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ギムルキ短編

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「すまない、すまない……ルキナ……」


 昏い昏い……まるで絶望の泥濘の中の様な、尽きぬ悲哀と退廃に満ちた檻の様な場所で。
『彼』は悲鳴の様に……謝罪の言葉を呟き続ける。
 だが、その手を止める事は無い。
『彼』のその言葉に、その悔恨に、その後悔に、その絶望に、きっと偽りはないのだろうけれども。
 きっともう後戻りも出来ぬ程に狂ってしまった『彼』は、止まれないのだろう。


「何処にも行かないでくれ……僕を独りにしないでくれ」


 何処にも行くな、と『彼』は言うけれど。
 そもそも、ここから逃げ出す為の足をルキナから奪ったのは『彼』自身だ。
 もう二度と元には戻らない程に足の腱を傷付け、それですらまだ足りぬとばかりに足枷で戒め。
 ……「すまない」と、そう謝罪しながら、『彼』がそうしたのに。
 それですら、きっと『彼』には足りぬのだろう。


「僕を憎んでくれ、赦さないでくれ。
 君にはその権利があるし、そうするべきだろうから。
 だけれど、何処にも……行かないでくれ……」


『彼』はもう、きっとルキナが愛していた“彼”からは【変質】してしまっているのだろう。
 それでも。
 歪んでしまっていても、壊れてしまっていても。
『彼』は“彼”だった存在だ。
 だからこそ、何れ程憎悪しても赦せなくても。
 それでも、ルキナの心の何処かには、憎しみ以外の感情が残り火の様に揺らめき続けてしまう。


「愛している、愛しているんだ……。
 君を、君だけを……。
 僕には、もう……君だけしか、君しかいない。
 君しか、要らない。もう、何も望まない。
 だからこそ、君だけは……」


『彼』の手が、そっとルキナの頬に触れる。
 そしてその手は、つっ──とルキナの左目の目尻へと添えられた。

『彼』の紅い瞳が、苦悩に歪む。
 狂ってしまって尚、それでも僅かに残された“彼”の心が悲鳴を上げているのだろう。


「分かっている。
 こんな、こんなに変わり果ててしまった僕では、君の傍には居られない、と。
 君を想うのならば、君をここから放すべきなのだと。
 でも、僕は──」


 邪竜ギムレーとして覚醒させられてしまった彼は、壊れ狂い、最早二度と元の“彼”には戻れない。
 それでも、例え歪み果ててしまっているのだとしても。
 ルキナの心を壊す事だけは無かったのは、きっとそこに確かに『愛』がある故なのだろう。

 懇願にする様に自身を抱き締める……かつては誰よりも愛していた『彼』を。
 ルキナもまた、静かに抱き締め返すのであった。

 それはまるで。
 終わりがない孤独の絶望に慟哭する邪竜に、寄り添うかの様であった。





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