、そういうのをテキトーにね」
……何とも荒んだ食生活だ……。
惣菜ばかり並んでいたかつての堂島家の食卓以上に荒んでいる。
……独り暮らし、と言うからには作ってくれる人が居ないのだろうか……。
「あー……君みたいな感じで作ってくれる彼女が居るんなら、マシな食生活になるんだろうけどねー。
ま、残念ながら今はそういう人居ないし」
「不躾な質問ですみませんが。
今は、という事は以前は居らしたのですか?」
「えー、そう言う事訊いちゃう?
君、結構変わってるよね。
ま、良いけど。
ここに来る前は一応居たんだけどね、まぁ色々あって。
見た目と違って性格がさー……って、やだなぁ要らない事まで言っちゃったじゃん」
そう言って足立さんは苦笑した。
……こちらが悪いのだろうか?
「あ、えっと、すみせん……?」
「やっぱ可愛い子……って言うか美人なタイプの子が良いよねー。
あと、料理上手な子。
メシマズな人は僕的にはダメだなー」
急に足立さんの好みの女性像を聞かされ、どう反応するべきか戸惑う。
「はぁ……、そう言うモノなんですか……?」
「いや、そりゃそうでしょ。
不味い飯なんて、それ何の為に作るのさ。
あー、そう言う点で見ると、君ってかなりの優良物件だよね。
料理は前に堂島さん家にお邪魔した時の感じだと凄く上手みたいだし、見た目も背がかなり高いけどかなり良い感じだし」
「えっと……?
ありがとう、と言うべきなんですか……?」
……? 褒められている、のか?
良く分からない……。
その時、足立さんの背後のエレベーターの扉が開き、老婦人が中から出てきた。
以前、足立さんが顔を合わせるのを意図的に避けていた老婦人だ。
あっ、と思う間も無く老婦人は足立さんを目に留め、急に距離を詰めてきた。
「透ちゃん! 透ちゃんじゃないの!」
老婦人の声に、足立さんはギクリと身を震わせ振り返り、ゲッと呻く。
「うっわ……見付かった……」
「お仕事、終わったの?
危ない目に遭ってない?」
やけに親しげ(老婦人が一方的に)だが、……どういうご関係なのだろうか?
親戚……という訳では無さそうだが……。
足立さんのご近所さん、なのだろうか?
ただのご近所さんがこんなに親しげにしてくるなんて考え難いが、この田舎町なら有り得るのかもしれない。
それにしても、少し度が過ぎている気はするが。
「あー……いえ、まだ仕事中で、今から署に戻る所」
足立さんはサボっているだけだったのだが……。
まあいい、今は口を挟むべき時ではない。
「お仕事頑張ってて嬉しいわぁ。
ご近所さんに、何時も自慢してるのよ。
また煮物、持っていくからね。
体調に気を付けなきゃダメよ?
あ、そうそう。
お昼に見た刑事ドラマでね……」
もの凄くグイグイとくる老婦人である。
長々と話始めそうになった老婦人を足立さんは遮った。
「あのー、……そろそろ署に……」
足立さんに言われ、老婦人は礑と思い至った様に時計を見た。
「あら、もうこんな時間?
それじゃあ、お仕事頑張ってね」
老婦人はそう言ってその場を立ち去る。
「や~っと行ってくれたか……」
老婦人が去って行くのを見送って、ふぅと息を吐く足立さんに、あの老婦人との関係を訊ねてみた。
「ああ、えっとね。
あの人の息子さん、何か僕と同じ名前らしくってさ。
それでかは分かんないけど、やったら構われちゃってて……。
差し入れだか何だかで、いっつも署の方まで大量に煮物持って来るんだよね。
話もやたら長いし……、ウザいったらないよ」
……足立さんの名前が、偶々息子さんと同じだったからああいう風に接してくるのか……。
しかし……あの様子だと、『足立透』ではなく『あの老婦人の息子の透さん』扱いをしている感じである。
ああもグイグイと来られたら、そういうのに不慣れな人間にとってはただ疲れるだけだろう。
「……大変ですね」
「でしょー?
ほぼ毎日あんな調子でさ」
足立さんは肩を竦める。
「……ウチの親とは正反対のタイプだからさ。
ああいうの、あんま分かんないだよねー。
まぁ、要はあの人は寂しいだけなんだろうけど。
息子さん、都会の方で働いてるらしいし、他に身寄りは無さそうだしさ。
こっちじゃ、こんなのも仕事に入るから、無視も出来ないしね。
まあ、最近は警察も忙しいから、僕位しか相手してる人居ないみたいだけど」
言葉とは裏腹に、微かに足立さんは嬉しそうだ。
足立さんの親が正反対のタイプ……という事は割りと放置気味のご家庭で足立さんは育ったのだろうか。
……寂しい、ね。
しかしそれって詰まりは、あの老婦人は足立さんをあくまでも『息子さん』の代わりとして扱っているって事なのではないだろうか……。
……一々干渉するべきではない事柄であるものの、引っ掛かるものを感じる……。
「でもさー、僕まだ27なんだし、息子じゃなくってせめて孫にして欲しいよね。
さて、……そろそろホントに戻らなきゃ。
まーた堂島さんにドヤされちゃうよ。
じゃーね」
そう言って足立さんはジュネスを出ていった。
◆◆◆◆◆
家に帰ると、菜々子ちゃんが何やら差し出してきてくれた。
テストで『いっとうしょう』だったお祝い、なのだそうだ。
それは、似顔絵の付いた、折り紙で作られたメダルだった。
テストで一番だった事よりも、そういう風に祝って貰えた事の方が、嬉しく思えた。
今晩は叔父さんの帰りは遅いらしい。
菜々子ちゃんと二人で夕飯を食べ、食後に一緒にテレビを見る。
今見ているのは、小さな男の子が実の父親を探す、と言うドキュメンタリー番組だ。
菜々子ちゃんは、何処か食い入る様に番組を見ていた。
物語も無事に父親と出会えてハッピーエンド、でスタッフロールが流れる。
それを見た菜々子ちゃんは、ポツリと呟いた。
「ほんとの、お父さん……」
そして、菜々子ちゃんは顔を上げてこちらを見詰めてくる。
「ねぇ、お姉ちゃん……。
"ほんと"………って、どういうこと?」
……“本当の”、か。
……中々難しい質問だ。
絶対に正しい解答、というモノは無い問い掛けなのかもしれない。
だから、自分の考えを菜々子ちゃんに伝えた。
「そうだね……。
きっと、大好きな人で……傍に居たいって、思える人かな」
血の繋がりは、全てでは無い。
勿論、それはそれで大切なモノであるけれど。
世の中には血の繋った実の子供を愛せずに虐待してしまう親も居るし、血の繋がりなんてなくったってお互いを思い合える親子になれる事だって無くは無い。
同じ屋根の下に住んでいたって、家族とは呼べない様な繋がりしかない人達だって居るだろう。
結局は、相手をどう思えるのか、だ。
少なくとも、自分はそう思っている。
「そっかぁ……。
じゃあ、お姉ちゃんは、ほんとのお姉ちゃんなんだね。
お父さんも、ほんとのお父さんだ!」
嬉しそうに言う菜々子ちゃんだが、直ぐ様その笑顔が翳る。
「……でも、お父さんは、菜々子のこと、すきじゃないと思うな……。
……お姉ちゃん。
もしかして、……菜々子、“ほんと”じゃないの?
お父さんの“ほんと”の子どもじゃないから、……だから、……お父さん、おうちにかえってこないの……?」
泣きそうな顔で訊ねてくる菜々子ちゃんの頭を、出来る限り優しく撫でながら首を傾げて逆に訊ねた。
「……お父さんが、そう、菜々子ちゃんに言ったのかな?」
その問い掛けに、菜々子ちゃんはフルフルと首を横に振る。
「……いってない」
そして、安心した様に菜々子ちゃんは息を吐いた。
だが直ぐ様再びその表情は曇ってしまう。
「……お母さん……。
どうして、菜々子のことおいてっちゃったんだろ……」
菜々子ちゃんは悲し気に呟く。
……叔母さんだって、菜々子ちゃんを置いて逝きたくはなかっただろう。
それでも、命を落としてしまう時はある。
……理不尽な事だ。
残された人達の、「何で」や「どうして」に、ちゃんとした答えなんてきっと用意されていない。
人は何時か必ず死ぬ。
それが早くに訪れるのか、そうでないのかはそれこそ人各々だけど。
でも、そんな“当たり前”の事実は、少なくとも、『何故大切な人の命が、“今”喪われなくてはならないのか』という多くの人が何時かは抱くであろう疑問の答えになんて、ならないのだ。
「……お母さんいたときね、お母さんとお父さんと菜々子の三人でね……、さめがわのところでお花つんでね……」
ポツポツと菜々子ちゃんが語る、お母さんとの想い出話に耳を傾ける。
毎日保育所までお母さんが迎えに来てくれていた事。
公園に遊びに連れていったりしてくれた事。
一緒に道を歩く時は、何時も手を繋いでくれていた事。
出掛ける時は「行ってらっしゃい」と見送ってくれた事。
友達の家から帰って来た時はお帰りなさい、と出迎えてくれていた事。
……どれもこれも、菜々子ちゃんの手から零れ落ちてしまった、とても大切な思い出たちだ。
今の菜々子ちゃんには、「行ってらっしゃい」と見送ってくれる人は居ない。
大概は菜々子ちゃんの方が帰るのが早いから、「ただいま」を言う相手が……「お帰りなさい」と言ってくれる人は居ない。
それはやはり、……とても悲しい事なのだろう。
「お姉ちゃん……、何か、おはなし、して……」
もう菜々子ちゃんは眠たそうだが、……きっと今はお母さんの事を思い出して、誰かと話したいのだ。
だから、菜々子ちゃんの部屋に自分の布団を敷いて、菜々子ちゃんが眠ってしまうまで、菜々子ちゃんの話を聞いた。
◆◆◆◆◆
【2011/05/20】
まだ巽くんは療養中らしい。
まあ、あれ程過酷な環境下に長時間放置され、極度の疲労と共に脱水症状も起こしかけていたのだから、幾ら身体が丈夫そうな巽くんとて限界だったのだろう。
しっかりと休息を取って、元気になって戻ってきて欲しいものである。
買い物をしようとジュネスを訪れると、足立さんに呼び止められた。
どうやらまたサボっている様だが、一応話している相手がいれば事情聴取なのだと弁が立つから少し話し相手になって欲しい様だ。
……サボりの口実にされるのは気分があまり良くはならないが、まあ足立さんと話す機会だと思えばそれはそれで良いだろう。
了承すると、足立さんは思いの外喜び、まるで悪戯っ子の様に笑った。
「君、また夕飯の買い物?
あはは、感心感心。
僕は独り暮らしだからさー、夕飯とか面倒なんだよね」
「……夕飯、食べてないんですか?」
「ああいや、食べるには食べてるよ。
カップ麺とか、そういうのをテキトーにね」
……何とも荒んだ食生活だ……。
惣菜ばかり並んでいたかつての堂島家の食卓以上に荒んでいる。
……独り暮らし、と言うからには作ってくれる人が居ないのだろうか……。
「あー……君みたいな感じで作ってくれる彼女が居るんなら、マシな食生活になるんだろうけどねー。
ま、残念ながら今はそういう人居ないし」
「不躾な質問ですみませんが。
今は、という事は以前は居らしたのですか?」
「えー、そう言う事訊いちゃう?
君、結構変わってるよね。
ま、良いけど。
ここに来る前は一応居たんだけどね、まぁ色々あって。
見た目と違って性格がさー……って、やだなぁ要らない事まで言っちゃったじゃん」
そう言って足立さんは苦笑した。
……こちらが悪いのだろうか?
「あ、えっと、すみせん……?」
「やっぱ可愛い子……って言うか美人なタイプの子が良いよねー。
あと、料理上手な子。
メシマズな人は僕的にはダメだなー」
急に足立さんの好みの女性像を聞かされ、どう反応するべきか戸惑う。
「はぁ……、そう言うモノなんですか……?」
「いや、そりゃそうでしょ。
不味い飯なんて、それ何の為に作るのさ。
あー、そう言う点で見ると、君ってかなりの優良物件だよね。
料理は前に堂島さん家にお邪魔した時の感じだと凄く上手みたいだし、見た目も背がかなり高いけどかなり良い感じだし」
「えっと……?
ありがとう、と言うべきなんですか……?」
……? 褒められている、のか?
良く分からない……。
その時、足立さんの背後のエレベーターの扉が開き、老婦人が中から出てきた。
以前、足立さんが顔を合わせるのを意図的に避けていた老婦人だ。
あっ、と思う間も無く老婦人は足立さんを目に留め、急に距離を詰めてきた。
「透ちゃん! 透ちゃんじゃないの!」
老婦人の声に、足立さんはギクリと身を震わせ振り返り、ゲッと呻く。
「うっわ……見付かった……」
「お仕事、終わったの?
危ない目に遭ってない?」
やけに親しげ(老婦人が一方的に)だが、……どういうご関係なのだろうか?
親戚……という訳では無さそうだが……。
足立さんのご近所さん、なのだろうか?
ただのご近所さんがこんなに親しげにしてくるなんて考え難いが、この田舎町なら有り得るのかもしれない。
それにしても、少し度が過ぎている気はするが。
「あー……いえ、まだ仕事中で、今から署に戻る所」
足立さんはサボっているだけだったのだが……。
まあいい、今は口を挟むべき時ではない。
「お仕事頑張ってて嬉しいわぁ。
ご近所さんに、何時も自慢してるのよ。
また煮物、持っていくからね。
体調に気を付けなきゃダメよ?
あ、そうそう。
お昼に見た刑事ドラマでね……」
もの凄くグイグイとくる老婦人である。
長々と話始めそうになった老婦人を足立さんは遮った。
「あのー、……そろそろ署に……」
足立さんに言われ、老婦人は礑と思い至った様に時計を見た。
「あら、もうこんな時間?
それじゃあ、お仕事頑張ってね」
老婦人はそう言ってその場を立ち去る。
「や~っと行ってくれたか……」
老婦人が去って行くのを見送って、ふぅと息を吐く足立さんに、あの老婦人との関係を訊ねてみた。
「ああ、えっとね。
あの人の息子さん、何か僕と同じ名前らしくってさ。
それでかは分かんないけど、やったら構われちゃってて……。
差し入れだか何だかで、いっつも署の方まで大量に煮物持って来るんだよね。
話もやたら長いし……、ウザいったらないよ」
……足立さんの名前が、偶々息子さんと同じだったからああいう風に接してくるのか……。
しかし……あの様子だと、『足立透』ではなく『あの老婦人の息子の透さん』扱いをしている感じである。
ああもグイグイと来られたら、そういうのに不慣れな人間にとってはただ疲れるだけだろう。
「……大変ですね」
「でしょー?
ほぼ毎日あんな調子でさ」
足立さんは肩を竦める。
「……ウチの親とは正反対のタイプだからさ。
ああいうの、あんま分かんないだよねー。
まぁ、要はあの人は寂しいだけなんだろうけど。
息子さん、都会の方で働いてるらしいし、他に身寄りは無さそうだしさ。
こっちじゃ、こんなのも仕事に入るから、無視も出来ないしね。
まあ、最近は警察も忙しいから、僕位しか相手してる人居ないみたいだけど」
言葉とは裏腹に、微かに足立さんは嬉しそうだ。
足立さんの親が正反対のタイプ……という事は割りと放置気味のご家庭で足立さんは育ったのだろうか。
……寂しい、ね。
しかしそれって詰まりは、あの老婦人は足立さんをあくまでも『息子さん』の代わりとして扱っているって事なのではないだろうか……。
……一々干渉するべきではない事柄であるものの、引っ掛かるものを感じる……。
「でもさー、僕まだ27なんだし、息子じゃなくってせめて孫にして欲しいよね。
さて、……そろそろホントに戻らなきゃ。
まーた堂島さんにドヤされちゃうよ。
じゃーね」
そう言って足立さんはジュネスを出ていった。
◆◆◆◆◆
家に帰ると、菜々子ちゃんが何やら差し出してきてくれた。
テストで『いっとうしょう』だったお祝い、なのだそうだ。
それは、似顔絵の付いた、折り紙で作られたメダルだった。
テストで一番だった事よりも、そういう風に祝って貰えた事の方が、嬉しく思えた。
今晩は叔父さんの帰りは遅いらしい。
菜々子ちゃんと二人で夕飯を食べ、食後に一緒にテレビを見る。
今見ているのは、小さな男の子が実の父親を探す、と言うドキュメンタリー番組だ。
菜々子ちゃんは、何処か食い入る様に番組を見ていた。
物語も無事に父親と出会えてハッピーエンド、でスタッフロールが流れる。
それを見た菜々子ちゃんは、ポツリと呟いた。
「ほんとの、お父さん……」
そして、菜々子ちゃんは顔を上げてこちらを見詰めてくる。
「ねぇ、お姉ちゃん……。
"ほんと"………って、どういうこと?」
……“本当の”、か。
……中々難しい質問だ。
絶対に正しい解答、というモノは無い問い掛けなのかもしれない。
だから、自分の考えを菜々子ちゃんに伝えた。
「そうだね……。
きっと、大好きな人で……傍に居たいって、思える人かな」
血の繋がりは、全てでは無い。
勿論、それはそれで大切なモノであるけれど。
世の中には血の繋った実の子供を愛せずに虐待してしまう親も居るし、血の繋がりなんてなくったってお互いを思い合える親子になれる事だって無くは無い。
同じ屋根の下に住んでいたって、家族とは呼べない様な繋がりしかない人達だって居るだろう。
結局は、相手をどう思えるのか、だ。
少なくとも、自分はそう思っている。
「そっかぁ……。
じゃあ、お姉ちゃんは、ほんとのお姉ちゃんなんだね。
お父さんも、ほんとのお父さんだ!」
嬉しそうに言う菜々子ちゃんだが、直ぐ様その笑顔が翳る。
「……でも、お父さんは、菜々子のこと、すきじゃないと思うな……。
……お姉ちゃん。
もしかして、……菜々子、“ほんと”じゃないの?
お父さんの“ほんと”の子どもじゃないから、……だから、……お父さん、おうちにかえってこないの……?」
泣きそうな顔で訊ねてくる菜々子ちゃんの頭を、出来る限り優しく撫でながら首を傾げて逆に訊ねた。
「……お父さんが、そう、菜々子ちゃんに言ったのかな?」
その問い掛けに、菜々子ちゃんはフルフルと首を横に振る。
「……いってない」
そして、安心した様に菜々子ちゃんは息を吐いた。
だが直ぐ様再びその表情は曇ってしまう。
「……お母さん……。
どうして、菜々子のことおいてっちゃったんだろ……」
菜々子ちゃんは悲し気に呟く。
……叔母さんだって、菜々子ちゃんを置いて逝きたくはなかっただろう。
それでも、命を落としてしまう時はある。
……理不尽な事だ。
残された人達の、「何で」や「どうして」に、ちゃんとした答えなんてきっと用意されていない。
人は何時か必ず死ぬ。
それが早くに訪れるのか、そうでないのかはそれこそ人各々だけど。
でも、そんな“当たり前”の事実は、少なくとも、『何故大切な人の命が、“今”喪われなくてはならないのか』という多くの人が何時かは抱くであろう疑問の答えになんて、ならないのだ。
「……お母さんいたときね、お母さんとお父さんと菜々子の三人でね……、さめがわのところでお花つんでね……」
ポツポツと菜々子ちゃんが語る、お母さんとの想い出話に耳を傾ける。
毎日保育所までお母さんが迎えに来てくれていた事。
公園に遊びに連れていったりしてくれた事。
一緒に道を歩く時は、何時も手を繋いでくれていた事。
出掛ける時は「行ってらっしゃい」と見送ってくれた事。
友達の家から帰って来た時はお帰りなさい、と出迎えてくれていた事。
……どれもこれも、菜々子ちゃんの手から零れ落ちてしまった、とても大切な思い出たちだ。
今の菜々子ちゃんには、「行ってらっしゃい」と見送ってくれる人は居ない。
大概は菜々子ちゃんの方が帰るのが早いから、「ただいま」を言う相手が……「お帰りなさい」と言ってくれる人は居ない。
それはやはり、……とても悲しい事なのだろう。
「お姉ちゃん……、何か、おはなし、して……」
もう菜々子ちゃんは眠たそうだが、……きっと今はお母さんの事を思い出して、誰かと話したいのだ。
だから、菜々子ちゃんの部屋に自分の布団を敷いて、菜々子ちゃんが眠ってしまうまで、菜々子ちゃんの話を聞いた。
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