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自称特別捜査隊

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 あたしにとって雪子は何よりも大切な親友だ。
 大切な雪子……。
 あたしが守ってあげなきゃいけないんだ。
 ずっとずっと雪子の傍に居た。
 ずっとずっと雪子を守ってきた。
 大人しい雪子が、嫌な事を押し付けられそうになっている時も。
 男の子達にモテる雪子が、言い寄られて困ってる時も。
 ずっとずっと……、あたしが、雪子の事を守ってきたんだ。

 そんな雪子が、何者かに拐われて危険な世界に閉じ込められている。
 このままだと、雪子が死んでしまうかも知れない。
 そう考えた時、居ても立っても居られなかった。
 雪子を助けるのは、他でもない、あたしの役割だ。
 これだけは、絶対に、絶対に……譲れない。
 そう、今こそ雪子を助ける時なのだ。

 だから、雪子を助けに行こうとしていた鳴上さんと花村に付いて行って、二度と行きたくないと思っていたあの奇妙な空間に足を踏み入れた。
 雪子がこの中に居るんだと思うと、悠長な事をしていられなかった。
 だから、引き留める鳴上さんや花村を置いて、雪子を探す為に霧の中を只管駆け回った。

 そう、全ては雪子を助ける為。
 そう、その筈なのに……。

 あたしにそっくりな『何か』に指摘された事を、何故か完全には否定出来なかった。
 けれどもそれを決して認める事は出来なかったから、……あたしはそれを否定した。




◇◇◇◇◇




 現れた怪物は鳴上さんと花村によって倒され、後に残ったのは私に似た『何か』だった。

 二人と奇妙な着ぐるみは、それを『シャドウ』と呼んだ。
 さっきまでは口煩く感じる程まくし立てていたというのに『シャドウ』は急に押し黙り、何かを求める様な目であたしを見詰めてくる。

「何よ……急に黙っちゃって……。
 勝手な事ばっかり……」

「よせ、里中」

 花村に制止され、思わず言葉に詰まる。

「だ、だって……」

 あんなの、認める訳にはいかない。
 だって、だって……雪子は、本当に大切な親友なのに。
 なのに、そんな雪子にそんな事を思っているだなんて。
 そんなの……、そんなのは……。

 その時だった。


「別に、良いんじゃないか?
 寧ろそんなに自分を責める位、思ってはいけない事なのか? それって」

「えっ……?」

 鳴上さんの静かな声が、嫌悪に陥りかけたあたしを引き戻した。
 鳴上さんは一度黙ったまま佇む『シャドウ』に目をやってから、あたしを静かな目で見詰める。

「大切な友達でも、長く付き合っていれば色々思う所が出てきたって可笑しくはないし、別に駄目って訳でもないと思うけど。
 大切であるからこそ、親しい存在だからこそ、思ってしまう事ってあると思うし。
 ……それに、大好きな人に頼られたら嬉しくなるのって、ある意味当然じゃないのか?
 それでもっと頼って欲しいって、そう思うのは里中さんにとって許せない事なのか?」

 そう首を傾げて訊ねてくる鳴上さんには、嫌悪の色も何も見当たらない。
 本当に他意なくそう思っているのだ。

「……色々なごちゃごちゃとした気持ちを取っ払って。
 それでもそこに相手を大切に思う気持ちが確かにあるのなら、きっとそれで良いんだと私は思う」

 淡々と、だけど確かな思いやりを以て、鳴上さんはあたしに言葉を紡ぐ。

「『シャドウ』は里中さんの全てではないけど、それでも里中さんの一面であるのは確かだ。
 それを拒絶するのは……きっと里中さん自身にとっても、辛い事なんじゃないか?」

「そうだぜ里中。
 自分で自分を否定しちまうなんて、辛いだけだ。
 嫌でもさ、向き合ってやろうぜ。
 俺にもあったからさ、同じような事。
 だからさ……分かるよ」

 鳴上さんどころか、花村にまでそうやって諭されてしまった。

 …………。……雪子は大切な友達だ。
 これは間違いなく、本当。
 それだけは、絶対だ。

 ……だけど。
 周りの人が雪子の容姿とか……あたしが持っていないものを褒める時、胸の何処かで疼く何かはずっとあった。
 周りの男の子を惹き付けるモノを沢山持ってる雪子が……羨ましかった。
 あたしの周りの男の子達が雪子しか見ていない事に気が付いた時は……悲しかった。
 ……自分には、何も無い様に思えた。
 ……そして…………だからこそ。
 ……何でも持ってる様に見えた雪子に頼って貰える事が……堪らなく嬉しかった。

『友達』だから、大切な筈なのに。
『頼って貰える』から、大切になってきて……。
 そして……。

 …………本当は、あたしにも分かっていた。
 あれは……『シャドウ』は、あたしなんだって。
 でも、認めたくなくて否定して……。
 ……だけど、何時までも目を反らし続けてはいられない。
 覚悟を決めて、あたしは『シャドウ』と向き合った。


「アンタは……あたしの中にいたもう一人のあたし……って事ね……。
 ずっと見ない振りしてきた、どーしようもない、あたし……」


 本当に……どうのしようもない。
 大切な親友なのに、卑屈になって、でも見下してもいて。
 ごちゃごちゃでぐちゃぐちゃの、醜い感情ばかり。
 そんな、どーしようもない一面だけど。


「でも、あたしはアンタで、アンタはあたし、なんだよね……」


 そう。そんなどーしようもないのも、『あたし』なのだ。
 ……そう、今なら認める事が出来る。

 シャドウは微かに頷いて、光に溶けていく。
 そこに残ったのは、一枚のカードだった。

「これは……」

「『ペルソナ』。
 里中さんを守るもう一人の自分……ってところかな」

 鳴上さんがそう説明してくれる。
『ペルソナ』──トモエ。
 もう一人の、あたし……。

「あ、あのさ……あ……あたし。その、あんなだけど……。
 でも、雪子の事、好きなのは嘘じゃないから……」

 それだけは、どうしても分かっていて欲しかった。
 そこだけは、絶対に譲れない一番大切な事だから。

「バーカ。そんなの、分かってるっつの」

 あたしの言葉に花村は苦笑し、鳴上さんも「分かっているよ」と言いた気に頷いた。
 二人の反応に安堵して……気が抜けた瞬間、膝から力が抜けて座り込んでしまう。

「お、おい、里中!」

「ヘーキ……ちょっと、疲れただけ……」

 立ち上がろうとした所を鳴上さんに押し留められた。

「無茶は駄目だ。
 ちょっとどころの疲労じゃないよね?
 花村、今日は一旦引き上げよう。
 幸い雨が降る迄には多少の余裕がある。
 今日明日を休息に費やす位なら問題はない筈」

 鳴上さんがそう花村に言うと、花村も同意する様に頷く。

「……だな。このまま無理すんのはヤバいだろうしな」

 このまま帰ろうという方向で話が進んでいる事に、焦って声を上げた。

「か、勝手に決めないでよ!
 あたし、まだ……行けるんだから……」

「無理しちゃイヤクマ!」

 しかし今度は着ぐるみ……いや、クマがそれを止める。
 そしてクマは雪子はこちらの霧が晴れるまで―――向こうで霧が出るまでは安全なのだとあたしを諭してきた。

 でも……だからと言って……ここで帰る訳にはいかない。
 ……雪子は今も一人で……怖い思いしてるのに……。
 だからこそ、行かなくてはならないのに……。

「でも雪子はまだ、この中にいるんでしょ?
 あ、あたし……さっきのが雪子の本心なら、あたし……伝えなきゃいけない事がある。
 あたし、雪子が思ってるほど強くない!
 雪子が居てくれたから……二人一緒だったから大丈夫だっただけで、ホントは……」

 焦燥感からそう溢すと、鳴上さんは「駄目だ」とキッパリ首を横に振った。

「それなら、尚更このまま行かせる訳にはいかない。
 このまま無理して里中さんが倒れたら、誰がそれを伝えるんだ?」

「そーだぜ里中。
 今天城を助け出す事が出来るのは、この世界を知っていて……ここに来る事が出来る俺達しかいないんだ。
 俺達は天城を助け出す為にも失敗は出来ない。
 ここで無理を通せば結果的に天城の身を危険に晒す事にも繋がるんだ」

 結局は、鳴上さんと花村の説得を受け、今日だけは引き返す事を受け入れた。






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