流れ行く日々
◆◆◆◆◆
【2011/04/25】
周りの声に耳を傾けながら通学路を歩いていても、特には真新しい話題はなく、道行く学生達の関心は専ら数日後のゴールデンウィークに関しての事だった。
確か、今日から天城さんが学校に復帰するんじゃなかっただろうか。
そう思っていると、校門の所で声を掛けられた。
天城さんだ。
「お早う、天城さん。もう大丈夫?」
「うん、体調は週末には良くなってたから……。
お母さんも仕事に復帰したし、仲居さんもすごく協力してくれて……前よりも上手くいってる位。
私……自分が全部やらなきゃって気負い過ぎてたのかも。
冷静になってみれば、そんな事なかったのにね」
心労で倒れたとかいうお母さんも元気になった様で良かった。
天城さんの表情は、あの日彼方から救出した時よりも明るくなっている。良い事だ。
「そうか……それは良かった。
……休んでいる間、何か無かった?
不審な人物が彷徨いていたり、とか」
「そう言うのは全然無かったよ」
何事もない、というのは良い事だが……。
【犯人】の狙いは一体何なのだろうか。
まあ、そう言った事も含めて話し合う必要があるだろう。
「じゃあ続きは昼休みにでもしよう。
花村や里中さんにも声を掛けておくから」
◇◇◇◇◇
昼休みの屋上には好都合な事に人が居なかった。
花村は持参した弁当を、里中さんと天城さんは『赤いきつねと緑のたぬき』で有名なカップ麺を広げている。
「お~この匂い、たまらん!
これ、あとどん位待ち?」
「全然、まだよ」
「で、なんだっけ。
……あ、雪子に事情を聞くんだったか」
カップ麺を持ちながら言った里中さんに、花村は真面目な顔で頷いた。
「なぁ、天城さ、ヤな事ムリに思い出さす気は無いんだけど……改めて聞かせて欲しいんだ。
……拐われた時の事、やっぱ何も覚えていないのか?」
花村の問い掛けに、天城さんは少し申し訳なさそうな顔で頷く。
「うん……。
落ち着けば何か思い出すかと思ったけど、時間が経てば経つ程、よく分からなくなってきて……。
あ、でも……玄関のチャイムが鳴って……誰かに呼ばれた様な気は、する……。
けど、その後は……気付いたらあのお城の中に……。
これだけしか覚えていなくて、ゴメンね」
元々記憶というのは結構不確実なものなのだから、時間が経ってしまえば思い出せる事が減ってしまうのは仕方のない事だ。
気に病まれる事でも無い。
「いや、謝る必要など無いよ。
少なくとも、天城さんが偶発的な事故で彼方に迷い混んだんじゃ無さそうだという事が分かったんだから」
「んー、って事はその来客ってのが犯人かな?」
里中さんの言葉に、花村は僅かに首を傾げた。
「どうだろうなぁ……。
もしそうなら相当大胆な奴だな。
玄関からピンポーン、なんてさ。
よっぽど捕まらない自信でもあったのかねぇ」
目撃者が居れば良いのだろうがそんな話しはトンと聞かない。
母屋の方の話だろうとは言え、多少なりとも人目があった筈だ。
何処でテレビに落としたのかは知らないが、人一人を抱えて移動するのは相当目立つのじゃないだろうか。
それでもそれらしい話が無いとなると……。
「その客人が【犯人】だったとして、そいつは車を使っている可能性が高い」
そう言うと、花村も「確かに」と頷く。
「そうじゃなきゃ、天城を運ぶのは目立つもんな」
「不審車両の目撃情報とかがあれば良いんだけど……」
そんな車両が目撃されていたら、もっと大騒ぎになっているだろう。
だが、そうでは無い以上、不審車両の目撃情報があるかは怪しい所だ。
「お前ん家の叔父さんって確か刑事さんなんじゃなかったっけ?
何か聞いたりしてねぇのか?」
花村の言葉に、首を横に振る。
「叔父さんは何か知ってても、そういう捜査情報を軽々しく洩らしたりはしないと思うよ。
まあでも、捜査が難航しているみたいだし、あまり良い手掛かりは無いんじゃないかな」
その時。里中さんが、はぁ、と溜め息を吐いた。
「……何でこんな事すんだろ……」
「それは犯人に聞いてみなきゃ分かんねーな……。
どっちにしろ、あっちに人を放り込んでいるヤツがいるのは確かだ」
【犯人】の目的は、今の所不明である。
だけど、【犯人】……天城さんを彼方に放り込んだ人間が存在しているのだけは確かだ。
「そうだな。【犯人】の目的は不明だけど……。
それでも、放置する訳にもいかない。
もうこれ以上、誰かがあの世界の所為で死んで欲しくはない。
それに、……『約束』もしたし」
こちらの言葉に、花村も大きく頷いた。
「だな。あっ、そうそう。
俺と鳴上で、この事件の【犯人】探し出す事にしたから。
警察が捕まえるのはムリそーでも、俺らには【犯人】を追い掛ける事が出来る」
「司法の場に引き摺り出せるかは分からないけど……犯行を止めさせる事位なら出来る筈。
必ず、探し出してみせる」
探し出したその後をどうするのかは、追々話し合っていけば良い。
うだうだと考え悩んで一歩も進まない位ならば、今はただ手掛かりを掴む事に奔走すれば良い。
考えるのは、追い掛けながらだって出来る筈だ。
「あたしもやるからね!
あんな場所に人を放り込むなんてさ。
絶対ブチのめす!」
「私も……私も、やらせて!
どうしてこんな事が起きてるのか知りたい。
それに……もし自分が、殺したい程誰かに恨まれてるなら、知らなきゃいけないと思う。
もう、自分から逃げたくない」
里中さんと、その言葉を受けて少し考える様に押し黙った天城さんはそう申し出た。
里中さんは親友を狙われたのだし、天城さんに至っては被害に遭った当事者なのだ。
運良く救出されたとは言え、自身が三人目の被害者として変わり果てた姿で発見されていた可能性もあるとすれば、【犯人】を野放しにしておく事など出来ないだろう。
……だが。
「……そうか……。
でも、その前にどうしても確認しておかなきゃならない事がある。
これから先【犯人】を追う途中で、また誰かがあの世界に放り込まれるかもしれない。
その被害者の『誰か』は、里中さんや天城さんの知っている人かもしれないし、全く知らない人かもしれない。
そうなったら私や花村は、その被害者の『誰か』を助けに行く。
それが【犯人】への手掛かりになるかもしれないしね。
……そして、その時に。
里中さんと天城さんは、どうする?」
……これはとても大切な質問だ。
『誰か』が新たに被害に遭ったとして。
里中さんには『親友を助ける』という名目はもう無い。
天城さんには、【犯人】を追う動機は在ったとしても、あの世界で戦う動機に関しては……分からない。
花村とは、既に話し合って決めている。
例えどんな人物がその『誰か』になったとしても、この手が及ぶ限りは助け出そう、と。
【犯人】を追う事と、『被害者』を助け出す事。
それらは決して=ではないけれど、《もう誰もあの世界の所為では死なせない》と決めた身としては、切っても切れないものだ。
それに、現状はあの世界位しか【犯人】への手掛かりへとなりそうなものはない。
だからこそ……。
「そりゃ勿論助けに行くよ!! あったり前じゃん!!」
「私も……助けに行くよ!!」
こう答えが返ってくるのは、予想が付いていた。
例え見知らぬ他人であっても、誰かが死にかけているならそれを無視出来ない、というのは割りと普通の感覚だ。
だが……。
「……あっちに放り込まれた人を救出するのには、相当の危険を伴っている。
……実際にシャドウと戦った里中さんなら、よく分かるだろうけど。
可能な限りリスクは排除しても、不測の事態は何時起きるとも分からない。
生死に直結する様な怪我を負う事も有り得るし、例えば顔とか腕とか……そういった日常生活に差し障りのある部位に怪我を負う事も有り得る。
一応、怪我を癒す手段はあるけど、それでも対処出来ない様な怪我を負う事だってあるかもしれない」
だから、とそこで一端言葉を切る。
「よく、考えてから決めて欲しい。
本当に、そういったリスクを背負ってでも、【犯人】を……この事態の【真相】を追いかけたいのか、を」
協力してくれる、というのは本当に嬉しい。
こちらの身の安全の事を考えるなら、戦力は多いに越した事は無い。
里中さんと天城さんが加わってくれるならば、心強い事この上ないだろう。
でも、冷静に考えさせる時間を許さずに、状況に流させる様に決めさせるのは、駄目だ。
一時の感情だけで決めて動いていては、何かが起きた時にきっと後悔する。
シャドウとの戦いは、浮わついた考えと綺麗事だけで何とかなる様な甘いモノでは無いのだから。
【犯人】を追ってあの世界で戦うと言う事は、自ら危険に飛び込んで行くのとほぼ同義でもあるのだ。
だからこれは、暫定的にとは言えリーダーを任された者として、最低限しなくてはならない忠告だと自分は思っている。
一時のヒロイズムで、判断を間違える様な事だけはしてはいけない。
里中さんにも天城さんにも、その間違った判断のせいで苦しむなんて事は、させたくない。
天城さんを救出するという目的を達した里中さんにも、そして助け出された天城さんにも、【犯人】を追わなくてはならない絶対的な義務も必要性も存在しない。
だから己の身の安全を取る事は何も間違っていないし、その為にリスクから遠ざかると言うのも、それはそれで正しい選択である。
が、様々なリスクを秤にかけた上で「それでも」というのなら、その意志は尊重するべきだし、それ以上に口出しする権利は今この場に居る誰にも存在しない。
全ては、二人の意志に基づいて選択すべき事柄である。
「協力してくれるというのなら有難いと思うし、もしそうならば全力で当てにもさせてもらう。
もし、よく考えた上で、それでも良いと思うのならば、今日の放課後にジュネスのフードコートに来て欲しい。
無理強いはしない。
来なかったとしても、それはそれで正しい選択だろうし、私は構わない。
ただ、天城さんと里中さん自身にとって、一番後悔しないであろう選択をして欲しい」
そう言うと、場の空気が少し重くなった。
それを払拭しようとしてか、花村が明るい声を上げる。
「鳴上は考え過ぎな気もするけどな。
ま、あんまり重っ苦しく考える必要はねーよ。
万が一ってのはあるんだって事を考えといてくれってだけの話なんだし。
ま、それはそうと早く飯にしよーぜ。
さっきから腹が減って死にそーだ」
話にそう促され、やっと昼御飯を食べ始める。
重苦しかった空気は食べている内に薄れてほぼ消え去り、いつの間にか賑やかに雑談が始まった。
そんなこんなで昼休みは過ぎ、放課後になった。
◇◇◇◇◇
花村とフードコートに行き少し待っていると、里中さんも天城さんもやって来た。
「……本当に良いの?」
「うん。
あれから、鳴上さんが言った事もう一回ちゃんと考えてみた。
……ああ言って貰えなかったら、私リスクを負うって事を深く考えないままだったと思う。
……私ね。折角助けて貰ったのに、死ぬのは嫌。
だけど、ここで【犯人】の凶行を見ない振りしてしまうと、何時か絶対に【犯人】を追いかけなかった事を後悔するんだと思う。
だから、私、やるよ」
天城さんはそう言って確りと頷いた。
「あたしも……あれから考えてみた。
今回は無事だったけど、次からどうなるのかは分からないって事……多分あんま考えてなかったかも。
雪子助けた時は兎に角『雪子が危ない、助けなきゃ』って気持ちで一杯だったから、あんまり周りが見えてなかったと思うし……。
……誰かを助けるんだって事で頭が一杯でさ、……うん……あんま上手くは言えないけど。
……でもさ。
ここで止めると、後悔するんだろうなってのは分かった。
……あたし頑張るから。全力で守るから。
だから、あたしも行く」
里中さんはそう言ってこちらを真っ直ぐに見据えた。
「そうか……。……ありがとう。
改めてよろしく、里中さん、天城さん」
二人の意志の確認が出来たところで、クマに会うためにテレビの中へと足を踏み入れた。
▲▽▲▽▲▽
……………………
………………
…………
……
テレビの向こうは相も変わらず霧に包まれていた。
来訪に気付いたクマが、足音を立ててやって来る。
「およよ、今日はいっぱい来てくれたクマねー。
ユキちゃん元気?」
「あの時のクマさん……夢じゃなかったんだ……。
うん、元気になったよ」
クマが加わるとワイワイと一気に場が賑やかになる。
クマに天城さんが新たに仲間に加わる事を説明した。
ついでに天城さんの『メガネ』はあるかどうかと訊ねると、準備の良いクマはきっちり用意していた様だ。
天城さんのは真紅のフレームで、とても良く似合ってる。
クマは、その人に合うメガネを選ぶセンスがかなり高いのだろう。
「これ、クマさんが作ったの?」
「そうクマよ!
ほれ、この繊細な指先の成せる技クマ!!」
そう言ってクマは手をこちらに向けてワサワサと動かすが、あまりにも微細な動き過ぎてよくは分からない。
「分からんわ!!」
花村の突っ込み裏手パンチが炸裂し、体勢を崩したクマから何かが落っこちた。
それを拾い上げた天城さんの目が何故か輝く。
クマ曰く『ちょっぴり失敗作』というそのメガネは、何処からどう見ても鼻眼鏡だった。
そう、パーティーグッズとして不動の地位を築いている、あのでかい鼻の付いたメガネだ。
ご丁寧に緩やかなカールを描く髭まで付いている。
牛乳瓶の底の様なレンズには渦巻き模様が入り、罷り間違っても実用に耐えうる物とは思えない。
完全なるネタアイテムだ。
何がどう『ちょっぴり』なのか問い質したくなるレベルである。
しかしそれの何処が心の琴線に触れたのかはさっぱり不明だが、徐に天城さんは自らのメガネを外し、鼻眼鏡へと付け替える。
そして嬉しそうな顔で此方を見て、「どう?」と訊いてきた。
「えっ? あー……その……」
ミスマッチにも程がある。
完全にコントだ。
天城さんはどういった感想を求めているのだろう。
こんな時にどういう顔をすれば良いのか分からない……。
……何となく、「笑えば良いと思うよ」なんて返ってきた気がした。
気に入ったのかと訊ねるクマに、鼻ガードがあるから寧ろこれが良いと天城さんは答える。
だがクマはそれにはレンズを入れていないのだと言うと、心底残念そうな声を上げて鼻眼鏡を外して元のメガネに付け替える。
……もしレンズ入りだったらそっちの鼻眼鏡にするつもりだったのだろうか……。
そして天城さんは今度は里中さんの番だ、とその鼻眼鏡を里中さんに渡す。
それを仕方ないな、と里中さんは付け替えた。
その途端、猛烈な勢いで天城さんがお腹を抱えて大爆笑を始める。
一瞬、天城さんが壊れたんじゃないかと心配になる程の笑いっぷりだ。
どうやら天城さんは笑い上戸だったようである。
普段は里中さんの前で位しか見せなかったらしいが……これもまた天城さんと親しくなれた証拠とでも言えるのかもしれない。
◇◇◇◇◇
「《マヨナカテレビ》……?
そう言えば前に千枝がそんな事言ってた気がするけど……」
天城さんの笑いが収まるのを待って、もう一度情報を整理及び共有し直した。
《マヨナカテレビ》を見た事が無い天城さんは今一つ実感が湧かない様だ。
まぁ、あれは一度見てみないと分からないだろう。
「《マヨナカテレビ》がどういったものであるのか……それはまだ良くは分かっていない。
ただ、今の所、天城さん・小西先輩・山野アナの被害者三人が映ってる。
……【犯人】と何らかの繋がりがある可能性は否定し切れない」
「今んところの被害者の共通点って言っちゃ、全員が女性だって事だよな」
「まぁ確かにそれはそうだけど、女性ばかり被害に遭ったのは今はまだ偶然の一致という可能性も捨てきれないと思う。
確率的には8分の1だし」
サイコロを振って二連続で特定の目が出る事よりも確率的には高い。
「じゃあこれは?
『二人目以降の被害者も、一人目に関係している』」
天城さんの言葉に、里中さんと花村が頷いた。
「あ、そっか、雪子も小西先輩も、山野アナと接点があった……」
「口封じって可能性、だな。
小西先輩や天城にしか分かない何かを消す為に……」
そういう接点は確かにある。
先輩は山野アナの遺体の第一発見者だし、天城さんは実家の旅館に山野アナが直前まで宿泊していたらしいし。
だけど……。
「……確かにそうだけど……。その線で行くなら、先輩の件は兎も角、天城さんが狙われたのは少し妙じゃないか?」
「妙?」
花村が首を傾げそう口にし、里中さんと天城さんも不思議そうな顔をする。
「天城屋の従業員で、天城さんよりも山野アナと接点のあった人なんてもっと大勢居た筈。
それこそ、女将さんをやってる天城さんのお母さんとか。
その人達を差し置いて天城さんをワザワザ狙う理由なんてあるか?」
「確かに……山野アナがうちに宿泊していたのは知ってたけど、私が実際に会った事なんて殆ど無かったし……。
確かに、変」
天城さんが同意する様に頷いた。
更に、と他にもある不自然な点を上げる。
「それに、口封じが目的なら、天城さんを救出してから今までに、天城さんの身の回りで何も起きなかったのは不自然じゃないか?
……尤も、これは天城さんだけが生還したから、その理由を探るために【犯人】がわざと天城さんを泳がせているだけなのかもしれないけど」
その指摘に当事者の天城さんは動揺した。
「あくまでも可能性だから、あまり気にする必要は無いと思う。
ただ……、関係者を殺害して口封じをするってのは少し筋が通らない気がする」
「いやでも……、立件出来ない様にこっちの世界を凶器にしてるんならさ、天城が生還したんで、それ以上狙うのは諦めたんじゃ……」
「殺す積もりの……既に二人を同じ手口で殺した相手が、一回失敗した位でそれを諦めると思うか?
実際に直接手に掛ける……というのは無いにしても。
今回天城さんが助かったのは何かの偶然と結論付けて、もう一度テレビに落とす可能性の方が高いと私は思うけど」
花村の言葉に反論すると、里中さんと天城さんはやや曖昧に頷く。
「あー……うん、確かに……何か変だよね」
「うーん……って事は殺害目的じゃないって事……?」
「いや、そう結論付けるのは幾ら何でも早計過ぎる。
少なくとも、天城さんへの害意はあったと思う。
態々誘拐してまでテレビに落としているんだし。
ただ、その動機として山野アナの件に関する口封じというのは、違う可能性もあるってだけだ」
「あーっ、もう、犯人の意図がマジで分からん!」
頭がこんがらがってきたのか、里中さんが吠えた。
「結局、手掛かりらしいものって《マヨナカテレビ》位だよなぁ……」
花村は溜息を吐いた。
今の所被害者の確かな共通点とは、それ位しかない。
「うーん……でも、何で被害者の人達が映るんだろ?
しかも、その人達がテレビに落とされる前に映るんだよね?」
「なんかさー、こう……あれだよね、あれ。
えーっと、【予告】?」
天城さんの疑問に、里中さんが首を傾げながら言う。
「【予告】……。
それじゃあまるで愉快犯みたいだね」
「……それだ! それだよ、天城!!」
その里中さんの言葉に天城さんがそう答えるや否や、途端に花村が声をあげた。
突然の声に、天城さんと里中さんは驚いた様に目を瞬かせて首を傾げる。
「えっと、何が?」
「【犯人】の狙い!
愉快犯だとするなら、天城を狙う動機があやふやなのも筋が通る!!」
「ああ、成る程。
愉快犯だとするならば、世間的に話題になりそうな人を狙って犯行に及んでいるのかも……」
花村の言葉に、成る程、と頷いた。
確かに……それなら本来なら繋がりの薄い筈の三人が被害に遭った事にも説明が付く。
不倫騒動でメディアの注目が集まっていた山野アナが被害者だったからこそ、その遺体発見時の異様さも相俟ってワイドショーなどを騒がしているのだ。
良くも悪くも、マスコミは話題性のある物を重視する。
山野アナの事件なんて、その格好のネタだ。
そして、その事件の衝撃も冷めやらぬ内に起きた第二の事件。
しかも被害者は第一の事件の第一発見者だ。
それ故世間は大いに騒いでいる。
犯人に対するよく分からない憶測が、画面の向こうを飛び交っているのはよく知っている。
もし天城さんがあのままシャドウに殺されていたら、それもまた大いに話題を呼んだ事だろう。
第一の被害者の宿泊先の若女将……しかも女子高生という付加価値まで付くのだ。
尤も、その目論見は外れた訳だが。
「何よそれっ!
人を殺しといて、それを楽しんでるっての?!
許せないっ!!
んなふざけた奴、絶対に見つけ出して、靴跡つけちゃる!!」
漸く話が飲み込めた里中さんは、途端に気炎を上げるかの如く、怒りを顕にした。
それを花村が宥める。
「里中、落ち着けよ。
まだそうって決まった訳じゃないんだ。
……でも、もし犯人の目的がそれだとすると……」
こちらを見てくる花村の視線に、コクりと肯定の意と共に頷く。
「……犯行は終わらない、だろうな。
世間の興味関心なんて、直ぐに移り変わっていくんだし」
……まぁ、この説だって所詮は推論の域を出ない。
まだ情報が足りないのだ。
その中で答えを性急に出そうとしたって、酷いバイアスのかかった的外れなモノになりかねない。
大切な事は、視野を広く持つ事、それと考える事を諦めない事だ。
「あー、ま、兎に角《マヨナカテレビ》をまた見てみるしか無さそうだな。
取り敢えず、《マヨナカテレビ》の映る条件が整った時は必ずこれを見る事。
これで良いよな」
花村の意見に全員賛同した所でその場は解散となった。
◆◆◆◆◆
【2011/04/25】
周りの声に耳を傾けながら通学路を歩いていても、特には真新しい話題はなく、道行く学生達の関心は専ら数日後のゴールデンウィークに関しての事だった。
確か、今日から天城さんが学校に復帰するんじゃなかっただろうか。
そう思っていると、校門の所で声を掛けられた。
天城さんだ。
「お早う、天城さん。もう大丈夫?」
「うん、体調は週末には良くなってたから……。
お母さんも仕事に復帰したし、仲居さんもすごく協力してくれて……前よりも上手くいってる位。
私……自分が全部やらなきゃって気負い過ぎてたのかも。
冷静になってみれば、そんな事なかったのにね」
心労で倒れたとかいうお母さんも元気になった様で良かった。
天城さんの表情は、あの日彼方から救出した時よりも明るくなっている。良い事だ。
「そうか……それは良かった。
……休んでいる間、何か無かった?
不審な人物が彷徨いていたり、とか」
「そう言うのは全然無かったよ」
何事もない、というのは良い事だが……。
【犯人】の狙いは一体何なのだろうか。
まあ、そう言った事も含めて話し合う必要があるだろう。
「じゃあ続きは昼休みにでもしよう。
花村や里中さんにも声を掛けておくから」
◇◇◇◇◇
昼休みの屋上には好都合な事に人が居なかった。
花村は持参した弁当を、里中さんと天城さんは『赤いきつねと緑のたぬき』で有名なカップ麺を広げている。
「お~この匂い、たまらん!
これ、あとどん位待ち?」
「全然、まだよ」
「で、なんだっけ。
……あ、雪子に事情を聞くんだったか」
カップ麺を持ちながら言った里中さんに、花村は真面目な顔で頷いた。
「なぁ、天城さ、ヤな事ムリに思い出さす気は無いんだけど……改めて聞かせて欲しいんだ。
……拐われた時の事、やっぱ何も覚えていないのか?」
花村の問い掛けに、天城さんは少し申し訳なさそうな顔で頷く。
「うん……。
落ち着けば何か思い出すかと思ったけど、時間が経てば経つ程、よく分からなくなってきて……。
あ、でも……玄関のチャイムが鳴って……誰かに呼ばれた様な気は、する……。
けど、その後は……気付いたらあのお城の中に……。
これだけしか覚えていなくて、ゴメンね」
元々記憶というのは結構不確実なものなのだから、時間が経ってしまえば思い出せる事が減ってしまうのは仕方のない事だ。
気に病まれる事でも無い。
「いや、謝る必要など無いよ。
少なくとも、天城さんが偶発的な事故で彼方に迷い混んだんじゃ無さそうだという事が分かったんだから」
「んー、って事はその来客ってのが犯人かな?」
里中さんの言葉に、花村は僅かに首を傾げた。
「どうだろうなぁ……。
もしそうなら相当大胆な奴だな。
玄関からピンポーン、なんてさ。
よっぽど捕まらない自信でもあったのかねぇ」
目撃者が居れば良いのだろうがそんな話しはトンと聞かない。
母屋の方の話だろうとは言え、多少なりとも人目があった筈だ。
何処でテレビに落としたのかは知らないが、人一人を抱えて移動するのは相当目立つのじゃないだろうか。
それでもそれらしい話が無いとなると……。
「その客人が【犯人】だったとして、そいつは車を使っている可能性が高い」
そう言うと、花村も「確かに」と頷く。
「そうじゃなきゃ、天城を運ぶのは目立つもんな」
「不審車両の目撃情報とかがあれば良いんだけど……」
そんな車両が目撃されていたら、もっと大騒ぎになっているだろう。
だが、そうでは無い以上、不審車両の目撃情報があるかは怪しい所だ。
「お前ん家の叔父さんって確か刑事さんなんじゃなかったっけ?
何か聞いたりしてねぇのか?」
花村の言葉に、首を横に振る。
「叔父さんは何か知ってても、そういう捜査情報を軽々しく洩らしたりはしないと思うよ。
まあでも、捜査が難航しているみたいだし、あまり良い手掛かりは無いんじゃないかな」
その時。里中さんが、はぁ、と溜め息を吐いた。
「……何でこんな事すんだろ……」
「それは犯人に聞いてみなきゃ分かんねーな……。
どっちにしろ、あっちに人を放り込んでいるヤツがいるのは確かだ」
【犯人】の目的は、今の所不明である。
だけど、【犯人】……天城さんを彼方に放り込んだ人間が存在しているのだけは確かだ。
「そうだな。【犯人】の目的は不明だけど……。
それでも、放置する訳にもいかない。
もうこれ以上、誰かがあの世界の所為で死んで欲しくはない。
それに、……『約束』もしたし」
こちらの言葉に、花村も大きく頷いた。
「だな。あっ、そうそう。
俺と鳴上で、この事件の【犯人】探し出す事にしたから。
警察が捕まえるのはムリそーでも、俺らには【犯人】を追い掛ける事が出来る」
「司法の場に引き摺り出せるかは分からないけど……犯行を止めさせる事位なら出来る筈。
必ず、探し出してみせる」
探し出したその後をどうするのかは、追々話し合っていけば良い。
うだうだと考え悩んで一歩も進まない位ならば、今はただ手掛かりを掴む事に奔走すれば良い。
考えるのは、追い掛けながらだって出来る筈だ。
「あたしもやるからね!
あんな場所に人を放り込むなんてさ。
絶対ブチのめす!」
「私も……私も、やらせて!
どうしてこんな事が起きてるのか知りたい。
それに……もし自分が、殺したい程誰かに恨まれてるなら、知らなきゃいけないと思う。
もう、自分から逃げたくない」
里中さんと、その言葉を受けて少し考える様に押し黙った天城さんはそう申し出た。
里中さんは親友を狙われたのだし、天城さんに至っては被害に遭った当事者なのだ。
運良く救出されたとは言え、自身が三人目の被害者として変わり果てた姿で発見されていた可能性もあるとすれば、【犯人】を野放しにしておく事など出来ないだろう。
……だが。
「……そうか……。
でも、その前にどうしても確認しておかなきゃならない事がある。
これから先【犯人】を追う途中で、また誰かがあの世界に放り込まれるかもしれない。
その被害者の『誰か』は、里中さんや天城さんの知っている人かもしれないし、全く知らない人かもしれない。
そうなったら私や花村は、その被害者の『誰か』を助けに行く。
それが【犯人】への手掛かりになるかもしれないしね。
……そして、その時に。
里中さんと天城さんは、どうする?」
……これはとても大切な質問だ。
『誰か』が新たに被害に遭ったとして。
里中さんには『親友を助ける』という名目はもう無い。
天城さんには、【犯人】を追う動機は在ったとしても、あの世界で戦う動機に関しては……分からない。
花村とは、既に話し合って決めている。
例えどんな人物がその『誰か』になったとしても、この手が及ぶ限りは助け出そう、と。
【犯人】を追う事と、『被害者』を助け出す事。
それらは決して=ではないけれど、《もう誰もあの世界の所為では死なせない》と決めた身としては、切っても切れないものだ。
それに、現状はあの世界位しか【犯人】への手掛かりへとなりそうなものはない。
だからこそ……。
「そりゃ勿論助けに行くよ!! あったり前じゃん!!」
「私も……助けに行くよ!!」
こう答えが返ってくるのは、予想が付いていた。
例え見知らぬ他人であっても、誰かが死にかけているならそれを無視出来ない、というのは割りと普通の感覚だ。
だが……。
「……あっちに放り込まれた人を救出するのには、相当の危険を伴っている。
……実際にシャドウと戦った里中さんなら、よく分かるだろうけど。
可能な限りリスクは排除しても、不測の事態は何時起きるとも分からない。
生死に直結する様な怪我を負う事も有り得るし、例えば顔とか腕とか……そういった日常生活に差し障りのある部位に怪我を負う事も有り得る。
一応、怪我を癒す手段はあるけど、それでも対処出来ない様な怪我を負う事だってあるかもしれない」
だから、とそこで一端言葉を切る。
「よく、考えてから決めて欲しい。
本当に、そういったリスクを背負ってでも、【犯人】を……この事態の【真相】を追いかけたいのか、を」
協力してくれる、というのは本当に嬉しい。
こちらの身の安全の事を考えるなら、戦力は多いに越した事は無い。
里中さんと天城さんが加わってくれるならば、心強い事この上ないだろう。
でも、冷静に考えさせる時間を許さずに、状況に流させる様に決めさせるのは、駄目だ。
一時の感情だけで決めて動いていては、何かが起きた時にきっと後悔する。
シャドウとの戦いは、浮わついた考えと綺麗事だけで何とかなる様な甘いモノでは無いのだから。
【犯人】を追ってあの世界で戦うと言う事は、自ら危険に飛び込んで行くのとほぼ同義でもあるのだ。
だからこれは、暫定的にとは言えリーダーを任された者として、最低限しなくてはならない忠告だと自分は思っている。
一時のヒロイズムで、判断を間違える様な事だけはしてはいけない。
里中さんにも天城さんにも、その間違った判断のせいで苦しむなんて事は、させたくない。
天城さんを救出するという目的を達した里中さんにも、そして助け出された天城さんにも、【犯人】を追わなくてはならない絶対的な義務も必要性も存在しない。
だから己の身の安全を取る事は何も間違っていないし、その為にリスクから遠ざかると言うのも、それはそれで正しい選択である。
が、様々なリスクを秤にかけた上で「それでも」というのなら、その意志は尊重するべきだし、それ以上に口出しする権利は今この場に居る誰にも存在しない。
全ては、二人の意志に基づいて選択すべき事柄である。
「協力してくれるというのなら有難いと思うし、もしそうならば全力で当てにもさせてもらう。
もし、よく考えた上で、それでも良いと思うのならば、今日の放課後にジュネスのフードコートに来て欲しい。
無理強いはしない。
来なかったとしても、それはそれで正しい選択だろうし、私は構わない。
ただ、天城さんと里中さん自身にとって、一番後悔しないであろう選択をして欲しい」
そう言うと、場の空気が少し重くなった。
それを払拭しようとしてか、花村が明るい声を上げる。
「鳴上は考え過ぎな気もするけどな。
ま、あんまり重っ苦しく考える必要はねーよ。
万が一ってのはあるんだって事を考えといてくれってだけの話なんだし。
ま、それはそうと早く飯にしよーぜ。
さっきから腹が減って死にそーだ」
話にそう促され、やっと昼御飯を食べ始める。
重苦しかった空気は食べている内に薄れてほぼ消え去り、いつの間にか賑やかに雑談が始まった。
そんなこんなで昼休みは過ぎ、放課後になった。
◇◇◇◇◇
花村とフードコートに行き少し待っていると、里中さんも天城さんもやって来た。
「……本当に良いの?」
「うん。
あれから、鳴上さんが言った事もう一回ちゃんと考えてみた。
……ああ言って貰えなかったら、私リスクを負うって事を深く考えないままだったと思う。
……私ね。折角助けて貰ったのに、死ぬのは嫌。
だけど、ここで【犯人】の凶行を見ない振りしてしまうと、何時か絶対に【犯人】を追いかけなかった事を後悔するんだと思う。
だから、私、やるよ」
天城さんはそう言って確りと頷いた。
「あたしも……あれから考えてみた。
今回は無事だったけど、次からどうなるのかは分からないって事……多分あんま考えてなかったかも。
雪子助けた時は兎に角『雪子が危ない、助けなきゃ』って気持ちで一杯だったから、あんまり周りが見えてなかったと思うし……。
……誰かを助けるんだって事で頭が一杯でさ、……うん……あんま上手くは言えないけど。
……でもさ。
ここで止めると、後悔するんだろうなってのは分かった。
……あたし頑張るから。全力で守るから。
だから、あたしも行く」
里中さんはそう言ってこちらを真っ直ぐに見据えた。
「そうか……。……ありがとう。
改めてよろしく、里中さん、天城さん」
二人の意志の確認が出来たところで、クマに会うためにテレビの中へと足を踏み入れた。
▲▽▲▽▲▽
……………………
………………
…………
……
テレビの向こうは相も変わらず霧に包まれていた。
来訪に気付いたクマが、足音を立ててやって来る。
「およよ、今日はいっぱい来てくれたクマねー。
ユキちゃん元気?」
「あの時のクマさん……夢じゃなかったんだ……。
うん、元気になったよ」
クマが加わるとワイワイと一気に場が賑やかになる。
クマに天城さんが新たに仲間に加わる事を説明した。
ついでに天城さんの『メガネ』はあるかどうかと訊ねると、準備の良いクマはきっちり用意していた様だ。
天城さんのは真紅のフレームで、とても良く似合ってる。
クマは、その人に合うメガネを選ぶセンスがかなり高いのだろう。
「これ、クマさんが作ったの?」
「そうクマよ!
ほれ、この繊細な指先の成せる技クマ!!」
そう言ってクマは手をこちらに向けてワサワサと動かすが、あまりにも微細な動き過ぎてよくは分からない。
「分からんわ!!」
花村の突っ込み裏手パンチが炸裂し、体勢を崩したクマから何かが落っこちた。
それを拾い上げた天城さんの目が何故か輝く。
クマ曰く『ちょっぴり失敗作』というそのメガネは、何処からどう見ても鼻眼鏡だった。
そう、パーティーグッズとして不動の地位を築いている、あのでかい鼻の付いたメガネだ。
ご丁寧に緩やかなカールを描く髭まで付いている。
牛乳瓶の底の様なレンズには渦巻き模様が入り、罷り間違っても実用に耐えうる物とは思えない。
完全なるネタアイテムだ。
何がどう『ちょっぴり』なのか問い質したくなるレベルである。
しかしそれの何処が心の琴線に触れたのかはさっぱり不明だが、徐に天城さんは自らのメガネを外し、鼻眼鏡へと付け替える。
そして嬉しそうな顔で此方を見て、「どう?」と訊いてきた。
「えっ? あー……その……」
ミスマッチにも程がある。
完全にコントだ。
天城さんはどういった感想を求めているのだろう。
こんな時にどういう顔をすれば良いのか分からない……。
……何となく、「笑えば良いと思うよ」なんて返ってきた気がした。
気に入ったのかと訊ねるクマに、鼻ガードがあるから寧ろこれが良いと天城さんは答える。
だがクマはそれにはレンズを入れていないのだと言うと、心底残念そうな声を上げて鼻眼鏡を外して元のメガネに付け替える。
……もしレンズ入りだったらそっちの鼻眼鏡にするつもりだったのだろうか……。
そして天城さんは今度は里中さんの番だ、とその鼻眼鏡を里中さんに渡す。
それを仕方ないな、と里中さんは付け替えた。
その途端、猛烈な勢いで天城さんがお腹を抱えて大爆笑を始める。
一瞬、天城さんが壊れたんじゃないかと心配になる程の笑いっぷりだ。
どうやら天城さんは笑い上戸だったようである。
普段は里中さんの前で位しか見せなかったらしいが……これもまた天城さんと親しくなれた証拠とでも言えるのかもしれない。
◇◇◇◇◇
「《マヨナカテレビ》……?
そう言えば前に千枝がそんな事言ってた気がするけど……」
天城さんの笑いが収まるのを待って、もう一度情報を整理及び共有し直した。
《マヨナカテレビ》を見た事が無い天城さんは今一つ実感が湧かない様だ。
まぁ、あれは一度見てみないと分からないだろう。
「《マヨナカテレビ》がどういったものであるのか……それはまだ良くは分かっていない。
ただ、今の所、天城さん・小西先輩・山野アナの被害者三人が映ってる。
……【犯人】と何らかの繋がりがある可能性は否定し切れない」
「今んところの被害者の共通点って言っちゃ、全員が女性だって事だよな」
「まぁ確かにそれはそうだけど、女性ばかり被害に遭ったのは今はまだ偶然の一致という可能性も捨てきれないと思う。
確率的には8分の1だし」
サイコロを振って二連続で特定の目が出る事よりも確率的には高い。
「じゃあこれは?
『二人目以降の被害者も、一人目に関係している』」
天城さんの言葉に、里中さんと花村が頷いた。
「あ、そっか、雪子も小西先輩も、山野アナと接点があった……」
「口封じって可能性、だな。
小西先輩や天城にしか分かない何かを消す為に……」
そういう接点は確かにある。
先輩は山野アナの遺体の第一発見者だし、天城さんは実家の旅館に山野アナが直前まで宿泊していたらしいし。
だけど……。
「……確かにそうだけど……。その線で行くなら、先輩の件は兎も角、天城さんが狙われたのは少し妙じゃないか?」
「妙?」
花村が首を傾げそう口にし、里中さんと天城さんも不思議そうな顔をする。
「天城屋の従業員で、天城さんよりも山野アナと接点のあった人なんてもっと大勢居た筈。
それこそ、女将さんをやってる天城さんのお母さんとか。
その人達を差し置いて天城さんをワザワザ狙う理由なんてあるか?」
「確かに……山野アナがうちに宿泊していたのは知ってたけど、私が実際に会った事なんて殆ど無かったし……。
確かに、変」
天城さんが同意する様に頷いた。
更に、と他にもある不自然な点を上げる。
「それに、口封じが目的なら、天城さんを救出してから今までに、天城さんの身の回りで何も起きなかったのは不自然じゃないか?
……尤も、これは天城さんだけが生還したから、その理由を探るために【犯人】がわざと天城さんを泳がせているだけなのかもしれないけど」
その指摘に当事者の天城さんは動揺した。
「あくまでも可能性だから、あまり気にする必要は無いと思う。
ただ……、関係者を殺害して口封じをするってのは少し筋が通らない気がする」
「いやでも……、立件出来ない様にこっちの世界を凶器にしてるんならさ、天城が生還したんで、それ以上狙うのは諦めたんじゃ……」
「殺す積もりの……既に二人を同じ手口で殺した相手が、一回失敗した位でそれを諦めると思うか?
実際に直接手に掛ける……というのは無いにしても。
今回天城さんが助かったのは何かの偶然と結論付けて、もう一度テレビに落とす可能性の方が高いと私は思うけど」
花村の言葉に反論すると、里中さんと天城さんはやや曖昧に頷く。
「あー……うん、確かに……何か変だよね」
「うーん……って事は殺害目的じゃないって事……?」
「いや、そう結論付けるのは幾ら何でも早計過ぎる。
少なくとも、天城さんへの害意はあったと思う。
態々誘拐してまでテレビに落としているんだし。
ただ、その動機として山野アナの件に関する口封じというのは、違う可能性もあるってだけだ」
「あーっ、もう、犯人の意図がマジで分からん!」
頭がこんがらがってきたのか、里中さんが吠えた。
「結局、手掛かりらしいものって《マヨナカテレビ》位だよなぁ……」
花村は溜息を吐いた。
今の所被害者の確かな共通点とは、それ位しかない。
「うーん……でも、何で被害者の人達が映るんだろ?
しかも、その人達がテレビに落とされる前に映るんだよね?」
「なんかさー、こう……あれだよね、あれ。
えーっと、【予告】?」
天城さんの疑問に、里中さんが首を傾げながら言う。
「【予告】……。
それじゃあまるで愉快犯みたいだね」
「……それだ! それだよ、天城!!」
その里中さんの言葉に天城さんがそう答えるや否や、途端に花村が声をあげた。
突然の声に、天城さんと里中さんは驚いた様に目を瞬かせて首を傾げる。
「えっと、何が?」
「【犯人】の狙い!
愉快犯だとするなら、天城を狙う動機があやふやなのも筋が通る!!」
「ああ、成る程。
愉快犯だとするならば、世間的に話題になりそうな人を狙って犯行に及んでいるのかも……」
花村の言葉に、成る程、と頷いた。
確かに……それなら本来なら繋がりの薄い筈の三人が被害に遭った事にも説明が付く。
不倫騒動でメディアの注目が集まっていた山野アナが被害者だったからこそ、その遺体発見時の異様さも相俟ってワイドショーなどを騒がしているのだ。
良くも悪くも、マスコミは話題性のある物を重視する。
山野アナの事件なんて、その格好のネタだ。
そして、その事件の衝撃も冷めやらぬ内に起きた第二の事件。
しかも被害者は第一の事件の第一発見者だ。
それ故世間は大いに騒いでいる。
犯人に対するよく分からない憶測が、画面の向こうを飛び交っているのはよく知っている。
もし天城さんがあのままシャドウに殺されていたら、それもまた大いに話題を呼んだ事だろう。
第一の被害者の宿泊先の若女将……しかも女子高生という付加価値まで付くのだ。
尤も、その目論見は外れた訳だが。
「何よそれっ!
人を殺しといて、それを楽しんでるっての?!
許せないっ!!
んなふざけた奴、絶対に見つけ出して、靴跡つけちゃる!!」
漸く話が飲み込めた里中さんは、途端に気炎を上げるかの如く、怒りを顕にした。
それを花村が宥める。
「里中、落ち着けよ。
まだそうって決まった訳じゃないんだ。
……でも、もし犯人の目的がそれだとすると……」
こちらを見てくる花村の視線に、コクりと肯定の意と共に頷く。
「……犯行は終わらない、だろうな。
世間の興味関心なんて、直ぐに移り変わっていくんだし」
……まぁ、この説だって所詮は推論の域を出ない。
まだ情報が足りないのだ。
その中で答えを性急に出そうとしたって、酷いバイアスのかかった的外れなモノになりかねない。
大切な事は、視野を広く持つ事、それと考える事を諦めない事だ。
「あー、ま、兎に角《マヨナカテレビ》をまた見てみるしか無さそうだな。
取り敢えず、《マヨナカテレビ》の映る条件が整った時は必ずこれを見る事。
これで良いよな」
花村の意見に全員賛同した所でその場は解散となった。
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