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流れ行く日々

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 終了の合図と共に、教室内の張り詰めていた空気が緩む。
 テスト用紙が回収され、試験監督を兼ねていた教師が教室を出ていくと、途端に教室内が騒めく。
 ここ四日間続いた中間テストはこれで終わりだ。
 特には解けなかった問題は無かったし、このテストも然程問題は無い出来だろう。
 天城さんと里中さんは早速答え合わせをしている。
 が……どうやら大分誤答してしまっていたらしい事に気が付いた里中さんは、呻き声を上げて机に突っ伏した。
 花村はそんな里中さんを横目に、解放感から肩を揉み解したりしている。
 教室内は、友人とテストの答え合わせをする者もいれば、テストとは何の関係もない世間話に興じる者もいて、非常に賑やかだ。
 そんな折りに耳に飛び込んできた『テレビ』という単語に、咄嗟に反応してしまったのは、《マヨナカテレビ》の事があるからだろう。
 あまりいい気はしないが、その会話に聞き耳を立てる。

 ……が、別段彼等の話題の中心は《マヨナカテレビ》ではなく、普通のテレビの話で。
 それも、事件の話とは無関係であるらしい。
 何でも、近隣に出没するという暴走族の取材に、テレビ局が来ていたのだそうだ。
 ……暴走族、か。
 そんな安眠の敵の様な輩がこの近隣に居たとは気が付かなかったが、どうやら中央道路近辺の家々では結構な被害が出ているらしい。
 そう里中さんと花村が溜め息混じりに説明してくれた。
 どうやらこの八十神高校にもその暴走族に所属している者がいるらしい、との事だが……。

「えーっと、中学ん時に『伝説』作ったってヤツが確か一年に居るって……。
 ん? あれ?
 ……そいつ、暴走族だっけな……?」

 まぁ仔細は分からないが、何やら凄い一年が居るというのは確かなのだろう。
 しかし「伝説」か…………どんなのだろう?
 こう、峠か何かに挑戦でもしたのだろうか。
「伝説」について興味津々な天城さんに里中さんが苦笑いする。
 ……テレビ局が来た、という事は近日中にその暴走族の特集が報道されるのだろう。
 どんな内容なのかは知らないが、また妙に騒がしい事にならなければ良いのだが……。




◆◆◆◆◆




 テスト明けに部活動に勤しむというのも、中々良いモノだった。
 テスト期間中は流石に身体を動かす機会は殆ど無かったものだから、実に久し振りに身体を思いっきり動かしている気がする。
 ミニゲーム……をしようにも人数が揃わないので基礎練習ばかりになってしまっているが、それはそれで良い。
 ただ…………。
「用事がある」、と言って先に帰った一条の、少し堅い顔が気にかかった。

 現在実家を離れて独り暮らしをしている一条は、定期的に実家に顔を出す必要があるらしい。
 一条の家はどうやら俗に言う所の『名家』らしく、家の当主である祖母は相当に厳格な方なのだそうだ。
 そんな彼女は、一条がバスケをする事に反対しているらしい。
 理由は、「野蛮だから」、だそうだ。
 まぁ、バスケは接触事故とかも多いから、全く理解出来ない理由でも無いけれど……。
 ……一条はバスケ以外にも、家の為にずっと昔から色々と諦めさせられてきたのだという。
 それでも、バスケだけは諦められない……と、祖母に逆らってでも続けてきたらしい。
 ……そんな一条の力になってくれ、と彼の親友である長瀬から頼まれた。
 力になれるのならなってやりたいのだが、しかし、一条に関して殆ど事情を知らないこの身に如何程の事がしてやれるのだろう……。
 考えても……、話を聴くとか、一緒にバスケする、位しか思い付かない。
 しかし、それで良いのだ、と長瀬は言った。
 側にいる、と言う事が一番なのだと。
 バスケをやりたがっている一条にとって、一番欲しいのは、一緒にバスケに打ち込んでくれる友達だから、と。

 ……そうだと言うのならば、一条の思いに応える為にも、より一層バスケに精進していかなくてはならない。
 そう気持ちを新たにして、その日は長瀬と別れた。




◇◇◇◇◇




「そう言えばお前、ジュネスにはよく行くよな?」

 夕飯の後、唐突に叔父さんに訊ねられた。

「ええ、まあ。
 この辺りだとあそこ位しか買い物する場所無いですし。
 日々の食材は大体ジュネスで買ってますよ。
 ……それで、それがどうかしましたか?」

「あー……偶に足立の野郎が仕事中に姿を眩ませてやがってな。
 大方、ジュネスとかでサボってんだと思うんだが……。
 お前が行く様な時間帯にジュネスを彷徨いているんだったら、大体はサボりだ。
 もし見掛けたら、ガツンと言っちまっていいぞ」

 そう言われれば、偶に足立さんをジュネスで見掛けた事があった。
 聞き取りか何かでもしていたのかと思い、その時はスルーしていたが、どうやらサボっていただけだった様だ。
「ああ、それと」と叔父さんの目付きが鋭くなる。

「……この前署で耳にしたんだが……、どうやら家電売り場をウロチョロしているらしいな」

 探る様な視線が突き刺さった。
 ……その内見咎められる可能性は考慮していたが、思ったよりも早く問い質されている。
 ……さてどうしたものか、と考えていると、不意に菜々子ちゃんが叔父さんを呼んだ。

「あ、いや、違うぞ。
 これは事情聴取なんかじゃなくてな……」

 弁解する叔父さんに、違う、と菜々子ちゃんは頭を振る。

「お姉ちゃんとばっかり、ずるい」

「何……?」

 想定すらしていなかった菜々子ちゃんの言葉に、虚を衝かれたかの様に叔父さんは目を見張る。
 驚く叔父さんとは反対に、菜々子ちゃんが何を言いたいのかを察し、目を伏せた。

「だって、今日はお父さん……家にいるのに……。
 お姉ちゃんとばっかりおはなししてる。
 菜々子とも、もっとおはなししてよ……」

「……お前とは何時も話してるじゃないか」

 そう答える叔父さんに、菜々子ちゃんは首を横に振る。

「……いつもって、いつ?」

 菜々子ちゃんのその言葉に、叔父さんは衝撃を受けたかの様に固まった。

 何時も……。
 そう叔父さんは言うが、少なくとも一緒に暮らし始めた四月から今の所、叔父さんと菜々子ちゃんがゆっくり話し合っている姿は一度も見た事が無い。
 仕事でそもそも家に帰れない日も多いが、帰って来ても相当遅い時間である事が多く、菜々子ちゃんが眠ってしまってから帰って来る事だってある。
 折角比較的早目の時間に帰って来た今日だって、菜々子ちゃんに構わずに、こちらにばかり気をかけてきている。
 こんな状況で菜々子ちゃんが寂しく思ったって、それは仕方がない話だ。

「菜々子も……、いっしょに、いるのに……」

 そう言いながらも、菜々子ちゃんは眠たそうに目を擦っている。
 眠たいのだろう。
 幾ら気持ちの上ではまだ起きていたくとも、まだ幼い身体は正直だ。

「ったく……、もう菜々子は寝る時間だろ?
 今日はもう寝なさい。
 今度……遊んでやるから」

「ぜったいだよ……」

 渋々と自分の部屋に戻った菜々子ちゃんを見て、叔父さんは苦し気に呟いた。

「『いつもって、いつ?』……か」

「……もしかして、菜々子ちゃんとどう接して良いのか、分からないんですか?」

 叔父さんの様子に、もしやと思い、問い掛けた。
 ……叔父さんは、子供との付き合い方自体、得意という訳では無さそうだが、だからと言って苦手という程のモノでは無いだろう。

「……ああ、……悠希は鋭いな……。
 ……正直な話、菜々子の事は千里……あいつの母親に任せっきりだったからな……。
 その………加減がな、よく分からねえんだよ。
 それに俺じゃあ、あいつの家族は務まらん……」

「……意味が分かりません。
 家族は、務まるとか務まらないとかの問題では無いでしょう。
 菜々子ちゃんのお父さんは、叔父さん、貴方だけです。
 少なくとも、菜々子ちゃんは叔父さんの事をちゃんとお父さんだと思っている。
 なのに、どうして」

 別に、特別な事を求めているつもりは無い。
 ただ、顔を向き合わせて、話せば良い。
 接し方が分からないと言うのであれば、菜々子ちゃんと触れ合う中で、少しずつでも手探りでも良いから、それを学んでいけばいい。
 それなのに何故、お互いに向き合うという一番大切な事をしないのだ。
 菜々子ちゃんは、ちゃんと叔父さんを見ているのに。
 叔父さんだけが、菜々子ちゃんに向き合っていない。

「……分かってはいるんだよ。
 だがな、悠希。
 ……血が繋がっていれば『家族』か?」

 ……少なくとも、親が子を、子が親を、どちらか片方だけでも相手を見ようともしないのなら、それは本当に『家族』と呼べるものかは怪しい。
 ……しかし、今の問題なのはそこなのか……?

「……そうじゃない。
 ……そうじゃ、ないんだ……」

 力無く呟く言葉だけが、居間の沈黙を揺らした。





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