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彼岸と此岸の境界線

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【2011/06/28】


 部活帰りに商店街に立ち寄って、家の手伝いを終えて休憩していた小西くんを誘って、近くにある“惣菜大学”で買い食いしながら、店の前に設置されている簡易なテーブルに腰掛けて、二人で他愛も無いちょっとした失敗談などの笑い話をした。
 小西くんはこちらの話に爆笑し、お腹を抱えてしまう。

「はははははっ! ま、まじっすか!?
 先輩でもそーゆー事するんすね! やっべーっ!」

 一頻り爆笑した小西くんは、笑い過ぎて目の端に浮かんでいた涙を手の甲で拭いながら、柔らかな表情で笑う。

「……はは、こんなに思いっきり笑ったの、久々かも。
 楽しいっすね、やっぱり」

 そして、ほんの少しその表情に影を落として呟いた。

「何時も、何て言えば良いのか……“監視の目”があるんすよ。
 ……もう、慣れましたけど……。
 俺が被害者面してないと、満足出来ない人達っているみたいで……。
 今日みたいに下らねー話で笑ったりとか……、全然……」

 暗い声でそう呟いた小西くんは、ふと顔を上げて「何か愚痴っちゃって……すんません」と謝ってくる。
 それに「構わない」と返したその時。
 偶然近くを通り掛かった、買い物帰りと思われる主婦が、突然こちらに近寄って小西くんに話し掛けてきた。

「尚紀くん!
 学校帰りにこんな所に寄り道してちゃダメよぉ。
 あなたまでフラフラ遊んでいたら、ご両親に心配かけると思わない?
 お家の酒屋さんのお手伝いは?
 お父さん、大変そうじゃない」

「……はぁ、……」

 主婦の捲し立てる様な一方的な物言いに、小西くんは言い返す事も、然りとて頷く事も出来ずに、少しばかり嫌気を滲ませた曖昧な態度で応じる。

「はぁ、じゃないわよぉ。
 お姉ちゃんがあんな事になって大変なのは分かるけど。
 今こそ、家族の力を合わせなきゃ。そうでしょ」

 小西くんは何も言わず、ただ黙って俯いた。
 その態度が気に触ったのだろう、主婦はあからさまに眉を顰め、語気を少し荒くする。

「あらぁ、尚紀くんの為に言ってるのに、その態度は無いんじゃな~い?」

 小西くんは辛そうに、にじり寄ってくる主婦から目を反らした。

 ……流石に幾ら何でももう限界だ。
 小西くんが反論しないからと言って、これ以上好き勝手な事を口に出させる訳にはいかない。

「……お言葉ですが、貴方は何を以て、“小西くんの為”だと仰っているつもりですか?
 貴方のその主張は、随分と一方的で独善的な……ただの押し付けにしか私には聞こえませんが。
 友人と休憩している程度で、何故貴方に咎められなくてはならないのでしょうか」

 席を立って主婦に向き直って淡々と訊ねると、何故か主婦は気圧された様に狼狽え、小西くんが慌てた様に立ち上がった。

「い、いいんです……鳴上先輩……」

「そ、それじゃああたし、もう行かなきゃ。
 尚紀くん、しっかりしなさいね!」

 小西くんにそう制止され、一瞬そちらに顔を向けた途端に、主婦は慌ててそう言い捨てて、走り去る様にその場を後にした。
 後には、少し気不味そうに俯く小西くんと自分だけが残る。

「……すんません、何か……、変な空気にしちゃって」

「小西くんの所為じゃ無いんだから、気にしないで」

 事実、小西くんは何も悪くは無い。
 小西くんがあの主婦に言い返した所で、より面倒な事になっていただろうし。
 あの主婦の気が済むまで、黙ってただ待つというのもそう悪い選択では無かった。

「……はい。でも、ありがとうございます……。
 ……言い返してくれて、何か……嬉しかったです……」

 そして、小西くんは困った様に苦笑する。

「……一人だったら……困ってました。
 ウチ、商売やってるんで……」

「ご近所付き合いは特に大切だし……、怒鳴ったり……反論も難しい、のかな、やっぱり」

 やはり地域に根差した商売をしているだけに、狭いコミュニティ内での柵も多いのだろう。
 小西くんは静かに頷く。

「……そうっすね」

「そっか、……大変、だな」

「……はい……」

 ビフテキ串を食べ終えてから、その日はそこで別れた。





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 今日は家庭教師のバイトの日だ。
 今日は中島くんが苦手だという英語を、出来るだけ理解し易い様に、頑張って教えた。
 休憩時間に、中島くんはフゥと溜め息を吐きながら一人呟いている。

「……英語も暗記科目なのかなぁ。
 数学も、公式覚えて当て嵌めるだけ。
 理科だって、化学反応式を覚えるだけ。
 テストは、覚えられたかどうか判定して、忘れている箇所を落とすだけ……」

 そして中島くんは暫く何かを悩む様に俯いて黙った後、急に顔を上げてこちらを見た。

「……ねえ、先生の学校って、イジメとかある?」

 中島くんに訊ねられ、少し考える。
 多少対人関係が上手くいっていない人とかは知り合いにも居るが、少なくともイジメレベルでの問題を抱えている人は、少なくとも自分の知る限りではいない。

「……私が把握している限りでは、無いと思うよ」

「……高校生にもなってたら、そうですよね……」

 中島くんは何度も頷いて、そして俯いた。
 ……別に、高校生だからイジメをしないとかでは無い。
 イジメなんて、高校でも大学でも、それこそ社会に出た後だって、やる人はやるし、探せばきっと沢山見付かるのだろう。
 今把握している範囲で、八十神高校でイジメが無いのは単に偶々でしかない。
 それよりも、そんな事を訊ねてくると言う事は……。
 やはり、中島くんは……。

「別に、暴力を振るわれるって訳じゃないんです。
 ……物を隠されたりとか、何かを盗られるって事でもない。
 ……ただ、居場所が無いだけ……。
 それは、イジメとは、違うのかな……」

 所謂シカトをされている様だ。
 ……クラスに居場所が無いというのも、ツラいものである。
 ……まあ、中島くんの対人スキルが低めである事は否めないので、そこに至るまでの過程も何と無く想像は付くが……。
 ……勿論、幾ら相手の対人スキルが低いからといって、シカトして良い理由にはならないが……。

「……よし、私に任せろ」

 取り敢えず、中島くんの対人スキルを磨く所から始めてみるべきだろうか。
 そう決意すると、中島くんは驚いた様に目を見開いた。

「……先生……。あ……と、どうも」

 そう言って中島くんは何処と無く嬉しそうに笑うが、ふと慌てた様に訂正を入れた。

「あ……、えっと……。
 ……僕の事じゃ無いですよ。
 クラスの……転校生の事です。
 ……僕じゃない」

 目を逸らしながらそんな事を言っても、信憑性は0だが……。

「……何か、先生には言わなくても良い事まで言っちゃうな……」

 そう言って中島くんは苦笑した。

「別に良いさ、気にしていないから」

 寧ろ、一人で抱え込んで自爆するよりは余程良いだろう、お互いに。

「……うん。あ、えっと……。
 また、来て貰えますよね?」

「勿論」

 そう頷くと、中島くんは安心した様に笑った。





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