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自称特別捜査隊

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 思った通り、あのテレビは昨日と同じスタジオに繋がっていた様だ。
 しかし、昨日出口となったテレビは何処かに片付けられてしまった様で、影も形も見当たらない。

「ちょっ、キミたち何でまた来たクマか!?」

 スタジオに立っていたあの着ぐるみが、こちらを見て驚いた様に目を瞬かせた。
 そして、何かを思い付いたかの様に、唐突に声を張り上げる。

「わーかったっ! 犯人はキミたちクマね!!」

「は? 今、何つった? 俺達が犯人?」

 突然過ぎる言葉に、花村と二人で目を瞬かせた。
 着ぐるみはこちらの様子には頓着せずに、益々ヒートアップしながら捲し立てる。

「最近誰かがここに人を放り込んだクマ。
 そのせいでこっちがどんどんおかしくなってきてるクマ!
 キミたちは誰かに無理矢理放り込まれたんじゃなくて、キミたちの意思でここに来たクマね?
 キミたちにはここに来る力がある。
 よってキミたちが一番怪しいクマ!
 キミたちこそ人を放り込んでる犯人に違いないクマァッ!!」

 無茶苦茶なこじつけだが、着ぐるみは怒った様にこちらを見ていた。
 その誤解を解こうにも……こちらが犯人ではないという確たる証拠は提示出来そうには無い。困ったな……。
 この着ぐるみ……(えっと、クマだっただろうか)は、出口となるテレビを出せるのだ。
 友好的な関係を築いておかないと、非常に不味い事になる。

「んな訳ねーだろっ!!
 俺は真実を確かめに来たんだよ!
 んじゃなきゃこんな危ねー場所にわざわざ来るかよ!!」

「誰かが人を放り込んでいる、というのは本当?
 もしそうならその話、詳しく聞かせて貰えないか?」

 こちらの返しに、クマは困った様に視線を泳がせながら叫んだ。

「だーかーら! キミたちが犯人なんでしょうがっ!
 正直に白状するクマよ!」

「なんだとっ!
 テメーこそ、先輩達を無理矢理こっちに引き摺り込んでたんじゃねぇのか?
 怪しい着ぐるみ着込んでんじゃねぇっ!
 とっとと正体見せやがれっ!」

 いい加減クマのこちらの言い分を聞こうともしない態度に腹が立ったのか、花村は抵抗するクマを押さえ込み、中身を拝んでやろうと、その首元のチャックを無理矢理開けて頭を取り外す。
 しかしそこにある筈の中身はなく、ただがらんどうな着ぐるみの胴体部分がワタワタと暴れているという、ホラー映画のワンシーンの様な光景が広がっていた。

「中身が……無い……?」

 花村が衝撃のあまり取り落としたクマの頭を静かに拾い上げ、しげしげとそれを観察する。
 特にこれといった仕掛けとかは見当たらない。
 本当にただの着ぐるみの頭部に見えた。
 更にはワタワタと狼狽えているクマの胴体部分も観察する。
 やはりこちらにも仕掛けなどに相当する様な機構は見当たらない。
 完全に中身はがらんどうだ。

「何かの仕掛けはなさそうだし、本当に空っぽなんだな……。
 アルフォンスの親戚の様なものか……」

 個人的なバイブル『鋼の錬金術師』の主人公の弟を思い出しながら、クマに頭を返してやる。
 あのマンガで、アルフォンスの中身を見た人達もこんな気持ちになったのだろうか……。
 花村はその言葉に首を傾げた。

「は? アルフォンス? 何じゃそら?」

「えっ、『鋼の錬金術師』ってマンガのキャラクター。
 ちょっと前に大流行してたと思うんだが……」

 連載中に、二作分もアニメ化を果たされた超大作だ。
 昨年、見事に完結し、社会現象にこそはならなかったものの、そこそこ以上には話題となっていた漫画である。
 花村は知らなかったのだろうか?
 まぁ今の本題はそこではないのだけれど。

「うぅ……ありがとうクマ。
 ……あのね、キミの事、犯人じゃないって信じても良いクマよ。
 でもその代わり、本物の犯人を捕まえて、こんな事止めさせて欲しいクマ」

「本物の、犯人……」

 いきなり無茶な要求だ。
 まず捕まえるも何も、警察でもないのだから犯人を見付けた所でそれを逮捕する権限は自分たちには無い。
 運良く人をテレビに放り込んだ犯人に行き着いたとして、ではその先は?
 警察に通報するしか無いが、そこでどう説明しろと?
『人をテレビに放り込んで』?
 ……そんな事言ったら、正気を疑われるのがオチだ。
 精神科に紹介状を書かれるのが関の山である。

「そうクマ。
 クマは……クマはただここで静かに暮らしたいだけなんだクマ。
 ……約束してくれないなら」

「くれないなら?」

 クマに言葉の続きを促す。
 すると、クマはトンでも無い事を宣った。

「ここから出してあげないクマ」

 ……! どう考えても、クマの発言は脅迫だ。
 昨日はすんなりと帰してくれたから、油断していた。
 完全に、こちらの判断ミスだ。

「はぁっ?
 てめぇ、それじゃあ選択の余地がねぇじゃねーか!」

「……分かった、協力する」

 花村が噛み付く様にクマに返したその直後。
 クマの出した条件にはっきりと頷いた。
 出口を取引の材料に持ち掛けられたら、切れる交渉カードが殆ど存在しないこちらとしては頷くしかない。
 ここでヘタにクマの機嫌を損ねて、『ずっと出してあげない』なんて事にでもなったら、それこそ大惨事である。

「本当かクマ?」

「約束する。だけど……私だけで、犯人を追う。
 それでも、良いか?」

 そう訊ねると、クマは気にした風も無く頷いた。

「別にクマは良いクマよ。
 ここが平和になったらそれで良いクマ。
 追う人が一人だろうと二人だろうと、ちゃんと犯人さえ捕まえてくれさえすれば問題ないクマ」

「そうか、分かった」

 ここに来る事になった原因や過程はどうであれ、最終的にここに来る事を決めたのは自分だし、花村を連れて来たのも自分だ。
 その判断の過ちの責任は、自分で負わなくてはならないだろう。
 ここで花村の責任にするのは筋違いだ。

「ちょっ、鳴上! 何勝手に約束してんだ!?
 つーか一人でって、無茶にも程があんだろ!?」

「……危険を冒すのは、私だけで良い。
 ……花村を、巻き込む訳にはいかない」

 この世界を調査するにしても、《シャドウ》達に対抗する手段が無い花村よりも、『ペルソナ』の力を使える自分の方がまだ安全だ。
 花村まで、むざむざと危険に曝す訳にはいかないのである。
 それは人間として、最低限負うべき責任だ。

「お前なぁっ!
 そう言われて『はい、そうですか』なんて言える訳ねーだろ!?
 大体こっちに連れてこさせたのは俺だよ。
 いいか、クマ!
 俺も犯人探し手伝ってやる! 分かったかっ!」

 しかし花村はこちらの選択には納得いかなかった様で、そうクマに宣言した。

「花村……」

「協力してやっからにはお前の方も力を貸せよな、クマ吉」

「分かったクマ~。恩に着るクマよ」

 クマは喜びを全身で表現するかの様に頷いた。
 クマからすれば、やはり人手は多い方が嬉しいのだろう。
 クマは早速花村にも霧を見通せるあの眼鏡を渡した。
 花村は、劇的before・afterな視界に驚きを隠せない様だ。

「人が放り込まれているとさっき言っていたけど、放り込まれたその人達はどうなったのか分かる?」

「うーん、霧が晴れたら気配が消えちゃったクマ。
 多分シャドウに襲われたクマね」

 気配が消えちゃった。……それは死んだって事なんじゃないだろうか。
 ……《シャドウ》、か。
 あんなのに襲われたら、普通はひとたまりも無いだろう。

「《シャドウ》……あの化け物達か。
 クマ、君は放り込まれた人を出してあげようとは思わなかったのか? 」

「近寄ったら化け物だって怯えられて逃げられたクマ。
 それに、あの人達が放り込まれてすぐに霧が晴れたから助けに行く暇なんか無かったクマよ」

 ふと、やたらクマが『霧』を気にしている事に気が付いた。
 花村もそれに気が付いたらしく、クマに訊ねる。

「さっきも『霧』とか言ってたけど、なんか関係あんのか?」

「ここの霧は時々晴れるクマ。
 霧が晴れたらシャドウが酷く暴れるクマよ。
 クマ、霧が晴れてる間はシャドウに襲われない様に隠れているクマ」

「『霧』。……そう言えば、最初の被害者の時も先輩の時も、遺体が発見される前は霧が出ていたな」

 自分たちの世界の霧と、こちらの世界の霧。
 ただの偶然の一致かもしれないけれど、妙に気にかかった。
 それに……、こちらに放り込まれて《シャドウ》に殺された人達の遺体はどうなったのだろう?
 まだこちらに残されているのなら、……出来れば連れて帰ってあげたい。
 ご家族の人にとっても、何も帰ってこないよりは、例え遺体であったとしても帰ってくる方が、まだ救いがあるだろう。
 まぁ、遺体の損壊状況によっては、そんな甘っちょろいこと言ってる余裕なんて無くなってしまうかもしれないが……。

「そっちで霧が出ている時は、こっちの霧が晴れた時クマね」

 クマにそう説明され、思わず首を傾げた。
 何でそういった関係が生まれているのだろう?
 この世界と向こうで、何かしらの関連がある、という事なのだろうか?

 こっちで『霧』が晴れればあちらに霧がかかる。
 あっちに霧が出ていない時は、こちらに『霧』がかかっている。
 あちらで霧が出るのなんて、長い間降り続いた雨が止んだ時位なのだから、そう滅多にある事ではない。
 そしてそのタイミングでこちらの『霧』が晴れて、シャドウ達が暴れだす……。
 ……これではまるで、こちらの『霧』が一瞬あっちの世界に流れ出ているかの様ではないか。

「そういやクマ吉は放り込まれた人達の顔見たんだよな。
 もしかしてその人達の中にこの人が居なかったか?」

 花村は携帯のアルバムから、バイト仲間と撮ったと思わしき写真をクマに見せ、小西先輩を指差す。
 途端にクマは声を上げた。

「この子居たクマ!」

「マジか……やっぱり先輩はこの世界に……。そんであの化け物達に殺されて……。
 チクショウ! 誰がそんな事を……!」

 ……?
 クマの言葉が正しければ、小西先輩はこちらで《シャドウ》に襲われてお亡くなりになったのでは?
 それで、何でまたあっちの世界で……アンテナに吊るされたなんて状況で遺体が見付かるのだろう。
 ……どうであるにせよ、一度小西先輩が居た場所を見てみるしかないだろう。

「クマ、出来れば小西先輩を見掛けた場所まで私達を連れていってくれないか?
 何か手掛かりがあるかもしれない」

「分かったクマ!」

 クマに先導され、小西先輩が居た場所へと向かった。




◇◇◇◇◇




 《シャドウ》、『霧』……そして『ペルソナ』。
 何がなんだか分からない世界だが、はっきりと分かった事がある。
 小西先輩と……恐らくは最初の被害者である山野アナも含めた二人が命を落とした原因はこの世界にあるのだと。

 この世界と自分達の世界は繋がっている。
 テレビ画面を介する以外にも、恐らくは『霧』を通して。

 まだ仮説の段階に過ぎないが、『霧』は本来この世界に存在するもので、時折何かの弾みに自分達の世界に漏れ出て来るのではないだろうか。
 そしてその時に彼方と此方は繋がる。
 そうとでも考えないと、この世界で霧が晴れた時に凶暴化した《シャドウ》に襲われて亡くなったと思われる二人の遺体が自分達の世界で見付かる訳がないのだ。

 あっちの世界で霧が出ている時間自体はそれ程長くはない。
 その僅かな間に態々この世界に入り込んで遺体を持ち出し電柱やらアンテナに引っ掛けたとは考え難い。
 つまりは、二人の遺体があの様な状態で発見された事自体は偶然の産物だったのではないだろうか。
 偶々彼方と繋がった際に、遺体が出てきた場所がそこだったというだけで。
 その場合二人をテレビに放り込んだ【犯人】に関して考えるべきは、アンテナや電柱に被害者の遺体を吊るす動機や方法等ではなく、そもそも《《何故》》“テレビ”の中に放り込んだのかである。

 クマに道案内されながら、様々な事を訊ねた。
 元々この世界の住人であっただけあって、クマはこちらよりは此方の事に詳しいが、そのじつ曖昧な認識である事もかなり多い。
 まぁ、そこに関しては仕方ない事だ。
 こっちだって自分達の世界の全てを知っている訳ではないのだから。
 “それはそうなっているのだ”としか説明出来ない物事の方が多いのはお互い様である。

 クマは昔から此方に住んでいたらしい。
 まぁ、それがどれ程昔からなのかは分からないが。
 人が此方に入ってきたのは実に最近の事らしく、昨日の件を除けば此方にやって来たのは小西先輩とあと一人(恐らくは山野アナ)だけらしい。
 人が入り込むと此方はクマ曰く“おかしくなる”のだそうだ。
 具体的には、変な場所(昨日訪れたあの部屋の事だろう)が増えたり、《シャドウ》が騒がしくなるらしい。
 それ故、誰かが来てしまったなら絶対に分かる、との事だ。

【犯人】は、テレビに入り込む力を持ち、山野アナ・小西先輩の両名と接触する機会があった者……。
 ……ダメだ、これでは全く絞り込める気がしない。
 一先ず【犯人】の事は置いておいて、調査に専念するしかあるまい。

 ……小西先輩と山野アナの命を奪ったと思われる《シャドウ》とは、結局の所何なのだろう。
 《シャドウ》と言うからには何かの影なのだろうか?
 そして『ペルソナ』という力とはどんな関係があるのだろう?
 どちらもユング心理学の用語ではあるけれど……。

 考え込む内に、辺りの景色が明らかに変わってきた。
 舗装された道でもなく然りとて地面でもなかった道が、アスファルトに舗装された道に変わり、建造物が建ち並んでいる。
 稲羽中央通り商店街に似ているのは恐らくは気の所為ではない。
 確か、小西先輩の実家はこの商店街の酒屋だった筈。
 それを踏まえると、ここが先輩と何らかの関係がある場所である可能性は高い。
 クマ曰く、ここは先輩が入り込んでから現れた場所らしいので間違いはないだろう。

 しかし、新しくこの世界に現れる“場所”とは一体どういう事なのか。
 単純に考えれば、この世界に入り込んだ人に反応して出来ているのだろうけれど、一概にそうとは言えないだろう。

 その理論でいくならば昨日自分達がここに迷い込んでしまった時にもそういった場所ができている筈なのだが、クマに確認を取った所その様な変化はクマが把握している限りでは無かった様だ。
 正直その気は無かったとはいえ、やってしまった事だけを客観的に評価すれば、自分が花村と里中さんにやった事は【犯人】が仕出かした事とそう変わらない。
 ならば入れられたからどうこうという訳ではないのでは無いだろうか……。
 そういった場所を生み出すのには、何かしらの法則や条件があるのかも知れない。
 まあ、考えた所で不確定な部分が多過ぎて、まだ何とも言えないのだけれども。


 小西先輩が死んだと思われる場所。
 それは、小西先輩の実家である小西酒店であった。
 知らない店だが、花村がそう言うので間違いはないだろう。

 店に近付くと耳障りな話し声が聴こえてきた。
 どれもこれも不愉快な内容だ。
 無責任に、身勝手な好奇心のままに、人の陰に隠れてこそこそ噂しているかの様な、そんな内容。
 関係無い第三者の自分ですら、ただ聴いているだけで不快になるのだ。
 それらの矛先であったと思わしき小西先輩には耐え難いものだっただろう。
 近くに人影や音響装置などはないのに、声はまるで耳元で話されているかの様に聴こえてくる。
 例えるなら、声だけが何時までもそこに残留しているかの様だ。

 花村は唇を噛み締めてそれらの声を聴いていた。
 声の暴言の中には、ジュネスに関係する事も多く含まれている。
 ただでさえ親しい……親しかった人への暴言なのに、それ以上にジュネスの事まで持ち出されていては、花村の心中は如何ばかりか……。

 花村はギュッと拳を握り締めた。
 あんな力で握り締めたら、間違いなく爪が皮膚に食い込んでいる。
 ……不味い、な。
 大分頭に血がのぼっている様だ。
 先輩の死を知ってからここに来る迄も花村は相当に冷静な判断力を失った状態だったが、それよりも尚悪い。
 慕っていた相手が誹謗中傷されているのだ。
 憤るのもそう無理はないのだけど、冷静さを欠くのは不味いだろう。
 このままだと後先考えずに店内に特攻を仕掛けそうだ。
 この辺りで花村だけでも元の世界へと帰しておいた方が良いんじゃないだろうか。

 しかし止めるよりも先に花村は店内に行ってしまう。
 花村を一人にする訳にもいかず、クマと共に直ぐ様後を追った。




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