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流れ行く日々

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【2011/05/08】


 朝方から里中さんに誘われて「修行」に付き合う事にした。
 一通りの型の練習を終え休憩しようとした時、見知らぬ少年がやって来る。
 見た所、同い年位だろうか。
 八十神高校ではない、近隣の別の高校の制服を纏っている。
 彼は里中さんに目を留め、声を掛けてきた。
 どうやら、里中さんの知り合いらしい。
 何をしているのか尋ねられた里中さんが、「修行」と応えると、途端に少年は馬鹿にした様な笑みを浮かべる。
 ガキ大将、と里中さんを揶揄する彼に思わずムッとなってしまう。
 だから、一歩前に出て見知らぬ彼を見下ろした。

「君が馬鹿にして良い事じゃ無い」

 里中さんなりに、自分が何を出来るのか考えて、その上でやっている行動がこの「修行」だ。
 事情を知りもしないただの部外者が、外から勝手に馬鹿にする権利は無い。

「え、……な、鳴上さん?」

 里中さんが何故か狼狽え、見知らぬ彼は途端に怯む。

「あ、えっと、その……。
 別に悪気があったんじゃなくって……。
 その……オレ、河野剛史っつの。
 千枝とは中学まではず~っと一緒でさ。
 まあ、そんで……。……何かごめん……」

 河野はこちらから顔を背けて口籠り、里中さんへと向き直った。

「あー……、それよりさ、天城さんどうしてる……?
 彼氏とか居る……?」

「……元気だし、そういうのは居ないと思う」

 心なしか、里中さんは憮然と答える。

「そっかそっか。なら良かったわ。
 やっぱ相変わらず美人だよな?
 ……オレ、もっかいアタックすっかな」

 ……別に、天城さんの事を話すのは構わないが、今彼の目の前に居るのは天城さんではなく、里中さんだ。
 その里中さんには殆ど関心を払わずに、天城さんの事ばかり話題にするのは……。

「……」

「そんじゃな、里中。
 天城さんにヨロシク言っといてよ」

 河野はそう言い残してその場を立ち去っていった。
 それを見送る里中さんは、何やら寂しそうだ。
 ふと、里中さんの『シャドウ』の事を思い出した。
『男の子にちやほやされるのは、雪子ばかり』。
 そんな旨の事を『シャドウ』は訴えていたと思う。
 ……里中さんは、周りの男の子からずっとこう言う感じの扱いを受けてきたのだろうか……。
 里中さんを励ましたくて、ポンと軽く頭を撫でた。

「え、な、何!?
 あはは……いきなりだし、ビックリした……」

 寂し気な顔が何時もの表情に戻ったので、撫でる手を下ろす。
 里中さんは困った様に頬を掻いた。

「ごめんね。アイツ、ホント失礼なヤツでさ。
 ……昔っから、雪子の事ばっかなんだから……。
 あ、アイツはただの昔の同級生。
 ……あたしは所謂男友達、みたいな?
 ……よく言われるんだけどね」

 そう言って里中さんは何処か苦い笑みを浮かべる。
 よく言われる、か。………。

「もう昔の話だし、気にしないで。
 そんじゃ、帰ろっか」

 里中さんにそう切り上げられ、この日は家へと帰った。




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 家に帰ると、菜々子ちゃんは折り紙できた花を前にして何やら困った顔をしていた。
 どうしたのか訊ねてみると、どうやら学校の授業で母の日の贈り物として作成したものらしい。
 しかし、菜々子ちゃんのお母さんはもう居ない。
 だから、その花をどうすればいいのか分からなくて困っていたのだそうだ。

「……じゃあ、菜々子ちゃんのお母さんに、その花を渡そうか」

 何の事だか分からない、と言いたげに目を瞬かせる菜々子ちゃんに微笑んで答える。

「お仏壇。お供えしたら、きっと届くよ」

 本来ならお焚き上げをする方がより良いのかも知れないけれど、まあそんな事まではしなくても良いだろう。
 大切なのは菜々子ちゃんの気持ちだ。

「そっかぁ! お父さんも毎日ごはんあげてるもんね!
 天国にいるお母さんにとどくんだって。
 だったら、菜々子のお花もとどくよね。
 あのね、先生にほめられたんだ。
 上手にできてるねって。
 お母さんもよろこんでくれるかな」

 菜々子ちゃんが作った花は、拙いながらもとても丁寧に作られていた。
 そうだね、と頷く。

「こんなに綺麗に出来ているんだ、きっとお母さんも嬉しいよ」

 きっと、不格好なものであったとしても、菜々子ちゃんの作った花なら叔母さんは喜んだだろうけれど。
 菜々子ちゃんは何度も嬉しそうに頷き、「あっ」と声を上げた。

「お姉ちゃんも、お花つくろ!
 そうしたら、いっしょに『ははのひ』できるよ!」

 そう言って菜々子ちゃんは折り紙を出してくる。
 菜々子ちゃんと一緒に花を花束に出来る程の数を折り、それを叔母さんの仏壇に供えた。
 夜も更けてきた為、菜々子ちゃんを寝かしつけて居間に戻ると、丁度叔父さんが帰って来ていた。
 叔父さんは早速仏壇に供えられた花束に気が付き、こちらに礼を言う。
 どうやら、今日が《母の日》である事を花を見て思い出したらしい。
 ……父親にはあまり関係の無い日だから、思い至らなくても仕方が無いが。

「あー……そう言えば、最近どうなんだ?
 ……どうってのも何だが……。
 ……まだまだ若いつもりでいるんだが、流石に高校生とは……話題がな……」

 叔父さんは困った様に頭を掻いた。
 何か話してみようと思っても、話題が無いのだろう。

「あー……、そう言えば、悠希は放課後に何してるんだ?」

「放課後……。
 そうですね、今は主にバスケ部の活動をしたり……部活が無い日は友達に町を案内して貰ったりしてます。
 もうそろそろこの町にも慣れてきたので、バイトか何かを始めるかもしれません」

 あちらの世界で使う武器の代金とか、その他諸々と、何かとお金は入り用になる。
 シャドウを倒した時に、不思議な布やら金属片やらを残す事があり、それを(無害である事をクマに確認して貰ってから)商店街にある『だいだら.』と言う自称アートの店(しかし見た目はどう見ても武器屋)にて買い取って貰ったお金が、捜査隊の主な活動資金である。
 しかし武器(店主はアートと言い張っている)はかなり値が張るモノだから、割りとカツカツになっていて、自腹で補填しなくてはならない額もそこそこだ。
 両親から月々の生活費は振り込まれていて、その中にそこそこ以上のお小遣いは含まれているし、貯金してある分も結構あるが、稼いでおく分には越した事が無い。

「ほう、そうか……。
 中々充実している様で何よりだ」

 叔父さんは嬉しそうに頷いたが、直ぐ様参った様に頭を押さえた。

「……ってこれじゃただの事情聴取だ。
 ……つっても共通の話題なんてな……」

「……でしたら、叔父さんの話が聞きたいです」

「俺の? また妙な事に興味を持つんだな……。
 見ての通り、娘と二人暮らしの単なる田舎刑事だ。
 ……高校生が聞いても楽しい話なんて、何も無いぞ」

 叔父さんはそう言って肩を竦めた。

「楽しいかどうか、じゃなくて、叔父さんの事が知りたいんです」

 折角、一年とは言え同じ家で同じ時間を過ごすのだ。
 叔父さんがどういう人で、どんな風に考えたり感じたりするのか、どういう経験をしてきたのか、純粋に興味がある。

「誰に似たんだか、随分と変わったヤツだな。
 ……だがまあ、お前が来てくれて、正直助かっている。
 菜々子がこんなにも喜ぶなんてな……。
 お姉ちゃん、お姉ちゃんって、うるさい位だ。
 ま、俺にとっちゃ悠希は、姪って言うよりかは歳の離れた妹って感じだな」

 その言葉に少し考え込む。
 歳の離れた妹、か。
 なら……。

「…………遼太郎兄さん?」

「ははっ、止めてくれ!
 ブルッと来たぞ、今!」

 どうやらその呼び方は若干叔父さんのツボに入ったらしい。
 叔父さんは実に楽しそうに笑った。
 そして一頻り笑った後、少し切ない顔をする。

「……こんな風に笑ったのは、随分と久し振りな気がするな……」

 遠い目をする叔父さんは、今何を想っているのだろう……。
 今は亡き叔母さんとの日々だろうか……。

「さて……、俺は少し仕事の資料を片付けにゃならん。
 お前も、夜更かしは程々にして早目に寝ろよ。
 おやすみ」

 叔父さんにポンポンと頭を優しく叩かれ、「おやすみなさい」と返してから自分の部屋に戻った。






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