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ギムルキ短編

◇◇◇◇◇




 まるで時間すらも死んでいるかの様な、そんな停滞と静寂に満ちた空間に存在するのはたった二人だけ。
 ……いや、正確には、一人……と言うべきなのだろうか。

 まるで棺の様にすら見える豪奢なベッドに横たわる女は、死んでいるかの様に身動ぎ一つしない。
 ただ、近付けばほんの微かにだか掠れる様な吐息の音が聞こえてくるので息はしている事は分かる。
 剰りにも深い深い眠りに就かされた彼女は、眠りに就いたその瞬間から……文字通り何一つとして変わり無くそこに在った。
 時の流れから切り離されている彼女は、彼女を眠らせた存在が死にでもしない限りはずっとそのままそこで変わらず眠り続けるのだ。
 何百年でも、何千年でも。

 全てから取り残される彼女が何時か目覚める日は来るのだろうか?
 そして、それは果たして彼女にとって幸せな事なのだろうか?
 その答えは、誰にも分からない。


「ルキナ……」


 眠る彼女の耳元で吐息の様に囁かれた小さな呟きは、彼女の瞼一つ震わせる事は無い。

 それに安堵すると共にどうしようもない哀しみを覚えたギムレーは、苦悩に満ちた深い溜め息を吐いた。




 ◇◇◇




 数奇なる運命で出逢ったギムレー……いや、ルフレとルキナは、何時しか恋仲となり、そして共に待ち受けていた絶望の運命を乗り越えた……筈だった。

 ……何が間違っていたのだろうか、と最早どうする事も出来ない今になっても、飽きる事なくそう何度も思ってしまう。

 運命を変えた筈だった。
 ギムレーは封印された筈だった。
 だけれども。

 封印された筈のギムレーは、ルフレの内で力を蓄え続け、そしてその内からルフレを食いつくした。
 そこに残ったのは、ギムレーへと変質してしまったルフレだけだ。

 ルフレや他の誰もが思っていた以上に、『器』とギムレーは極めて強い繋がりがあったのかもしれない。
『器』が生存していれば、封印すらも食い破ってしまえる程に……。


 ルフレが、ルキナと共に生きる未来なんて望まなければ。
 この命を惜しまずに、世界の為に捧げていれば。
 この命を以て、ギムレーを諸共に消滅させていれば。
 こんな“未来”には、ならなかったのかもしれない……。


 ギムレーとして変質してしまったルフレは、ルフレとしての意識は完全には壊される事は無かったが、自分の意思ではどうする事も出来ぬ程の破壊衝動に蝕まれ、望まぬ破滅を世界へと振り撒き始めてしまった。
 あんなにも守りたかった世界を、平和を、自分の手で壊していく恐怖。
 大切な仲間たちを、この手で殺していく絶望。
 自分自身の意思とは全く解離してしまっている様なその行動は、それによってルフレを絶望の淵へと沈め苛み続ける。
 ルフレとしての意識が絶望すればする程、ギムレーとしての力は益々強大になっていくのだから、全く以て笑えない話だ。

 ルフレは、死にたかった。
 誰かに自分を止めてほしかった。
 ルフレ自身では、ルフレの意識では、ギムレーを自死させる事は出来ない。
 それどころか、自らの死を願えば願う程に、ルフレ自身の思いとは裏腹に世界へと死を撒き散らしていく。
 ならばこんな自意識など消えてしまえば良いと思っても、それすらも叶わない。
 終わりなんて何処にも見えない絶望の泥濘に沈んだルフレの意思は、這い上がろうと足掻く事すら許されていなかった。

 だから、もし自分を止められるものがあるとすればそれは真に神竜の力を宿したファルシオンだけだ。
 それはあくまでも『封印』と言う形になるのだろうけれども、この世で唯一今のルフレを止める事が出来る。
 だからこそ、ルフレはその身をファルシオンが貫く日を夢に見続けているのだ。

 ……この世界には、ファルシオンを振るう事が出来る担い手は『二人』居る。

 一人は、ギムレーの手によって殺されたルフレにとっては何よりも大切な友であり半身であった父クロムからファルシオンを受け継いだ『ルキナ』。
 そしてもう一人は……遠い“未来”から未来を変える為にやって来ていた、ルフレにとって誰よりも愛しい人であるルキナ。

『ルキナ』はまだ少し幼く、何時か“覚醒の儀”を果たしてこの身にファルシオンを突き立てにやって来る日が来るのだとしても、それはまだまだ先の事になるだろう。
 ならば……、と、そうなるのだけれども。

 ルフレが誰よりも愛しているルキナは、今は決して覚めぬ眠りに囚われている。
 ルキナを眠りに捕らえたのは、他の誰でもない……ルフレだった。

 ルフレがギムレーと化した際に、真っ先にその破壊の矛先が向きそうになったのは他の誰でもない……ルキナであった。
 ギムレーの意識によって歪んで壊れた……最早“愛”とは言えない執着によって、良くてギムレーの眷族に、最悪の場合は殺して屍兵にして、心身共に自分のモノにしようとしたギムレーを、残されたルフレの意識が必死に止めたのだ。
 ギムレーとしての意識がルキナに危害を加える前に、ルキナをギムレーが存在する限り解けぬ永遠の眠りに引きずり込んだ事で、ルフレはルキナを守った。
 ギムレーが望んだ形ではなくともルキナを手に入れた事に満たされたギムレーとしての意識はそれ以上ルキナに手を出す事はなく。
 それで本当に正しかったのかは、今となってはルフレには分からないが、とにかくルキナの身や心を壊す事だけは阻止する事に成功したのだ。


 今のルキナは、ずっと“幸せ”な夢を見ている。

 ルキナが生きたかった未来、生きたかった世界……。

 父であるクロムが居て、母がいて、仲間達が居て、……そして愛するルフレが共に居る。
 そんな暖かく細やかで幸せな夢を、終わる事がない夢を見ているのだ。

 この世界ではもう二度と叶わぬその夢を、“幸せ”を見続けているルキナは、きっと“不幸”ではないのだと……そう信じたい。
 それが『虚像の幸福』なのだろうと言う事は、ルキナを眠りに就かせたルフレ自身が誰よりもよく理解している。
 万が一目が覚めた所で、ルキナを待っているのは最早どうする事も出来ない絶望的な現実だけなのだから。
 ルキナが何時か目覚めて現実を突き付けられる日が来てしまうのならば、そんな『虚像の幸福』はルキナを苦しめる猛毒にしかならない。

 ああ……だけれども。

 何時かギムレーとしてルフレが『ルキナ』に討たれて、ルキナが偽りの幸せから解放される日が来てほしいと……そう願う一方で。
 その未来が。
 ルキナが愛した全てが喪われ、ルフレすらも居ないその世界が、果たしてルキナにとって幸せな未来なのか、それは分からない。
 絶望だけしかない未来しかルキナに残されていないと言うのなら……このまま永遠に“幸せ”な眠りの中に囚われていた方が良いのではないだろうか。

 目覚めなければ、それが偽りであると言う事にも気付かないのならば。
 目覚める事が“幸せ”であるとは限らない。
『虚像の幸福』に沈む事こそが、ルキナにとって唯一の“幸せ”になるのなら……。


「ルキナ……僕は──」


 最早ルキナにも、ギムレーと化したルフレにも、本当の“幸い”なんて残されてはいないのだろうけれど。
 それでも、ルフレが存在する限りは、ルキナの偽りの“幸せ”を守り続けよう。

 眠り姫が目覚める日が来る事が無いようにと願いながら、ルフレはルキナの唇へと、永遠の愛を誓う様に、そっと口付けを落とすのであった……。




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