自称特別捜査隊
◆◆◆◆◆
《シャドウ》とは、人に抑圧されそして否定された、その本体から切り離された心の集合体。
この世界では《シャドウ》は実体を伴って存在している。
そして、普段は霧に覆われた世界に隠れているが、時折霧が晴れた時には酷く暴れだす……。
普通《シャドウ》に“個”というものはなく、その元となった人とは関わりを持たない。
しかし、この世界に生身の人間が入り込むと、その人間が抑圧していた……だがまだ心から切り離されてはいない部分が『シャドウ』となって具現化する。
本体に否定された『シャドウ』は周囲に存在する個としては弱い《シャドウ》達を取り込んで暴走する。
本体が己と向き合い、『シャドウ』を認めなくては暴走は止まらない。
そして、受け入れた『シャドウ』は『ペルソナ』へと変わる……?
クマから聞いた事、そして目の前で起きた事。
それらを整理して推測すると、その結論へと至った。
『花村』は花村の『ペルソナ』となった。
つまりは、『ペルソナ』と『シャドウ』。
この二つは非常に関連深い事象だという事になるのだろうか。
受け入れられていない自己が『シャドウ』、向き合い受け入れた『シャドウ』は『ペルソナ』になる……?
結論付けるにはまだ早計であるが、その可能性は考慮するに値する。
状況証拠でしかなく確認しようにも本人は既にいないが、恐らくはここに残されていた小西先輩の声は、小西先輩本人のモノではなくその『シャドウ』のものだったのだろう。
彼女も『シャドウ』を否定して、そして殺されてしまったのだろうか……。
さっき花村が『花村』に殺されかけた様に。
本来《シャドウ》に通常の物理的な攻撃は通用しない、らしい。
思えば、昨日鉄パイプで全力で殴ってもビクともしなかったのは、それ故だったのだろう。
実体を伴っているとは言え、相手は物質的な存在ではなく精神的な存在なのだから然もありなん、である。
《シャドウ》達を倒せるのは同じ精神的な存在、つまりは『ペルソナ』を扱える者。
だからかは知らないが、さっきの戦いで叩き付けた酒瓶は昨日の鉄パイプに比べれば多少のダメージにはなっていた。
『ペルソナ』を使える様になったからこそ、こちらの物理的攻撃手段も通用する様になったのだろうか……?
だがしかし、そもそも何故霧が晴れていない状況だったのに、昨日にしろ今日にしろ《シャドウ》が襲ってきたのだろう?
先輩達は霧が晴れたタイミングで《シャドウ》に襲われて殺されたというのに、何故?
先輩と山野アナの時と、昨日や今さっきの花村の時とでは何かが違うのか?
パッと思い付くのは、クマがくれたこの世界の霧を見通す為のメガネの有無だが、恐らくは差違はそれだけではない。
昨日はクマがシャドウ達に襲われるより先に助けに来てメガネをくれたとは言え、あのままではメガネの有無関係無しに襲われていただろう。
クマは探索しているから警戒されたのだろうと言っていたが……。
果たしてそうなのだろうか……?
……分からない。
この件は一先ず保留するしかないだろう。
◇◇◇◇◇
『花村』が消え、激しい戦闘の痕があちらこちらに残るぐちゃぐちゃになった店内で、花村は俯いてたままその身体を震わせる。
「先輩達は……たった一人でこんな場所に……。
なのに、誰も……先輩達の事を……」
助けに行かなかった。
助けられなかった。
花村が呑み込んだ言葉はどちらだったのだろう。
……どちらでも、同じ、か。
無論、山野アナがここに放り込まれた段階では、まさかこの世界に閉じ込められているだなんて露とも思っていなかったし、山野アナをここに放り込んだ犯人以外はそもそもこの世界の事自体知らなかっただろう。
だけれども。
恐らく小西先輩は、昨日自分達がこの世界を脱出したすぐ後にこの世界に放り込まれたのだ。
もう少しでもタイミングがズレていれば……助けられていた可能性はゼロではなかった。
いや、そうでなくても。
叔父さんから先輩が行方不明だと聞いた時にもっと何か出来たんじゃないだろうか。
……所詮はIFの話でしかないけれども。
【犯人】の狙いは一体何だ?
動機は、目的は、先輩達を狙った理由は?
……考えても、何も答えは出ない。
現段階では情報が少な過ぎるのだ。
花村の消耗が激しいので今日の調査はこの辺りで切り上げる事にした。
クマ曰く、同じ場所から入らないと違う出口に出てしまうらしい。
この場合の“場所”とは同一のテレビでという事なのだろうか。
それとも、あちらの世界での座標的な意味での“場所”なのだろうか。
……あのテレビから出入りしてくれ、というのは間違いないだろうが。
…………困ったな。
家電売場なんて、普通に人目に付きかねない場所だ……。
取り敢えず、花村に無理を言ってしまうが、監視カメラにあのテレビ周辺の画像が映らない様にして貰い、更には昨日と今日の分の映像を、決定的瞬間が映っていた場合には削除して貰うしかあるまい。
……
…………
………………
……………………
▲▽▲▽▲▽
あちらから戻ってくると、里中さんが泣きじゃくっていた。
随分と心配を掛けてしまったらしい。
自分達が彼方に行ってから既に数時間経っていた。
その間、ここでずっと待っていてくれていたのかと思うと、とても申し訳なく感じる。
こちらが謝ろうと口を開こうとすると、「馬鹿!」と叫んで里中さんは走り去ってしまった。
……明日、ちゃんと謝らなくては。
◇◇◇◇
疲れているが心なしかスッキリとした顔の花村と別れ、家へと帰る。
帰路の途中にある河川敷の休憩所で、雨宿りしている天城さんに出会った。
鮮やかな桜色の着物がよく似合っている。
しかし、何故そんな格好で出歩いているのだろう。
「あ……この格好?
家のお使いだったから……。
えっと……この町とか、学校には、もう慣れた?」
どうやら天城さんは、お家の旅館の用事だった様である。
その帰りの途中で雨に遭ったのだろう。
「まぁ、まだ数日しか経ってないけど、大体は」
少なくとも学校の中や近所では迷子にはならない。
既に大体の教室とかの配置は理解している。
「知らない場所に転校してくるって、大変?
私は、この町から出た事無いから、転校ってどんなものか、あんまり分からなくて。
あ、えっと……私、いつも帰り早いし……あんまり鳴上さんと話せてないんだけど……」
「家の旅館手伝ってるんだったっけ?」
「あ、うん。そうなの。
ウチの旅館、私がいないと全然ダメで……。
今日もこれから帰ったら板長と明日の打ち合わせしなきゃならないし。
そうだ……千枝とかとは、どう?」
板長との打ち合わせ……。
まだ学生なのに大変だ。
旅館の内情に詳しい訳じゃないから、天城さんの所が特別大変なのかどうかは分からないけれど。
どんな物事であれ、頑張っている人には自然と頭が下がる思いである。
それに、里中さん、か。
……今日は酷く心配させてしまった。
昨日だってあれだけ怖い目に遭わせてしまったのだし、本当に里中さんには悪い事をしてしまっている。
でも、ああやって心配してくれているという事は、こちらの事を『どうでもいい存在』だとは思っていないという事で……。
それはとても嬉しい事であると同時に、とても有り難い事だ。
「千枝ってね、すごく頼りになるの。
私、いつも引っ張ってもらってる。
去年も同じクラスでね、一緒にサボって遊んだりしたな……」
そう里中さんの事を語る天城さんは、優しい顔をしていた。
本当に里中さんの事を大切に思っているのだろう。
天城さんの語る話に時折相槌を打ちながら、それに耳を傾ける。
「あ、そろそろ帰らなきゃ……。
じゃあね、鳴上さん。また明日」
雨足が少し弱くなってきた頃合いを見計らって、天城さんとはその場で別れた。
◇◇◇◇◇
家に帰ると菜々子ちゃんは既に帰宅していた。
夕飯の支度をしながら付けっぱなしにされていたテレビから流れてくるニュースに耳を傾ける。
どうやら小西先輩の事件についての報道がなされている様だ。
山野アナの事件から間を置かずに行われた猟奇殺人。
メディアの注目を集めるには十分だろう。
喩え、その事件の実態が果たして猟奇殺人と評するに相応しいかは別にして。
山野アナの事件の第一発見者があんな事になったからか、小西先輩の件の第一発見者のインタビューは無いみたいだ。
まぁ、警察が睨みを効かせたのだろう。
当然の対応、ではある。
こんな事件が起きたのだ。
今日は……叔父さんは帰ってこれないのかもしれない。
叔父さんが心配なのか、夕食に箸をつける菜々子ちゃんの表情は暗い。
何とか気を紛らわせてあげたくて、ふと提案してみた。
「……菜々子ちゃん、今日は一緒にお風呂入る?」
「……うん!
あのね、菜々子ね、せなかながしっこしたい。
あとね、あとね! アヒルさん、うかべようよ!!」
勿論良いよ、と笑って頷くと、菜々子ちゃんの表情はパアッと明るくなる。
叔母さんが亡くなってからというものの、叔父さんがあの調子で忙しかったのだとすれば、誰かと一緒にお風呂に入る機会など殆ど無かっただろう。
それ故にか……何時もの何処か遠慮した様な感じでなく、歳相応に喜ぶ菜々子ちゃんの表情はとても眩しかった。
食器を片付けていると、ふと見知った顔がテレビに映っている事に気が付いた。
映っているのは天城さんだ。
今日の帰り際に見掛けた時の服装でテレビに映っている。
どうやら天城屋が番組に取り上げられている様だ。
……お家の用事とは、これの事だったのだろうか?
テレビに取り上げられる事自体は、別に完全に悪い事ではないだろうが……。
しかしどうにもレポーターの発言が気に触る。
死んだ山野アナが宿泊していただの、女将が倒れただの、一々取り上げる必要は無いだろう。
段々セクハラ紛いの発言を繰り返すレポーターに嫌気がさして、チャンネルを変える。
変えた先では丁度天気予報のタイミングだった。
どうやら明日の早朝は霧が出るらしい。
今夜も《マヨナカテレビ》が映る条件が整っている。
起きていられるか一抹の不安はあるが、寝ない様に暇潰しの為の本も既に用意してある。
《マヨナカテレビ》の時間までならギリギリ持つだろう。
◇◇◇◇◇
眠気で頭がボヤっとしてきてはいるが、何とかギリギリ持っている。
……しかし、《マヨナカテレビ》に誰かが映ったとして、それからどうしようか。
《マヨナカテレビ》映ったからといって、それで彼方の世界に放り込まれるとまだ決まった訳じゃない。
そもそも、《マヨナカテレビ》自体が一体何なのか全く分からないのだ。
何時から存在する現象なのかも、そして一体どういう原理のものなのかも。
取り敢えず【犯人】への手掛かりになるかもしれないものが《マヨナカテレビ》しかないだけで。
だが、《マヨナカテレビ》に映ってしまった人が狙われないとも限らない。
……映っても映らなくても、微妙な気持ちにはなるだろう。
二人をあの世界に放り込んだ【犯人】を捕まえると約束した以上、それを違えるつもりも諦めるつもりもない。
だが……こちらは調査のプロではない。
情報だって、そんなに集まるものでもない。
実際問題、不足ばかりである。
【犯人】が捕まっていない以上再犯する可能性はあるし、あの世界に誰かが放り込まれた際は可能な限りは救出する。
被害者が居ると分かっていながら無視を決め込むのは、自分の流儀に反するからだ。
そればかりは絶対に嫌だ。
それにしても……。
人の心が反映されている、だなんて、あの世界はまるでゲームの『サイレントヒル』みたいだ。
深い霧といい、怪物といい、何となく似ている。
作品によっては若干設定が違うものの、『サイレントヒル』の世界でも、人は己と向き合う必要性があるんだったか……。
そんな益体も無い事を考えていると、丁度零時になる。
前と同じ様に砂嵐が走った後に、“何か”が映った。
……人、というのは分かる。
髪(?)が長い様なので、女性だろうか。
だがしかし、先日の小西先輩の時の比ではない程画像が荒くて殆ど情報が読み取れない。
これでは映っているのが誰なのかは、到底判別出来ないだろう。
マヨナカテレビは一分少々映った後、始まった時と同様に唐突に消えた。
それと同時に、抗い難い程強くなった睡魔に身を委ね、眠りの淵へと落ちていったのだった。
◆◆◆◆◆
《シャドウ》とは、人に抑圧されそして否定された、その本体から切り離された心の集合体。
この世界では《シャドウ》は実体を伴って存在している。
そして、普段は霧に覆われた世界に隠れているが、時折霧が晴れた時には酷く暴れだす……。
普通《シャドウ》に“個”というものはなく、その元となった人とは関わりを持たない。
しかし、この世界に生身の人間が入り込むと、その人間が抑圧していた……だがまだ心から切り離されてはいない部分が『シャドウ』となって具現化する。
本体に否定された『シャドウ』は周囲に存在する個としては弱い《シャドウ》達を取り込んで暴走する。
本体が己と向き合い、『シャドウ』を認めなくては暴走は止まらない。
そして、受け入れた『シャドウ』は『ペルソナ』へと変わる……?
クマから聞いた事、そして目の前で起きた事。
それらを整理して推測すると、その結論へと至った。
『花村』は花村の『ペルソナ』となった。
つまりは、『ペルソナ』と『シャドウ』。
この二つは非常に関連深い事象だという事になるのだろうか。
受け入れられていない自己が『シャドウ』、向き合い受け入れた『シャドウ』は『ペルソナ』になる……?
結論付けるにはまだ早計であるが、その可能性は考慮するに値する。
状況証拠でしかなく確認しようにも本人は既にいないが、恐らくはここに残されていた小西先輩の声は、小西先輩本人のモノではなくその『シャドウ』のものだったのだろう。
彼女も『シャドウ』を否定して、そして殺されてしまったのだろうか……。
さっき花村が『花村』に殺されかけた様に。
本来《シャドウ》に通常の物理的な攻撃は通用しない、らしい。
思えば、昨日鉄パイプで全力で殴ってもビクともしなかったのは、それ故だったのだろう。
実体を伴っているとは言え、相手は物質的な存在ではなく精神的な存在なのだから然もありなん、である。
《シャドウ》達を倒せるのは同じ精神的な存在、つまりは『ペルソナ』を扱える者。
だからかは知らないが、さっきの戦いで叩き付けた酒瓶は昨日の鉄パイプに比べれば多少のダメージにはなっていた。
『ペルソナ』を使える様になったからこそ、こちらの物理的攻撃手段も通用する様になったのだろうか……?
だがしかし、そもそも何故霧が晴れていない状況だったのに、昨日にしろ今日にしろ《シャドウ》が襲ってきたのだろう?
先輩達は霧が晴れたタイミングで《シャドウ》に襲われて殺されたというのに、何故?
先輩と山野アナの時と、昨日や今さっきの花村の時とでは何かが違うのか?
パッと思い付くのは、クマがくれたこの世界の霧を見通す為のメガネの有無だが、恐らくは差違はそれだけではない。
昨日はクマがシャドウ達に襲われるより先に助けに来てメガネをくれたとは言え、あのままではメガネの有無関係無しに襲われていただろう。
クマは探索しているから警戒されたのだろうと言っていたが……。
果たしてそうなのだろうか……?
……分からない。
この件は一先ず保留するしかないだろう。
◇◇◇◇◇
『花村』が消え、激しい戦闘の痕があちらこちらに残るぐちゃぐちゃになった店内で、花村は俯いてたままその身体を震わせる。
「先輩達は……たった一人でこんな場所に……。
なのに、誰も……先輩達の事を……」
助けに行かなかった。
助けられなかった。
花村が呑み込んだ言葉はどちらだったのだろう。
……どちらでも、同じ、か。
無論、山野アナがここに放り込まれた段階では、まさかこの世界に閉じ込められているだなんて露とも思っていなかったし、山野アナをここに放り込んだ犯人以外はそもそもこの世界の事自体知らなかっただろう。
だけれども。
恐らく小西先輩は、昨日自分達がこの世界を脱出したすぐ後にこの世界に放り込まれたのだ。
もう少しでもタイミングがズレていれば……助けられていた可能性はゼロではなかった。
いや、そうでなくても。
叔父さんから先輩が行方不明だと聞いた時にもっと何か出来たんじゃないだろうか。
……所詮はIFの話でしかないけれども。
【犯人】の狙いは一体何だ?
動機は、目的は、先輩達を狙った理由は?
……考えても、何も答えは出ない。
現段階では情報が少な過ぎるのだ。
花村の消耗が激しいので今日の調査はこの辺りで切り上げる事にした。
クマ曰く、同じ場所から入らないと違う出口に出てしまうらしい。
この場合の“場所”とは同一のテレビでという事なのだろうか。
それとも、あちらの世界での座標的な意味での“場所”なのだろうか。
……あのテレビから出入りしてくれ、というのは間違いないだろうが。
…………困ったな。
家電売場なんて、普通に人目に付きかねない場所だ……。
取り敢えず、花村に無理を言ってしまうが、監視カメラにあのテレビ周辺の画像が映らない様にして貰い、更には昨日と今日の分の映像を、決定的瞬間が映っていた場合には削除して貰うしかあるまい。
……
…………
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あちらから戻ってくると、里中さんが泣きじゃくっていた。
随分と心配を掛けてしまったらしい。
自分達が彼方に行ってから既に数時間経っていた。
その間、ここでずっと待っていてくれていたのかと思うと、とても申し訳なく感じる。
こちらが謝ろうと口を開こうとすると、「馬鹿!」と叫んで里中さんは走り去ってしまった。
……明日、ちゃんと謝らなくては。
◇◇◇◇
疲れているが心なしかスッキリとした顔の花村と別れ、家へと帰る。
帰路の途中にある河川敷の休憩所で、雨宿りしている天城さんに出会った。
鮮やかな桜色の着物がよく似合っている。
しかし、何故そんな格好で出歩いているのだろう。
「あ……この格好?
家のお使いだったから……。
えっと……この町とか、学校には、もう慣れた?」
どうやら天城さんは、お家の旅館の用事だった様である。
その帰りの途中で雨に遭ったのだろう。
「まぁ、まだ数日しか経ってないけど、大体は」
少なくとも学校の中や近所では迷子にはならない。
既に大体の教室とかの配置は理解している。
「知らない場所に転校してくるって、大変?
私は、この町から出た事無いから、転校ってどんなものか、あんまり分からなくて。
あ、えっと……私、いつも帰り早いし……あんまり鳴上さんと話せてないんだけど……」
「家の旅館手伝ってるんだったっけ?」
「あ、うん。そうなの。
ウチの旅館、私がいないと全然ダメで……。
今日もこれから帰ったら板長と明日の打ち合わせしなきゃならないし。
そうだ……千枝とかとは、どう?」
板長との打ち合わせ……。
まだ学生なのに大変だ。
旅館の内情に詳しい訳じゃないから、天城さんの所が特別大変なのかどうかは分からないけれど。
どんな物事であれ、頑張っている人には自然と頭が下がる思いである。
それに、里中さん、か。
……今日は酷く心配させてしまった。
昨日だってあれだけ怖い目に遭わせてしまったのだし、本当に里中さんには悪い事をしてしまっている。
でも、ああやって心配してくれているという事は、こちらの事を『どうでもいい存在』だとは思っていないという事で……。
それはとても嬉しい事であると同時に、とても有り難い事だ。
「千枝ってね、すごく頼りになるの。
私、いつも引っ張ってもらってる。
去年も同じクラスでね、一緒にサボって遊んだりしたな……」
そう里中さんの事を語る天城さんは、優しい顔をしていた。
本当に里中さんの事を大切に思っているのだろう。
天城さんの語る話に時折相槌を打ちながら、それに耳を傾ける。
「あ、そろそろ帰らなきゃ……。
じゃあね、鳴上さん。また明日」
雨足が少し弱くなってきた頃合いを見計らって、天城さんとはその場で別れた。
◇◇◇◇◇
家に帰ると菜々子ちゃんは既に帰宅していた。
夕飯の支度をしながら付けっぱなしにされていたテレビから流れてくるニュースに耳を傾ける。
どうやら小西先輩の事件についての報道がなされている様だ。
山野アナの事件から間を置かずに行われた猟奇殺人。
メディアの注目を集めるには十分だろう。
喩え、その事件の実態が果たして猟奇殺人と評するに相応しいかは別にして。
山野アナの事件の第一発見者があんな事になったからか、小西先輩の件の第一発見者のインタビューは無いみたいだ。
まぁ、警察が睨みを効かせたのだろう。
当然の対応、ではある。
こんな事件が起きたのだ。
今日は……叔父さんは帰ってこれないのかもしれない。
叔父さんが心配なのか、夕食に箸をつける菜々子ちゃんの表情は暗い。
何とか気を紛らわせてあげたくて、ふと提案してみた。
「……菜々子ちゃん、今日は一緒にお風呂入る?」
「……うん!
あのね、菜々子ね、せなかながしっこしたい。
あとね、あとね! アヒルさん、うかべようよ!!」
勿論良いよ、と笑って頷くと、菜々子ちゃんの表情はパアッと明るくなる。
叔母さんが亡くなってからというものの、叔父さんがあの調子で忙しかったのだとすれば、誰かと一緒にお風呂に入る機会など殆ど無かっただろう。
それ故にか……何時もの何処か遠慮した様な感じでなく、歳相応に喜ぶ菜々子ちゃんの表情はとても眩しかった。
食器を片付けていると、ふと見知った顔がテレビに映っている事に気が付いた。
映っているのは天城さんだ。
今日の帰り際に見掛けた時の服装でテレビに映っている。
どうやら天城屋が番組に取り上げられている様だ。
……お家の用事とは、これの事だったのだろうか?
テレビに取り上げられる事自体は、別に完全に悪い事ではないだろうが……。
しかしどうにもレポーターの発言が気に触る。
死んだ山野アナが宿泊していただの、女将が倒れただの、一々取り上げる必要は無いだろう。
段々セクハラ紛いの発言を繰り返すレポーターに嫌気がさして、チャンネルを変える。
変えた先では丁度天気予報のタイミングだった。
どうやら明日の早朝は霧が出るらしい。
今夜も《マヨナカテレビ》が映る条件が整っている。
起きていられるか一抹の不安はあるが、寝ない様に暇潰しの為の本も既に用意してある。
《マヨナカテレビ》の時間までならギリギリ持つだろう。
◇◇◇◇◇
眠気で頭がボヤっとしてきてはいるが、何とかギリギリ持っている。
……しかし、《マヨナカテレビ》に誰かが映ったとして、それからどうしようか。
《マヨナカテレビ》映ったからといって、それで彼方の世界に放り込まれるとまだ決まった訳じゃない。
そもそも、《マヨナカテレビ》自体が一体何なのか全く分からないのだ。
何時から存在する現象なのかも、そして一体どういう原理のものなのかも。
取り敢えず【犯人】への手掛かりになるかもしれないものが《マヨナカテレビ》しかないだけで。
だが、《マヨナカテレビ》に映ってしまった人が狙われないとも限らない。
……映っても映らなくても、微妙な気持ちにはなるだろう。
二人をあの世界に放り込んだ【犯人】を捕まえると約束した以上、それを違えるつもりも諦めるつもりもない。
だが……こちらは調査のプロではない。
情報だって、そんなに集まるものでもない。
実際問題、不足ばかりである。
【犯人】が捕まっていない以上再犯する可能性はあるし、あの世界に誰かが放り込まれた際は可能な限りは救出する。
被害者が居ると分かっていながら無視を決め込むのは、自分の流儀に反するからだ。
そればかりは絶対に嫌だ。
それにしても……。
人の心が反映されている、だなんて、あの世界はまるでゲームの『サイレントヒル』みたいだ。
深い霧といい、怪物といい、何となく似ている。
作品によっては若干設定が違うものの、『サイレントヒル』の世界でも、人は己と向き合う必要性があるんだったか……。
そんな益体も無い事を考えていると、丁度零時になる。
前と同じ様に砂嵐が走った後に、“何か”が映った。
……人、というのは分かる。
髪(?)が長い様なので、女性だろうか。
だがしかし、先日の小西先輩の時の比ではない程画像が荒くて殆ど情報が読み取れない。
これでは映っているのが誰なのかは、到底判別出来ないだろう。
マヨナカテレビは一分少々映った後、始まった時と同様に唐突に消えた。
それと同時に、抗い難い程強くなった睡魔に身を委ね、眠りの淵へと落ちていったのだった。
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