ギムルキ短編
◆◆◆◆◆
『絆』や『愛』、そして人が人との繋がりの中に見出だす全ての感情。
その何れもがギムレーには理解し得ぬものであった。
どの様な概念であるのかは理解出来るし、それらを至高のモノであると謳う人間どもがどの様なモノにどの様な事にそれらを見出だしているのかも理解は出来る。
しかし、ギムレーの内には、その何れもが存在すらしていない。
決して本質的には理解する事が出来ないモノ。
決して手に入れる事が叶わぬモノ。
この世の全てを敵に回しても、この世の全てを捩じ伏せて従わせるのだとしても。
ギムレーと言う存在は、決してそれらを手にする事が出来ない。
己れの内には無いからこそ、かつてギムレーはそれらを軽んじていた。
無価値と切り捨て、無意味と嘲笑い、いっそ憎しみすら感じさせる程に蔑視していた。
『愛』など『絆』など、絶対的な破壊の前には、抗う事の叶わぬ滅びの前には、等しく塵程度の価値しか持たぬ、と。
ギムレーがそう感じるのは、ある意味当然であった。
そもそも、ギムレーには真の意味で“同族”と呼べる存在は居ない。
世界を容易く滅ぼせる程の無尽蔵にも等しい“竜”の力を持ち、その存在が『何』であるのかと問えば“竜”としか言えぬ存在ではあるけれど。
元々、本来の命の繋がりから産まれた存在ですらなく、悍ましい手段で造られた『この世に在らざる命』だ。
竜が基になってはいても、ギムレーは竜ではない。
かつてこの世を支配し最早滅び去ったに等しい現在ですらその影響力を残している古代竜族とも、種の退化から逃れる為にヒトへと身を墜として細々と生き延びている竜人族とも、ギムレーは根本的に異なる存在であった。
人が猿を見て同族と認識する事は無い様に、ギムレーもまた竜達を同族と認識する事はない。
ギムレーは真実この世でただ独りであった。
元より、“完全なる存在”を目指して産み出されたのだから、ギムレーは他者を必要とはしていないのだ。
真の意味で死ぬ事もなく、肉体を喪ったとしても条件を整えれば再びギムレーとして甦る事が出来る。
死が存在しないのなら次代など不要であり、故にギムレーに“子”は存在しない。
ギムレーはただ一個体で全てが完結してしまっていた。
だからこそ、ギムレーは誰とも繋がれない。
しかし、二度にも渡り人に討たれその肉体を喪った事でギムレーは考えを改めた。
ギムレーが持ち得ぬそれらは、『絆』や『愛』と言った“繋がり”は、決して無力でも無価値でもないのだと。
結局、ギムレーが二度にも渡り敗れたのは、人のそう言った“繋がり”が産み出す力が局所的にとは言えギムレーの力を上回ったからである。
単純な“力”の差を考えれば、人が何れ程数を揃え力を束ねようともギムレーの前では全て塵の山も同然である。
例えこの世の人どもが一度に襲ってきたとしても、全て消し飛ばせる自信がある。
しかし、極めて局所的に一点を突破する力と言う意味では、時に人は不可能を可能にする事もあるのだと、そして人にその力を与えるのは“繋がり”が産み出す力であると、ギムレーは二度の敗北から既に学んでいた。
だが、その力を理解したとしても、ギムレーにはやはりそれらは手に入らないものであった。
深い海を泳ぐ魚が大空を自在に飛び回る事は出来ない様に、ギムレー言う存在の在り方からしてそれは不可能なのである。
だが、それを分かっていても二度の敗北の苦渋を味わったギムレーは、その力を求めた。
“繋がり”を、求めた。
だから……ギムレーは未だ目覚めておらぬ“器”の時、ルフレと言う名の人として生きていた時に、“繋がり”を求めたのだ。
友を愛し、仲間を愛し、そして恋人を愛する。
そんな“普通の人”として、ルフレは生きた。
ルフレは『愛』も『絆』も、持っていたし知っていた。
しかし……。
ギムレーとして真に目覚めた時、確かに得ていた筈のそれらは全て喪われてしまったのだ。
ルフレとして生きていた時の記憶は勿論ある。
友と呼んだ者達の顔も、彼らとどう過ごしたのかも、ちゃんと覚えている。
しかし、そこに“感情”は、“心”は、伴えない。
『愛』がどんなモノであったのか、『絆』がどんなモノであったのか。
そこに確かにあった筈のそれらは、全て喪ってしまった。
それに失望はない、怒りもない、哀しみもない、絶望もない。
ただ、「ああ、そうなのか」と言う静かな諦めにも似た納得だけだ。
誰よりも大切だった筈の友を手に掛けた事を切っ掛けに、ルフレは死にギムレーが目覚めてしまった。
仲間を友を、ギムレーは何の躊躇いも痛痒もなく殺せるだろう。
例え手に掛ける瞬間に、彼等が怨嗟の言葉を浴びせようとも、ルフレへの思慕を口にしたとしても。
ギムレーには、最早何一つとして心が動かないだろう。
仲間を殺しても哀しくはない、だが喜びも……何も感じない。
ただただ、そこにあるのは空虚であった。
……それでも、ギムレーとして甦った時点で、もうルフレとしては生きられない。
ルフレとして生きたかったのかと問われても、ギムレーはその答えすら出せなかった。
だが、そんな完全であるが故に抜け落ちた“心”を、その名残であるモノを、ギムレーは何故だかどうしても手離せなかった。
かつて誰よりも『愛』していた人を、不倶戴天の敵であった聖王の末裔であるルキナを、ギムレーは今も自分の手元へ囲っている。
ギムレーと言う存在そのものを憎悪するルキナは、例え愛し合っていたルフレの成れ果てなのだとしても、ギムレーを許す事は出来ないだろう。
それはギムレーも理解しているし、そもそも最早ルフレではない自身にとってルキナは何の感情も抱けない存在だ。
聖王の末裔である事を考えれば殺してしまった方が良いのだろうし、その時も特に何も感じる事もなくその首を落とせるだろう。
それでもそれを実行しないのは、かつての自分が確かに彼女を愛していた名残であるのかもしれない。
まあ、深い眠りに就いている彼女がギムレーの驚異になる事は有り得ないのだから一々殺す必要性は無い……と言うのも大きな理由ではあるけれども。
大きく豪奢な寝台の上へ胡座をかく様に座り、そこで眠り続けているルキナの頭を撫でようとして、ふとギムレーは右手を止める。
竜の鋭い爪と硬い鱗に覆われたこの手で撫でてしまっては、ルキナを傷付けてしまうだろう。
ルキナに対して何も感じられないとは言え、別に彼女を無闇に傷付けたい訳でもない。
意識して右手を竜のそれから人の手へと戻し、ルキナの頭へと手をやった。
記憶の中にある様に、優しくゆっくりと撫でてみる。
それでもやはり、ギムレーは何も感じられない。
何も感じられないが……不快ではなく、決して悪くはなかった。
何度撫でてもルキナは目覚めない。
ギムレーの力によって深く深く眠らさせ続けている彼女を目覚めさせる日が来るのかは、ギムレーにも分からない。
こうして眠らせ続ける事が、ルキナを自らの手の内に留めておく為の一番の方法だとギムレーは判断していた。
傷付けたいとは思わない。手離したいとも思わない。
何者にも奪わせない様に、その尾を眠り続けるルキナの胴へとそっと絡ませながら。
ギムレーは静かにルキナを撫で続けるのであった。
ギムレーに『愛』は無い。
それでも、ルキナを手離せない。
それはきっと、この世に二人だけになったとしても、永遠に。
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『絆』や『愛』、そして人が人との繋がりの中に見出だす全ての感情。
その何れもがギムレーには理解し得ぬものであった。
どの様な概念であるのかは理解出来るし、それらを至高のモノであると謳う人間どもがどの様なモノにどの様な事にそれらを見出だしているのかも理解は出来る。
しかし、ギムレーの内には、その何れもが存在すらしていない。
決して本質的には理解する事が出来ないモノ。
決して手に入れる事が叶わぬモノ。
この世の全てを敵に回しても、この世の全てを捩じ伏せて従わせるのだとしても。
ギムレーと言う存在は、決してそれらを手にする事が出来ない。
己れの内には無いからこそ、かつてギムレーはそれらを軽んじていた。
無価値と切り捨て、無意味と嘲笑い、いっそ憎しみすら感じさせる程に蔑視していた。
『愛』など『絆』など、絶対的な破壊の前には、抗う事の叶わぬ滅びの前には、等しく塵程度の価値しか持たぬ、と。
ギムレーがそう感じるのは、ある意味当然であった。
そもそも、ギムレーには真の意味で“同族”と呼べる存在は居ない。
世界を容易く滅ぼせる程の無尽蔵にも等しい“竜”の力を持ち、その存在が『何』であるのかと問えば“竜”としか言えぬ存在ではあるけれど。
元々、本来の命の繋がりから産まれた存在ですらなく、悍ましい手段で造られた『この世に在らざる命』だ。
竜が基になってはいても、ギムレーは竜ではない。
かつてこの世を支配し最早滅び去ったに等しい現在ですらその影響力を残している古代竜族とも、種の退化から逃れる為にヒトへと身を墜として細々と生き延びている竜人族とも、ギムレーは根本的に異なる存在であった。
人が猿を見て同族と認識する事は無い様に、ギムレーもまた竜達を同族と認識する事はない。
ギムレーは真実この世でただ独りであった。
元より、“完全なる存在”を目指して産み出されたのだから、ギムレーは他者を必要とはしていないのだ。
真の意味で死ぬ事もなく、肉体を喪ったとしても条件を整えれば再びギムレーとして甦る事が出来る。
死が存在しないのなら次代など不要であり、故にギムレーに“子”は存在しない。
ギムレーはただ一個体で全てが完結してしまっていた。
だからこそ、ギムレーは誰とも繋がれない。
しかし、二度にも渡り人に討たれその肉体を喪った事でギムレーは考えを改めた。
ギムレーが持ち得ぬそれらは、『絆』や『愛』と言った“繋がり”は、決して無力でも無価値でもないのだと。
結局、ギムレーが二度にも渡り敗れたのは、人のそう言った“繋がり”が産み出す力が局所的にとは言えギムレーの力を上回ったからである。
単純な“力”の差を考えれば、人が何れ程数を揃え力を束ねようともギムレーの前では全て塵の山も同然である。
例えこの世の人どもが一度に襲ってきたとしても、全て消し飛ばせる自信がある。
しかし、極めて局所的に一点を突破する力と言う意味では、時に人は不可能を可能にする事もあるのだと、そして人にその力を与えるのは“繋がり”が産み出す力であると、ギムレーは二度の敗北から既に学んでいた。
だが、その力を理解したとしても、ギムレーにはやはりそれらは手に入らないものであった。
深い海を泳ぐ魚が大空を自在に飛び回る事は出来ない様に、ギムレー言う存在の在り方からしてそれは不可能なのである。
だが、それを分かっていても二度の敗北の苦渋を味わったギムレーは、その力を求めた。
“繋がり”を、求めた。
だから……ギムレーは未だ目覚めておらぬ“器”の時、ルフレと言う名の人として生きていた時に、“繋がり”を求めたのだ。
友を愛し、仲間を愛し、そして恋人を愛する。
そんな“普通の人”として、ルフレは生きた。
ルフレは『愛』も『絆』も、持っていたし知っていた。
しかし……。
ギムレーとして真に目覚めた時、確かに得ていた筈のそれらは全て喪われてしまったのだ。
ルフレとして生きていた時の記憶は勿論ある。
友と呼んだ者達の顔も、彼らとどう過ごしたのかも、ちゃんと覚えている。
しかし、そこに“感情”は、“心”は、伴えない。
『愛』がどんなモノであったのか、『絆』がどんなモノであったのか。
そこに確かにあった筈のそれらは、全て喪ってしまった。
それに失望はない、怒りもない、哀しみもない、絶望もない。
ただ、「ああ、そうなのか」と言う静かな諦めにも似た納得だけだ。
誰よりも大切だった筈の友を手に掛けた事を切っ掛けに、ルフレは死にギムレーが目覚めてしまった。
仲間を友を、ギムレーは何の躊躇いも痛痒もなく殺せるだろう。
例え手に掛ける瞬間に、彼等が怨嗟の言葉を浴びせようとも、ルフレへの思慕を口にしたとしても。
ギムレーには、最早何一つとして心が動かないだろう。
仲間を殺しても哀しくはない、だが喜びも……何も感じない。
ただただ、そこにあるのは空虚であった。
……それでも、ギムレーとして甦った時点で、もうルフレとしては生きられない。
ルフレとして生きたかったのかと問われても、ギムレーはその答えすら出せなかった。
だが、そんな完全であるが故に抜け落ちた“心”を、その名残であるモノを、ギムレーは何故だかどうしても手離せなかった。
かつて誰よりも『愛』していた人を、不倶戴天の敵であった聖王の末裔であるルキナを、ギムレーは今も自分の手元へ囲っている。
ギムレーと言う存在そのものを憎悪するルキナは、例え愛し合っていたルフレの成れ果てなのだとしても、ギムレーを許す事は出来ないだろう。
それはギムレーも理解しているし、そもそも最早ルフレではない自身にとってルキナは何の感情も抱けない存在だ。
聖王の末裔である事を考えれば殺してしまった方が良いのだろうし、その時も特に何も感じる事もなくその首を落とせるだろう。
それでもそれを実行しないのは、かつての自分が確かに彼女を愛していた名残であるのかもしれない。
まあ、深い眠りに就いている彼女がギムレーの驚異になる事は有り得ないのだから一々殺す必要性は無い……と言うのも大きな理由ではあるけれども。
大きく豪奢な寝台の上へ胡座をかく様に座り、そこで眠り続けているルキナの頭を撫でようとして、ふとギムレーは右手を止める。
竜の鋭い爪と硬い鱗に覆われたこの手で撫でてしまっては、ルキナを傷付けてしまうだろう。
ルキナに対して何も感じられないとは言え、別に彼女を無闇に傷付けたい訳でもない。
意識して右手を竜のそれから人の手へと戻し、ルキナの頭へと手をやった。
記憶の中にある様に、優しくゆっくりと撫でてみる。
それでもやはり、ギムレーは何も感じられない。
何も感じられないが……不快ではなく、決して悪くはなかった。
何度撫でてもルキナは目覚めない。
ギムレーの力によって深く深く眠らさせ続けている彼女を目覚めさせる日が来るのかは、ギムレーにも分からない。
こうして眠らせ続ける事が、ルキナを自らの手の内に留めておく為の一番の方法だとギムレーは判断していた。
傷付けたいとは思わない。手離したいとも思わない。
何者にも奪わせない様に、その尾を眠り続けるルキナの胴へとそっと絡ませながら。
ギムレーは静かにルキナを撫で続けるのであった。
ギムレーに『愛』は無い。
それでも、ルキナを手離せない。
それはきっと、この世に二人だけになったとしても、永遠に。
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