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彼岸と此岸の境界線

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【2011/07/01】


 神社の不思議な狐からの頼み事で、口下手な後輩に良い人との付き合い方を伝授して、喧嘩してしまった友人と後輩との関係修復に成功した事を報告する序でに神社で狐と戯れていると、誰かがやって来る足音がした。
 人が来る事を察知した狐は、素早く身を翻して何処かへと隠れてしまう。
 境内にやって来たのは、天城さんだった。

「あれ、鳴上さん。どうかしたの?」

「まあ、ちょっとした用事があってね。
 天城さんはお参り?」

 特に何かがある日では無いとは思うが、地元だし、天城さんは小まめにお参りに来ているのかもしれない。

「うん、時々時間を見付けて来てるの。
 ここ、静かで落ち着くから……。
 仲居さんたちともね、お参りに来る事があって。
 大切なお客さんが来る前とかにね。
 初詣も毎年ここだし、受験の時のお守りもここのだったんだ。
 ……この町を出たら、……ここにももう、来られなくなるね……」

 ここでの思い出話を語って、寂しそうな顔をする天城さんに思わず訊ねた。

「……やっぱり、本当に出ていくのか?」

「あ、うん……」

 天城さんは曖昧に頷いた。
 出て行きたいという気持ちは無い訳ではないのだろうけれども……、それ以上に迷っているのだろうか。
 迷っているのか訊ね様としたその時。

「あら、雪ちゃん!」

 和服を来た女性が境内にやって来て、天城さんを見付けて少し驚いた様に声をかけた。
 天城さんも驚いた様に首を傾げる。

「葛西さん……どうしてここに……?」

「酒屋さんに注文するついでに、ちょっと休憩にね。
 ……あーあ、雪ちゃんにバレちゃったぁ」

「えっ、や、別に言い付けたりなんか……」

 少しオロオロとする天城さんを、葛西さんは笑い飛ばした。

「あはは、冗談よぉ。
 ……あ、そちら、もしかして、ウワサのお友だち?
 料理の勉強を急に始めたのって、やっぱりそちらの子の影響なのかしら?」

「そうだったのか?」

 全く知らなかった。初耳だ。
 てっきり、独り立ちした時の練習なのだろうと思っていたのだけれど……。

「えっえっ、違うよ、うん!」

「ふふふ、そう言う事にしておくわね。
 雪ちゃんをよろしくお願いしますね」

 焦って否定する天城さんを残し、一礼して葛西さんはその場を去っていった。
 葛西さんが立ち去ったのを見て、天城さんは小さく溜め息を吐く。

「も、もう……。
 あ、葛西さんはね、うちの仲居さんなの。
 仲居さんたち、私が料理を始めた切っ掛けを、鳴上さんなんじゃないかって、何か勘違いしてて……。
 さっきの葛西さんとかの仲居さんたちや、板前さんたちが、料理教えてくれるの。
 一人でやりたいって言い張ってたけど、失敗ばかりで、火傷とかもしちゃってさ……。
 そうしたら、『教えさせてくれ』って言われちゃった。
 ふふっ、普通は逆だよね?」

「優しい人たちなんだね」

 思い出して嬉しそうに笑う天城さんを見ると、お互いに大切に思っているのがよく分かる。

「うん……。私の為に休憩時間を潰してでも教えてくれて……。
 なんか、優しくて……。
 一度、ちょっと成功した時なんて、みんな集まって味見して、褒めてくれて……。
 何て言うか……嬉しかったな……。
 それに私には、仲間もいる……。
 結構、私、幸せ者だよね……。
 私ね……皆の為にも、頑張ろうって思う……」

 静かに決意を固める天城さんだったが、ふと少しだけその表情に影を落とした。

「……でも私、あんなに優しい人たちを裏切って出て行こうとしてる……。
 ……でも、仕方無い……よね……」

 そう言葉にはしたがそれでも思う所があったのか、天城さんは浮かない顔で神社から立ち去った。





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 今夜も、病院清掃のバイトへと出掛けた。

 何時もの様に仕事をこなしていると、帰り間際に何時ものソファーで休憩中の神内さんの姿を見掛ける。
 神内さんに少し声を掛けようかと思ったその時に。
 唐突に昨日耳にしてしまった噂話を思い出して、僅かに躊躇ってしまう。
 すると、神内さんの方がこちらに気が付いた様に顔を上げた。

「おや、鳴上さん。
 今日もバイトだったんだね。
 はは、偉いなぁ……」

 あちらから声を掛けられ、心の中で僅かに安堵の息を吐く。

「今晩は。神内さんは、今日もまた夜勤なんですね」

 神内さんが勧めてくれたので、その好意に甘えて横に座らせて貰った。

「まあね。何時も夜勤……って事はないけど、この病院も人手に余裕がある訳じゃ無いからね……。
 救急ってのは中々大変なのさ……」

 少し肩を竦めて、神内さんはそう言った。
 ……確かに、実際がどうなのかは知らないが、救急は大変そうなイメージはある。
 24時間、何時でも急に傷病者が運ばれて来るのだし。

「神内さんは、二年前からこの病院に来た、と前に言ってましたが、ここに来る前も救急医をやっていたんですか?」

「……そうだよ」

 少しだけ沈黙した後に、神内さんは曖昧な笑みを浮かべて頷いた。
 ……やはり前の病院か何処かで、何かあったのだろうか?
 ……が、流石にそれをおいそれと根掘り葉掘りとは聞けない。
 話題が途切れてしまい、どうしたものかと考える。
 数瞬考えてから、良い機会だとばかりに、神内さんの仕事について色々と質問する事にした。
 神内さんは少し驚いた様だが、「将来の選択肢として知っておきたい」と答えると、納得した様に頷く。

 自分ももう高校二年生。
 来年には大学受験も控えている。
 就職という道もあるが、自分は進学するつもりである。
 自分の興味のある分野として、所謂理系の学部に進むつもりだが、具体的にどの学部にするのかはまだ決めてはいない。
 理学部や農学部などで研究に邁進するのも、例えば医学部などの医療系の学部に行って社会にそういう面から貢献しに行くのも、どちらも迷ってしまう程に魅力的な道である。
 そう言った観点からも、実際に医師として働いている神内さんの話は、非常に興味深い。

 そんな中、救急医療の話からDMATの話が出てきた。
 DMATとは、『Disaster Medical Assistance Team』の頭文字から取られ、『災害急性期に活動できる機動性を持った、トレーニングを受けた医療チーム』と定義されている。
 要は、地域では対応出来ない様な災害や大事故等の発生時に、現場に急行してその場で災害医療を行う医療チームの事だ。
 確か、日本DMAT・東京DMAT・大阪DMAT等があった筈である。
 どうやら神内さんは、ここに来る以前はDMAT指定医療機関で働いていたらしく、DMATとして出動した事もあったそうだ。

 そんな事を話している内に、そこそこの時間が過ぎてしまった。
 ふと時計を見た神内さんは、ソファーから立ち上がる。

「ああ……そろそろ戻らなきゃダメだ。
 じゃあ、またね、鳴上さん」

 そう言いながらヒラヒラと手を振って、神内さんは廊下の奥へと去っていた。





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