彼岸と此岸の境界線
◆◆◆◆◆
【2011/07/23】
チャイムが鳴ると同時に、試験監督をしていた先生から終了の合図が出され、答案用紙が回収されていく。
先生方はこれから採点で大変かも知れないが、少なくとも生徒にとってはここ5日間続いた期末試験も、これで終わりだ。
今回も、特に問題は無いだろう。
……問題があるとすれば、巽くんの成績だろうか……?
まあしかしそれも、明後日の試験結果発表になるまでは分からない事である。
ならば一先ず今は、試験から解放された事を素直に喜ぼう。
答案用紙の束を抱えた先生が教室を出ると同時に、途端に周囲が騒がしくなった。
花村は眠気を堪えるかの様に大きな欠伸をする。
どうやら昨晩は最後の詰め込みをしていた様で、あまり寝ていなかったのだろう。
テストからの解放感も相俟って、今眠気が一気に押し寄せて来ているに違いない。
隣では里中さんが天城さんと先程のテストの答え合わせをしているが、どうやらかなり間違えていた様で、「うぅ……」っと唸って頭を抱えてしまっていた。
「あーあ、御愁傷様。
ま、補習に引っ掛からなきゃ大丈夫だろ」
頭を抱えた里中さんに、花村はそう声をかける。
すると、里中さんは僅かに顔を上げて花村を睨み付けた。
「うー、そう言う花村の方はどうなのよ」
「俺はまあまあかな。
テスト勉強を早めに始めた分、何時もよりは解けてたと思うぜ」
そう言って自信あり気な花村の言葉に、里中さんは「花村に負けた……」と机に突っ伏す。
そんな中、教室の後ろ扉がガラっと音を立てて開いた。
疲れきった顔をしてやって来たのは……巽くんとりせだ。
「う、うーっス……」
「先輩たちもテストお疲れ様ー……」
心なしかヨロヨロとした足取りでやって来る二人を労う。
「二人ともお疲れ様。
テスト、どうだった?」
そう訊ねると、巽くんは何かをやり遂げた様な顔をする。
「何時もに比べりゃ物凄く出来てたと思うっス。
数学とかもちょっとは分かる問題もありましたんで。
先輩のお陰っス」
補習を回避出来たのかは知らないが、何はともあれ巽くんが全力でテストに挑んだのは間違いないだろう。
全ては結果待ちだ。
「なあ、テストも終わった事だしさ、打ち上げがてらジュネスにでも行こうぜ」
今日はこの後の予定も特には無い事だし、折角の午前放課なのだ。
皆諸手を上げて花村の提案に賛成した。
◇◇◇◇◇
夏の日差しが照り付けるフードコートは暑い。
屋外なのだから仕方無いのではあるが。
せめて直射日光から逃れようと、屋根のある場所に陣取った。
各々飲み物で喉を潤わせつつ、テストの出来や夏休みの予定、それに“事件”の事について話し合う。
事件については、りせの件以降に【犯人】の動きは無く、諸岡先生の件で何か動いた様な形跡は無いので、既にある情報を整理し直す程度しかする事は無いのだが。
そんな風に時間を過ごしていると、不意に見知った人物がフラフラとした足取りでフードコートに入ってきたのが目に入った。
……足立さんだ。
「ったく、容疑者上がったのはいいけど、何処行ったんだか……。
こっちはもう、クタクタだっての……」
容赦なく照り付ける日差しに汗を滴らせながら、足立さんはそんな事をボヤいている。
……容疑者。
それは、諸岡先生の件の“模倣犯”であるという高校生の事だろうか。
……容疑者として固まって既に手配されている筈なのに、こうやって足立さんが捜し回っているという事は、その行方が分からなくなっているという事なのか……?
視線が集まっている事に気付いたのか、足立さんは一瞬ビクッと身体を震わせて此方に視線を向けた。
「あ、あれ……? 君たちもしかして聞いてた?」
アハハと笑って足立さんは誤魔化そうとするも、こちらが無言で見詰めていると、一つ咳払いをして真面目な顔を取り繕う。
「容疑者はもう固まって既に手配もされてるからね。
捕まるのは時間の問題だよ。
無差別に人を拐って殺人、なんて、絶対に許されないからさ!
僕たちも全力を挙げてるからね。
悠希ちゃんたちは安心して大丈夫さ!」
そんな事を宣う足立さんに、心中で僅かに溜め息を溢した。
「……それは構いませんが、人前で捜査状況を洩らすのはどうかと思いますよ。
叔父さんに知られたら、拳骨一つでは済まないのでは……」
そう言うと、足立さんは「あっ」と顔色を僅かに青褪めさせる。
「あ、あはは。も、もう行かないと!
悠希ちゃん、この事は堂島さんにはナイショでね!」
バタバタとフードコートを慌てて去っていく足立さんに、花村たちは呆れた様な視線を向けていた。
足立さんを見て安心出来るのかは些か言葉を濁さざるを得ないが、何はともあれ警察が動いているのは確かである様だし、“模倣犯”の件に関して自分たちに出来る事は無い。
諸岡先生の事件を起こした直後に足が付く様な詰めの甘い人物が警察の捜査から逃げ切れるとは早々思えないので、この件に関しては解決するのは事実時間の問題なのだろう。
「さーて、クマのヤツもそろそろバイト上がるだろうし、暇潰しがてらにからかいに行こうかな」
そう言いつつ席を立って背伸びをする花村に続いて、里中さんや巽くん、それに天城さんも席を立つ。
どうやら三人もクマの所に遊びに行くつもりらしい。
まあ暇なのは確かだし、炎天下のフードコートよりはクーラーの効いた店内の方が遥かに過ごし易いのは間違いないだろう。
席を立って花村たちの後に続こうとした所を、同じく席を立っていたりせに呼び止められた。
「あのね、悠希先輩。
私、先輩たちに会えて……本当に良かったと思ってる。
私、新しい学校でこんなに早くに友達ができるなんて思ってもみなかった。
“りせちー”なんだって目で見られて遠巻きにされて、……ずっとそんな風に過ごすんだろうなって思ってたから。
だから、一緒に勉強したり遊んだり、……こうやって笑いあって時間を過ごせる人たちに出会えて、先輩に出会えて……本当に良かった。
あの時私を助けてくれたのが先輩たちで、本当に良かった」
本当にありがとう、とりせは心の底からの笑顔を浮かべる。
礼を言われる様な事でも無い。
でも、りせの気持ちは嬉しかった。
出会えて良かったと思っているのはお互い様なのだから。
「私も、りせに出会えて良かった。
あの時助ける事が出来て、本当に良かった。
こちらこそ、ありがとう」
そう答えると、ふふっと嬉しそうにりせは笑った。
「先輩にそう言って貰えると嬉しいな。
あのね先輩、これからはもっと色々と遊んだりしたいなって思ってるの。
でもね、ほら、私色んな人に知られてて……一人じゃちょっと不安で……」
「私で良ければ、何時でも付き合うよ」
もう直ぐ夏休みである。
色々と遊びに行くには丁度良いだろう。
アイドルとして活動していた時には出来なかった事も色々あるのだろうし、遊ぶのなら一人よりも複数人の方が楽しいだろう。
「良いの? やったー!」
嬉しそうにピョンと跳ねてりせは喜びを顕にする。
「そんなに喜んで貰えて、私も嬉しいよ。
明日は日曜日だし、りせの都合がつく様ならば明日早速一緒に遊びに行くか?」
「うん!」
嬉しそうに頷いたりせと連絡先を交換して、クマに会いにフードコートを後にした。
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【2011/07/23】
チャイムが鳴ると同時に、試験監督をしていた先生から終了の合図が出され、答案用紙が回収されていく。
先生方はこれから採点で大変かも知れないが、少なくとも生徒にとってはここ5日間続いた期末試験も、これで終わりだ。
今回も、特に問題は無いだろう。
……問題があるとすれば、巽くんの成績だろうか……?
まあしかしそれも、明後日の試験結果発表になるまでは分からない事である。
ならば一先ず今は、試験から解放された事を素直に喜ぼう。
答案用紙の束を抱えた先生が教室を出ると同時に、途端に周囲が騒がしくなった。
花村は眠気を堪えるかの様に大きな欠伸をする。
どうやら昨晩は最後の詰め込みをしていた様で、あまり寝ていなかったのだろう。
テストからの解放感も相俟って、今眠気が一気に押し寄せて来ているに違いない。
隣では里中さんが天城さんと先程のテストの答え合わせをしているが、どうやらかなり間違えていた様で、「うぅ……」っと唸って頭を抱えてしまっていた。
「あーあ、御愁傷様。
ま、補習に引っ掛からなきゃ大丈夫だろ」
頭を抱えた里中さんに、花村はそう声をかける。
すると、里中さんは僅かに顔を上げて花村を睨み付けた。
「うー、そう言う花村の方はどうなのよ」
「俺はまあまあかな。
テスト勉強を早めに始めた分、何時もよりは解けてたと思うぜ」
そう言って自信あり気な花村の言葉に、里中さんは「花村に負けた……」と机に突っ伏す。
そんな中、教室の後ろ扉がガラっと音を立てて開いた。
疲れきった顔をしてやって来たのは……巽くんとりせだ。
「う、うーっス……」
「先輩たちもテストお疲れ様ー……」
心なしかヨロヨロとした足取りでやって来る二人を労う。
「二人ともお疲れ様。
テスト、どうだった?」
そう訊ねると、巽くんは何かをやり遂げた様な顔をする。
「何時もに比べりゃ物凄く出来てたと思うっス。
数学とかもちょっとは分かる問題もありましたんで。
先輩のお陰っス」
補習を回避出来たのかは知らないが、何はともあれ巽くんが全力でテストに挑んだのは間違いないだろう。
全ては結果待ちだ。
「なあ、テストも終わった事だしさ、打ち上げがてらジュネスにでも行こうぜ」
今日はこの後の予定も特には無い事だし、折角の午前放課なのだ。
皆諸手を上げて花村の提案に賛成した。
◇◇◇◇◇
夏の日差しが照り付けるフードコートは暑い。
屋外なのだから仕方無いのではあるが。
せめて直射日光から逃れようと、屋根のある場所に陣取った。
各々飲み物で喉を潤わせつつ、テストの出来や夏休みの予定、それに“事件”の事について話し合う。
事件については、りせの件以降に【犯人】の動きは無く、諸岡先生の件で何か動いた様な形跡は無いので、既にある情報を整理し直す程度しかする事は無いのだが。
そんな風に時間を過ごしていると、不意に見知った人物がフラフラとした足取りでフードコートに入ってきたのが目に入った。
……足立さんだ。
「ったく、容疑者上がったのはいいけど、何処行ったんだか……。
こっちはもう、クタクタだっての……」
容赦なく照り付ける日差しに汗を滴らせながら、足立さんはそんな事をボヤいている。
……容疑者。
それは、諸岡先生の件の“模倣犯”であるという高校生の事だろうか。
……容疑者として固まって既に手配されている筈なのに、こうやって足立さんが捜し回っているという事は、その行方が分からなくなっているという事なのか……?
視線が集まっている事に気付いたのか、足立さんは一瞬ビクッと身体を震わせて此方に視線を向けた。
「あ、あれ……? 君たちもしかして聞いてた?」
アハハと笑って足立さんは誤魔化そうとするも、こちらが無言で見詰めていると、一つ咳払いをして真面目な顔を取り繕う。
「容疑者はもう固まって既に手配もされてるからね。
捕まるのは時間の問題だよ。
無差別に人を拐って殺人、なんて、絶対に許されないからさ!
僕たちも全力を挙げてるからね。
悠希ちゃんたちは安心して大丈夫さ!」
そんな事を宣う足立さんに、心中で僅かに溜め息を溢した。
「……それは構いませんが、人前で捜査状況を洩らすのはどうかと思いますよ。
叔父さんに知られたら、拳骨一つでは済まないのでは……」
そう言うと、足立さんは「あっ」と顔色を僅かに青褪めさせる。
「あ、あはは。も、もう行かないと!
悠希ちゃん、この事は堂島さんにはナイショでね!」
バタバタとフードコートを慌てて去っていく足立さんに、花村たちは呆れた様な視線を向けていた。
足立さんを見て安心出来るのかは些か言葉を濁さざるを得ないが、何はともあれ警察が動いているのは確かである様だし、“模倣犯”の件に関して自分たちに出来る事は無い。
諸岡先生の事件を起こした直後に足が付く様な詰めの甘い人物が警察の捜査から逃げ切れるとは早々思えないので、この件に関しては解決するのは事実時間の問題なのだろう。
「さーて、クマのヤツもそろそろバイト上がるだろうし、暇潰しがてらにからかいに行こうかな」
そう言いつつ席を立って背伸びをする花村に続いて、里中さんや巽くん、それに天城さんも席を立つ。
どうやら三人もクマの所に遊びに行くつもりらしい。
まあ暇なのは確かだし、炎天下のフードコートよりはクーラーの効いた店内の方が遥かに過ごし易いのは間違いないだろう。
席を立って花村たちの後に続こうとした所を、同じく席を立っていたりせに呼び止められた。
「あのね、悠希先輩。
私、先輩たちに会えて……本当に良かったと思ってる。
私、新しい学校でこんなに早くに友達ができるなんて思ってもみなかった。
“りせちー”なんだって目で見られて遠巻きにされて、……ずっとそんな風に過ごすんだろうなって思ってたから。
だから、一緒に勉強したり遊んだり、……こうやって笑いあって時間を過ごせる人たちに出会えて、先輩に出会えて……本当に良かった。
あの時私を助けてくれたのが先輩たちで、本当に良かった」
本当にありがとう、とりせは心の底からの笑顔を浮かべる。
礼を言われる様な事でも無い。
でも、りせの気持ちは嬉しかった。
出会えて良かったと思っているのはお互い様なのだから。
「私も、りせに出会えて良かった。
あの時助ける事が出来て、本当に良かった。
こちらこそ、ありがとう」
そう答えると、ふふっと嬉しそうにりせは笑った。
「先輩にそう言って貰えると嬉しいな。
あのね先輩、これからはもっと色々と遊んだりしたいなって思ってるの。
でもね、ほら、私色んな人に知られてて……一人じゃちょっと不安で……」
「私で良ければ、何時でも付き合うよ」
もう直ぐ夏休みである。
色々と遊びに行くには丁度良いだろう。
アイドルとして活動していた時には出来なかった事も色々あるのだろうし、遊ぶのなら一人よりも複数人の方が楽しいだろう。
「良いの? やったー!」
嬉しそうにピョンと跳ねてりせは喜びを顕にする。
「そんなに喜んで貰えて、私も嬉しいよ。
明日は日曜日だし、りせの都合がつく様ならば明日早速一緒に遊びに行くか?」
「うん!」
嬉しそうに頷いたりせと連絡先を交換して、クマに会いにフードコートを後にした。
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