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千夜一夜のアルファルド

◇◇◇◇◇




「さて、ルキナ。
 今夜も改めて訊くけれど、“賭け”を諦めるつもりは無いんだね?」


 底意地の悪い笑み浮かべながら、邪竜はそう尋ねてくる。
 この問答はもう幾度となく繰り返され、そしてその度にルキナは“賭け”の続行を選び続けてきた。

 “賭け”が始まったその日から、もう幾度の夜が過ぎたのだろうか。
 この部屋に囚われてる内に既に時間の感覚など消え失せた。
 一日の終わりの感覚はこうして夜毎に部屋を訪れる邪竜がいる為にまだ保たれているが、もう曜日などの感覚は分からない。
 ただ少なくとも、もう一週間は過ぎてしまっていた。

 しかし、未だに邪竜の態度に変化などは無く。
 世界を救う最後の手段に一縷の望みを懐いて、今夜もまた、ルキナは自分の命と世界の命運が掛かった“賭け”に挑むのであった。


「ええ、勿論です。
 私は諦めたりなどしません……!」

「こんな状況に置かれていてもまだ諦められないと言うのも、中々哀れな話だと僕は思うけどなあ……」


 心にも思っていないであろう事を宣いながら、邪竜は椅子に座ってルキナに向き合う。


「そこまでして、世界を救いたいのかい?」

「……当たり前です!」


 この邪竜から世界を救うのが、今は亡き父からファルシオンを継いだ自分の使命である。
 世界を救う為にルキナは今まで戦ってきたのだ。
 例えファルシオンを奪われようとも、例え囚われの身となろうとも、例えその命を邪竜に握られているのだとしても。
 その程度で諦められる程に、ルキナの覚悟は、決意は、軽いモノではない。
 邪竜はそんなルキナに嘲笑う様な歪みきった笑みを向けた。


「ふーん、そうかい?
 なら、頑張って世界を救ってみなよ」


 言葉だけの励ましを送った邪竜は妖しく輝く紅い瞳に愉悦の感情を浮かべ、囁く様な声音でルキナに語り掛ける。


「ああ、そうだ。
 僕は今日、イーリスの北の街道の外れにある小さな村を消してきたんだよ。
 君は知っているかい? まあ、どっちでも良いけど。
 えっと、住んでいたのは600人位かなぁ……。
 取り敢えず、まず歯向かってきた大人達を殺してね。
 そいつらを屍兵にして、その子供や親を殺させたんだ」


 “賭け”を始めてから数回目から、邪竜は嬉々として、身の毛もよだつ様な所業をルキナに話す様になっていた。
 今日はどこぞの村や街を滅ぼした、今日は何人殺した、こうやって殺してやった……、と。
 ルキナが“賭け”の続行を選ぶと、ルキナが物語を語り始める前には必ずそうやってルキナの心を痛め付けようとして。
 そして、最後には決まって……。


「さあ、ルキナ。
 早く僕を『改心』させてみなよ。
 そうじゃないと、君は人が滅び去った世界にたった一人生き残ってしまう事になるよ?
 ああでも、そうなった君がどう絶望するのかはとても興味があるなぁ……。
 それが嫌ならば、精々頑張ってみるんだね。
 世界を、救いたいんだろ?」


 そう言って、ルキナを煽るのだ。
 そう言われる度に、そうやってニヤニヤとルキナを煽る様に嘲笑う邪竜の胸にファルシオンを突き立ててやりたくなるが。
 しかし捕らえられた時に既にファルシオンは取り上げられ、その行方はルキナには分からない。
 神竜の牙であるそれは、如何に邪竜と言えども容易くは壊せないだろうが。
 破壊されてはいないにしろ、少なくとも人の手の内にある事は無いだろう。

 覚醒の儀式を行える者はおらず、ファルシオンは人々の手にはあらず、最早人類は邪竜に抗する術を全て失った。
 だからこそ、こんな成功する見込みの低い“賭け”にルキナが挑むしかないのだ。

 成功すれば世界は救われ、失敗した所でルキナが殺されるだけで世界の状況がこれ以上悪くなる事もない。
 元より世界の為に差し出すと決めた命だ。
 それで世界が救われる可能性を得られるかもしれないならば、この命を賭けるのだとしても惜しくは無い。

 が、そんなルキナの想いを、当然の様に邪竜は見透かしていて。
 ルキナの心を揺さぶろうと、あの手この手で邪竜は言葉を弄してルキナを甚振るのだ。
 邪竜にとっては、ルキナはただの玩具に過ぎないのだろう。
 まあ、こうして毎夜ごとに飽きもせず訪れている所を見るに、それなりに気に入っている玩具なのかもしれないが……。

 邪竜は、ルキナが何をしようと、何を語ろうと、自分が『改心』される事など有り得ないと……そう思っているだろうし、だからこそこんな暇潰しの様な“賭け”を続けさせているのだろう。
 それは、ルキナも痛い程に理解している。

 だがそれでも、何れ程その可能性が低くとも。
 邪竜は“賭け”の約束通りに必ずルキナの言葉には耳を傾けてはいる。
 例え理解し得ない程に、彼我の溝は深いのだとしても。
 言葉が届くのならば、ルキナの言葉が邪竜の“何か”を動かすその可能性は、零では無いのだと。
 そんな幽かな期待こそが邪竜の思う壺なのだとしても、そんな淡い希望に縋るしか、最早ルキナには世界を救う為に邪竜に抗う術が残されていなかった。


「では、今日のお話は──」


 だからこそ、ルキナはこの物語に命を賭けるのだ。




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