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魂の慟哭

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 再びルキナが目を開けると、辺りの景色は一変していた。
 見上げたそこにあったのは薄暗い天井では無く、分厚い雲によって薄暗く夕焼けよりも不気味に赤く染まった空だった。
 辺りを見回しても、ルキナには全く見覚えの無い荒涼とした、砂漠と荒野の境の様な景色が広がるばかりである。
 そこには、あの邪竜の姿など、影も形も見えはしない。
 何処までも何処までも……ともすれば距離感が狂ってしまいそうになる程に延々と、命無き荒野が広がり続けている。

 ここは……一体何処なのだろうか。
 少なくとも、つい先程までルキナが囚われていた邪竜の居城では無い事だけは確かなのだろう。
 先程の強烈な光は、転移魔法のものだったのだろうか。
 そうであるのだとしても、何故……? 
 困惑しながらもルキナは咄嗟に立ち上がろうとして、だがそれは上手く行かずにルキナは両手を地に着けてしまう。
 何度やってもそれは変わらず、ルキナはどう頑張っても上手く立てなくなっていた。
 自らの身を戒めていた枷や鎖の感触はもう無いのに。

 何故? と、そう思い自らの身を振り返ったそこには。
 ある筈の、足や背は見えず。
 代わりにそこにあったのは。

 硬く冷たい……黒みがかった蒼い鱗に覆われている、大地を踏み締める事に特化した……ルキナ本来の引き締まりながらもほっそりとしている筈のそれとは似ても似つかない、怪物染みた後ろ足と。
 骨格からして全く違う背から長く続く、しなやかで強靭な鱗に覆われた尾で。

 事態を何も呑み込めず狼狽える様にして動いたその途端に、奇妙な……少なくとも前は絶対に存在しなかった感覚と共に、バサッと何かかが広がる音がして地には大きな影が落ちた。
 混乱しながら見回して目に入ったのは、飛竜のそれよりも大きく頑丈そうな、蒼の皮膜と鱗に覆われた翼であった。
 自らのものである筈のないその翼は、しかしながらルキナの意志に従って羽ばたく。
 翼が起こした風を感じながら混乱の中に目を落としたその手は、とてもでは無いが手とは呼べぬ……骨格からして元の形を止めぬ程に変形しその指の大半が鋭い鉤爪に覆われたそれは、竜の前足としか表現しようがないものであった。
 そして、その前足も、ルキナの意のままに動いてしまう。

 ここに来ては、この前足も、尾も翼も、それはルキナ自身の身体のものなのだと、認めざるを得なかった。
 だがそれでも全てを受け入れる事など出来なくて。
 変形に伴って関節の可動域が狭まったのか自由に回す事が出来ぬその前足を、恐る恐る顔の方へと動かす。
 すると、本来ならば絶対に触れる筈の無い程の前方で、口先に手が触れたような感覚が走る。
 最早恐慌状態になりながらも、ルキナはそのままその前足を滑らせていくと、太く硬いものが額から側頭部辺りからかけて生えていて、それは随分と長く後ろまで伸びている様で。

 混乱と恐怖のまま「何がどうなっているのっ⁉」と叫んだ、……叫んだつもりであった。

 だが、己の喉から出てきたのは、まるで飛竜の咆哮の様な……少なくともヒトの言葉とは全く以て掛け離れたもので。
 咄嗟に喉に前足の様な手を当てるが、そこに反ってきたのは嫌に長い……まるで蛇が鎌首を擡げているかの様な長さの、整然と並ぶ硬い鱗に覆われた首で。
 首に何かが触れていると言う感覚は反って来るのに、そこに触れるその手も触れられているその首も。
 到底己のものであるとは到底思えない触感だった。

 ヒトとは全く違う『何か』に、この身は変じている……。
 それをはっきりと自覚せざるを得なくなった時、ルキナの理性の糸は切れた。

 半狂乱になって叫び、目に見える範囲の鱗を掻き毟る。
 しかし、何れ程叫ぼうと何を言おうとしても、その喉から出るのはただの獣の咆哮で。
 鱗を掻き毟った処で、身を引き裂く様な痛みと共に、確かにそれが自らの身から生えている事を強く認識させるだけにしかならなかった。
 地を踏み締める事に特化した四肢では、後足だけで立ち上がる事すら儘ならず、関節の可動域の関係上無理をしてもほんの僅かな間しか前足を地から離せない。

 一体今の自分はどうなってしまっているのだろう。

 こんな荒野に姿見がある筈もなく、ルキナにはただ、自分の身がヒトとは掛け離れた姿の……鱗に覆われた、飛竜ともマムクートのそれとも言い難い『竜』の様な何かに変じている事しか分からない。

 自分の変貌を受け入れる事が出来ず、狂った様に吼え壊れた様に自らの身体を傷付け、のたうち回る様にして暴れていたルキナではあったけれども。
 何れ程自らの身を傷付けようとも、寧ろその痛みはそれが現実である事を鮮明に示すばかりで。
 獣の咆哮にしかならぬ叫びは、何時しか力無い譫言の様な呻き声と鳴き声になっていった。

 ヒトの姿を奪われ、屍兵ですらない怪物に変えられて。
 何処であるのかすら分からぬ荒野に放逐され。
 まさに、最早どうにもならぬ絶望と諦めばかりがこの身を支配するけれども。
 このまま何もせず死を選ぶと言う事も出来なくて。
 行く宛もないままに、ルキナはのろのろと何処かへと歩き出し始める。

 これからどうなるのかと言う不安と恐怖に心を圧し潰されそうになりながらルキナは荒野を行くのであった。



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