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自称特別捜査隊

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 店内は見た感じで酒屋だとは分かるのだが、どうにも現実的には有り得ない装飾などが目につく。
 店内には先輩の父親と思わしき男性の、先輩への罵声と怒声が響き渡っていた。
 内容から察するに、ジュネスが進出してきた煽りを受けて店の経営状況はかなり思わしくはなかった様だ。
 それもあって、ジュネスでバイトしていた先輩に対しては中々に複雑な感情を抱いていたのだろう。

「な、さっきから何なんだよ!
 何で先輩の親父さんの声が聴えるんだよ!?」

 花村が耐えきれないとばかりに叫んだ。
 流石にこんな事態の連続に、憤りが鎮まる以前に、心が負荷に耐えきれなくなってきたのだろう。
 そんな花村にクマは、何の感慨も無く唯々事実を答えるかの様に言った。

「ここに居る人にとってはここは現実クマ。
 きっとその子の心に押し込められてたモノがまだ残っていたクマね」

「こんなのが先輩の“現実”だったってのか!?
 そんな、そんなのって……」

 俯いて唇をきつく噛んで身を震わせる花村にかける言葉が見付からず、取り敢えず状況を整理する。

 この声や恐らくはさっきの声も、実際に先輩が日常的に言われてきた言葉だったのだろう。
 そして、先輩はそれらの言葉を己の心に押し込めていた、のかもしれない。
 そして押し込められていた心が反映されている、という事なのだろうか。

 ……つまり、ここでは人の心が反映されている?

 実に荒唐無稽な考えだが、この世界自体が既に『有り得ない』の連続だ。
 “「有り得ないなんて事は、有り得ない」”
 と、あるマンガのセリフが浮かんでくる。
 まぁ、どうであるにせよ考慮しておくに越した事はない可能性だ。

 先輩の父親の罵声が消えて程なくして、今度は先輩の声が聴こえてきた。
 さっきのクマの言葉を借りるなら、これもまた先輩が心に押し込めていたモノの残骸なのだろうか。

 先輩の声は、花村や……自分の実家そして己を取り巻いていた全てに対し『ウザい』と断じていた。
 花村とどういった関係を築いていたのかはよく分からないから何とも言えないのだけれども、まぁ周囲の環境に関して言えば、日常的に謂われもない中傷を受けていたのなら、それらを嫌に感じてしまうのも分からなくも無い。
 大体、人の気持ちなんて、1か0で表せる様なモノでもないのだ。
 “好き”と“嫌い”は両立出来る様に、ウザいと思っていてもそれだけが全てなのかと問われると、少なくとも先日の花村への小西先輩の態度を見てる限りでは、そういう訳ではなかった様に思われる。
 心に押し込められてきたもの、という事はただ単純に表には出してこなかったもの、という意味合いしか無いのだから。


「違っ……先輩はっ、そんな人じゃないだろ!」


 しかしそれはあくまでも大した接点の無い他人からの意見であって、親しかった花村としては自分を見失ってしまう程にショックなモノだった様だ。
 ……まぁ、それも当然か。
 慕ってる相手には、自分の事を好いていて欲しいと思うのは、当たり前と言われれば当たり前の心理である。

 だが……。
 花村が先輩の声を否定したその直後、確かに場の空気が変わったのを肌で感じた。
 何が起きようとしているのかは分からないけれど、危険が迫って来ている様な感じがする。
 ここは一先ず撤収した方が良い。
 花村が取り乱している中でまた昨日の様に《シャドウ》に襲われるのは堪ったもんじゃないからだ。

「花村、しっかり立って。
 何か様子がおかしい。一旦退こう」

 そう声を掛けた時、店の暗がりから微かにノイズがかった嘲笑う声が聴こえてきた。
 しかし、この声は……。


『哀しいなぁ……可哀想だよなぁ……。
 でも、気付いてんだろ?
 何もかもウザイって思ってんのは、自分の方だって。
 ……なぁ? 俺』


 暗がりから現れたのは、花村と瓜二つの人物だった。
 まるで鏡に映し出されているかの様に、一卵性双生児以上に二人は似通っている。
 ただ一つ、爛々とギラつく金色の瞳を除いて、だが。

「……お前は……誰だ?」

『俺か? 俺はお前だ』

 呆然と己を見詰める花村の問いかけに、『花村』は嘲笑いながら答える。

「えっ……俺……?」

 花村の呟きは無視して『花村』は朗々と語りだした。

『俺には全部お見通しさぁ。
 小西先輩の為にここまで来た……?
 ……カッコ付けやがって。
 お前は単にこの場所にワクワクして来たんだ。
 ド田舎暮らしにはウンザリしてるもんなぁ?』

「ち、違っ……俺は……そんな……」

「違う」と力なく呟く花村に追い討ちをかける様に、何処か嗜虐的な感情をその瞳に滲ませながら『花村』は続ける。

『あわよくばヒーローになれるって思ったんだよなぁ?
 大好きな先輩が死んだっていう、“らしい”口実もあるしなぁ?』

「お前、何言って……!」

 ……花村の様子から察するに『花村』が指摘した事は大方図星だったのだろう。
 まぁ、花村がこの世界に非日常への期待にも似たものを抱いているのは何となく分かっていたし、『花村』の指摘を聞いた所で自分はどうとも思わないのではあるけれども。
 昨日《シャドウ》に襲われてなかったら、多分自分だってこの世界に純粋な好奇心と興味を懐いて……今日辺りにでも探検しに来ていた可能性はある。
 まぁ……昨日一緒に絶体絶命の危機を経験したというのに、そういう気持ちを抱けた花村は図太いとは思ったが。

『我は影、真なる我。俺はお前の影だ』

「影……。……! 《シャドウ》?」

 この世界で“影”と聞いて直ぐ様連想したのは《シャドウ》の事だ。
『花村』は《シャドウ》の同類なのだろうか。
 ……昨日襲ってきた奇々怪々な外見のモノとは異なる存在な気がするのだが……。


《big》《b》「ふざけんな! お前なんか知らないっ!《/b》《/big》
《big》《b》 お前なんか、俺じゃないっ!!」《/b》《/big》


 目の前の『花村』を拒絶する様に否定した瞬間、まるで体から力が抜け立っていられなくなったかの様に、花村は冷たい床に倒れた。
 咄嗟に花村の身体を支え起こす。

 そうこうしている間に、『花村』の姿が歪み、奇っ怪な怪物の姿へと変貌していった。
 巨大な化け蛙の様な身体の背中に当たる部分から、人の上半身の様な形をしたモノが生えている。
 紛れもなく、怪物としか表現しようが無い。
 何が起きたのかは正確には把握出来ていないが、この状況は考えるまでも無く危険だ。

「花村! しっかりするんだ!!
 一先ず逃げよう!!」

 意識はある様だがぐったりとした花村は、力なく「違う、違う」と呟き続けていた。
 心無しか花村がそう呟く度に怪物の殺意が高まっている気がする。


《big》《b》《i》『ああ、そうさ。俺は俺だ。《/i》《/b》《/big》
《big》《b》《i》 もうお前なんかじゃないっ!!《/i》《/b》《/big》
《big》《b》《i》 退屈なモンは全部ぶっ壊す!!《/i》《/b》《/big》
《big》《b》《i》 先ずはお前からだぁぁぁっ!!』《/i》《/b》《/big》


 そう吼えて、怪物はその巨大な拳をこちらに繰り出してきた。

「イザナギっ!」

 咄嗟にイザナギを呼び出すと、昨日と同じ様にイザナギは出現し、手にしていた刀の腹の部分で怪物の一撃を受け止める。
 そのまま力比べになるのだが、安定性の面でイザナギは、四つ足である怪物よりも分が悪い。
 ジリジリと押し負け、終にはイザナギは店の壁に叩き付けられてしまった。
 イザナギが壁に叩き付けられた瞬間、こちらの体に衝撃が走る。
 成る程。
 イザナギのダメージはこちらにもある程度はフィードバックされるらしい。
『我は汝、汝は我』だからか。

 さて、どうしよう。
『花村』は昨日のパックマン(仮)の様にすんなりとは倒せない位には強い。
 こっちには動けない花村と、……戦闘要員には見えないクマがいる。
 そこを突かれたら、終わりだ。
 それに……。
『花村』は花村の影だと言っていた。
『花村』を攻撃したら……花村にどんな影響があるのか分からない。
 その為どうにも攻めあぐねる。

「あいつは一体……」

「あれは元々ヨースケの中にいたクマよ。
 ヨースケが抑圧してきた、ヨースケの『シャドウ』クマ。
 ヨースケに否定されたから暴走しているクマ……」

 成る程、あの怪物もまた花村である、という事なのだろう。
 なら、ますます攻撃してはいけないんじゃないだろうか。
 否定されたから暴走しているのだとすれば、花村が『花村』を肯定すればこの場は収まるのか……?
 いや、そんな単純な話では無いだろうし、それに第一、今の『花村』にこちらの言葉が届く様には思えない。

「クマ、私はどうすれば良い?」

「とにかく先ずは暴走を止めるしかないクマ」

「あれを攻撃しても、花村は大丈夫?」

「今のシャドウはヨースケから切り離されている状態クマ。
 だから、ダメージがヨースケに返ってくる事も無いクマ」

 ……実力行使するしかない、か。
 上等だ。シンプルでいっその事分かりやすい。

 しかし……戦えない二人を逃がそうにも、そんな隙はありそうにない。
『花村』の狙いは花村だ。
 今も尚花村を責め立てる様に言葉を連ねてゆき、花村が力なくそれらを否定する度に怪物はその力を増していっている。
 ……ただ、花村を責め立てる『花村』のその言葉は、何処か泣いている様にも聞こえてしまう。花村に否定される度に、『花村』のその声の裏にある苦しみは増している様であった。
 ……あの怪物もまた花村であると言うのであれば、あの怪物の言葉はそのまま怪物自身の心も切り裂いているものであるのだろう。
 ……だからこそ、否定され行き場の無くなった怒りや苦しみや破壊衝動は、その矛先を己を否定する己自身に向けている……と言った所だろうか……。
 何にせよ、もうあの怪物となった『花村』は、本当に己自身を殺してしまうまで止まりそうにも無い。
 その殺意を示す様に何度となく執拗に花村を狙ってくるので、その度にイザナギにガードさせたりして攻撃を防いでいる状況だ。

「センセイはどうするクマ?」

「取敢えず、ぶっ飛ばして大人しくさせる。
 それからじゃないと、話も出来そうにないし」

 いつの間にかクマが『センセイ』と呼んできているのは少し気にかかったが、今はそれどころじゃない。

『花村』が景気良く破壊したショーケースから転がってきた酒瓶を手に取った。
『花村』が手当たり次第壊して回っているので、店内には既に壊された酒瓶から漏れだしたアルコールの匂いが充満している。
 弱い人ならこれだけで酔っぱらってしまうだろう。

 そして手にしていた酒瓶を、思いっきり振りかぶってから『花村』へと叩き付けた。
 瓶の中の酒が『花村』の体を濡らす。
 間髪入れずに他にも転がっていた瓶を次々と叩き付け、『花村』のほぼ全身に満遍なくアルコールがかかっているのを確認してから、イザナギに命じた。

「やれ! イザナギッ!!」

 耳が痛くなる程の大音量の雷鳴とほぼ同時に閃光が走り、『花村』へと直撃した。
 目論見通りに、アルコールまみれの『花村』の全身に電撃が走ったらしく、『花村』は悲鳴を上げる。
 更に散った火花から引火したのか、アルコールが勢い良く燃え上がり、『花村』は火だるまになった。

 しかしそれでもまだ『花村』は衰えを見せない。
 怪物と化したその体で咆哮を上げ、此方へと襲いかかってくる。
 それをイザナギの斬撃が迎え撃ち、再び縺れ合いになった。
 しかし一瞬生じた不意を突かれ、『花村』の攻撃が花村へと向かう。


 咄嗟の判断だった。
 考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。


 次の瞬間に感じたのは、背中を何処かに叩き付けられた衝撃で。
 痛みに霞みかけた視界の中では、イザナギの姿が一瞬ブレて見えた。

 痛いのは、嫌いだ。
 でも、今ここで負ける訳にはいかない。
 自分が負けてしまえば、自分は疎か花村までもが殺されてしまう。
 痛みを堪えて大きく息を吸った。
 そして、一瞬ふらつきそうになった身体に喝を入れ、立ち上がる。
 そしてギリギリと身体中を苛む痛みを押さえ付ける様に、『花村』を睨み付けた。






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