このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

魂の慟哭

◆◆◆◆




「いやはや、やっぱり、君は面白い存在だね、ルキナ。
 ここまで嗤ったのは、蘇ってきて初めての事だとも。
 腹が攀じ切れるとは、まさにこう言う事を言うのだろうね」


 自分以外には命ある者無き自らの居城にて、ギムレーは腹を抱えて大爆笑していた。
 いっそ声が引き攣れてしまう程の愉悦を覚えたのは、蘇ってからどころかこの世に生み出されて以来の事であるかもしれない。

 ルキナを捕らえ、ある『戯れ』を思い付き実行したその時は、ギムレーとてまさかここまで愉快なものが見れるとは思っていなかった。
 ルキナと言うその存在が……そしてその人生が、ギムレーにとって良い玩具であるのは確かなのだけれども。
 あの場であの『戯れ』を思い付いたのは、単純にあの場で潔く死にたがっていたルキナの思惑通りに彼女を殺すのはそうにも面白くなかったからである。
『ヒト』の根源は『心』だの『魂』だのと綺麗事を垂れ流すそのおめでたい心に、本当の絶望と言うモノを……そして人間の心の脆さと醜さを刻み込んでみたくなったのだ。
 ヒトは、結局の所その容貌で呆気ない程にその心は左右されていくものなのだ。
 何れ程高潔な心と魂を持っていようとも、その容貌が『ヒト』にとって醜かったり、あるいは怪物然としたものであるならば、それだけでその者は間違いなく醜悪な『怪物』の様に扱われるだろう。
 その者の『心』やら『魂』など、ヒトには見えないし故にヒトが他者のそれを真に理解する事は無い。
 目に見える形で一度壁を作られ拒絶されてしまえば、そこを乗り越える事など不可能な事である。
 別に、ルキナを『竜』の姿にする必要は特には無かったのだろう。
 それこそ、同じ『ヒト』の姿であっても元の姿の面影など何一つとして存在しない程の……『ヒト』の感性に従えば『醜い』とされる様な外見に変える事だってギムレーには容易い。
 または、野に生きる熊やら狼やら狐へと変えてしまう事も、ギムレーの力を以てすれば容易い。
 しかし、ギムレーは敢えてそうはしなかった。
 ヒトでも獣でもなく『竜』……それもマムクート達の様な『理性』があり言葉を交わせる様な化身としてのそれではなく、言葉すら奪った獣同然の『竜』へとルキナを堕としたのは、彼女に最大限の苦痛と地獄を味合わせる為であったのだ。
 他者と同じヒトの世に居場所を持てる『醜いヒト』の姿や、ヒトに狩られるかも知れぬ様な普通の獣では、結局の所本当の絶望を味合わせる事は出来ない。
 人々の『最後の希望』でありその使命を胸にギムレーに抗い続けてきたルキナであるからこそ、自らが獣として血肉に狂い、本来は庇護し救うべきであった対象である筈の『同朋』をその手にかけ、その血肉を貪り食う事になれば、その絶望は、その他の方法では決して与えられない程に深く暗く狂い果てる程のものになるであろうから。

 だからこそギムレーは、外界には『竜』と化したルキナを養い切れる程の……『ヒト』以外の食料は無い事を何よりも理解した上で、ルキナを放逐し……そしてその様子を遠視の魔法でずっと観察し続けてきた。

 ルキナの忍耐力はギムレーの想定以上で、幾度飢餓に襲われていても最後の一線だけは中々踏み越えないその姿には驚きすら感じたものだ。
 最早その『理性』は擦り切れ、獣の本能に呑み込まれても尚、最後まで抗っていたその姿は実にギムレーにとって良い退屈凌ぎになった。
 最後の一線を越え、同族を殺し尽くしてはその血肉を貪り出す姿には、大いに笑わせて貰った。
 果たしてルキナに『理性』が戻り、自らの行いに絶望する瞬間はあるのかは分からないが……。
 ここまで楽しませて貰った礼として、『理性』を取り戻させてやった上で、本能を抑えられずとも発狂出来ない様にしてやるのも良いかもしれないなと思い至る。
 まあ、折角この手に入ったお気に入りの玩具なのだ。
 このまま野に離しているのも悪くは無いが、手元に戻すのも良いであろう。
 食料は思う存分人肉でも何でも用意してやれるし、ルキナの言葉なき声が通じるのはこの世で唯一ギムレーだけである。
 何れ程憎悪し厭おうとも、その言葉が通じるのがギムレーしかいないと悟れば、既に折れかけているルキナの心が折れるのは時間の問題だ。
 その後は、かつての仲間たちと殺し合わせるのもさぞかし愉快だろう。
 何なら、竜として獣同然に飼うのではなく、伴侶として迎えてやっても良い。
 今の『竜』となったルキナになら、邪竜の力に溢れた子供を孕ませる事もそう難しくはないだろう。
 この世界は最早ギムレーの手に堕ちたが、異界にはまだまだギムレーが滅ぼすべき世界が広がっている。
 それらの世界に侵略していく為にも、子供と言う優秀な手駒はあった方が良い。



「ああ……こんなにも『楽しみ』と言う感情を覚えたのは何時以来だろう。
 全く、君は僕でさえ飽きない位に面白いね、ルキナ」



 何時、ルキナを手元に戻そうか。
 理性を取り戻し絶望したその時が良いだろうか。

 そんな事を考えながら、ギムレーはその口元を歪める。


 そんなギムレーの思惑を何も知らぬルキナは、人々の血肉と骨の欠片が散らばる凄惨な地で、腹を満たされてスヤスヤと安らかに眠っているのであった。







【魂の慟哭:終】


◆◆◆◆
8/8ページ
スキ