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彼岸と此岸の境界線

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【2011/07/04】


 放課後、巽くんに手芸を教えて貰う為に巽屋に向かった。
 巽くんは今日は少し趣向を変えて、レース編みを教えてくれる様だ。
 巽くんはレース編みも出来るのかと驚いたが。
 よく思い返せば、巽くんの作品の編みぐるみ等が持っている小物類の中には、レースが施されたモノが結構あった。
 最早、手芸の類で巽くんに不可能な事など無いのではなかろうか…………。

 巽くんの手から、繊細で可愛らしいレース細工が生み出されてゆくのは、誇張無しに魔法の様である。
 自分が編んでいるレース細工も決して不細工なモノでは無いのだが、横で巽くんが作っているモノとは次元が一つか二つは違う。
 巽くんは、間違いなくその道のプロとして食っていけるだろう。
 一通り作り終えて、巽夫人が淹れてくれたお茶を飲みながら一息吐いていると、ふと巽くんが何かを言いたそうにしているのに気が付いた。

「巽くん、どうかしたのか?」

「あー……どうとかって訳じゃないんスけど……。
 先輩って、最近尚紀とつるんでるんスか?」

 そう訊ねられ思わず首を傾げた。
 確かに、ここ最近は何度か放課後に小西くんと過ごしてはいるが……。

「小西くんと?
 つるむって表現が適切かは分からないけど、まあ一緒に居る時もあるって感じかな。
 で、それがどうかしたのか?」

「尚紀のヤツ、その……どんな感じっスか?」

 どんな感じか、か……。
 どう答えるのが適切なのだろう。

「私は以前の小西くんを知らないから、ちゃんとした事は言えないけど……。
 ……色々とまだ整理が出来てない状態、ってのは言えると思う」

「そっスか…………」

 そう答えると、巽くんは何故か少し気遣わし気にその眉根を寄せた。
 ……小西くんと巽くんの家は同じ商店街の中でもかなり近距離にあると言えるし、二人とも同い年だ。
 今の二人の関係性がどうなのかは知らないが、幼少期からの顔馴染みである可能性は大いにあるだろう。

「心配なのか? 小西くんの事が」

「えっ……と……。
 ……まあ、そんな感じっス」

 そう訊ねると、少し戸惑い気味にだが、それでも確かに巽くんは頷いた。

「なんつーのか……、尚紀とは幼馴染みってヤツで……昔はつるんで遊んでた事もあったんス。
 つっても、まあ中学上がる前くれぇからあんま付き合いも無くなってったんスけど……」

 成る程。
 最近の付き合いは無いものの、幼馴染みの小西くんの事を純粋に心配しているのだろう。。
 ……あ、そうだ……。

「巽くんは、小西くんの好きな料理とか食べ物とかを知ってるか?」

「へっ、尚紀の好物っスか……?」

 何でまたそんな事を唐突に?
 とでも言いたげな表情で巽くんは首を傾げる。
 それに大きく頷いた。

「まあ、色々あってね。
 で、何か心当たりとかあるか?」

 そう訊ねると、巽くんは少し考える様に腕を組む。
 そして、何かを思い付いた様な顔をした。

「あー……コロッケとかっスかね」

「コロッケ?」

「昔俺が作ったコロッケを、アイツ旨い旨いって喜んで食ってたんで。
 ま、アイツはあのコロッケ作ってたの、お袋だと思ってたポイんスけどね」

 成る程、コロッケか……。
 よし、問題なく作れるな。

「そうか、うん、ありがとう。助かったよ」

 そう礼を言うと、巽くんは軽く頭を下げてくる。

「尚紀の事、よろしく頼みます」

 本当に小西くんを心配しているのだろう。
 そんな巽くんを安心させる様に、大きく頷いた。





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 夜、釣りたての戦利品を、魚を欲しがっている神社に居る少し不思議な女性に渡した後の事。
 家に帰ろうと、店仕舞いを始めている愛屋の前を通りがかると、店の中から見知った顔が出てきた。
 三組の高山だ。
 こんな時間に愛屋に何の用があったのだろう。
 高山の方を見ていると、あちらもこちらに気が付いた様で「あっ」と声を上げてきた。

「鳴上、どうしたんだこんな時間に」

 高山はこちらの釣竿やクーラーボックスをチラチラと見ながら、そう訊ねてくる。

「私か? 私は鮫川で夜釣りをしていたんだ。
 と、言うよりも。
『こんな時間に、どうした』とは、それはこっちの台詞だ」

 釣竿を軽く叩きつつそう答え、逆に高山に訊ねる。
 前に夜間もバイトをしているとか言っていた様な気もするが……。
 まさか、それなのだろうか。

「あー、俺? 俺はバイトだよ。
 夜は、大体は愛屋で働いてるんだ。
 厨房スタッフってヤツ」

 まさかと思っていたのが正解だった様だ。
 まあ、愛屋は商店街の中ではかなり繁盛している。
 それ故に、厨房スタッフも雇い入れないと回らない時もあるのかも知れない。
 まさかその厨房スタッフが、高山だとは思わなかったが。

 ……前にも思ったが、何故ここまでして働いているのだろう。
 高山は、放課後も何処かでバイトした上で、ここでも夜間にバイトに入ってる様だし……。
 何か事情があるのかは知らないが、普通は中々出来ないレベルでのバイト漬け生活である。
 その上更に家事までやっているのだから、ここまで来るともう、身体を壊さないかどうかの方が心配になってくる。

「そうなのか……。
 ……なあ、高山。
 どうして、そこまでしてバイトに打ち込んでいるんだ?
 ……言いたくないなら、言わなくても良いんだが……」

 高山は、少し困った様な顔をして、頬を掻いた。
 だが、まあ良いか、とばかりに口を開く。

「……俺ん家って、所謂母子家庭でさ。
 それも、子供が俺を含めて三人も居るんだよな。
 悟と志保なんて、まだ5歳で手が掛かる盛りだ」

 以前に出会った、高山の幼い弟と妹を思い出す。
 ……勿論各々の家庭の事情等があるから一概には言えないが、客観的な事実として、母子家庭で子供を三人も育てるのは大変だと言わざるをえない。
 黙ったまま、高山に言葉の続きを促す。

「……子供ってさ、育てんの、スッゲー金かかるじゃん。
 親の仕事によっちゃ、両親健在で共働きしてても、子供育てるのは1人で限界だったりするらしいし……」

 経済的な問題……か。
 それは確かに存在するだろう。
 自分は極めて幸運な事に、裕福と言える家庭に育った。
 だが、そうでない家庭も当然の如く存在し、時として経済的な理由から子供を自分で育てる事が出来ない親が居るというのも知っている。
 親を……しかも往々にして稼ぎが多い父親を亡くすと、経済的に厳しくなる事が多いという事も。
 だから、なのだろうか。
 こちらの表情から何かを読み取ったのか、高山は少し首を横に振る。

「あっ、別に貧しい暮らしをしてる訳じゃ無いからな?
 母さんが毎日毎日長い間働いて稼いでるから、親子四人が普通に食っていけるだけの収入はあるし。
 ……でもさ、ヨユーがあるって訳でも無い。
 ……そんな訳でさ、俺がバイトして、少しでも家計の足しになりたいんだ。
 微々たる額でもさ、貯めとけば何時か、悟や志保に必要になった時に使ってやれるしな」

 ……高山は嘘を言っている訳では無さそうだが……。
 ……何でだろう。それだけが理由では無いのだろう、と己の直感が囁いた。
 ……だが、まあ別に高山の事情を根掘り葉掘り尋ねたいという訳では無いので、それ以上は訊ねようとは思わなかったが。

 その後は他愛無い話をして、高山とは別れて家へと帰った。






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