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ギムルキ短編

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 自らの腕の中で死んだように眠り続ける少女に、ギムレーは視線を落とす。
 そして、ほっそりとしたその首もとを掴む様に手を当てた。
 少しでもその手に力を籠めれば、少女の首など花を手折るよりも容易く折れてしまえるのだろう。
 それ程までの力の差が、……決して越える事など出来ないであろう存在自体の格差が、ギムレーと少女の間には存在するのだから。

 いや、態々ギムレーが自ら手を下さす必要すらも無いであろう。
 その為の方法など、幾百通りでも直ぐ様思い付けてしまう。
 が、ギムレーはそれらを何一つとして実行しようとは……決してしなかった。

 ギムレーの腕の中で眠り続けるこの少女は、憎き聖王の末裔である。
 しかも、ギムレーを害し得る神竜の牙の……その真の力を引き出し得る資格を持つ者であった。
 例え一息に殺してしまえる程に脆弱な塵芥の如し存在であるのだとしても、その手に神竜の牙が無いのだとしても。
 ギムレーにとっては少女は存在しない方が良いのだし、如何に矮小な存在であろうとも看過せず殺しておくべき存在である。
 …………少女を生かしておく理由など、何処にも無い筈だ。

 それ、なのに。

 ギムレーが少女を殺す事はなく。
 洗脳し自らの傀儡にする事も、屍兵にして手駒にする事も、その心を絶望で磨り潰して壊す事ですら……何一つとしてしてはいない。
 ただただ少女を深い眠りの淵へと誘い、そして無抵抗の彼女をこうして自らの手元に置くばかりであった。

 その気になれば何時でも殺せるのだから、と。
 その言葉を聞き届ける者など誰一人として存在しないにも関わらず、ギムレーは独り呟く。

 何時でも殺せるのだから。
 だから、『その時』は。
 彼女を殺すのは、『今』じゃなくても……良い筈だ。
 その気になった『何時か』でも、良い、筈だ。

 何度も何度も、誰とは知らぬ誰かに言い訳するかの様に……譫言の様にギムレーは呟き続け。
 そして、何処か躊躇う様にして、眠り続ける少女の頬に手を当てた。

 眠りに沈んだ少女はその程度では目覚めず、ギムレーの手には何の反応も返ってこない。
 それでも、頬に当てたその手から伝わる温もりは、眠り続ける彼女が確かに生きている事を、実感を持ってギムレーに教えてくれる。

 何故そんな無意味な事をするのか、ギムレーにも分からない。
 別に、この少女が死んでいたって、ギムレーにとって何か不利益になる筈なんて無いのに。
『何時か』は、殺さなくてはならない存在なのに。
 それなのに、少女が生きている事に、何時も安堵してしまうのだ。
 自分自身の感情を……その行動を、理解出来ない事を自覚しながらも、ギムレーはそれを止めようとはしない。

 何時だって殺せる。
 その筈なのだから、『今』は……『今』だけでも……。


「ルキナ……」


 その口から零れ落ちたその言葉に、どんな意味があるのか。
 それは誰にも分からない事であった。




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