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自称特別捜査隊

◇◇◇◇◇




 ━━ 私、雪子って名前が嫌いだった……。
 ━━ 雪なんて冷たくてすぐ溶けちゃう。
 ━━ 儚くて意味の無いもの。

 ━━ でも、私にはピッタリよね。
 ━━ 旅館の跡継ぎって以外価値のない私には……。

 ━━ ……だけど、千枝だけが言ってくれた。
 ━━『雪子には赤が似合うね』って。

 ━━ 千枝だけが……私に意味をくれた……。

 ━━ 千枝は明るくて強くて何でも出来て……。
 ━━ 私に無いものを全部持っている……。

 ━━ 私なんて……千枝に比べたら……。

 ━━ 千枝は……私を守ってくれる。
 ━━ ……何の価値も無い私を……。

 ━━ 私、そんな資格なんて無いのに……。

 ━━ 優しい千枝……。


 …………声はそこで止んだ。




◇◇◇◇◇




 漸く広間の様な場所で茫然と立ち竦む里中さんを見付けたが、追い付くのが遅かったのか……。
 里中さんは既に自分の『シャドウ』と対峙している所だった。

『優しい千枝……だってさ』

 歪んだ笑みをその顔に張り付けて、『シャドウ』は爛々と輝く瞳で里中さんを見据えている。

「だ、誰…………!?」

 戸惑った様に訊ねる里中さんの声を嘲笑うかの様に『シャドウ』は言葉を連ねた。

『あたしはアンタよ。アンタはあたし。
 笑えるねぇ? 
 雪子が……あの雪子が?
 あたしに守られてるって!?
 自分には何の価値もないってさ!!』

 里中さんの『シャドウ』が吐き出すのは、天城さんに対する歪んだ優越感と……そしてそれと背中合わせに存在する劣等感だった。
 男子からの好意を寄せられるのは、天城さん。
 勉強も出来る、家業の手伝いも立派に出来る……何でも出来る様に、里中さんには天城さんがそう見えていた。
 そんな天城さんに《頼られている》……。
 そこに、里中さんは優越感と自らのアイデンティティーを感じてしまった。
 しかし、そんな歪な状態が負荷にならない筈は無い。
 それらは強い嫉妬となって『シャドウ』の形を取って今現れている。
 相反する様なそれを、悪意を滲ませた過激な言葉で言い募っていく『シャドウ』に、加速度的に里中さんは平静を失っていっている様だ。
 そして、ぶつけられた言葉を「嫌だ、違う」と里中さんは否定し、「見ないで、聞かないで」とこちらに懇願するのだった。

 嫉妬。
 そんなものは多かれ少なかれ誰だって持ってるし、自分に無い何かがある人を羨む事自体は、別にそう悪い事ではないと思っている。
 嫉妬から他人を傷付けるのは、勿論良くない事ではあるけれど。
 誰かを羨む気持ちは、自分をより高めていこうと努力する為の原動力になる事だってある。
 そして、他人に頼って貰えるというのは、自己の承認欲求を満たせるモノでもあるから、それを欲する気持ちも分かる。
 だから、里中さんが抱いていたその気持ちを、悪いモノであるとは自分には思えなかった。
 ましてや、それで失望するなんて有り得ない。
 何故ならば、例えそれが《頼って貰える》からだと思っているのだとしても。どんなに嫉妬していても。
 それでも、里中さんは決して天城さんを傷付けたりはしていないし、そして。
 ……『シャドウ』も決して、天城さんの事を『嫌い』だと、『友達ではない』のだとは、言ってないからだ。


 ……ああ、だけれども。これは、辛いだろう。
 これが里中さんの『シャドウ』……認められずに抑圧された里中さんの一面だとするならば、他者がこの場に存在する今のこの状況は里中さんにとって何よりも辛いのかも知れない。
 ……暴走させずに受け入れるのが一番ではあるけれど、聴衆がいる上に天城さんの事で切羽詰まっている今の里中さんの状況では、どう止めようが無理であろう。
 仕方無い……。

「花村……、戦う準備は出来てるか?」

 花村が確かに頷くのを確認し、手の中にイザナギのカードを具現化させる。

 そして遂に里中さんは、禁断の言葉を口にした。


《big》《b》「アンタなんか……アンタなんかっ、あたしじゃないっ!!」《/b》《/big》


 そう言い放った直後に脱力した様に倒れる里中さんを、床に倒れる寸前に抱き止める。
 高笑いをあげる『シャドウ』の姿は、轟々と吹き荒れる黒い風に隠れて、良くは見えない。


《big》《b》《i》『そうよっ! 我は影、真なる我!《/i》《/b》《/big》
《big》《b》《i》 そうよ……そうよ、雪子なんてあたしがいなきゃ何にも出来ない……。《/i》《/b》《/big》
《big》《b》《i》 あたしの方が……あたしの方が、あたしの方がっ!《/i》《/b》《/big》
《big》《b》《i》 あたしの方がずっとずっとずっと上じゃないっ!!』《/i》《/b》《/big》


 里中さんの『シャドウ』はそう叫びながらその姿を変えた。
 全体的に黄色いボンテージ衣装を身に纏い、KKKの様な三角に尖った覆面で顔を隠し、八十神高校の女子制服を纏ったマネキンの様なもの数体を踏み台にしてその上に座っているその姿は、手にしている鎖と長い鞭なども相俟ってSMの女王にも見える。
 長過ぎて床にまで散らばってしまっている黒く艶やかな髪は、何処か天城さんを連想させるものだ。
 ……『シャドウ』が抑圧していた心の表れだというのなら、里中さんの『シャドウ』がこの様な姿を取った事にもきっと意味が有るのだろう。

 力なく座り込んだ里中さんをクマに託して安全な場所まで退避させた。
 今は兎に角『シャドウ』の暴走を止めなくてはならない。
 直ぐ様イザナギとジライヤを呼び出して里中さんの『シャドウ』と対峙した。

『なにアンタら……ホンモノさんなんか庇っちゃって……。
 あたしの方がっ!! ずっと素直で正直なのに!!
 そんな薄汚いサイテー女っっ!!
 何の価値も無いのにっ!!!』

 こちらが里中さんを庇うのが気に障ったのか、『シャドウ』は苛ついた様に鞭を振り回す。
 周囲の床に敷き詰められた豪奢なカーペットを切り裂きながら、鋭い鞭の一撃がジライヤを狙うが、ジライヤはスルリとそれを避けた。

「いけっ! ジライヤっ!!」

 花村の指示が飛び、ジライヤが旋風を『シャドウ』に叩き付ける。
 弱点だったのか『シャドウ』は大きく体勢を崩した。
 そこに畳み掛ける様にイザナギを突っ込ませて斬撃を浴びせかける。
 ……しかし、効いていない訳ではない様だが、あまり効果がない。
 どうやら里中さんのシャドウは物理攻撃には強いらしい。
 続け様に放った雷撃はちゃんとダメージになった様だ。

「花村、シャドウの弱点は風だ!
 そのまま風で攻撃して!!」

 指示を飛ばすと花村はおうと頷き、再度旋風が巻き起こった。
 それに体勢を崩された『シャドウ』の眼光が、不穏な光を帯びる。

『こんのっ、ウジ虫がぁぁっ!!』

 ギラギラと蔑む様な眼光が花村を射抜き、『シャドウ』は鞭を持つ手を大きく振り上げた。
 ビリビリと背筋に嫌な予感を感じる。

「花村! 一旦ジライヤ下げて!!
 何か仕掛けてくる!!」

 花村に指示を飛ばすと同時に、イザナギを花村の側まで走らせ、そのコートの中に花村を匿わせた。
 そして、全力で『シャドウ』から距離を取る。

 その次の瞬間、周囲が白く染まった様に感じ、それと同時に鈍く痺れる様な感覚が身体中を駆け巡った。
 電撃を喰らったのだ。
 どうやら里中さんの『シャドウ』は電撃も扱えるらしい。
 イザナギはある程度なら電撃のダメージを軽減出来るので、咄嗟の行動とは言え花村を庇ったのは悪くはない判断だった。

「あっっぶねぇぇっ! 鳴上、サンキューな!!」

 指示を飛ばした瞬間に、反射的にジライヤを消していた花村が、危うく電撃を喰らいかけていた事に戦いた。

「電撃は私が何とかするから、花村は気にせずに風で『シャドウ』に畳み掛けて!
 ここで一気に攻める!」

 イザナギの力でジライヤの攻撃力を底上げしてから、イザナギを『シャドウ』に突っ込ませる。
 風を切って唸る鞭を手にした剣で捌きながらイザナギは『シャドウ』に肉薄した。
 袈裟斬りにしようとイザナギが振りかぶったその剣を、『シャドウ』は鞭を絡める事で阻止する。
 だが、そうやって止められる事は想定済みだ。

 イザナギの動きを止めようとして生まれたその隙を付いて、こちらが完全にノーマークになっていた所を、『シャドウ』の土台となっているマネキンのバランスを崩す様にそのマネキン達の足を模造刀で薙ぎ払った。
 元々マネキンのバランスは安定してはいなかったため、『シャドウ』は大きく体勢を崩し、床に尻餅をつく形で落下。
 そこを強襲する形で強化された旋風が『シャドウ』を切り刻み、『シャドウ』は呻き声を上げた。

『舐めてんじゃないわよ! ウジ虫の分際でっっ!!』

 ジライヤを電撃で迎え撃とうと鞭を振りかざした『シャドウ』の手に、模造刀を投げ付ける事でそれを阻止する。
 更にダメ押し気味にイザナギの力で『シャドウ』の耐久力を下げた。
 そこに花村が飛び込む。

「これで、止めだっっ!!」

 ジライヤが放った風に吹き散らされたかの様に、『シャドウ』は元の里中さんの姿に戻った。






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