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流れ行く日々

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【2011/05/02】


 叔父さんからその連絡が来たのは、もうそろそろ菜々子ちゃんを寝かし付ける様な遅い時間だった。
 そんな時間になっても帰ってこない叔父さんに、その顔を曇らせていく菜々子ちゃんの為に、蜂蜜入りのホットミルクを用意していた所だ。
 暗い顔をした菜々子ちゃんから受話器を受け取り、電話の向こうに居る叔父さんに声を掛けると、少しばかり堅い声が帰って来た。

『すまないが、今日は遅くなる。
 戸締まりして、先に寝ておいてくれ。
 それから、4日と5日の件なんだが……。
 若いのが一人、身体を壊してしまってな。
 抱えてる事件の内容から、穴を空ける訳にはいかん……。
 代わりに俺が出る事になりそうだ』

「そうですか。
 それは……叔父さんの責任じゃないですよ。
 事件なら、……仕方無いですし」

 恐らく、今晩のテレビで報道されていた、信用金庫のATMが重機で壊されて奪われた事件で駆り出されているのだろう。
 事件が起きたのは叔父さんの責任でもないし、同僚が身体を壊してしまったのにも勿論責任は無い。
 ただ単に運が悪かっただけだ。
 だが……連休を本当に楽しみにしていた菜々子ちゃんの気落ち具合が気にかかる。

『すまんな、急な話で……。
 菜々子は……どんな様子だ?
 出来れば、気に掛けてやってくれ。
 ……じゃあな』

 通話はそこで途切れた。
 テレビでは天気予報がゴールデンウィーク中はずっと行楽日和の快晴である事を伝えている。
 菜々子ちゃんは自分の部屋に引き上げてしまった。
 受話器を元に戻し、溜め息を一つ溢す。
 どうする事も出来ない話だけれど、本当に儘ならない事だ。
 取り敢えず、作ったホットミルクを持って菜々子ちゃんの部屋へと向かった。





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【2011/05/03】


 朝……起きてきた菜々子ちゃんは、予想していた通り、気持ちが落ち込んでいる様だった。
 ……旅行を本当に楽しみにしていたのだ、無理からぬ話である。
 菜々子ちゃんの歳を考えると、泣いて駄々を捏ねたって可笑しくない話だ。
 そうしなかったのは、そんな事をすれば叔父さんを困らせてしまうと、菜々子ちゃんが自制しているからだろう。
 一泊位なら気分転換の為にも何処かに連れ出してあげたくはなるが、自分とて居候の身である為そんな勝手は通し辛いし、何より菜々子ちゃんにとっては『お父さんと一緒に過ごせない』という事が一番悲しい事態なのである。
 別に叔父さんだって好き好んで本来の休暇を放棄してまで仕事している訳ではない。
 唯々、『仕方の無い』出来事なのである。
 まぁ……だからと言って、理屈では理解出来ても、感情の面では納得は出来ない事ではあるが……。

 さてどうしたものか……、と考えていると、家のチャイムが鳴った。
 宅配や郵便では無さそうだが……。
 そう思いながら玄関に出ると、訪ねてきていたのは里中さんだった。
 どうやら遊びに誘いに来てくれたらしい。
 この時間帯……という事は行き先はジュネスだろうか?
 菜々子ちゃんはチラチラとこちらを戸惑った様に見ている。

「おでかけするの……?
 いいよ、……菜々子、おるすばんなれてるから……」

 ……以前は天城さんの救出の事もあって連れて出掛ける事は叶わなかったが、今回はそんな差し迫った事情も何もない気楽な集まりだ。
 里中さんに確認したところ了承を得たので、振り返って、こちらをまだ伺っている菜々子ちゃんと目線を合わせる。

「良かったら、菜々子ちゃんも一緒に行こう?」

「えっ、でも……良いの……?」

 勿論と頷くと、戸惑いながらも菜々子ちゃんは嬉しそうに笑った。




◇◇◇◇◇




 ジュネスのフードコートに行くと、天城さんと花村が待っていた。
 捜査隊メンバー全員集合である。
 里中さんが先に話を通してくれていた様で、二人とも菜々子ちゃんには驚かない。

「にしても、折角のゴールデンウィークだってのに行く先がこんな店じゃ菜々子ちゃん可哀想だろ」

 菜々子ちゃんがリラックス出来る様にか、花村が軽いノリで話し出した。

「うん、こんなお店じゃ可哀想」

 ザックリと鋭い返しが天城さんから返ってきて、花村は苦笑いする。
 別に、ジュネスが駄目なのでは無いのだが、『折角の』という気持ちはどうしても残ってしまう。
 まあ、書入れ時だからか花村はこの連休中はずっとバイトのシフトが入っている様だし、天城さんの方もそれは同じだろう。
 結局稲羽を離れて遠出する、というのも中々難しい話だ。
 近場に遊び場があれば良いのだろうけれど、稲羽にはその様な施設は殆ど無い。
 半ば仕方無しにジュネスに集まってしまうのである。
 しかし、菜々子ちゃんは二人の言葉にフルフルと首を横に振った。

「そんなことないよ。
 ジュネス、だいすき」

「な、菜々子ちゃん……!」

 小さな子供の飾り気の無い本音の言葉に、花村は感極まった様に目を潤ませた。
 だが菜々子ちゃんは、「でもね、」と顔を少し伏せて続ける。

「ほんとうは……どこか、りょこうに行くはずだったんだ……。
 おべんとう、作って……」

「お弁当? 菜々子ちゃんが作るの?」

 天城さんの問いにフルフルと首を横に振り、菜々子ちゃんはこちらを見た。
 それで察した里中さんは、ニヤニヤと笑う。

「なーる程ね、家族の弁当係って訳か。
 凄いじゃん、『お姉ちゃん』」

「別に、凄いとかじゃないけど」

 からかい半分の里中さんの言葉に、そう返す。
 何時もやってる事だし、今更凄いとか言われた所であまり思う所は無い。
 しかし、菜々子ちゃんは里中さんの言葉に思う所があったのか、何かを言いた気にチラチラとこちらを見やる。
 ……どうしたのだろう?

「へー、鳴上って料理とか出来んだ。
 うん、まあ、手先とか器用そうな感じはあるよな。
 あー、里中よりかは料理とかやってそうな感じだ」

「親が結構忙しい人達だから、手伝いの一環として始めて、まあその延長でかな。
 結構楽しいよ。自分で好きな様に作れるし」

「お料理、とっても上手だよ」

 菜々子ちゃんからお褒めの言葉を貰い、口の端が緩む。

「あ、あたしも何気に上手いけどね、多分。
 お弁当ぐらいなら、あたしだって言ってくれれば作ってあげたのに、うん」

 何故か焦った様に里中さんが主張する、が、自ら「多分」と付けてしまっては信憑性は薄い。

「いやー、ムリすんなよ里中。それ、嘘だろ」

 花村はパタパタと手を振った。

「なんで嘘って決め付けんの!?
 んじゃあ、勝負しようじゃん」

「ムキんなる時点で怪しいっつの……。
 てか勝負って、俺作れるなんて言ってねーよ?
 あ、けど、不思議とお前には勝てそうな気がするな……」

「あはは、それ、分かる」

「ちょ、雪子!?」

 まさかの裏切りに里中さんは抗議の声を上げた。

「じゃあ、菜々子ちゃんが審査員かな。
 この人ら、菜々子ちゃんのママよりウマイの作っちゃうかもよ~?」

 花村の他意も悪意も無い言葉に、僅かながら身体が強張る。
 そして、内心で嘆息した。

「お母さん、いないんだ。
 コウツウジコで死んだって」

 菜々子ちゃんの言葉に、テーブルに沈黙が落ちる。
 もう幾度も言い馴れてしまっていたのだろうか……、そう返した菜々子ちゃんの表情は、少なくとも表面上は平静を装っていた。
 里中さんが無言で花村に肘鉄を入れて、不用意な発言を窘める。
 それに微かに顔を歪め、慌てて花村は謝罪の言葉を口にした。

「そっか……、その……ごめんな、知らなかったからさ……」

 神妙な顔でそう謝ってくる花村に、菜々子ちゃんは「へーきだよ」と笑う。

「お母さんいなくても、菜々子には、お父さんいるし」

「それに、」と一度こちらを見やってから、微かに頬を赤く染め、少しばかり小さな声で続ける。

「……お姉ちゃんも、いるし」

 ……お姉ちゃん、か。
『歳上の女性』と言う意味で「お姉ちゃん」と呼ばれた事なら幾度かあるが、何せ一人っ子なものなので、あまりそう呼ばれ馴れてない。
 だからか、何と無く面映ゆい気持ちになる。

「今日はジュネスに来れたし、すごいたのしいよ」

「……そ、そっか」

 笑顔でそう続ける菜々子ちゃんに、ほっとした様に花村も息を吐く。

「お姉ちゃんたち、何時でも菜々子ちゃんと遊んであげるからね!」

「うん、遊ぼう」

 里中さんの言葉に天城さんは頷いて同意した。
 花村は勢い良く立ち上がる。

「よーし、菜々子ちゃん。
 一緒にジュース買いに行くか!」

「うん!」

 花村に連れられて売店のカウンターに並んだ菜々子ちゃんが振り返って声を上げる。

「お姉ちゃん、どれがほしい?」

 一緒に選ぶよ、と、菜々子ちゃんに返事をして、席を立った。





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【2011/05/04】


 花村に誘われて、菜々子ちゃんを連れて今日もジュネスへとやって来た。
 同じく花村に誘われたらしい一条と長瀬も一緒だ。
 連日のジュネスだけれど、それでも菜々子ちゃんには嬉しかった様で、目を輝かせて家電売場の商品を見ている。
 喜んでくれている様を見ると、こちらもいつの間にか口の端が緩む。
 その様子に、自身も幼い妹がいるのだという一条は菜々子ちゃんを可愛いと褒めた。
 しかし、存外人見知りの気と、恥ずかしがり屋な一面もある菜々子ちゃんは、その誉め言葉が少し気恥ずかしかったらしく、顔を赤らめて一条から距離を取る様にこちらに近寄って、服の裾を軽く掴み「な、菜々子、かわいくないよ」と小声で返す。
 その様子を花村や一条と共に微笑ましく見守っていると、突然長瀬がトンでもない爆弾発言をかました。

「大丈夫、可愛くないよ」

 恐らくは照れた菜々子の言葉を額面通りに受け取った長瀬なりの気遣いの気持ち故の言葉だったのだろうけれど、それとこれとは話が別だ。
 花村と一条に同時に総スカンを喰らい長瀬は鼻白んだ。

「バカとは何だ馬鹿とは。
 俺は馬鹿じゃないからな、断じて!」

 そんな長瀬の反論に、自分も遠慮無く返す。

「どんな理由があれど、女の子に面と向かって『可愛くない』とか、男の発言としては最低の部類だからな、長瀬。
 それが分からないから、『バカ』って言われるんだろ」

 長瀬への少しトゲを含ませた言葉に、オロオロと此方を伺う菜々子ちゃんはふと目を向けた大型のテレビへと強引に話題も持っていこうとした。
 それに乗った一条がふと溢した『こんなに大きなテレビなら、中に入ってしまえそうだ』という言葉に、花村と二人、冷や汗を流す。
 結局、テレビに関する話題はそれっきりで、その後は特にこれといった問題は無く楽しい時間を過ごした……。





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