彼岸と此岸の境界線
◆◆◆◆◆
【2011/07/15】
ここの所はずっと勉強会だったので、今日は少し気分転換をしたくなった。
尚、巽くんはと言うと、社会科目の暗記に取り掛かって貰っている。
社会科は純然たる暗記科目なので、勉強会を開かずともこちらで自作してあるまとめノートで自習して貰った方が早い。
そんなこんなで気分転換代わりにやってきたのは学童保育のバイトだ。
子供たちのパワフルさに少々振り回されつつも、その有り余る元気を分けて貰っているかの様にこちらも楽しくなってくる。
わいわいと駆け回る子供たちの中には、俊くんの姿もあった。
以前学童保育の先生が言っていた様に、遊びの時間は俊くんも元気を一杯なのである。
が、しかし。
学童保育の終わり間際……各々の保護者達が自分の子供を迎えに来る頃合いになると、俊くんは俯いてベンチに腰掛けてしまう。
宇白さんが迎えに来るのが嫌なのだろうか……?
どうしたものかと俊くんを見守っていると、「あの……」と背後から声を掛けられた。
振り返ったそこに立っていたのは、宇白夫人である。
何か用でもあるのだろうか?
「どうか致しましたか?」
そう訊ねてみると、宇白夫人は少し躊躇いがちに口を開く。
「俊くんは、その……皆さんと仲良く出来ているのでしょうか……?」
そう問われ、今まで見てきた俊くんの様子を思い出す。
少なくとも、学童保育に来ている子供たちとは良好な関係性ではある様だ。
そこそこ以上に仲の良い友達もいる様である。
少なくとも仲間外れにされていたり等はしてなさそうだ。
「ええ。学童保育に来ている他のお子さん達と一緒に、元気一杯に仲良く遊んでいらっしゃいますよ」
そう答えると、宇白夫人は「良かった……」と安堵した様に息を吐く。
ふと気になる事があり、少し不躾な質問かとは思いつつも訊ねてみる事にした。
「あの、俊くんとはお家で学童保育の話をしたりはしないんですか?」
そう訊ねると、宇白夫人の表情は微かに曇る。
「……ええ。
俊くんは、学童保育の事に限らず、普段の学校生活とかも殆ど話してくれないんです。
……だから、お友達とかがちゃんといるのか、仲間外れにされていないかが心配で……。
学童保育で、少しでも他のお子さん達と触れ合う機会を増やしてあげたかったんです」
ちゃんとお友達がいるようで良かった……、と宇白夫人は本当に嬉しそうに、柔らかな微笑みを浮かべた。
………………。
宇白夫人と俊くんの仲は良好とは言えなさそうだが、宇白夫人は俊くんの事をちゃんと思いやっている様ではある。
それでは何故、あそこまで俊くんは宇白夫人に対して壁を作っているのだろうか。
「俊くんは……事故があってから長い事塞ぎこんでいて……。
私たちが引き取った時に、お引っ越しもしなくてはならなくなったから、それまでのお友達とも疎遠になってしまって……。
……だけど、ここで元気に遊べている様で安心しました」
「そうですか……」
「先生たちが俊くんをちゃんと見て下さっている様で安心出来ますしね。
何時も有難うございます」
ペコリと頭を下げる宇白夫人に、こちらこそ、と頭を下げる。
その後、宇白夫人は黙りこくる俊くんと一緒に、学童保育を後にしたのだった。
◆◆◆◆◆
学童保育のバイト帰りに、毎度の事ながらジュネスに立ち寄って夕飯の買い出しを行う。
さて、今日は何を作ろうか……と思いながら食材を見ていると。
……青果コーナーにて茄子を片手に何やら悩んでいる倉橋さんを見付けてしまった。
こちらが倉橋さんを認識するのとほぼ同時に、倉橋さんと目が合ってしまう。
そして案の定倉橋さんはこちらにやって来た。
「あら悠希ちゃん、今日も買い出しかしら」
そうだと頷くと、倉橋さんはふと表情を僅かに翳らせる。
「あのね、料理教室の件、また頼めるかしら?」
「えっと、構いませんけど。
あの、何かあったんですか?」
そう訊ねると、倉橋さんはフゥと溜め息を吐いて話し始めた。
「ええ。義母がね、また料理を食べてくれなくて……。
トウモロコシとパプリカのサラダだったのだけれど……。
トウモロコシもパプリカも、新鮮なものをそのまま出したのに……。
ドレッシングも、サラダ油をかけたのよ。
サラダって付く位なのだから、サラダ用の油だもの。
……でも、それを出したら、『要らない』って言われてしまって……」
…………。
トウモロコシ、生で出したのか……。
しかも、サラダ油をそのままぶっかけたのか……。
倉橋さんには悪いが、それを食べたいとは自分も思えない。
確かにドレッシングにはサラダ油が入っているが、だからと言ってサラダ油そのものがドレッシングになる訳ではない。
更に、トウモロコシを加熱もせずに生でとか、辛過ぎる……。
「成程……。事情は分かりました。
それでは明日辺りにでもどうでしょうか」
幸い明日の夜ならば予定は無い。
そう提案すると、倉橋さんは嬉しそうに頷く。
「それじゃあ明日、よろしくね」
買い物籠に手にしていた茄子を放り込んで、倉橋さんはその場を立ち去って行った……。
◆◆◆◆◆
【2011/07/15】
ここの所はずっと勉強会だったので、今日は少し気分転換をしたくなった。
尚、巽くんはと言うと、社会科目の暗記に取り掛かって貰っている。
社会科は純然たる暗記科目なので、勉強会を開かずともこちらで自作してあるまとめノートで自習して貰った方が早い。
そんなこんなで気分転換代わりにやってきたのは学童保育のバイトだ。
子供たちのパワフルさに少々振り回されつつも、その有り余る元気を分けて貰っているかの様にこちらも楽しくなってくる。
わいわいと駆け回る子供たちの中には、俊くんの姿もあった。
以前学童保育の先生が言っていた様に、遊びの時間は俊くんも元気を一杯なのである。
が、しかし。
学童保育の終わり間際……各々の保護者達が自分の子供を迎えに来る頃合いになると、俊くんは俯いてベンチに腰掛けてしまう。
宇白さんが迎えに来るのが嫌なのだろうか……?
どうしたものかと俊くんを見守っていると、「あの……」と背後から声を掛けられた。
振り返ったそこに立っていたのは、宇白夫人である。
何か用でもあるのだろうか?
「どうか致しましたか?」
そう訊ねてみると、宇白夫人は少し躊躇いがちに口を開く。
「俊くんは、その……皆さんと仲良く出来ているのでしょうか……?」
そう問われ、今まで見てきた俊くんの様子を思い出す。
少なくとも、学童保育に来ている子供たちとは良好な関係性ではある様だ。
そこそこ以上に仲の良い友達もいる様である。
少なくとも仲間外れにされていたり等はしてなさそうだ。
「ええ。学童保育に来ている他のお子さん達と一緒に、元気一杯に仲良く遊んでいらっしゃいますよ」
そう答えると、宇白夫人は「良かった……」と安堵した様に息を吐く。
ふと気になる事があり、少し不躾な質問かとは思いつつも訊ねてみる事にした。
「あの、俊くんとはお家で学童保育の話をしたりはしないんですか?」
そう訊ねると、宇白夫人の表情は微かに曇る。
「……ええ。
俊くんは、学童保育の事に限らず、普段の学校生活とかも殆ど話してくれないんです。
……だから、お友達とかがちゃんといるのか、仲間外れにされていないかが心配で……。
学童保育で、少しでも他のお子さん達と触れ合う機会を増やしてあげたかったんです」
ちゃんとお友達がいるようで良かった……、と宇白夫人は本当に嬉しそうに、柔らかな微笑みを浮かべた。
………………。
宇白夫人と俊くんの仲は良好とは言えなさそうだが、宇白夫人は俊くんの事をちゃんと思いやっている様ではある。
それでは何故、あそこまで俊くんは宇白夫人に対して壁を作っているのだろうか。
「俊くんは……事故があってから長い事塞ぎこんでいて……。
私たちが引き取った時に、お引っ越しもしなくてはならなくなったから、それまでのお友達とも疎遠になってしまって……。
……だけど、ここで元気に遊べている様で安心しました」
「そうですか……」
「先生たちが俊くんをちゃんと見て下さっている様で安心出来ますしね。
何時も有難うございます」
ペコリと頭を下げる宇白夫人に、こちらこそ、と頭を下げる。
その後、宇白夫人は黙りこくる俊くんと一緒に、学童保育を後にしたのだった。
◆◆◆◆◆
学童保育のバイト帰りに、毎度の事ながらジュネスに立ち寄って夕飯の買い出しを行う。
さて、今日は何を作ろうか……と思いながら食材を見ていると。
……青果コーナーにて茄子を片手に何やら悩んでいる倉橋さんを見付けてしまった。
こちらが倉橋さんを認識するのとほぼ同時に、倉橋さんと目が合ってしまう。
そして案の定倉橋さんはこちらにやって来た。
「あら悠希ちゃん、今日も買い出しかしら」
そうだと頷くと、倉橋さんはふと表情を僅かに翳らせる。
「あのね、料理教室の件、また頼めるかしら?」
「えっと、構いませんけど。
あの、何かあったんですか?」
そう訊ねると、倉橋さんはフゥと溜め息を吐いて話し始めた。
「ええ。義母がね、また料理を食べてくれなくて……。
トウモロコシとパプリカのサラダだったのだけれど……。
トウモロコシもパプリカも、新鮮なものをそのまま出したのに……。
ドレッシングも、サラダ油をかけたのよ。
サラダって付く位なのだから、サラダ用の油だもの。
……でも、それを出したら、『要らない』って言われてしまって……」
…………。
トウモロコシ、生で出したのか……。
しかも、サラダ油をそのままぶっかけたのか……。
倉橋さんには悪いが、それを食べたいとは自分も思えない。
確かにドレッシングにはサラダ油が入っているが、だからと言ってサラダ油そのものがドレッシングになる訳ではない。
更に、トウモロコシを加熱もせずに生でとか、辛過ぎる……。
「成程……。事情は分かりました。
それでは明日辺りにでもどうでしょうか」
幸い明日の夜ならば予定は無い。
そう提案すると、倉橋さんは嬉しそうに頷く。
「それじゃあ明日、よろしくね」
買い物籠に手にしていた茄子を放り込んで、倉橋さんはその場を立ち去って行った……。
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