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自称特別捜査隊

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『商店街もジュネスも、全部ウゼーんだろ!?』

『お前は孤立するのが恐くて上っ面を取り繕ってヘラヘラしてんだ。
 独りぼっちは寂しいもんなぁ!』

『俺は全部知ってるぜ?
 お前が如何に情けない奴かってなぁ!』

『ウザがられてんのは分かってたクセに、良い人ぶって自己満足してたんだよなぁ?
 お前はぁぁっ!』

『詰まんねぇ田舎暮らしに刺激が欲しかっただけなんだろ!?』



 怪物の言葉に心を抉られる。

 クマは、あいつは“俺”なんだと。
 俺の中にいた“自分”なんだと、そう言った。

 違う、違う、違う!!!
 俺は、……俺はそんなんじゃないっっ!!
 そんな事、思ったりなんかしない、してない。
 ……している訳がない。
 否定して否定して、……否定、しなきゃ。
 …………こんなのが俺の筈がない。
 あんなの、俺じゃ、無い。

 周りを疎ましく思って、全部無くなってしまえば良いのにと思って、退屈な日常に刺激を求めてて、独りは嫌だから上っ面だけは『良い人』を演じて……。
 ……そんなの、俺の、筈が、ない。
 俺は、そんな奴じゃない。

 胸の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられた様な嫌悪感と、吐き気すら感じる。
 怪物の言葉に、否を突き付けてやりたくても、まるで声の出し方を忘れてしまったかの様に、口から出るのは言葉にも満たない掠れた息でしかなかった。

 鳴上は怪物の言葉を聞いても、特には何の反応もしていない。
 無表情のまま、唯々怪物に立ち向かっていく。

 火だるまになった名残で、所々から煙を上げる怪物に『イザナギ』と共にサシで渡り合っていて。
 怪物の攻撃の余波を受けてボロボロになっていっても、逃げようとする素振り等は欠片も見せずに、ただ只管に俺を背に庇いながら怪物と戦っていた。

 何度目かの鍔迫り合いの後、『イザナギ』の体勢が大きく崩される。
 そしてその次の瞬間。
 怪物は俺に向けてその巨大な拳を振り下ろしてきた。

 逃げる事も、目を閉ざす事も出来ないまま叩き潰されるのを唯待つしか無かった俺の目の前に、何かが飛び込んでくる。

「ぁッ……」

 そしてそのまま。
 怪物の攻撃から俺を庇った鳴上は、壁に叩き付けられた。
 小さく苦痛の声を上げて床にずり落ちた鳴上は、微かに痛みに呻きながらもそれでも再び立ち上がり、そして、しっかりとその顔を上げて『イザナギ』を再び怪物と切り結ばせる。

「鳴上……」

 ……馬鹿みたいじゃないか。
 ……逃げれば、良いのに。
 あの怪物の狙いは俺なんだから。
 あの怪物相手に戦う力はあるのかもしれないけど、でも、それは「戦わなきゃいけない理由」なんかじゃない。
 それなのに、足手纏いの俺を庇ってボロボロになって。
 死ぬかもしれないのに、殺されるかもしれないのに。
 それでも、鳴上は怪物から逃げ出したりはしない。
 そんなの……。


『こいつに守る価値なんか無いだろ?
 お前も分かっているんだろ?
 俺が言ったのはこいつの本音なんだって。
 それでもまだやるってのか?
 自分の命を張ってまで?』


 怪物の指摘に、鳴上は僅かに動きを止めて俺に振り返る。
 何処までも真っ直ぐに俺を見詰めてくるその目を直視出来ず、俺は思わず目を逸らした。

 あの怪物の言葉を聞くのは苦痛だ。
 俺は、あんな事を思ったりはしない。
 だけれどもそれ以上に。
 それを鳴上に聞かれているのが嫌で仕方無い。

 だって、そうだろ?
 誰だってあんな事を思っている奴なんて嫌だ。
 嫌に、決まっている。

 ここで鳴上に見捨てられたら俺は独りだ。
 だから、だから、……だけど……。


「……だから、何だ?」

 だが。 俺の想像の中の反応を裏切るかの様に。
 怪物の言葉に、鳴上は寧ろ心底不思議そうに首を傾げた。
 それは怪物にとっても意外だった様で、怪物は驚いた様に動きを止める。

「お前が言った事が、花村の本音の一つなのだとしても。
 それだけが、花村の全てじゃない」

 何の事も無い様に、淡々と鳴上は語る。

「お前の言った事だけが花村の全てだと言うなら、先輩が亡くなった時にあんなに哀しんだりはしない。
 先輩の死を悼む気持ちに嘘偽りは無かった……無い筈」

 そして鳴上は俺に振り返った。
 その目は唯々真っ直ぐに俺を見詰めている。


「好き、だったんだろう? 先輩の事が」


 好き。
 そう、……そうだ。
 俺は、俺は………先輩の事が好きだった。
 いや今でも、好きだ。


「なら、それ以上に理由なんているのか?」

「鳴上……俺は……」

「これ以上グダグダといじけているのなら、ぶっ飛ばすから」

 そう言って鳴上はへたりこんでいた俺に手を差し出してくる。

「ほら、立って。
 私の手で良いなら幾らでも貸すから、その足で立って、あいつに立ち向かって。
 あいつはきっと、花村自身が決着を着けなきゃいけない事だから」


 俺は鳴上の手を掴んで立ち上がった。
 身体はまだふらつくけど、それでも、自分の足で立っていられる。

 そしてその直後にイザナギの雷撃に止めを刺され、怪物は溶ける様にその姿を消し、後に残ったのはもう1人の俺だけだった。



『…………』

 静かに佇む“俺”に、先程迄の様な狂気の色は無い。

「あれはヨースケの中にいた、ヨースケが抑圧してきたものクマ……。
 ヨースケが認めないと、さっきみたいに“暴走”するしかないクマよ……」

 俺が抑圧してきた、自分。
 認めなくちゃいけないのは、分かっている。
 けど……だけど……。

「花村」

 迷っている俺の気持ちを理解したのか、鳴上は静かな声で俺を呼んだ。

「そいつもまた花村の一部なんだろう?
 勇気を出して。
 そいつが花村の全てではないけれど……そういう一面もあってこその、『花村陽介』という人間なんだから」

 そして、それにと鳴上は続ける。

「自分で自分自身を拒絶するなんて、結局辛くなるだけだと思う。
 どうせなら、胸を張って『これも自分なんだ』って思える様になった方が、きっと楽しいんじゃないか?」

 ……あんなどうしようもない俺もまた俺なのだと、鳴上は否定する事も厭う素振りも見せずにそう言い切った。
 そこに何の虚飾もなくて、それが鳴上の本音なのだとどうしようもなく理解してしまう。

 ……本当は、分かっていたんだ。
 自分がそういう事も思う奴なんだってのは。
 でも、認めたく無かった。
 こんな、……こんなどうしようもない“俺”は、認めたく無かった。
 それでも。
 どんなに情けなくって、どんなに嫌でも認めたく無くても。
 ……俺である事には変わらない。
 だから……。


「お前は俺で……俺はお前か。
 全部引っ括めて俺だって事だな」


 自分の心に向き合ってそう認めた時、“俺”は頷いて……そして『ペルソナ』へと変わっていった。
『ジライヤ』。これが、俺のペルソナ……。
 フワリと『ジライヤ』の姿は一枚のカードに変わり、そしてそれは溶ける様に消えた。
 でも、確かに胸の内に居るのだという感覚は残っている。

『ジライヤ』が消えるなり、疲れがドッと押し寄せて身体がふらついて倒れそうになった。
 それをすかさず支えてくれた鳴上に礼を言う。

「はは……みっともねー所を見せちまったし、迷惑かけちまったな」

 そう自嘲気味に言うと、鳴上は再び心底不思議そうに首を傾げた。

「何もみっともなくなんて無かったけど?
 迷惑って、私が何時言ったんだ?」

 鳴上は恐らく本気でそう思っているのだろう。
 ああ、……こいつマジで格好いいわ。


「一緒にいてくれたのがお前で良かったよ。
 ありがとな、……鳴上」





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