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千夜一夜のアルファルド

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 すっかり“賭け”の間の定位置となった椅子に腰掛けた邪竜は、相変わらずの嗜虐的な眼差しでルキナを見据えている。
 良くも悪くも邪竜からそんな視線を受ける事に慣れてしまったルキナが、その視線で動揺する事は最早無い。
 何時もの様に向かいの椅子に腰掛けて、邪竜の開始の合図を待つ。


「さて、ルキナ。
 今夜も改めて訊くけれど、“賭け”を諦めるつもりは無いんだね?」


 何時も通りの形式的な質問にルキナは勿論だと頷く。
 その返答に満足そうに嗤った邪竜は開始の合図を出そうとするが、ルキナはそれに待ったを掛けた。


「ん? どうしたんだい?
 ここに来てやっぱり“賭け”を降りるつもりかい?」

「いいえ、“賭け”は今夜も続行します。
 ですが、一つだけ質問を」


 そう答えたルキナに、邪竜は何時もよりも愉しそうに目を細める。


「へぇ、珍しいね。
 うん、質問を許そう。
 それで、何を聞きたいんだい?」

「あなたは“賭け”の最初に言いましたよね。
 “私の好きな事を好きな様に話せばいい。私が何を話してもあなたはそれに耳を傾ける”、と。
 今日は何時もと少し趣向を変えて対話形式で話そうと思うのですが、それは“賭け”の対象として成立させられますか?」


 ルキナのその言葉は邪竜にとっては予想外であったのか、邪竜は紅いその瞳を軽く見開いて幾度か瞬いた。

 僅かに驚いた様な邪竜のその表情に、ルキナもまた意表を突かれる。
 常に超然として在るこの存在も、この様な表情をするのかと。
 まるで人間の様なその反応を見て、ルキナの心に小さな細波が生まれた。

 そんなルキナの心中を知ってか知らずしてか、邪竜は一瞬後にはまた何時もの様に邪悪そのものの様な表情を浮かべ、先程のあの反応はまるで幻であったかの様に振る舞う。
 それでも、ルキナの心に生まれた小さな波紋は、静かに静かに胸の奥へと広がっていく。


「対話?
 ふーん……僕と話したい事でもあるのかい?
 まあ、良いよ。
 僕との会話も、“賭け”の中に入れてあげよう。
 ああ勿論……君との会話を詰まらないと感じたら君を殺すけれど、それでも良いんだね?」

「ええ、構いません」


 それは元より承知の上だ、それで今更臆する様な事はない。
 それよりも、ルキナにとっては一かばちかの提案であったが、ルキナは邪竜の反応に確かな手応えを感じていた。

 邪竜は人間とは違う感性を持っているのかもしれないが、その精神構造の何もかもが違うと言う訳でもないのではないだろうか。
 不意を突かれれば驚きもするし、何か愉快に感じる事があれば嗤いもする。
 邪竜の内面をルキナが正しく理解出来るのかは未知数ではあるが、それでも全く理解しようが無い程に心の在り様が違っている訳でも無いのだろうとルキナは踏んでいた。
 ならば、ルキナが彼の邪竜を理解しようと歩み寄る事を努める事を躊躇わなければ、僅かであろうともその内面を理解出来る可能性は生まれる筈だ。

 世界を滅ぼす絶対的な悪。
 聖王の血に連なる者としてルキナが討ち滅ぼさねばならぬ存在。
 敬愛していた父の敵。

 ルキナが邪竜に抗う為の意志の力を支え続けてきたそれらの認識は、邪竜を理解しようと歩み寄ろうとした今、逆にそれを阻む柵となってしまう。
 だから今はそれらを一旦忘れよう。
 相手を理解しようと歩み寄る為には、先入観などは不要だ。
 心から言葉を交わし、それらの中から相手の心の欠片を探すべきなのだから。

 相手は千年以上も存在し続けた、強大な竜だ。
 ファルシオンを持たぬルキナなど、一捻りで如何様にも殺してしまえる。
 だが、恐れるな、怯むな。
 絶対的な存在に相対する恐怖に怯み震えてしまうのなら、その感情には鍵を掛け心の奥底に沈めてみせよう。

 今のルキナに必要なのは、相手を理解しようと想う心。
 そしてその為の言葉だ。
 その覚悟は既に決まっている。

 ルキナは大きく息を一つ吸い、鼓動を鎮める様にゆっくりと吐き出す。
 そして、邪竜を……ギムレーを、しかと見据えた。


「それでは──」





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