流れ行く日々
◆◆◆◆◆
【2011/04/29】
突然花村に頼み込まれ、急な話だがジュネスで品出しの手伝いをする事となった。
今はゴールデンウィークの休日初日。
絶好の書き入れ時だ。
その為、何時も繁盛しているジュネスだが、雨の日にも関わらず平時を遥かに上回るお客様で賑わっている。
次から次に飛ぶように商品が買い物籠に放り込まれ、セール品を歴戦の主婦達が争う様にして取り合っていく。
お陰でバックヤードは最早ちょっとした戦場の様な有り様だった。
品出ししても品出ししても、次から次へとあれが足りないこれが足りないと言われ、只管バックヤードを走り回る羽目になった。
体力には自信があったのだが、セールの時間が終わり人の波が少し治まってきた頃には流石にくたくたになっていた。
「うえぇ、疲れた……。
急に人手が足りなくなったらしくて、何でも良いから人手が欲しいって親父に頼まれてさ。
ホント、お前が居てくれて助かった!
サンキュな」
仕事を終え、雨も降り止み雲の切れ間から夕陽が覗く今は、花村と二人でフードコートで寛いでいる。
急な話で驚きこそしたが、別にこれ位ならどうと言う事も無い。
一日だけとは言えバイト代は出たし(しかも多分学生バイトの時給としては高めだったので、少し色を付けてくれたのだろう)、これで文句があろう筈は無い。
花村の力になれたのなら、それで良い。
寛ぎながら二人で話をしていると、以前花村に言い掛りを付けてきた女性たちがやって来た。
「あ、花村ー。
何なの今日、超忙しいんだけど。
来なかったらクビってチーフがうるさいから来たけどさー。
こんなの知ってたら休んだっつの」
そう言って女性たちは給料が安いだのと、花村に文句を付け始めた。
……そもそもゴールデンウィークなのだから、忙しいだろうと位は普通に考えて想像が付くだろうに。
やはりこの人達は馬鹿なのだろうか?
それに大体、花村がバイトの時給を決めている訳ではないのだから、そんな文句を花村に付ける事自体が間違ってる。
「少しは考えろ、煩いから黙れ」と言いたくはなったが、そこは自制して口を噤む。
そもそも言った処で理解する様な頭すら無いかもしれない。
まあ、ただ何と無く文句を付けたいだけで、それには花村が手頃だというだけなのかもしれないけれど。
それにしても、あまりの馬鹿さ加減に頭が痛くなってくる様な文句は止めて欲しい。
一通り言い募って満足したのか、女性たちは花村を解放し、こちらのテーブルから少し離れた所に陣取って話始めた。
しかし、その話声がやたら煩い。
どっかにスピーカーが付いているんじゃないかと疑う様な声のボリュームだ。
別に、彼女たちの卒業旅行事情など本当にどうでも良いのだけど……。
しかし、ふと彼女たちの話題が、早紀──小西先輩に移った時、花村の目に昏い陰が落ちた。
そして唇を噛み締め、微かに俯く。
「去年だっけ? 早紀の駆け落ち」
「そうそう、帰省してきた大学生にくっついてどっかまで行ったらしいじゃん。
けどすぐ帰って来てさ、『自分でお金貯めて出てく』って言ったって」
「えー、何それ、捨てられたって事ぉ?」
「知らないけどぉ、ここでバイト始めたって事はやっぱお金貯めたかったんじゃん?
けどさぁ、うちら女子高生が本気になれば、もっと稼げるバイトあるじゃんねー」
ゲラゲラと笑うその声が煩わしい。
……花村が気掛かりで、その昏い目を見詰める。
「心配しなくても、別に……関係ねーよ。
あの人らの、テキトーな噂だし。
別に、気にしてねーし。
……でも……あんな風に言われて、……先輩、可哀想だな……。
小西先輩の仇、取ってやれるのは俺らだけだ。
……俺らしかいないんだ。
だから……外野は気にする必要無い」
まるで自分自身にそう言い聞かせる様に言う花村に、言い返す言葉は無かった。
「……そうか。……花村は大人だな」
「ははっ……テレビん中で、ガキの俺を見ちまったからな。
ちょっとは変わって行かねーとな……」
……確かに、我慢し耐える事は必要だ。
口を噤むべき時というのもある。
だけれど、悲しいとか、辛いとか、そう思う事、感じる事自体はどうしようもない事だろう。
心無い噂話に、心を痛める事自体は何も悪い事ではない。
それが想い慕っていた故人への流言なのなら、尚更の事。
花村が無理をしていそうで、それが気掛かりだ。
「あー、何か……めんどいな。
……あ、いや、お前の事じゃなくってさ……。
……何だろうな。
……俺にも分かんねーや……」
そう疲れた様な声で溢す花村の目は、相変わらず昏いままだった。
◆◆◆◆◆
【2011/04/30】
天城さんを救出して以降、【犯人】にこれといった動きは無かった。
懸念していた雨の日の犯行も起きる事はなく、昨夜の《マヨナカテレビ》には砂嵐しか映っていなかった。
花村達に聞いても、やはり何も見えなかったらしいから、多分新たに映された人や物はなかったのだろう。
明け方に霧が出たらしいが、新たな犠牲者が出る事は無かった様だ。
それと前後する様に道行く人の話題に天城さんの事が上る事がほぼ無くなったみたいだ。
人の噂は何とやらとはよく言うが、実際は人々の関心がそんなに長く続く方が少ない。
話題や娯楽に乏しい町だから都会よりは少々長くは続くが、謎の失踪後天城さんが比較的直ぐに戻って来た事もあってか、只の家出位にしか思われてないみたいである。
無論、無意味に騒ぎ立てられるよりはそちらの方がずっと良いのだが。
八十神高校の生徒達の専らの関心は、ゴールデンウィークとその休み明けに待ち構える中間テストである。
成績上位者を貼り出すというのは、(プライバシーの保護が叫ばれる今時でも)あまり珍しい話では無いが、八十神高校では学年全員分の順位を貼り出すらしい。
プライバシーは何処に行ったのだろう。
まあそんな訳なので、テストの出来の良し悪しというのは、生徒にとって非常に重要な物事なのである。
お小遣いアップを狙い成績上位層を狙ったりする者もいれば、またある者は家族会議回避の為に成績の向上を目指す……。
都会の進学校だろうと何処だろうと、テストが学生生活に大きく関わっているのは変わらない。
そういう訳なので、テスト前一週間は部活動は休止になる。
だから、今日がテスト前にバスケが出来る最後の日だ。
存分に部活を楽しもう。
その日はたっぷりと部活を堪能し、一条からお裾分けしてもらったクッキーに舌鼓を打ってから帰宅した。
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【2011/04/29】
突然花村に頼み込まれ、急な話だがジュネスで品出しの手伝いをする事となった。
今はゴールデンウィークの休日初日。
絶好の書き入れ時だ。
その為、何時も繁盛しているジュネスだが、雨の日にも関わらず平時を遥かに上回るお客様で賑わっている。
次から次に飛ぶように商品が買い物籠に放り込まれ、セール品を歴戦の主婦達が争う様にして取り合っていく。
お陰でバックヤードは最早ちょっとした戦場の様な有り様だった。
品出ししても品出ししても、次から次へとあれが足りないこれが足りないと言われ、只管バックヤードを走り回る羽目になった。
体力には自信があったのだが、セールの時間が終わり人の波が少し治まってきた頃には流石にくたくたになっていた。
「うえぇ、疲れた……。
急に人手が足りなくなったらしくて、何でも良いから人手が欲しいって親父に頼まれてさ。
ホント、お前が居てくれて助かった!
サンキュな」
仕事を終え、雨も降り止み雲の切れ間から夕陽が覗く今は、花村と二人でフードコートで寛いでいる。
急な話で驚きこそしたが、別にこれ位ならどうと言う事も無い。
一日だけとは言えバイト代は出たし(しかも多分学生バイトの時給としては高めだったので、少し色を付けてくれたのだろう)、これで文句があろう筈は無い。
花村の力になれたのなら、それで良い。
寛ぎながら二人で話をしていると、以前花村に言い掛りを付けてきた女性たちがやって来た。
「あ、花村ー。
何なの今日、超忙しいんだけど。
来なかったらクビってチーフがうるさいから来たけどさー。
こんなの知ってたら休んだっつの」
そう言って女性たちは給料が安いだのと、花村に文句を付け始めた。
……そもそもゴールデンウィークなのだから、忙しいだろうと位は普通に考えて想像が付くだろうに。
やはりこの人達は馬鹿なのだろうか?
それに大体、花村がバイトの時給を決めている訳ではないのだから、そんな文句を花村に付ける事自体が間違ってる。
「少しは考えろ、煩いから黙れ」と言いたくはなったが、そこは自制して口を噤む。
そもそも言った処で理解する様な頭すら無いかもしれない。
まあ、ただ何と無く文句を付けたいだけで、それには花村が手頃だというだけなのかもしれないけれど。
それにしても、あまりの馬鹿さ加減に頭が痛くなってくる様な文句は止めて欲しい。
一通り言い募って満足したのか、女性たちは花村を解放し、こちらのテーブルから少し離れた所に陣取って話始めた。
しかし、その話声がやたら煩い。
どっかにスピーカーが付いているんじゃないかと疑う様な声のボリュームだ。
別に、彼女たちの卒業旅行事情など本当にどうでも良いのだけど……。
しかし、ふと彼女たちの話題が、早紀──小西先輩に移った時、花村の目に昏い陰が落ちた。
そして唇を噛み締め、微かに俯く。
「去年だっけ? 早紀の駆け落ち」
「そうそう、帰省してきた大学生にくっついてどっかまで行ったらしいじゃん。
けどすぐ帰って来てさ、『自分でお金貯めて出てく』って言ったって」
「えー、何それ、捨てられたって事ぉ?」
「知らないけどぉ、ここでバイト始めたって事はやっぱお金貯めたかったんじゃん?
けどさぁ、うちら女子高生が本気になれば、もっと稼げるバイトあるじゃんねー」
ゲラゲラと笑うその声が煩わしい。
……花村が気掛かりで、その昏い目を見詰める。
「心配しなくても、別に……関係ねーよ。
あの人らの、テキトーな噂だし。
別に、気にしてねーし。
……でも……あんな風に言われて、……先輩、可哀想だな……。
小西先輩の仇、取ってやれるのは俺らだけだ。
……俺らしかいないんだ。
だから……外野は気にする必要無い」
まるで自分自身にそう言い聞かせる様に言う花村に、言い返す言葉は無かった。
「……そうか。……花村は大人だな」
「ははっ……テレビん中で、ガキの俺を見ちまったからな。
ちょっとは変わって行かねーとな……」
……確かに、我慢し耐える事は必要だ。
口を噤むべき時というのもある。
だけれど、悲しいとか、辛いとか、そう思う事、感じる事自体はどうしようもない事だろう。
心無い噂話に、心を痛める事自体は何も悪い事ではない。
それが想い慕っていた故人への流言なのなら、尚更の事。
花村が無理をしていそうで、それが気掛かりだ。
「あー、何か……めんどいな。
……あ、いや、お前の事じゃなくってさ……。
……何だろうな。
……俺にも分かんねーや……」
そう疲れた様な声で溢す花村の目は、相変わらず昏いままだった。
◆◆◆◆◆
【2011/04/30】
天城さんを救出して以降、【犯人】にこれといった動きは無かった。
懸念していた雨の日の犯行も起きる事はなく、昨夜の《マヨナカテレビ》には砂嵐しか映っていなかった。
花村達に聞いても、やはり何も見えなかったらしいから、多分新たに映された人や物はなかったのだろう。
明け方に霧が出たらしいが、新たな犠牲者が出る事は無かった様だ。
それと前後する様に道行く人の話題に天城さんの事が上る事がほぼ無くなったみたいだ。
人の噂は何とやらとはよく言うが、実際は人々の関心がそんなに長く続く方が少ない。
話題や娯楽に乏しい町だから都会よりは少々長くは続くが、謎の失踪後天城さんが比較的直ぐに戻って来た事もあってか、只の家出位にしか思われてないみたいである。
無論、無意味に騒ぎ立てられるよりはそちらの方がずっと良いのだが。
八十神高校の生徒達の専らの関心は、ゴールデンウィークとその休み明けに待ち構える中間テストである。
成績上位者を貼り出すというのは、(プライバシーの保護が叫ばれる今時でも)あまり珍しい話では無いが、八十神高校では学年全員分の順位を貼り出すらしい。
プライバシーは何処に行ったのだろう。
まあそんな訳なので、テストの出来の良し悪しというのは、生徒にとって非常に重要な物事なのである。
お小遣いアップを狙い成績上位層を狙ったりする者もいれば、またある者は家族会議回避の為に成績の向上を目指す……。
都会の進学校だろうと何処だろうと、テストが学生生活に大きく関わっているのは変わらない。
そういう訳なので、テスト前一週間は部活動は休止になる。
だから、今日がテスト前にバスケが出来る最後の日だ。
存分に部活を楽しもう。
その日はたっぷりと部活を堪能し、一条からお裾分けしてもらったクッキーに舌鼓を打ってから帰宅した。
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