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魂の慟哭

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 もう二週間近くも、野鼠一匹すら見付けられない状況が続いていた。
 今居る一帯がもう野の獣達が死滅してしまった後なのかもしれないけれど。
 何にせよ久しく何も口にしていないが故に限界であった。
 飛ぶ事すらままならず、休み休みでないともう長距離を飛ぶ事が出来なくなっていた。
 朦朧とした意識の中、獲物を求めてルキナは、決して近付かぬようにと避けていた人里へと近付いて行ってしまう。
 竜の優れた視力が、その人里で飼われている牛や豚といった家畜たちを捉える。
 途端に湧き上がる食欲に、辛うじて理性の声はそれを押し留めようとした。
 あれは、あの里の人々にとっての大切な家畜であり食料なのだ、それを襲うなど、『ヒト』として断じてしてはならないのだ、と……ルキナのヒトとしての理性の部分はそう訴え、何とか人里から離れさせようとするけれども。
 最早本能的な……『竜』の部分には、そんな制止は何の意味も効力も持たぬものであった。
 このままでは、飢えて死ぬのだ、と。
 自らの生存を優先しようとする本能に、理性は逆らえない。
 そして──


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 ルキナが再び気が付いた時には。
 辺りは屠殺場よりも凄惨な血の宴の様相を呈していた。
 貪り食われた牛や豚の血塗れの蹄や角が転がり、鶏のものであろう羽毛が辺りに散乱している。
 家畜たちの放牧地を襲い、そこに隣接していた鶏など家禽たちの飼育小屋をその前足と尾で破壊して。
 そこに居た家畜を、理性を喪ったルキナは襲い貪り食っていたのだ。
 ふと周囲に目を向けると、家畜を食われ怒り狂いながらも恐怖から腰を抜かす村人や、理性を喪い血肉に狂ったかの様なルキナの有様に、追い払おうにも恐怖が先に立って武器を構えてはいるもののその場から動けなくなっている村人たちの姿があった。

 あれ程までにルキナの身を蝕み苦しめていた酷い飢餓感はもう何処にも無くて。
 それどころか、腹が満たされた時の得も言われぬ充足感を感じてしまっている。

 自分の行いを自覚したルキナは、その惨い行為と、理性すら無くした獣としての自分に恐怖を感じ、言葉にならぬと分かっている筈なのに、恐ろしい怪物を見る目で自分を見詰める村人たちに、何かを言おうとして……結局やはりそれは言葉にはならない。
 そして、村人の一人が手にしていた棒を取り落としてルキナに背を向けて逃げ出したのを切っ掛けとして、次々と村人たちは我先にとその場を逃げ出した。
 到底敵いようがない外敵を前にした時、多くの人は立ち向かうのではなくその脅威から逃げ出そうとするものなのだ。
 ルキナがヒトを襲い食い殺す……少なくともそう言う存在であると、村人達は判断したのである。
 逃げ出す寸前の人々のその目が、人では到底敵う筈の無い悍ましい化け物を見る様な、そしてどうにもならぬ絶望から神に縋ろうとするかの様な、そんな恐怖と絶望に彩られたその眼差しが、ルキナの心に深く突き刺さり、心を削り取る。

 違う! 私は怪物なんかじゃない……! 

 と、叫び返したくても、その声が言葉として届く事は無い。
 最早彼等にとって自分は、家畜たちを惨殺し貪り食う血に飢えた残虐で凶暴な、人では到底敵わない怪物なのだ。
 それを理解して、そして……彼等のそんな認識通り、餓えれば理性すら無くす怪物へと堕ちてしまった事を自覚して、ルキナは声を上げて泣いた。
 しかしその泣き声すら、人々に恐怖を与える唸り声と咆哮にしかならない。

 その場に留まる事も出来なくて、ルキナは逃げる様にして翼を広げて飛び立つ。

 そして、人の居ない場所を目指してやっと辿り着いた山奥で、そこにあった洞窟へと身を寄せる様にして、ルキナは身体を丸める様に横になる。

 今はただ、眠ってしまいたかった。
 眠れば、余計な事を考えずに、これ以上絶望する事も、人々を怯えさせる事も無い筈だから。

 しかし夢の中ですら、ルキナはもうヒトではない、人々から忌み嫌われ追われる怪物でしかなかったのであった……。




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