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ギムルキ短編

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 見渡す限りに広がるのは、そこにある営みを、……命ある者達の祈りも絶望をも、それら全てを等しく踏み躙った痕だった。
 動くモノは、命など既に喪っている仮初めのヒトガタばかり。
 息をするモノは既に何処にも無く。
 物言わぬ骸だけが、そこにある逃れ得ぬ罪を己に突き付ける様に、ただただ積み重なっている。
 想像を絶する程の破壊がそこで成された事を示す事しか最早役に立たない瓦礫の山が、骸の丘を彩る様に何処までも広がっていた。
 噎せ返る程の血の臭いは、辺りに撒き散らされた材木や人の身体を薪として燃え盛る焔に呑み込まれていくに消えていく。
 燃え尽きた炭の様な命の成れの果ての欠片があちらこちらに転がっているが、既に命無きそれらに関心を払う事などはない屍兵達の無遠慮な足によって無造作に踏み砕かれてっていた。

 こんな所に生きている者など居よう筈もない。
 それは、誰よりも自分自身が理解しているが。
 それでもそれを認めたくなどはなくて。
 焔と死臭だけが残されたその街の成れの果てを、宛も無く救いを求めるかの様に彷徨い歩く。
 その足取りは、行く道も帰る場所も、己の寄る辺全てを喪った迷子の様で。
 破壊の痕をただただ見詰めるその眼差しは、この世の絶望の全てを背負わされているかの如く、昏く濁っていた。

 何れ程探そうとも、息のある者は居らず。
 足腰の立たぬ老婆から乳飲み子に至るまで、等しく死に絶えていた。
 生きながらに喰われた者、崩れた建物に押し潰された者、逃げる暇もなく焔に呑まれた者。
 死に至る経過は各々異なるが、皆誰もが絶望の中で死んだ事を雄弁に示す様な苦悶に満ちた死に顔であった。

 世界の終焉の一幕の様な、そんな惨劇と絶望の坩堝を作り出したのは、他でもない“自分”で。
 剰りにも耐え難く、絶望などと言う言葉では現せない程の怒りと哀しみと後悔と罪悪感に苛まれて。
 “ルフレ”は瓦礫の山の中で膝を突き、天を仰いで慟哭した。


 どうして。


 最早幾度思ったのかも分からないその言葉が、脳裏をグルグルと巡る。


 どうして、“ギムレー”となる運命を定められていたのが自分だったのか。
 どうして、一番大切な友をこの手で殺し、邪竜へと成り果てて、望まぬ破壊と絶望を世界に振り撒かねばならないのか。
 どうして、自分は何も出来ないのか。
 そして。
 ──どうして、死ねないのか。

 “ルフレ”は、クロムを殺して“ギムレー”へと成り果てたその時から、死を望み続けていた。
 自らが最早“人”とは共に生きてはいけぬ存在に成り下がった事を、誰よりも理解してしまったから。
 ……友を殺し仲間を殺した自らの罪を、その命を捧げる事でしか償う事など出来ないと分かっていたから。

 だが……。
 破壊衝動の塊の様な“ギムレー”の意思に成す術もなく呑み込まれてしまった“ルフレ”が、本来の自分に戻れる時間はほんの僅かにしかなくて。
 それでも、その僅かな機会を逃さない様に自ら命を絶とうとした事は最早数え切れない程にあったのだけれども。
 例え自らこの首を刎ねようとも、例えこの胸を剣が貫こうとも。
 何をしても、“ルフレ”は死ぬ事は出来ず、無為に時間が過ぎていくばかりであった。
 “ギムレー”と成った“ルフレ”は、最早尋常なる方法では死ねなくなっていたのだ。
 それを理解してからは、“ルフレ”は必死に祈り続けていた。

 誰でも良い。誰でも良いから。
 だから、どうか早く自分を殺してくれ。
 友を、大切な人達を、世界を、壊してしまう前に、滅ぼしてしまう前に。
 どうか、この命を終わらせてくれ……と。

 だが……誰一人として、それを叶えてはくれなかった。
 いや、そもそも……尋常なる方法では死ねないこの身を、どうして只人が殺せると言うのだろうか。
 仲間達の中には、“ルフレ”の絶望を……果ての無い苦しみを、せめて終わらせてやろうと、そんな優しさと決意で“ギムレー”に立ち向かってくれた者達も居た。
 だが、彼等は皆等しく“ギムレー”の力の前に成す術も無く命を落として。
 今となってはもう誰も、かつての仲間達は生き残ってはいない。
 “ギムレー”とは対峙しなかった仲間達も皆、屍兵との戦いの中で命を落としたと……そう風の噂に聞いた。

 “ルフレ”は、仲間達に誰一人として死んで欲しくはなかった。
 クロムを殺して“ギムレー”と成り果ててからだって、仲間の死を望んだ事なんて一度もないのに。
 “ルフレ”を解放させようと“ギムレー”に立ち向かい死ぬ位ならば、“ギムレー”の影響がまだ薄い何処か遠くの大陸にでも逃げて生き延びて欲しいのだと、そう望んでいたのに。
 優しい仲間達は、敵わないと分かっていても尚、“ギムレー”に抗って。
 そして、殺された。
 いや……“ルフレ”が、殺してしまったのだ。

 “ギムレー”としての破壊衝動と憎悪に満ちた意識に呑み込まれていた時に己が成した事を、“ルフレ”は全て覚えている。
 仲間達の命をその手で奪った瞬間も、その骸を戯れに屍兵にして死者の尊厳すらも踏み躙ったその時に感じた昏い愉悦も。
 剰りにも悍ましいそれらを、忘れる事も出来ずに“ルフレ”はただただ受け止めるしかなかった。
 そして、“ルフレ”に戻った時に、尽きぬ後悔に苛まれるのだ。

 だが、次第に“ルフレ”が“ルフレ”として居られる僅かな時間は確実に減ってきていて。
 そう遠くない何時か。
 “ルフレ”のこの心は完全に“ギムレー”に呑み込まれて消えてしまうだろう。
 その時が、“ルフレ”には何よりも恐ろしかった。

 最早、自分を止められる者など存在しないのではないかと、そう思って。
 “ギムレー”として狂ったまま、世界を滅ぼしてしまうのではないかと。
 クロムが……仲間達が……そしてルフレ自身が、何よりも守りたかった世界を、“自分”の手で壊してしまう事が耐えられない程に恐ろしかったのだ。
 だが、狂った邪竜と成り果てて尚もその冴えに衰えを見せない“ルフレ”の頭脳は、その未来をありありと映し出してしまう。

 仲間達の誰も彼もが死した今、最早ルフレの事を知る者など居ない。
 ルフレが何を望んでいたのか、どんな人間であったのか……それを知る者は居ないのだ。
 “ルフレ”は、“ギムレー”として……誰からも忌まれ続ける。
 だがそれは、“ルフレ”にとっては仲間達を殺し世界を滅ぼす自分には当然の報いであり、それを恐れている訳ではない。

 だけれども。
 “ルフレ”がこのまま世界を滅ぼしてしまえば……誰もクロムや仲間達が何を望んでいたのか何の為に戦い続けてきたのか、誰にも覚えて貰えなくなる。
 彼等の“生きた意味”が、消えてしまう。
 ……それだけは、邪竜などに成り果ててすらも、“ルフレ”にとっては耐え難い程に恐ろしいのだ。

 “ギムレー”に成り果てた“ルフレ”には、祈る先など最早無いけれども。
 それでも、どうか、と思ってしまう。

 祈る様に目を閉じた“ルフレ”の耳に、何かが崩れた様な僅かな物音が届く。
 もしかして、とそんな一縷の期待にすら満たない思いで“ルフレ”は立ち上がってその方向へと歩き出す。

 そこにはやはり生きている人は居なくて。
 恐らく風か何かで重心がズレたかして、建物の一部が崩れただけだったのだろう。
 そこは崩れてはいたがよくある一軒家で。
 その瓦礫の下には、親子と思われる女と子供の亡骸があった。
 ……恐らく母親が子供を庇おうとしたのだろう。
 どちらも既に死んではいるが、至る所に屍兵によって付けられたのだろう傷が遺された母親とは異なり、胸に抱かれたまま死んだその子供には傷はない為、母親の死体や瓦礫に圧迫されて死んだのだろう。
 この辺りにはまだ火の手が回っていない為、二人の遺体はまだ綺麗な方である。
 気付いてしまったが故にそのままにする事が出来ずに、自己満足なのであろうともせめて埋葬してやろうと、“ルフレ”は瓦礫を退かして母子の亡骸を掘り起こした。
 その時、母親に抱き締められていた子供の腕から何かが零れ落ちた。
 無下には出来ずにそれを拾い上げた“ルフレ”は、僅かに目を見開き……そして哀しみと絶望に沈む様にその目を伏せる。

 子供が死の間際まで恐らくは大切に抱き締めていたのであろうそれは、小さな汚れた人形であった。
 そして、“ギムレー”へと成り果ててとうに季節の感覚など消え失せていたが、今が冬祭りの季節であった事にも気付く。

 かつて、“ルフレ”がまだ何の憂いもなく“ルフレ”として居られた頃に。
 クロムや仲間達と共に、冬祭りを何度もしていた。
 その記憶が、哀しい程に鮮やかに甦ってしまう。

 城や自警団のアジトを冬祭りの飾り付けで彩って、皆でご馳走を食べて、仲間達の子供たちに贈り物を贈って。
 幼い子供たちと共に、冬祭りの人形を作った事だってあった。
 楽しくて、幸せで……。
 泣きたい程に愛しかった、もう戻らぬ日々だ。

 懐かしくて、愛しい子供たち。
 彼等は今も何処かで生きているのだろうか。

 彼らを想った時に真っ先に脳裏に甦るのは、クロムの愛娘であるルキナだった。
 子供たちの中でもは、誰よりも多くの時を共に過ごしていたあの子。
 “ルフレ”にとっては、自分の子供の様にも思えていた愛しい存在。
 ファルシオンを継ぐ資格を持つルキナだが、まだ幼いと言っても良い程に若いのに。
 “ルフレ”の所為で、彼女はこの世界の命運をその細い肩に背負わなければならないのだろう。
 剰りにも理不尽で重過ぎるそれを、大切な子供に課してしまった事への後悔は尽きる事は無いけれど。
 それでも……。
 もし、“ギムレー”を止めてくれる者が、自分を終わらせてくれる者が居るとするのならば、それはルキナに他ならないのではないかとも思う。

 “ルフレ”を殺し、この絶望を……そして世界の滅びを、止めてくれる一条の光は、願わくばあの愛し子であって欲しい。
 ルキナの父を奪ってしまった償いとしても、そして自分の最後を委ねる意味でも。
 そして、“ギムレー”を討った世界で、どうか幸せになって欲しいのだ。

 罪深い身であれども、そうやって祈る事だけでも赦されていると信じたい。

 ……何時か、この祈りは届くのであろうか。
 それは、分からないけれども。
 願わくば──




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