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自称特別捜査隊

◇◇◇◇◇





 天城さんの『シャドウ』を見掛けた階から更に何階か踏破して、やっとの事で最上階と思われるフロアへと辿り着いた。

「間違いないクマ。この先にいるクマよ。
 あと、あの子の『シャドウ』も一緒にいるクマ」

 クマはそう確信を込めた目で頷いた。

「この先に雪子が……」

 探し続けた天城さんがこの先に居ると知り、焦る気持ちもある反面、里中さんはほんの少しだけだが迷っていた。
 この先には、天城さんだけではなく、天城さんの『シャドウ』も居る。
 天城さんが抑圧してきたもの。
 それを直視するのだ。
 如何に確固とした思いがあれど、他者の心の内を覗くにも等しい行為に迷いが生まれるのは、致し方無い事ではあろう。

「『シャドウ』が何を仕掛けて来るかは分からない。
 ……注意していこう」

 それでも、この先に行かない事には何も成す事は出来ない。
 そう決意して、大扉に手をかける。

「ああ!」

「……うん。絶対、雪子を助けよう!!」

 迷いを振り払った目で、里中さんは確りと頷いた。




◇◇◇◇




「雪子!」

 扉を開け放ち広間へと乗り込んで目にしたのは、天城さんとその『シャドウ』が向かい合っている光景だった。

 まさか、既に……!?
 とは思ったものの、不穏な気配は漂わせつつもまだ「暴走」しているという風には見えない。
 間一髪、なのだろうか。

『あらららら~ぁ? やっだもう!
 王子様が、三人も!
 もしかしてぇ、サプライズゲストの方達?
 いや~ん王子様だったなんて!
 ちゃんと見とけば良かったぁ!』

 広間の中でも数段高い場所にある玉座からこちらを見下ろしながら、天城さんの『シャドウ』は媚びる様な声音と視線でこちらに訴えかけてきた。

『つーかぁ……雪子ねぇ、どっか行っちゃいたいんだぁ。
 どっか、誰も知らない遠くぅ。
 王子様なら、連れてってくれるでしょぉ?
 ねぇ、早くぅ』

「むっほ?  これが噂の『逆ナン』クマ!?」

 クマは何かを勘違いしている気がするのだが、今はそれを訂正してあげている余裕は無い。

「三人の王子様って……男は花村しかいないけど……?
 まさかあたしと鳴上さんも入ってるワケ……?」

「クマもオトコでしょーが!」

「でも『王子様』は無いな……」

「間違いなく里中さんと私と花村、だろうな」

 クマはそもそも頭数に入っているかすら怪しいだろう。
 それに……多分『シャドウ』の言う「王子様」に、性別は関係ない。

『千枝……ふふ、そうよ。
 アタシの王子様……いつだってアタシをリードしてくれる……。
 千枝は強い、私だけの王子様……』

 陶酔する様に、夢見勝ちな少女の様な表情で、『シャドウ』は里中さんの事を語る。
 ……だが。
 微かに落胆を混ぜた瞳で、『シャドウ』は里中さんを見た。

『……王子様「だった」』

「だった……?」

「……」


「だった」……か。
 やはり、天城さんにとっての「王子様」……要は依存する相手は、里中さんであったのは間違いではない様だ。
 ただし、「だった」という過去形が示す様に、今現在はそうではない。
 何故なら、……里中さんでは「王子様」に求めているものは満たせないから。

『結局、千枝じゃダメなのよ!
 千枝じゃアタシを、ここから連れ出せない!
 千枝じゃアタシを救ってくれない!!』

「雪子……」

「や、やめて……」

 微かに哀しみを含んだ里中さんの視線から目を逸らしながら、天城さんは『シャドウ』の言葉を制止しようとする。
『シャドウ』の言葉を聞くのが耐えられないのか、それとも……それを里中さんに聞かれているのが辛いのか……。
 どちらなのだろう……。
 ……いや、どちらにせよ、天城さんが『シャドウ』を受け入れられていないのには変わらない、か。

『老舗旅館? 女将修行!?
 そんなウザい束縛……まっぴらなのよ!
 たまたまここに生まれただけ!
 なのに生き方……死ぬまで全部決められてる!
 あーやだ、イヤだ、嫌ぁーっ!!』

「そんな、事は……」

 甲高い声で抑圧していた感情を暴露していく『シャドウ』に、天城さんは弱々しく首を横に振って否定の意を示す。

『どっか、遠くへ行きたいの……。
 ここじゃない、どこかへ……。
 誰かに、連れ出して欲しいの……。
 一人じゃ、出て行けない……。
 一人じゃ、アタシには何も無いから……』

「そんなこと、ない……。
 やめて……もう、やめて……」

『希望もない、出てく勇気もない……。
 うふふ……だからアタシ、待ってるの!
 ただじーっと、いつか王子様がアタシに気付いてくれるのを待ってるの!
 どこでもいい! どこでもいいの!
 ここじゃないなら、どこでも!
 老舗の伝統? 町の誇り?
 んなもん、クソ食らえだわッ!』

「……」


 現状を嫌だ、と思っても、自分からは動こうとはしない。
 ……立ち向かう事も……逃げ出す事すら、自分自身ではやろうとはしない。
 ただ、「誰か」が現状を変えてくれるのを待っているだけ。
 その「誰か」を探す努力をする訳でもなく。
 ……それは、《自分には何もない》という思いからなのだろうか。
 何故、そう思ってしまうのだろう……。
《何もない》、なんて事はきっとそれこそ有り得ないのに。
 勿論、傍目から見ての評価と自身での評価が喰い違っているのなんておかしくも何ともないのだけれど。
 ……そこに、天城さんの悩みの根本がある気がする。

「そんな……」

『それがホンネ。
 そうよね……? もう一人の「アタシ」!』

「ち、ちが……」

「よせ、言うなッ!」

 花村が天城さんを止めようと声を上げるが、間に合わない……。

「違う! あなたなんか……私じゃない!」



 天城さんは、「禁句」を口にする。
 そして天城さんが『シャドウ』を否定した途端、濁った影の奔流が天城さんのシャドウを包み込んだ。
 虚脱した様に力なく座り込む天城さんの身体を受け止めて、クマに託して安全な場所まで退避してもらう。

『うふふふふふふ!
 いいわぁ、力がみなぎってくるぅ!
 そんなにしたら、アタシ……。
 うふ……あはは、あははははは!!』

『シャドウ』の狂った様な笑い声が響き渡る。


『我は影……真なる我……。


 

さあ王子様、楽しくダンスを踊りましょう?


ンフフフフ……』




 影の奔流が治まったその場所に居たのは。
 豪奢なシャンデリアと一体化した鳥籠の中から身を乗り出す、深紅に染まった翼を持つ巨大な人面鳥だった。
 天城さんの姿だった時の名残であろう長い黒髪を靡かせながら、シャドウはこちらを睥睨する。
 『シャドウ』は飛び立とうとするかの様に幾度も羽ばたくが、それでも鳥籠からは飛び立たない。
 ……籠の扉は最初から開いているというのに。
 それは……。

「……花村、鳴上さん。
 ……きっとあの『シャドウ』を雪子に生み出させてしまったのはあたしだと思う。
 その責任は、あたしが果たすよ。
 けど、……雪子を助ける為には、悔しいけどあたしの力だけじゃ足りない。
 だからお願い、あたしに力を貸して!!」

 翼をはためかせる『シャドウ』を見詰めながら、里中さんはそう頼んできた。
 ……そんな事は、頼まれるでもない話だ。
 その為に、自分たちは今ここに居るのだから。

「そんなの、里中に頼まれるまでもねーよ!」

「花村の言う通り。
 ……それに、きっと里中さんだけのせいじゃない。
 天城さんの周りにいた人全員が、きっと同罪。
 ……だから私も、その『責任』の一端を果たすよ」

「うん、……ありがとう、二人とも。
 待ってて雪子。……あたしが全部受け止めてあげる!」

 親友の心の闇を受け止める覚悟をした里中さんは、己の『ペルソナ』を呼び出して異形の『シャドウ』と対峙する。

『あらホントぉ……?
 じゃあ私も、ガッツリ本気でぶつかってあげる!!
「偽物」の王子様なんて、もういらない……!
 いらっしゃい……アタシの王子様!!』

 そう『シャドウ』が呼び掛けると、騎士の《シャドウ》を呼び出した時の様に濁った闇の塊が現れ、それは小柄な人形を成した。
 二頭身のずんぐりとした体に、ぱっつんとした金髪。
 小さな金の冠を被り、深紅のマントを羽織って、レイピアの様な細身の剣を手にしている。
 童話の挿し絵に出てきそうな、デフォルメされたキャラクター染みた『王子様』だ。

『王子様』は手にしたレイピアをしならせながらこちらに肉薄してきたが、寸での所でイザナギと鍔迫り合いになり、膂力の違いからか耐えきれずに吹き飛ばされて床を転がる。
 だが直ぐ様体勢を立て直し、『王子様』はもう一度レイピアを軽く振るうと、先程の衝突で僅かながらも『王子様』の負ったダメージはほぼ回復してしまった様だ。
 どうやら回復の術も持ち合わせているらしい。
 厄介な事だ。

『王子様』は天城さんの『シャドウ』を守るかの様に鳥籠を背にして立ちはだかった。
 ……だがその姿は、天城さんの『シャドウ』を鳥籠から出さない様にしている風にも見えてしまう。

 ……「これ」が天城さんの理想とする『王子様』、なのだろうか。
 天城さんの《理想》の『王子様』……。
 回復役から倒す、というのはゲームに置いては定石中の定石だけれども。
 でも、それ以上にこの『王子様』は排除しなくてはならないだろうと思うのだ。
 ……きっと、天城さんが『シャドウ』と向き合う為には『王子様』なんて、必要ないだろうから。

「……取り敢えず『王子様』のシャドウを先に倒そう」

「うん。……あんなの、『王子様』なんかじゃない」

 ジライヤの疾風が、トモエの鋭い一撃が、イザナギの雷撃が『王子様』を穿つ。
 回復する力があっても、それを使う暇がないのならあっても無いのと同然だ。
 存外耐久性はあった様で、まだ余力はある様だがどうやら電撃が弱点だったらしく、痺れているのか『王子様』は動かない。

『王子様っ!!
 アンタら……アタシの王子様になんて事を!!』

『シャドウ』が怒り狂って鳥籠ごと体当たりしてきたのを、イザナギとジライヤが受け止めた。
 更に、イザナギの身体を踏み台にして駆け登り、『シャドウ』の翼の付け根を狙って模造刀を叩き付ける。
 その痛みに『シャドウ』は悲鳴を上げて鳥籠の扉を固く閉ざした。

「っ、違うっ!!
 こんな奴、雪子の『王子様』でも、何でもない!!」


『シャドウ』の動きが抑えられたその隙に、里中さんはそう叫ぶ様に声を上げながら動かない『王子様』に向かって駆け出す。

「アンタなんかがいるからっ!
 雪子が何処にも行けないんだーっ!!」

 きっと、その言葉には様々な思いが込められていた。
 里中さんの渾身の蹴りが『王子様』に突き刺さり、大きく跳ね上げさせる。
 そして間髪入れずに、『王子様』の身体をトモエの薙刀が切り裂いた。
 その一撃に耐えきれなかったのか、『王子様』は霧散し跡形もなくなる。

『そんなっ! 王子様! 王子様……っ!!』

『シャドウ』は再度『王子様』を呼ぶが、闇が再び現れる事はなかった。

『お願い、王子様……っ!
 ……何で、何で誰も来てくれないの……?
 王子様はっ、……王子様はアタシを守ってくれる筈なのにっ……!!』

「違うっ! 守ってないっ!!
 アイツは、雪子を守ってなんていないっ!!
 守るフリをして……、雪子をそこに閉じ込めているだけっ!
 ……自分の為だけにっ!!」

 焦った様に王子様を何度も呼ぼうとする『シャドウ』に、里中さんは痛みを噛み締める様に言葉を掛ける。

『違っ! そんな事は……!』

「天城さんの《鳥籠》の戸は開いている。
 本当は何処にだって飛んでいける。
 天城さんがそう望むのなら……『王子様』なんて居なくったって、例え一人でも、そこから飛び立てる筈だ」

 ……勇気が無い、希望が無い……。
 他でもない……そう思う……思い込んでいる天城さんの心が、天城さん自身を《鳥籠》に縛り付けてしまっているのだ。

『アタシは……、アタシは……!!』

「あたしが……アイツみたいに雪子を閉じ込めてしまっていたから……、あなたが飛び立てなくなってしまったっ!!」

『嘘っ、嘘よォォっ!!』

「っ! 里中さんっ!!」

 里中さんの言葉に動揺したのか、『シャドウ』は大きく幾度も羽ばたいた。
 ブワッっと舞い上がった『シャドウ』の羽根が辺りを埋めつくした次の瞬間、業火となって辺りを埋め尽くす。

 炎の効果範囲にいたとはいえ、咄嗟の判断でイザナギのコートの中に匿った里中さんは何とか無事である。
 それと引き換えに、焼け付く様な痛みが全身を襲った。
 ……イザナギには火炎に対する耐性は無い。
 つまり、ダメージは軽減されずにそのままイザナギに伝わる。
 フィードバックで返ってくるダメージも、以前電撃を受けた時の比では無い。

「っ、イザナギっ!!」

 イザナギに里中さんを抱えさせて一旦『シャドウ』とは距離を取る。

「里中っ、鳴上っ!! 大丈夫かっ!?」

 攻撃を予測して、何とか効果範囲から離脱出来ていた花村が慌てた様に駆け寄ってきた。

「うん、あたしは何とか……。
 イザナギが、鳴上さんが守ってくれたから……」

「私は……。私は、大丈夫だ。
 ……問題無い、戦える」

「っ、鳴上……! 何が『問題無い』、だ!
 この手……火傷しているじゃないかっ!」

 確かに花村の指摘通り、『ペルソナ』へのダメージのフィードバックにより手には軽い火傷の痕がある。
 痛む範囲から恐らくは手や腕だけでなく服で隠れている部分にも結構な広範囲に痕が出ているだろう。
 これは……菜々子ちゃんに見られたら言い訳に困るだろうな。
 暫くは一緒にお風呂に入ってやれそうにない。
 そんな事をぼんやりと思う。だが、それだけだ。

「それでも、戦うのには問題無い。
 戦えるなら、大丈夫。
 今は、『シャドウ』を止めないと。
 このままだと、焼け死んでしまうかも、しれない」

 炭化してる様なレベルの火傷だと大問題だが、別にそうではない。
 今は天城さんの『シャドウ』を制圧する方が大切だ。
 天城さんが向き合って受け入れるかどうかは別にして、『シャドウ』の暴走を鎮めない事には仕方がない。
 このまま景気良く業火を巻き起こさせていると、そう遠くない内に部屋中が炎に埋め尽くされる。
 いや、そうなる前に一酸化炭素中毒とか酸欠で死ぬかもしれないが。

「ジライヤっ!」

 問題無い、と言ったというのに花村はジライヤに回復の術を使わせる。
 元々大した負傷ではなかったからか、火傷は跡形もなく消え失せた。

「……ありがとう」

「……次からは怪我したらちゃんと言えよ」

 何処か呆れた様に花村は言う。
 別に、そんなに無理しているつもりはない。
 痛いのは嫌だし、そんな事で嘘や誤魔化しを入れる必要もない。
 ただ単純に物事の優先順位という物を考えただけだ。
 この程度の火傷の痕など放置したところで、悪化しようはないのだから。
 治療なら後からでも間に合う。
 それより今は『シャドウ』をどうにかしなくてはならないのだ。
 とは言え、花村のその気遣いは純粋に嬉しかった。

 里中さんに『王子様』を否定されて動揺しているのか、先程から『シャドウ』は闇雲に焔を振り撒いている。
 こちらを狙っているものではない為効果範囲外にいれば全く問題はないのだが、これではこちらも手の出しようがない。
『ペルソナ』には炎に対する耐性があるものはいないし、それに居たとしても完全に無効化する位の耐性でないと、この火の海の中に飛び込ませる事は出来ない。
 更に、『ペルソナ』には、天城さんの『シャドウ』の攻撃範囲外から攻撃して『シャドウ』にダメージを負わせられる程の射程と威力のある攻撃手段は現状ない。


 ……困ったな。
 いっそかなりのダメージを覚悟して、イザナギで特攻を掛けるべきなのだろうか。
 一直線に突っ切れば、……まあ大火傷程度で済むだろうし。

「……」

 痛みを覚悟してイザナギを炎の海に特攻させようとしたその時だった。


 ━━━……貴女のペルソナ能力は《ワイルド》……。

 ━━━それは正しく心を育めば、どんな試練とも戦いうる《切り札》となる力……。

 ━━━貴女はお一人で複数の《ペルソナ》を持ち、それらを使い分ける事が出来るのです。

 ━━━時に貴女は紡いだ絆の中に《新たな可能性》を見出すでしょう。

 ━━━ペルソナとは貴女の《可能性》……。

 ━━━貴女は既に絆を築き、そこに可能性を見出だしていらっしゃる……。

 ━━━さぁ、今こそ……それを掴み取るのです。


 ……何故かイゴールさんの声が聞こえた気がした。


「……」

 ……イゴールさんの言った事が確かなら、自分には『イザナギ』以外にもペルソナが居るという事になる。
 そして、既にある《絆》の中に、それらを見出す事が出来る、と。

 ……居る、のか? 自分の中に……?

 己の心に問い掛けると、イザナギの他に確かに『何か』の反応があった。
 それを掴み取ろうと集中する。

 すると。……何故か心に浮かんできたのは。


『お前となら、犯人見付けて、この事件を解決出来そうな気がすんだ』


 そう言って手を差し出してくる花村の顔だった。

 ……唐突に理解した。
 恐らく今掴み取ろうとしている『ペルソナ』は、花村との絆がくれた、《可能性》の形なのだと。
 ……そうか、これが……。


「………。『シャドウ』にダメージを与えられなくても構わないから、彼処まで風を届かせる事は出来るか?」

「やってやれない事はねぇとは思うが……。
 でも、そよ風位にしかならないんじゃねぇかな」

「それで十分。
 合図をするから、タイミングを合わせて風を起こして」

「分かった」

 何故と理由を訊ねる事もなく、花村は頷き返してくれた。
 ……それが花村が示してくれている《信頼》というものなのだろうと思うと、胸が少し熱くなる。

「里中さん。
 私が何とかして炎を消すから、そのタイミングで駆け抜けて。
 そして、天城さんの『シャドウ』に伝えてあげて。
 里中さんの想いを」

 天城さんに……天城さんの『シャドウ』に、想いを届けるのは、今この場に於いて里中さん以上の適任者は居ない。
 天城さんの親友で。
 大切にする余りに何時しか歪んだ気持ちすら抱えてしまう様になってしまっていた。
 他でもない里中さんにしか、恐らくは出来ない事だ。

 届けなくてはならない。
 天城さんの為に……そして里中さん自身の為にも。

 全力で意識を集中させる。
 己の持てる全てで、今出来る最高の一撃を繰り出す為に。
 この焔の海を征し、あの『シャドウ』までの道を作り出す為に。
 失敗は出来ない。
 恐らくは、チャンスは一度切りだ。
 だけれども、……何故か理屈では説明がつかないのに確信にも似た思いで、失敗など起こり得ない、と感じていた。


(……チェンジ)


 己の内にあるもう1つの『ペルソナ』を表層に引き摺り出す。


(さぁ、行こうか)


「来い! 『ジャックフロスト』っ!!」


 新なカードを握り潰して現れたのは、ヨーロッパに伝わる霜の精霊を模した雪だるまの様な『ペルソナ』。
【魔術師】のアルカナに属する、新たなる可能性の形。
 何が出来るのか、何が得意で苦手なのか、全てが誰に説明されるでもなく頭に浮かぶ。

「花村!!」

「おうっ! 任せとけ!!
 行くぜ、ジライヤッッ!!」

 ジライヤが巻き起こす風に合わせて、『ジャックフロスト』にその力を発現させた。
 無数の氷塊を巻き込み吹き荒れる風が、焔を呑み込みそれを打ち消していく。
 風に乗って舞い踊る氷塊は、『シャドウ』の翼を凍てつかせた。
 そして、荒れ狂う風が収まった後には。


 ━━━道が、出来た。


「今だ、里中さんっっ!!」

「うんっ!」

 ダッと駆け出した里中さんを狙って『シャドウ』は焔を浴びせようとするが、それに『ジャック・フロスト』の氷をぶつける事で相殺していく。
 ガリガリと蓄積していく精神的な疲労に、目の前がふらつきそうになるが、それは意地で耐える。
 里中さんが身体を張ってるのに、それから目を離すなんて言語道断だ。

『アンタなんか!
 王子様でもないアンタなんかっ!
 要らないっ! もう、要らないィィっっ!!』

 そう里中さんに叫ぶ『シャドウ』に、疲労に蝕まれつつあるのも忘れて思わず言い返した。

「里中さんは『王子様じゃない。
 でも、だから何だ!
『王子様』かどうかなんて、何の関係もない!
 里中さんは天城さんを助けたいから、危険を承知でここまで来た!
 それは、天城さんが《旅館の跡継ぎ》だからじゃないっ!
 里中さんにとって、天城さんが何よりも大切な『友だち』だから!!
 天城さん自身を、こんなにも本気で思ってくれている人がいるじゃないか!!
 それは、何処の誰かも分からない『王子様』なんかよりも、ずっとずっと大切な人だろう!!
 そんな相手をっ、《要らない》だなんて言うなっ!!」

『うるさいっ!
 うるさいウルサイウルサイウルサイウルサイっっっ!!』

 そう言うと『シャドウ』は狂った様にそれを否定する。
 それを遮ったのは、里中さんの声だった。

「雪子に、『王子様』なんか必要ない!
 雪子は、一人じゃ何も出来ないお姫様なんかじゃない!
 雪子は、本当はあたしなんかよりもずっと強いっ!」

 氷塊と焔の衝突により生まれた蒸気を吹き飛ばすかの様に、里中さんは叫ぶ。


「雪子が居ないと何も出来ないのは、あたしの方!!」


 そう言いながらも里中さんは足を止めない。
 ただひたすらに、天城さんの事を想って言葉を紡ぐ。
 そして、想いを届ける為に駆けていく。

「あたしは雪子みたいに美人じゃないし、勉強も出来ないし、家の手伝いしてる訳でも、何か誇れるものがあるでもない……。
 ……だから、……だからこそっ!
 ……何でも持っている様に見えた雪子に頼ってもらいたかった!
 だからあたし、自分でも気付かない内に、守るふりして雪子の事をずっと閉じ込めてきた!!」

 里中さんの気迫に圧されたかの様に『シャドウ』は僅かながらも後退った。

「でもそんなの、間違ってた。
 そんな風にしてたから、雪子に辛い思いをさせてしまった……!
 あたし、バカだから……こんな事になるまで、雪子の思い、全然分かってあげられてなかった……!
 ごめん、ごめんね、雪子……!」

 ポロポロと涙を溢しながら里中さんは『ペルソナ』を呼び出した。

「もう間違えたりなんかしない……!
 ずっと傍にいて欲しいからって雪子を閉じ込めたりなんか、もう絶対にしない……!
 だからね、雪子。
 何処に行ったって良い……!
 あたしを置いてどんなに遠くに離れてしまったって良い……!
 何処へ行っても、どんなに離れても!
 雪子が、笑顔で居てくれるなら……!!
 たったそれだけで、良い!」

 グイッと涙を袖で拭って、万感の想いを込めて里中さんは叫ぶ。


「だって、雪子が大切だから。
 ……あたしは━━━雪子の、友だちだからっ!!」


 里中さんとトモエの渾身の蹴りは、『シャドウ』の身体を見事に捉え突き刺さる。
 その一撃により『シャドウ』は壁に叩き付けられ、影が霧散するかの様に散っていった後に残ったのは、元々の天城さんの姿をした『シャドウ』だった。






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