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千夜一夜のアルファルド

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 “ギムレー”と言う存在そのものを、その内面を、理解する為に始めた“対話”。
 それは結論から言うと、実に奇妙な意識の変化をルキナへともたらした。
 たかだか一度だけの“対話”でギムレーを理解しきれたなどと言う訳では勿論無い。
 互いに言葉を交わした所で、ルキナが触れる事が出来たギムレーの内面などほんの一部のほんの表層的な部分にしか過ぎないのだろう。
 そんなほんの一部分ですら、理解しきれたとは到底言い難い。
 だがそれは……。
 何れ程言葉を交わそうとも、何れ程その心の深い所にまで触れようとも。
 ルキナはギムレーでは無い以上、人と竜の差違とはまた別の所で、本当の意味では理解など出来るモノでも無いのだろう。
 しかし、例え完全に理解する事など出来ないのだとしても、理解しようと歩み寄った事自体には大きな意味があったとルキナは確信している。

 “対話”の中で触れる事が出来たほんの小さな一欠片が、漣の様にギムレーに対するルキナの認識を変えていったのを肌で感じた。

 絶望と破滅の化身の様な存在であり、人々を絶望させる事に愉悦を感じる、人間とは決して相容れぬ、まさにこの世の『悪』そのものであるかの様な者。
 ……その認識は、大きく間違っている訳ではないだろうが、しかしギムレーと言う存在はそれだけが全てと言う訳でもやはりなくて。
 彼の竜の行動の根底には、ある種の憎悪があった。
 人と言う種そのものへの途方もない憎悪とそれと不可分の破壊衝動。
 何故そんなものを人間に対して抱いているのかは、ルキナには想像も出来ないし、出来たところでそれに共感する事など出来はしないであろう。

 だが、『憎悪』と言う感情がその行為の根底にあると言う点に於いては、ギムレーにも“人間的”な面があるとも言える。
 人間もまた、怒りや憎しみで他者を攻撃したりする生き物なのだから。
 ならば、その憎悪を晴らす事が出来れば……少しでも薄めさせる事が出来れば、ギムレーがこれ以上人を滅ぼそうとする事はなくなるのではないか?とも思う。
 その為には、もっとギムレーを理解する必要はあるのだろうが……。

 もっとその心を理解しようと……、そう自然に考えられる程度には、ルキナはギムレーを知る事に躊躇いや戸惑いを既に抱いてはいなかった。
 ギムレーが今この瞬間にも世界へと絶望を撒き散らし、人々を滅びの淵へと追いやっている事実には何一つとして変わりは無いのに。
 ルキナの父や母、仲間達の親や、数多の臣下達、そして無数の民達の敵である事実は決して変わらないと言うのに。

 ギムレーの心を理解して『改心』させて世界を救う目的があるとは言え、“知りたい”と言う思いがそれらの厳然たる事実を凌駕する程の衝動を与えていたのだ。
 その事に、まだルキナ自身は気付いてはいない。





 そして、“対話”によって意識に変化をもたらされたのはルキナに限った事ではなかった。
 ギムレーの意識にも、小さくとも確実に明確な変革が起こっていたのだ。

 ルキナが“対話”なぞを望んだ意図はギムレーとて理解している。
 ギムレーの心を知る事で、『改心』の糸口を探そうと言うのだろう。
 だが、それらは剰りにも無駄な事である。
 何をしようがギムレーの抱く人間への憎悪は最早消える事など無いのだし、それ故に破壊衝動を抑える事も無いのだから。
 ギムレーを形作るそれらすら変えたいと望むのならば、それこそギムレーが産み出されたその時から変えなくてはどうしようもないだろう。
 ルキナ一人が何をした所で、ギムレーが人間から受けてきた仕打ちが“無かった事”にはなる事は無いのだから。
 ギムレーが発端であったのか人間が発端であったのか、そんな事は卵が先なのか鶏が先なのかを考える事よりも無駄な事ではあるのだけれども。
 少なくともギムレーにとって人間達の所業は、ギムレーが人間を……そしてこの世界全てを憎悪し破壊する理由に足るものであるのだから。

 しかしそれと同時に、ルキナと言葉を重ねる事を“悪くない”と感じている事にもギムレーは気が付いた。
 言葉を重ねる内に見えてくるルキナの内面に触れる事は不愉快では無く、寧ろその心を知っていくのは“楽しい”事であった。
 ルキナは、ギムレーが憎悪する人間であると言うのにも関わらず、だ。
 “人間”は相変わらず忌々しく滅ぼしたいとしか思えないが、ルキナに対してはそれは全く感じない。
 それどころか、今までよりもより一層“興味”を感じている。
 人が“好奇心”と呼ぶそれらを、よりにもよって人間であるルキナに対して抱いた事を、ギムレーは不思議と嫌悪も何もなく純粋に受け止めていた。

 ルキナを“知る”事で感じた“喜び”は、この“喜び”を知る前の自分の心は死んでいたも同然であるとすら思ってしまう程の、人間を絶望させている時の一時の快楽などとは比べ物にならぬ“質”の“喜び”だったのだから。
 産み出されたその瞬間より決して満たされぬ心の虚が、ほんの僅かにも埋まった様にすら感じたのだ。
 それを、『ルキナは憎悪の対象である人間である』なんて詰まらない意地で喪ってしまうのは、剰りにも愚かしい事である様にギムレーは思った。

『もっと、ルキナの事を“知りたい”』

 そう考えるギムレーの心には、最早『退屈』などと言う感情は欠片も残ってはいなかった。





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